3.「古事記」 上巻 (口語訳補足付き)

本稿 「古事記神代編」 としては、次のように、「古事記」 の写本(国宝真福寺本:国立
 国会図書館近代デジタルコレクション)の上巻(神世)と中巻(神人世)を対象とし、
 下巻(人世)を対象としない。
 なお、上記写本(国宝真福寺本)の画像から、一字一字確認して原文を表記するには、
 ユニコード(UTF-8)の 「CJK統合漢字」 の中で、できるだけ近い文字を用いた。
 また、「誤字」「脱字」「重複」「脱落」 も明示した。


3.1 「古事記」 上巻 (序并)

3.1.1 神代から天武天皇に至る正しい由緒

混沌から、神々生まれ、人の世でき、国土定まる
原文読み口語訳
臣安萬 言 臣安萬(オミヤスマロ)、言(マウ)す。 臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が、申す。

混元 既凝
氣象 未敷
無名 無為
誰 知其形
夫(ソ)れ、
混元(コンゲン)、既に凝(コ)り、
氣象(キショウ)、未だ敷(シ)かず、
名(ナ)無く、為(ワザ)無く、
誰(タレ)、其の形(カタ)を知る。
そもそも、
大本の混沌は、既に固まったが、
形態は、未だ広がらず、
名もなく、動きもなく、
誰も、その形はわからなかった。

坤 初分
神 作造化之首

陽 斯開
二霊 為品之祖

所以
出入幽顕
日月 彰洗目
海水
神祇 里滌身
然(シカ)るに、
()坤(ケンコン)、初めて分れ、
神(サンシン)、造化(ゾウカ)の首
(オビト)と作(ナ)り、
()陽(インヨウ)、斯(ココ)に開け、
二霊(ニレイ)、
()品(グンピン)
の祖(オヤ)と為す。
所以(ユエン)、
幽顕(ユウケン)を出入し、
日月、洗目(センモク)に彰れ、
海水を浮(フチン)し、神祇(ジン
ギ)、滌身(ジョウシン)に里
()す。
しかし、
天地が初めて分かれると、
(天之御中主神高御産巣日神
神産巣日神)が、創造主となり、
陰陽(男女)が分かれると、
(伊耶那岐神伊耶那美神)が、
万物の祖先となった。
それで、(伊耶那岐神が)
黄泉(ヨミ)国から帰り、目を洗う
と、日(天照大御神)(月読命)
が現われ、海水を浮沈して、
身を洗うと、神々が現われた。
言攵
太索 杳冥
教 而
識孕之時

元始 綿
頼先聖 而
察生神立人之世
寔知
懸鏡 吐珠 而
百王 相續
喫釼
 以
万神 蕃息

議安河 而
平天下
論小濱 而
清国
言攵()(カレ)、
太索、杳冥(タイサク、ヨウメイ)なるも、
教(ホンキョウ)に
()(ヨ)りて、
()(ヨウドサントウ)の時
を識(シ)り、
元始、綿(ゲンシ、メンバク)なるも、
先聖(センセイ)に頼(タヨ)りて、生神
立人(セイシンリツジン)の世を察す。
寔(マコト)に、
鏡を懸(カカ)げ、珠(タマ)を吐きて、
百王(ヒャクオウ)、相ひ續(ツ)ぎ、
釼(ツルギ)を喫(ク)ひ、
(ヲロチ)を切り、以って、
万神(バンシン)、蕃息(ハンソク)しこと
と、
安(ヤス)河に議りて、
天下(アメシモ)を平らげ、
小濱(ヲハマ)に論(ト)きて、
(クニ)を清むることを、知る。
それで、(神との)因縁は、
遠く不明だが、古くからの言い
伝えによって、(神が)国土を孕
み、島を産んだ時のことを知り、
物事の始めは、大昔のことだが、
先代の聖人のお蔭で、神を生み、
人ができた時代のことを察する。
本当に、(天石屋戸で)鏡を懸け、
(誓約で須佐之男命が)玉を噛み
吐いて、多くの王が相い続き、
(天照大神が)剣を喰い、
(須佐之男命が)(八俣)遠呂知を
退治して、八百万(ヤホヨロヅ)神が、
繁栄したことと、
(八百万神が)天安川(アメヤスカハ)
で相談して、天下を平定し、
(建御雷之男神が)小浜(ヲハマ)で
説得して、国の穢れを取り除いた
ことが、よく分かる。

国土における歴代天皇の治世
原文読み口語訳
是以
仁岐命
初降于髙千嶺
神倭天皇
于秋津嶋
化熊 出爪
天釼 獲髙倉
生尾 遮
大 為導吉野
 攘賊
歌 伏
是れを以って、
仁岐(ホノニニギ)命、
髙千嶺(タカチミネ)にて初めて降り、
神倭天皇(カムヤマトスメラミコト)、
秋津嶋にて(フルコト)を(ヘ)、
化熊(カユウ)、爪を出(イ)だし、天釼
(テンケン)、髙倉(タカクラ)に獲(エ)、
生尾(セイビ)、を遮(サエギ)り、
大(オホ)いに、吉野(ヨシノ)に導き為
し、別(コトマイ)、賊を攘(ハラ)ひ、
歌をき、
()(アタ)を伏す。
そこで、
番仁岐(ホノニニギ)命が、
高千穂(タカチホ)峰に初めて下り、
神倭(伊波礼毘古)(イハレビコ)天皇
が、秋津島(山陽)を遍歴し、(
野に)現われた熊に翻弄され、
天神の霊剣を高倉下(タカクラジ)に
得、尾ある人が、道無き境域に現
れ、首尾よく、吉野(ヨシノ)に導き、
(忍坂では)特別な舞が、賊を討
ち、歌を合図に、敵を従わせた。

覺夢 而
敬神祇
所以 稱賢后
望烟 而
撫黎元

傳聖帝
定境 開邦
掣近淡海
正姓 撰氏
勒于遠飛鳥
雖 歩驟 各異
文質 不同
莫不 稽古
以 縄風献

照今 以
補典敖


即ち、
夢を覺(サト)りて、
神祇(ジンギ)を敬(ウヤマ)ひ、
所以(ユエン)、賢后(ケンコウ)と稱す。
烟(ケムリ)を望みて、
黎元(レイゲン)を撫(ナ)で、
今に(オ)いて、
聖帝(セイテイ)と傳(ツタ)ふ。
境(サカヒ)を定め、邦(クニ)を開き、
近淡海(チカツアフミ)を掣(ヒ)き、
姓(カバネ)を正し、氏を撰び、
遠飛鳥(トホツアスカ)にて勒(ヲサ)む。
歩驟(ホシュウ)、各(カク)異(コト)に、
文質(ブンシツ)、不同(オナジカラズ)
と雖も、古(イニシヘ)を稽(カンガ)へ、
以って、風献
()(フウユウ)、既に、
(クズ)るるに縄(タダ)すこと、
今に照らし、以って、
典敖
()(テンキョウ)、
()えむとするに補(オギナ)ふ
こと、あらざる莫(ナ)し。
そのため、(崇神天皇は)夢に
(大物主大神の)告示を受け、
天神地祗(テンジンチギ)を崇敬し
て、そのため、賢君と讃える。
(仁徳天皇は、民家の)煙を見て、
人民を慈しみ、
今日、
聖帝と伝えられている。
(成務天皇は、国郡の)
境を定め、国土を開発し、
近淡海(チカツアフミ)(近江)を治め、
(允恭天皇は)姓を正撰し、
飛鳥(アスカ)で治めた。
(歴代天皇の治世は)各々、緩急
違いがあり、内容は同じでない
が、(各々)
昔のことをよく考えて、既に、
廃れている風教道徳を正し、
今日のことと見比べて、道徳が、
絶えようとしているのを補う
こと、をしないことはなかった。


3.1.2 第40代 天武天皇の治世

天武天皇の皇子時代 (壬申の乱)
原文読み口語訳
 飛鳥清原大
御太八州天皇御世

潜龍 體元
淤雷 應期
夢歌 而

投夜水 而
知水基

天時 未臻
南山
人事 共給
序歩束國
皇輿 忽駕
度山川
六師 雷震
三軍 雷逝
弟 
猛士 烟起
旗 耀兵
凶徒 瓦
未移
氣 弥自清

放牛 息馬
愷悌
華夏
卷旌 
詠 停都邑
飛鳥清原(アスカキヨミハラ)大
()八州を御(ギョ)する天皇
(スメラミコト)の御世(ミヨ)に(イタ)
り、潜龍(センリョウ)、元(カシラ)を體
(タイ)し、淤
()雷(ユウライ)、期に
應じ、夢の歌をきて、
()葉(サンヨウ)を相(ウラナ)ひ、
夜の水(ミ)を投
()けて、
水(ミ)の基(モトイ)を知る。
然(シカ)るに、
天の時、未だ臻(イタ)らず、
南山(ナンザン)に(センゼイ)し、
人事(ジンジ)、共に給(キュウ)し、
()國に序歩(ジョホ)す。
皇輿(コウヨ)、忽(タチマ)ち駕(ガ)し、
山川(サンセン)を(ノ)り度(ワタ)り、
六師(リクシ)、雷震(ライシン)し、
三軍(サングン)、雷逝(ライセイ)す。
()(ジョウボウ)、威をげ、
猛士(モウシ)、烟起(エンキ)し、
()旗(コウキ)、兵を耀かし、
凶徒(キョウト)、瓦
()(ガカイ)す。
未だ辰(ショウシン)を移さず、
氣(キ)、弥(イヨイヨ)自清(ジセイ)す。
乃ち、
牛を放ち、馬を息(イコ)へ、
愷悌(ガイテイ)、
華夏(カカ)に蹄
()(カヘ)り、
旌(ハタ)を卷き、戈を(ヲサ)め、
詠(ブエイ)、都邑(トユウ)に停る。
飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮
(大海人皇子)が、日本を治める
天皇になる世が近づいて来ると、
天子としての徳が備わり、
行動は、時期を見計らい、
夢の中で歌を聞いて、
世を受け継ぐことを占い、
夜半に川で禊をして、
時の趨勢を知った。
しかしながら、
天運が、まだ到来しない時は、
出家して吉野(ヨシノ)山に籠もり、
(やがて)味方の兵士を備えて、
先ず東国に進軍した。
皇子の輿は、素早く移動し、
山を越え、川を渡り、
その(大海人皇子の)兵士は、
雷電のような勢いで進んだ。
武器が、威力を示し、勇士が、
煙のように起こり、赤い旗が、
兵士を輝かし、(近江大津宮の)
反乱軍(弘文天皇軍)は、崩れた。
12日も経たないうちに、
妖気は、自然と清められた。
そこで、
(戦で用いた)牛馬を休息させる
と、安寧が、
国中に戻り、
旗を巻き、戈を収めると、(戦勝
)歌舞が、都(飛鳥)に停った。

天武天皇の功績
原文読み口語訳
歳 次梁
月 踵使鍾
清原太
即天位
道 軼軒后
徳 跨周王
苻 而
六合
得天統 而
包八
乗二氣之正
齊五行之序
設神理
以 奬俗
敷英風 以 弘
重加
智海 浩汗
潭探上古
心鏡 
 覩先代
歳(サイ)、梁(リョウ)に次(ヤド)り、
月(ゲツ)、使
()鍾(キョウショウ)に踵
(アタ)り、清原(キヨミハラ)太
()
天位に(ノボ)り即(ツ)く。
道、軒后(ケンコウ)に軼(ス)ぎ、
徳、周王を跨(コ)える。
(乾符)(ケンプ)を握(ト)りて、
六合(リクゴウ)を
()(ス)べ、
天統(テントウ)を得て、
()(ハッコウ)を包(カ)ねる。
二氣(ニキ)の正(セイ)に乗り、
五行(ゴギョウ)の序を齊(トトノ)へ、
神理(シンリ)を設(シツラ)へ、
以って、俗を奬め、
英風を敷き、以って、を弘む。

重加(シカノミニアラ)ず、
智海(チカイ)、浩汗(コウカン)とし、
潭(フカ)く上古(ジョウコ)を探り、
心鏡(シンキョウ)、煌(イコウ)とし、
らかに、先代(センダイ)を覩(ミ)る。
酉の年、2月に、
飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮
(大海人皇子)は、
天皇位(天武天皇)についた。
()道は、中国開祖の黄帝に勝
り、徳は、周の文王に優っていた。
三種の神器を継承して、
国を治め、
天皇位を得て、
天下を統一した。
二気(陰陽)の正しい作用に乗
り、五行(木火土金水)の順序を
整え、神の理を整備して、
良俗を奨励し、
善政を布いて、国を広げた。
その上、(天武天皇の)
知識は、海のように広く、
遠い昔のことを深く探求し、
心は、鏡のように、明るく輝き、
明瞭に、先代のことを見ていた。

天武天皇による正しい 「帝紀」「旧辞」 の流布計画
原文読み口語訳

天皇
詔之
朕 
諸家之所
帝紀及
既違正實
加虚偽
當今之時
不改其失
幾年
其旨 欲滅
斯乃 邦家之
王化之嶋基焉
故惟
撰録帝化
討竅舊
削偽 定實
欲流後葉
是れに(オ)いて、
天皇(スメラミコト)、
之を詔(ノ)りしく、
「朕(チン)、けらく、
『諸家(ショカ)の(モタ)らしき
帝紀及び
()
既に正實に違(タガ)ひ、
く虚偽を加ふ。』と。
今の時に當(アタ)り、
其の失(シツ)を改めずば、
未だ幾(イクバク)の年をずして、
其の旨、滅びなむとす。
斯(コレ)乃ち、邦家(ホウカ)の緯、
王化(オウカ)の嶋基(トウキ)なり。
故(カレ)惟(コレ) 、
帝化()を撰録し、舊
()
(クジ)を討竅(トウカク)し、偽りを削
り、實(マコト)を定め、後葉(コウヨウ)
に流(ツタ)へむと欲(ホッ)す。」 と。
そして、
(天武)天皇が、
詔を発し、
「朕の聞くところによれば、
『諸氏に伝わった
帝紀及本辞」 には、
既に真実と違い、多くが虚偽を
加えている。』とのこと。
今この時に、
その誤りを改めておかなければ、
幾年も経たないうちに、その旨
は、失われてしまうだろう。
これは、国家組織の原理を示し、
天皇政治の基本理念である。
それ故、
(正しい)帝紀」 を撰んで記し、
旧辞」 をよく検討し、
偽りを削除し、真実を定めて、
後世に伝えたい。」 と告げた。
時 有舎人
姓 
名 阿礼
年 是
為人 聡明
度目 誦口
拂耳 勒心

勅語阿礼
令誦習帝皇日継及
先代舊辞

運 移 世 異
未行其事矣
時に、舎人(トネリ)有り、
姓(カバネ)、
()田(ヒエダ)、
名(ナ)、阿礼(アレ)、
年(トシ)、是れ二十八、
人為(ヒトトナリ)、聡明、
目に度(ワタ)らば、口に誦(トナ)へ、
耳に拂(フ)らば、心に勒(キザ)む。
即ち、
阿礼(アレ)に勅語(チョクゴ)し、
帝皇日継及先代舊辞(スメロキヒツギ
オヨビセンダイクジ)を誦習せしむ。
然(シカ)るに、
運(トキ)、移り、世(ヨ)、異(コト)な
り、未だ其の事を行はざるぞ。
その頃、(天武天皇には)舎人が
仕えていて、姓は、稗田(ヒエダ)、
名は、阿礼(アレ)、
年は、28歳、
人柄は、聡明で、
一目見れば、誦えることができ、
一度耳にすれば、忘れなかった。
そのため、阿礼(アレ)に勅命し、
(正しい 「帝紀旧辞」 の)
帝皇日継及先代旧辞」(スメロキヒツ
ギオヨビセンダイクジ)を誦習させた。
しかしながら、
(天武天皇の)時勢が移り変り、
後世に伝えるには至らなかった。


3.1.3 第43代 元明女帝の治世

元明女帝の功績
原文読み口語訳
伏惟
皇帝階下
得一 光宅
通三 亭育
御紫震 而
徳 被馬蹄之所極
坐玄扈 而
化 照舩頭之所逮

日 浮 重暉
雲 散 非烟
連柯 并穂之瑞
史 不絶書
引烽 重譯之貢
府 無空月
可謂 名 髙文今
徳 冠天

伏して惟(オモ)ふに、
皇帝階下(コウテイカイカ)、
一を得て、光宅(コウタク)し、
三を通じて、亭育(テイイク)す。
紫震
()に御(ギョ)して、
徳(トク)、馬蹄の極むる所を被ひ、
玄扈(ゲンコ)に坐(イマ)して、
化(カ)、舩頭(セントウ)の逮(オヨ)ぶ
所を照らす。
日(ヒ)、浮び、暉(ヒカリ)を重ね、
雲(クモ)、散り、烟(ケムリ)にあらず、
連柯(レンカ)、穂の瑞(シルシ)を并
(アハ)し、史(シ)、絶えず書(シル)す。
烽(トブヒ)を引き、譯の貢を重ね、
府(クラ)、空しき月無し。
名(ナ)、文今(ブンキン)より髙く、
徳(トク)、天
()(テンイツ)に冠
(マサ)れり、と謂ふ可きぞ。
謹んで推察するに、
皇帝陛下(元明女帝)は、一徳
(陛下の徳)が天下に満ち、三徳
(天地人)で民を育てている。
皇居(紫宸玄扈)に居られても、
その徳は、馬の蹄が行き着く地の
果てまで広がり、
その教えは、船の舳先が行ける海
の果てを明るく照らしている。
太陽の光が、浮かび、重なり、
雲が、散り、煙のようにたなびき、
連なった茎が、瑞祥の穂をつけ、
書記官は、絶えず記録している。
烽が上がり、貢使が、次々と訪れ、
貢物の倉が、空になる月は無い。
(陛下は)名は、夏の禹王より高
く、徳は、殷の湯王に優っている、
と謂うべきである。

元明女帝による天武天皇 「勅語旧辞」 の採録命令
原文読み口語訳

惜舊之誤忤

正先紀之謬錯

和銅四年九月十八
日 詔臣安萬侶
撰録
田阿礼
所誦云勅語舊
焉(ココ)に(オ)いて、
()(クジ)の誤り忤(タガ)へ
るを惜しみ、
先紀(センキ)の謬り錯(マジ)れるを
正すとして、以って、
和銅四年九月十八日、臣安萬侶
(オミヤスマロ)に詔(ノ)りしく、
()田阿礼(ヒエダアレ)、
誦みし勅語舊
()(チョクゴクジ)
と云ふを、撰録せよ。」 と。
そして、
(元明女帝は)旧辞」 に誤りや
間違いのあるのを惜しみ、
帝紀」 の誤り乱れているのを
正そうと、
和銅4918日に、臣(オミ)の
安萬侶(ヤスマロ)に、詔を発し、
「稗田阿礼(ヒエダアレ)が、誦んだ
(天武天皇勅命)勅語旧辞」と云
うものを、撰録せよ。」 と告げた。


3.1.4 太安萬侶による 「勅語旧辞」 筆録

表記は、漢字の音訓を混用し、難解点に注をつける
原文読み口語訳
以 獻上者 謹
随詔
子細採

上古之時
言意
並朴
敷文 構勺
字 即難

訓述者
詞 不逮心
全 以音 連者
事趣 更長
是以
今 或一勺之中
交用音訓
或一事之内
全 以訓 録

理 
 明
意况 易
更 非注


日下 謂玖沙訶

帯字 謂羅斯
如此之類
 不改
以って、獻上(ケンジョウ)は、謹み、
()(オホミコト)の随(マニマ)に、
子細に採り(ヒロ)ふ。
然(シカ)るに、
上古の時、
言(コトバ)の意(ココロ)、
並(ナ)み朴(スナホ)、
文を敷き、勺
()を構ふること、
字に(オ)いては、即ち難し。
已(スデ)に、
訓に
()(ヨ)り、述ぶるは、
詞(コトバ)、心に逮(オヨ)ばず、
全て、音を以って、連ぬるは、
事の趣き、更に長し。
是れを以って、
今、或(アルイハ)一勺
()の中、
音訓を交へ用い、
或(アルイハ)一事の内、
全て、訓を以って、録(シル)す。
即ち、
()理(ジリ)、見え(ガタ)き、
(ノリ)を以って、明らかにし、
意况(イキョウ)、
()(サト)り易き、
更に、注せず。
亦、
姓(カバネ)に(オ)いて、
「日下」 、玖沙訶(クサカ)と謂ひ、
名(ナ)に(オ)いて、
「帯」 字、羅斯(タラシ)と謂ふ。
此の類(タグヒ)の如く、
(モト)の随(マニマ)に、改めず。
それで、(元明女帝への)献上は、
謹んで、(元明女帝の)詔に従い、
こと細かに採録した。
しかしながら、
上古では、
言葉の意味は、
みな素朴で、
文章を書き表すことは、漢字
では、言うまでもなく、難しい。
もはや、
(漢字の)訓を用いて記すと、
言葉の真意を表せないし、
全部、漢字の音を用いて連ねる
と、記述が、長くなってしまう。
そこで、
この度は、ある1句の中では、
音と訓とを混用し、
ある1事の記述内では、
全部、訓で記すことにした。
そのため、
語句が、分り難いものは、
注で、分り易くし、
意味が、分り易いものは、
こと更、注を加えていない。
また、
姓で、
日下」 は、クサカと謂い、
名で、
」 の字は、タラシと謂う。
このように、
元のままにして、改めていない。

構成は、上中下3巻分冊
原文読み口語訳
大柢 所記者
自天地開闢

以 訖于小治田御


天御中主神以下
日子波限建鵜草葺
不合命以前
為上卷
神倭伊波礼古天
皇以下
御世以前
為中卷
大雀以下
小治田大宮以下
為下卷
并録三卷
謹 以 獻上
臣安萬侶
誠惶 誠恐
頓々首々
和銅五年
正月八日
正五位上勲五等
太朝臣安萬
大柢()(オホカタ)、記(シル)しきは、
天地(アメツチ)開闢(カイビャク)より
(脱字 「始」 まり)
以って、小治田(ヲハリダ)御世(ミヨ)
に訖(イタ)る。
故(カレ)、
天御中主(アメミナカヌシ)神より下
(シモ)、日子波限建鵜草葺不合
(ヒコナギサタケウカヤフキアヘズ)命より
前(サキ)、上卷(カミツマキ)と為し、
神倭伊波礼古天皇(カムヤマトイハレ
ビコスメラミコト)より下
(シモ)、品(ホムダ)御世(ミヨ)より
前(サキ)、中卷(ナカツマキ)と為し、
大雀(オホサザキ)より下(シモ)、
小治田(ヲハリダ)大宮より下
()
(サキ)、下卷(シモツマキ)と為し、
并(アハ)せ三卷を録(シル)し、
謹み、以って、獻上す。
臣安萬侶(オミヤスマロ)、
誠惶(オノノキ)、誠恐(カシコミ)、
頓頓首首(ヌカツキマウス)。
和銅五年
正月二十八日
正五位上勲五等
太朝臣安萬(オホノアソミヤスマロ)
およそ、書き記したのは、
天地(アメツチ)開闢(カイビャク)
から始まり、
小治田(ヲハリダ)御世(推古天皇)
に終わる。
それで、
天之御中主(アメノミナカヌシ)神
日子波限建鵜草葺不合(ヒコナギサ
タケウカヤフキアヘズ)命を、
上巻とし、
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)
天皇(神武天皇)
品陀(ホムダ)御世(応神天皇)を、
中巻とし、
大雀(オホサザキ)(仁徳天皇)
小治田(ヲハリダ)大宮(推古女帝)
を、下巻とし、
合計3巻記録し、
謹んで献上する。
臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が、
畏れ謹んで、
額(ヌカ)突き申す。
和銅5
128
正五位上勲五等
太朝臣安萬侶(オホノアソミヤスマロ)


3.2 「古事記」 上巻 (神世) 【神世第1代 天之御中主神神世第15代 火遠理命】

3.2.1 天地初発の時

別天神 5神の時代 (天之御中主神天之常立神)
原文読み口語訳
天地 初發之時
髙天原 成神
名 天之御中主神
【訓髙下天
云阿麻
下效此】
次 髙御座日神
次 神産日神
此三柱神者
並 獨神成坐 而
隠身也
天地(アメツチ)、初めて發(ヒラ)く時、
髙天原(タカアマハラ)に成る神、
名、天之御中主(アメノミナカヌシ)神、
【「髙」 下(シモ) 「天」 の訓み、
阿麻(アマ)と云ひ、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、髙御座
()日(タカミムスヒ)神、
次、神産日(カミムスヒ)神、
此の三柱神は、
並(ナ)み、獨(ヒトリ)神成り坐(マ)し
て、身を隠す也。
天地(アメツチ)が、初めてできた時、
高天原(タカアマハラ)にった神は、
名は、天之御中主(アメノミナカヌシ)神、
次に、高御産巣日(タカミムスヒ)神、
次に、神産巣日(カミムスヒ)神、
この3神は、皆、単独神と成られ
て、姿を隠したのである。
【補足】
以下、「成神」 の神は、天族。
高天原()に居た上記3神が
天地(天族の土地)を開発。
次 國 稚如浮脂
而 久羅下那州
用弊流之時
【流字以上十字
以音】
如葦牙固騰之物
而 成神
名 宇摩志阿斯訶
比古遅神
【此神名 以音】
次 天之常立神
【訓常
云登許
訓立 云知】
此二柱神 亦
並 獨神成坐 而
隠身也
次、國、浮脂(ウキアブラ)の如く稚
(ワカ)くして、久羅下那州
弊流(クラゲナスタダヨヘル)時、
【「流」 字より上(カミ)十字、
音を以ってす】
葦牙(アシカビ)の如くえ騰(アガ)
る物に固
()(ヨ)りて成る神、
名、宇摩志阿斯訶
()比古遅
(ウマシアシカビヒコヂ)神、
【此の神名、音を以ってす】
次、天之常立(アメノトコタチ)神、
【「常」 の訓み、
登許(トコ)と云ひ、
「立」 の訓み、知(タチ)と云ふ】
此の二柱神、亦、
並(ナ)み、獨(ヒトリ)神成り坐(マ)し
て、身を隠す也。
次に、国が、浮いた油のように
若く、クラゲのように漂ってい
た時、葦の芽のように萌え上が
った物からった神は、
名は、宇摩志阿斯訶備比古遅
(ウマシアシカビヒコヂ)神、
次に、天之常立(アメノトコタチ)神、
この2神もまた、皆、単独神と成
られて、姿を隠したのである。

【補足】
上記2神は、
天族が開発した 「天地(天族
の土地)に、水稲耕作を導入し、
人を殖やして邑を形成し、
邑を統率して建国する基礎を
作った。
上件
五柱神者 別天神
上(カミ)の件(クダリ)、
五柱神は、別天(コトアメ)神。
以上、
5神は、天族の特別神。

神世七代 12神の時代 (国之常立神伊耶那美神)
原文読み口語訳
次 成神
名 之常立神
【訓常立
亦 如上】
次 豊雲上野神
此二柱神 亦
獨神成坐 而
隠身也
次、成る神、
名、
()之常立(クニノトコタチ)神、
【「常立」 の訓み、
亦、上(カミ)の如し】
次、豊雲上野(トヨクモノヘノ)神、
此の二柱神、亦、
獨(ヒトリ)神成り坐(マ)して、
身を隠す也。
次に、った神は、
名は、国之常立(クニノトコタチ)神、
次に、豊雲上野(トヨクモノヘノ)神、
この2神もまた、単独神と成られ
て、姿を隠したのである。
【補足】
上記2代2神は、天族の国を建
国し、経済力を増進させた。
次 成神
名 宇比地迩神
次 妹比智迩神

【此二神名
以音】
次 杙神
次 妹活杙神
二柱
次 意冨斗能地神
次 妹大斗乃弁神
【此二神名 亦
以音】
次 流神
次 妹阿夜訶志古
泥神
【此二神名 皆
以音】
次 伊那岐神

次 妹伊耶那
【此二神名 亦
以音 如上】
次、成る神、
名、宇比地迩(ウヒヂニ)神、
次、妹(イモ)
()比智迩(スヒヂニ)
神。
【此の二(フタ)神名、
音を以ってす】
次、
()杙(ツツクヒ)神、
次、妹(イモ)活杙(イククヒ)神、
二柱。
次、意冨斗能地(オホトノヂ)神、
次、妹(イモ)大斗乃弁(オホトノベ)神。
【此の二(フタ)神名、亦、
音を以ってす】
次、流(オモダル)神、
次、妹(イモ)阿夜訶志古泥
(アヤカシコネ)神。
【此の二(フタ)神名、皆、
音を以ってす】
次、伊
(脱字 「耶」)那岐(イヤナキ)
神、
次、妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)神。
【此の二(フタ)神名、亦、
音を以ってし、上(カミ)の如し】
次に、った神は、
名は、宇比地迩(ウヒヂニ)神、
次に、女神の須比智迩(スヒヂニ)
神、(2神、夫婦神)
次に、筒杙(ツツクヒ)神、
次に、女神の活杙(イククヒ)神、
2(夫婦神)
次に、意冨斗能地(オホトノヂ)神、
次に、女神の大斗乃弁(オホトノベ)
神、(2神、夫婦神)
次に、於母陀流(オモダル)神、
次に、女神の阿夜訶志古泥(アヤ
カシコネ)神、(2神、夫婦神)
次に、伊耶那岐(イヤナキ)神、
次に、女神の伊耶那美(イヤナミ)神、
(2神、夫婦神)

【補足】
上記 「宇比地迩伊耶那美
の5代10神は、
経済力が増進した天族の国の
版図を更に拡大するために、
富国強兵策を推進した。
上件
之常立神以下
伊耶那神以前
并稱神世七代

上二柱獨神
各 云一代
次雙十神
十神各 合二神
云一代也
上(カミ)の件(クダリ)、
()之常立(クニノトコタチ)神より
下(シモ)、伊耶那(イヤナミ)神より
前(サキ)を、并(アハ)せ
神世七代(カミヨナナヨ)と稱(タタ)へ、
上(カミ)二柱の獨(ヒトリ)神、
各(オノオノ)、一代(ヒトヨ)と云ひ、
次の雙(フタナラビ)十神、
十神各(オノオノ)、二(フタ)神を合は
せ、一代と云ふ也。
以上、
国之常立(クニノトコタチ)神
伊耶那美(イヤナミ)神を、合わせ
神世七代(カミヨナナヨ)と讃え、
上の単独神2神は、各1代といい、
次の対の10神は、各夫婦神2
を合わせ、1代というのである。

【補足】
神世七代」 は天族の国王7代。


3.2.2 神世第12代 伊耶那岐命と伊耶那美命

2神(伊耶那岐命伊耶那美命)が、淤能碁呂島へ
原文読み口語訳

天神諸命 以
詔伊耶那岐命
伊耶那
二柱神
修理 因成
院用弊流之國

賜天冶弟 而
言依賜也
是れに(オ)いて、
天神諸命(モロミコト)、以って、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
伊耶那(イヤナミ)命の
二柱神に詔(ノ)りしく、
「是の
()用弊流(タダヨヘル)
國と成る因(モト)を修理(ツクロ)
へ。」 と、
天冶弟
()(アメイリホコ)を賜ひて、
言依(コトヨ)せ賜ふ也。
そして、
天神一同は、伊耶那岐(イヤナキ)命
伊耶那美(イヤナミ)命の2神に語り、
「この不安定な国の根本を修復
せよ。」 と、天冶矛(アメイリホコ)を授
けて、命じられたのである。

【補足】
上記2神に、「天冶矛(鋳造矛)
を授けて、天下布武を命じた。

二柱神 立
【訓並
々志】
天浮橋 而
下其冶弟 以
盡者 塩
許々袁々々迩
【此七字 以音】
書鳴
【訓鳴
云那志々】
而 引上時
自其矛末垂落
塩之累積 成嶋
是 淤能碁
【自淤以下四字
以音】
故(カレ)、
二柱神、
【「並
()」 の訓み、
志(タタシ)と云ふ】
天浮橋(アメウキハシ)に立(タタシ)て、
其の冶弟
()(イリホコ)を(サ)し
下し、以って、盡(ツ)くせば、塩、
許許袁袁迩(ココヲヲロロニ)、
【此の七字、音を以ってす】
書き鳴(ナシシ)て、
【「鳴」 の訓み、
那志志(ナシシ)と云ふ】
引き上ぐる時、
其の矛の末より垂(シタタ)り落ち、
塩の累積(ツミカサネ)、嶋を成し、
是れ、淤能碁(オノゴロ)嶋。
【「淤」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
それで、
2(伊耶那岐命伊耶那美命)
は、天浮橋(アメウキハシ)に立ち、
その天冶矛(アメイリホコ)をさし降ろ
し、突き出し尽くすと、
潮が、ごろごろと鳴って、
(天冶矛を)引き上げた時、
その矛の先から滴り落ち、
潮の積もりが、島をし、
これが、淤能碁呂(オノゴロ)島。

【補足】
上記2神は、「天浮橋(海の中
)(筑紫国糟屋)を、「天冶矛
(鉄製鋳造鋤)で掘削し、「淤能
碁呂島
(能古島)(筑紫国早
)に運び、天族の軍事拠点を
造成=築地(成島)した。

2神が、淤能碁呂島で結婚
原文読み口語訳
其嶋天降坐 而
見立天之御柱
見立八尋殿

其妹伊耶那

汝身者 如何成
荅白
吾身者 成々
不成合處
一處在

伊耶那岐命

我身者 成々 而
餘處 一處在
言攵
以此吾身成餘處
寒汝身不成合處 而

為生成
生 奈何
【訓生 云宇牟
下效此】
伊耶那
荅曰
然 善
其の嶋に天(アメ)降り坐(マ)して、
天之御柱(アメノミハシラ)を見立て、
八尋殿(ヤヒロトノ)を見立てり。
是れに(オ)いて、
其の妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)命に
ひ、曰く、
「汝(ナ)が身は、如何に成る。」と。
荅(コタ)へ白さく、
「吾(ア)が身は、成り成り、
成り合はざる處
()
一(ヒト)處
()在り。」 と。
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
詔(ノ)りしく、
「我(ア)が身は、成り成りて、
餘れる處
()、一(ヒト)處()
るが言攵
()(ユエ)、
此の吾(ア)が身の成り餘れる處

()を以って、汝(ナ)が身の成り
合はざる處
()()し寒
()(フサ)ぎて、以って、
(クニ)を生み成さむ。
生むこと、奈何(イカ)に。」 と。
【「生」 の訓み、宇牟(ウム)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
伊耶那(イヤナミ)命、
荅(コタ)へ曰く、
「然(シカ)り、善(ヨ)し。」 と。
(2神は)その島(淤能碁呂島)
下られて、(高天原=都と結ぶ)
天之御柱(アメノミハシラ)()を造り、
広い邸宅を造った。
そして、(伊耶那岐命は)
その妻の伊耶那美(イヤナミ)命に、
尋ね、
「貴女の身体は、どう成っている
か。」 と言い、
(伊耶那美命は)答え、
「私の身体は、成熟しても、足らな
い所が、1箇所ある。」 と申した。

そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
「私の身体は、成熟して、
余った所が、1箇所あるので、
この私の身体の余った所で、
貴女の身体の足らない所を挿し
塞ぐことで、国土をみ成そう。
むのは、どうか。」 と語り、
伊耶那美(イヤナミ)命は、答え、
「そう、それが、いい。」 と言った。

【補足】
国土」 を 「」 む(国生み)
は、新たな土地を発見して、天族
の支配地(新天地)にすること。

2神が、島々を生む (淡道之穂之狭別島両児島)
原文読み口語訳

伊耶那岐命

然者 吾与汝
逢是天之御柱

斗能麻具波比

【此七字 以音】
如此之期
乃 詔
汝者 自右
我者 自左

糿竟 以
時 伊耶那
先言
阿那迩夜志袁登
古袁
【此十字 以音
下效此】
各 言 竟云後
告其妹 曰
女人 先言
不良
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
詔(ノ)りしく、
「然(シカ)らば、吾(ア)と汝(ナ)、
是の天之御柱(アメノミハシラ)を行き
(メグ)り逢ひて、
斗能麻具波比(ミトノマグハヒ)を
為さむ。」 と。
【此の七字、音を以ってす】
此の期(チギリ)の如く、
乃ち、詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)は、右より(メグ)り逢
へ、我(ア)は、左より(メグ)り
逢はむ。」 と。
糿
()(チギリ)竟(ヲ)へ、以って、
(メグ)る時、伊耶那(イヤナミ)
命、先に言ひしく、
「阿那迩夜志袁登古袁(アナニヤ
シエヲトコヲ)。」 と。
【此の十字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
各(オノオノ)、言ひ、云ひ竟(ヲ)へし
後、其の妹(イモ)に告げ、曰く、
「女人(ヲミナ)、先に言ふは、
良からず。」 と。
そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
「それなら、私と貴女が、
この天之御柱(アメノミハシラ)を廻り
会って、交わろう。」 と語り、
この約束のように、直に、
「貴女は、右から廻り会え、私は、
左から廻り会おう。」 と語り、
約束をし終えて、廻る時、
伊耶那美(イヤナミ)命が、先に、
「なんと、すばらしい男を。」
と言い、
各々が、云い終えた後、
(伊耶那岐命は)
その妻(伊耶那美命)に告げ、
「女が先に言うのは、良くない。」
と言った。

【補足】
天族の 「伊耶那岐」 が言う 「
人先言不良
」 という習俗を、「
耶那美
」 が知らなかったことか
ら、彼女は、男性上位の天族でな
く、後の出雲国のような倭種の
国出身であることが分かる。
雖然
度迩
【此四字 以音】
興 而
生子 水蛭子
此子者
入葦舩 而 流去
次 生淡嶋
是亦 不入子之例

二柱神 議 云
今 吾所生之子
不良
猶 冝 白天神之
御所
即 共参上
請天神之命

天神之命 以
布斗麻迩
【上此五字
以音】
卜相 而
詔之
女先言 而
不良
亦 還降
改言
然(シカ)れども、
度迩(クミドニ)
【此の四字、音を以ってす】
興(オコ)して、
子、水蛭子(ヒルコ)を生み、
此の子は、
葦舩に入れて、流し去(ス)つ。
次、淡(アハ)嶋を生み、
是れ亦、子の例(タグヒ)に入れず。
是れに(オ)いて、
二柱神、議りて、云ひしく、
「今、吾(ア)が生みし子、
良からず。
猶、冝(ヨロ)しく、天(アメ)神の
御所(ミモト)に白すべし。」 と。
即ち、共に参い上(ノボ)り、
天(アメ)神の命(ミコトノリ)を請ふ。
(シカ)くして、
天(アメ)神の命(ミコトノリ)、以って、
布斗麻迩(フトマニニ)
【上(カミ)此の五字、
音を以ってす】
卜相(ウラナ)ひて、
之を詔(ノ)りしく、
「女(ヲミナ)先に言ふに
()(ヨ)
りて、良からず。
亦、還り降り、
改め言(マウ)せ。」 と。
しかし、
(2神は)交わりをして、
子の水蛭子(ヒルコ)をみ、
この子は、
葦船に入れて流した。
次に、淡(アハ)島をみ、
これも、子の例には入れない。
そして、
2神は、相談して、
「今、私がんだ子は、
良くなかった。
やはり、ぜひとも、天神の所に
報告しなければ。」 と言い、
直に、共に(都へ)参上し、
天神の命令を願い出た。
そこで、
天神の命令としては、
太占(フトマニ)の占いをし、
「女が、先に言ったのが、
良くない。
また、帰り下って、言い直せ。」
と告げた。

【補足】
水蛭子(水ノ子島)(豊後国海
)と 「淡島(粟島)(讃岐国三
)は、一時利用後、支配放棄。
天族は、国生みに占いを用いる。

 降 更
其天之御柱
如先

伊耶那岐命
先言
阿那夜志袁登賣

後 妹伊耶那

阿那迩夜志袁登
古袁
如此 言竟 而
御合
生子 淡道之穂之
使別嶋
【訓別 云和氣
下效此】
次 生伊豫之二名

此嶋者
身一 面有四
四毎 而 有名

伊豫國
比賣
【此三字 以音
下效此也】
讃岐
謂飯依比古
粟國
謂大冝都比賣
【此四字 以音】
左國
謂建依別
次 生隠伎之三子

亦名
天之忍許
【訓二字
以音】
次 生筑紫嶋
此嶋 亦
身一 而 有面四
毎面 有名

筑紫國
謂白日別
豊國
謂豊日別
肥國 謂建日向日
豊久士比泥別
【自久主泥
以音】
熊曽國
謂違日別
【曽字 以音】
次 生伊岐嶋
亦名
謂天比登都柱
【自比至都
以音
爪天
如天】
次 生津嶋
亦名 謂天之使手
依比賣
次 生佐度嶋
次 生大倭豊秋津

亦名 謂天御虚空
豊秋津根別
言攵
此八嶋先所生
謂太八嶋國
故(カレ)、
(シカ)くして、降り、更に、
其の天之御柱(アメノミハシラ)を徃(ユ)
(メグ)ること、先の如し。
是れに(オ)いて、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
先に言ひしく、
「阿那
(脱字 「迩」)夜志袁登賣
袁(アナニヤシエヲトメヲ)」 と。
後に、妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)命、
言ひしく、
「阿那迩夜志袁登古袁(アナニヤシ
エヲトコヲ)」 と。
此(カク)の如く、言ひ竟(ヲ)へて、
御合(ミアヒ)し、
子、淡道之穂之使
()別(アハヂノ
ホノサワケ)嶋を生む。
【「別」 の訓み、和氣(ワケ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、伊豫之二名(イヨノフタナ)嶋を
生み、
此の嶋は、
身一つ、面(オモ)四つ有り、
四つ毎に、名有り。
故(カレ)、
伊豫(イヨ)國、
比賣(エヒメ)と謂ひ、
【此の三字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ也】
讃岐(サヌキ)
()
飯依比古(イヒヨリヒコ)と謂ひ、
粟(アハ)國、
大冝都比賣(オホゲツヒメ)と謂ひ、
【此の四字、音を以ってす】
左(トサ)國、
建依別(タケヨリワケ)と謂ふ。
次、隠伎之三子(オキノミツコ)嶋を
生み、
亦の名、
天之忍許別(アメノオシコロワケ)。
【「訓
()」 二字、
音を以ってす】
次、筑紫(ツクシ)嶋を生み、
此の嶋、亦、
身一つにして、面(オモ)四つ有り、
面(オモ)毎、名有り。
故(カレ)、
筑紫(ツクシ)國、
白日別(シラヒワケ)と謂ひ、
豊(トヨ)國、
豊日別(トヨヒワケ)と謂ひ、
肥(ヒ)國、建日向日豊久士比泥別
(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)と謂ひ、
【「久」 より 「泥」 に主
()り、
音を以ってす】
熊曽(クマソ)國、
()日別(タケヒワケ)と謂ふ。
【「曽」 字、音を以ってす】
次、伊岐(イキ)嶋を生み、
亦の名、
天比登都柱(アメヒトツハシラ)と謂ふ。
【「比」 より 「都」 に至り、
音を以ってし、
「天」 の爪
()み、
天(アメ)の如し】
次、津(ツ)嶋を生み、
亦の名、天之使
()手依比賣
(アメノサデヨリヒメ)と謂ふ。
次、佐度(サト)嶋を生む。
次、大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)
(脱字 「嶋」)を生み、
亦の名、天御虚空豊秋津根別
(アメミソラトヨアキツネワケ)と謂ふ。
言攵
()(カレ)、先に生みし
此の八つ嶋に
()(ヨ)り、
()八嶋(オホヤシマ)國と謂ふ。
それで、
そこで、(2神は)下り、更に、
その天之御柱(アメノミハシラ)を
前のように行き廻った。
そして、
伊耶那岐(イヤナキ)命が、先に、
「なんと、すばらしい乙女を。」
と言い、
後で、妻の伊耶那美(イヤナミ)命が、
「なんと、すばらしい男を。」
と言った。
このように、言い終えて、交わり、
子の淡道之穂之狭別(アハヂノホノサ
ワケ)島(淡路島)んだ。
次に、伊予之二名(イヨノフタナ)島
(四国)み、
この島は、1体で4方面あり、
4方面毎に、名があった。
それで、伊予(イヨ)国は、愛比売
(エヒメ)、讃岐(サヌキ)国は、飯依比古
(イヒヨリヒコ)、阿波(アハ)国は、大冝都
比売(オホゲツヒメ)、土佐(トサ)国は、
建依別(タケヨリワケ)と謂う。
次に、隠伎之三子(オキノミツコ)島
(隠岐)み、亦の名は、天之忍
許呂別(アメノオシコロワケ)。
次に、筑紫(ツクシ)島(九州)
み、この島もまた、14方面で、
各方面毎に、名があった。
それで、筑紫(ツクシ)国は、白日別
(シラヒワケ)と謂い、豊(トヨ)国は、
豊日別(トヨヒワケ)と謂い、
肥(ヒ)国は、建日向日豊久士比泥
別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)と謂い、
熊曽(クマソ)国は、建日別(タケヒワケ)
と謂う。
次に、伊岐(イキ)島(壱岐)み、
亦の名は、天比登都柱(アメヒトツ
ハシラ)と謂う。
次に、津(ツ)島(対馬)み、
亦の名は、天之狭手依比売(アメノ
サデヨリヒメ)と謂う。
次に、佐度(山島)(サト)島(韓地
巨済島)む。
次に、大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)
(山陽)み、
亦の名は、天御虚空豊秋津根別
(アメミソラトヨアキツネワケ)と謂う。
それで、(この国の全体を)
先にんだ、この8島に因んで、
大八島(オホヤシマ)国と謂う。

【補足】
支配して 「」 んだ 「国土」 の
(亦の名)は、領主名を示し、
淡路島の領主は、「淡道之穂之
狭別
」、四国4方面の領主は、そ
れぞれ、「愛比売飯依比古
大冝都比売建依別」、隠岐
の領主は、「天之忍許呂別」、九
州4方面の領主は、それぞれ、
白日別豊日別建日向日
豊久士比泥別
建日別」。
壱岐の領主は、「天比登都柱」、
対馬の領主は、「天之狭手依比
」、佐度の領主はなく、
実は、この壱岐対馬佐度は、
過去の天族支配地。
大倭豊秋津島」 は、方面別な
く、「大倭」 の 「安芸」 の在る山
陽の地で、山陽の領主を、「天御
虚空豊秋津根別
」 とした。
なお、「大八島国」 には、天族が、
未だ支配していない地(山陰・
畿内・北陸・東山・東海・他)を、
含んでいない。
然後 還坐之時
生吉兒嶋
亦名
謂建日方別
次 生小豆嶋
亦名
謂大野午比賣
次 生大嶋
亦名
謂大麻流別
【自至流
以音】
次 生女嶋
亦名 謂天一根
【訓天 如天】
次 生知訶嶋
亦 謂天之忍男
次 生兩兒嶋
亦名 謂天兩屋
自吉兒嶋
至天兩屋嶋
并六嶋
然(シカ)る後、還り坐(イマ)す時、
()兒(キビコ)嶋を生み、
亦の名、
建日方別(タケヒカタワケ)と謂ひ、
次、小豆(ヲヅ)嶋を生み、
亦の名、大野午
()比賣(オホノテ
ヒメ)と謂ひ、
次、大(オホ)嶋を生み、
亦の名、
麻流別(オホタマルワケ)と謂ひ、
【「」 より 「流」 に至り、
音を以ってす】
次、女(メ)嶋を生み、
亦の名、天一根(アメヒトネ)と謂ひ、
【「天」 の訓み、天(アメ)の如し】
次、知訶(チカ)嶋を生み、
亦、天之忍男(アメノオシヲ)と謂ひ、
次、兩兒(フタコ)嶋を生み、
亦の名、天兩屋(アメフタヤ)と謂ふ。
()兒(キビコ)嶋より、
天兩屋(アメフタヤ)嶋に至り、
并(アハ)せ六嶋。
その後、(2神が)帰られる時、
吉備児(キビコ)島をみ、
亦の名は、建日方別(タケヒカタワケ)、
次に、小豆(ヲヅ)島をみ、
亦の名は、大野手比売(オホノテヒメ)、
次に、(周防)大(オホ)島をみ、
亦の名は、大多麻流別(オホタマルワ
ケ)、次に、女(メ)島(姫島)み、
亦の名は、天一根(アメヒトネ)、
次に、知訶島(宗像大島)をみ、
亦の名は、天之忍男(アメノオシヲ)、
次に、両児(フタコ)島(沖の島)
み、亦の名は、天両屋(アメフタヤ)
と謂う。
吉備児(キビコ)島天両屋(アメフタ
ヤ)島の合計6島。
【補足】
還坐之時」 とは、国生み遠征か
らの帰還(東⇒西)海路(播磨灘
⇒周防灘⇒玄界灘)のこと。
吉備児島両児島」 領主を
建日方別天両屋」 とした。

2神が、神々を生む (大事忍男神和久産巣日神)
原文読み口語訳
既 生國竟
更 生神
言攵
生神
名 大事忍男神
次 生石吉神

【爪石
云伊波
亦 吉二字
以音
下效此々】
次 生石比賣神
次 生大戸日別神
次 生天之男神

次 生大屋古神
次 生風木津別之
忍男神
【訓風 加耶
訓木 以音】
次 生海神
名 大綿津見神
次 生水戸神
名 速秋津日子神
次 妹速秋津比賣

語順ミス
自 津比賣神
并十神
大事忍男神 至秋
既に、國を生み竟(ヲ)へ、
更に、神を生む。
言攵
()(カレ)、
生める神、
名、大事忍男(オホコトオシヲ)神、
次、石
()(イハツチビコ)神
を生み、
【「石」 の爪
()み、
伊波(イハ)と云ひ、
亦、「
()」 二字、
音を以ってし、
下(シモ)此此に效(ナラ)へ】
次、石比賣(イハスヒメ)神を生み、
次、大戸日別(オホトヒワケ)神を生み、
次、天之
()男(アメノタダヲ)神
を生み、
次、大屋古(オホヤビコ)神を生み、
次、風木津別之忍男(カヤモクツワケノ
オシヲ)神を生み、
【「風」 の訓み、加耶(カヤ)、
「木」 の訓み、音を以ってす】
次、海神を生み、
名、大綿津見(オホワタツミ)神、
次、水戸(ミナト)神を生み、
名、速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神、
次、妹(イモ)速秋津比賣(ハヤアキツ
ヒメ)神。
語順ミス
(大事忍男(オホコトオシヲ)神より、秋)
津比賣(アキツヒメ)神に至り、
并(アハ)せ十神。
(2神は)既に、国をみ終え、
更に、神をんだ。
それで、んだ神は、
名は、大事忍男(オホコトオシヲ)神、
次に、石土毘古(イハツチビコ)神を
み、
次に、石巣比売(イハスヒメ)神を
み、次に、大戸日別(オホトヒワケ)神
み、
次に、天之須男(アメノタダヲ)神を
み、
次に、大屋毘古(オホヤビコ)神を
み、
次に、風木津別之忍男(カヤモクツワケ
ノオシヲ)神をみ、
次に、海神をみ、
名は、大綿津見(オホワタツミ)神、
次に、水戸(ミナト)神をみ、
名は、速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神、
次に、妻の速秋津比売(ハヤアキツ
ヒメ)神(夫婦神)
大事忍男(オホコトオシヲ)神速秋津
比売(ハヤアキツヒメ)神の合計10神。

【補足】
生神」 とは役人の選任のこと。
山陽の領主 「天御虚空豊秋津
根別
」 の下、内陸側に、「大事忍
風木津別之忍男」 7神新
任、瀬戸内海側に、「大綿津見
速秋津比売」 3神新任。
此速秋津日子
速秋津比賣
二神
河海持別 而
生神
名 沫那藝神
【那藝二字 以音
下效此】
次 沫那
【那二字 以音
下效此】
次 頬那藝神
次 頬那
次 天之水分神
【訓分 云久麻理
下效此】
次 國之水分神
次 天之久比奢
智神
【自久以下五字
以音
下效此】
次 國之久比奢
智神
自沫那藝神 至國
之久比奢智神
并八神
此の速秋津日子(ハヤアキツヒコ)、
速秋津比賣(ハヤアキツヒメ)、
二(フタ)神、
河海(カハミ)に
()(ヨ)り持ち
別けて、生める神、
名、沫那藝(アワナギ)神、
【「那藝」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、沫那(アワナミ)神、
【「那」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、頬那藝(ツラナギ)神、
次、頬那(ツラナミ)神、
次、天之水分(アメノミクマリ)神、
【「分」 の訓み、久麻理(クマリ)と
云ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、國之水分(クニノミクマリ)神、
次、天之久比奢智(アメノクヒザモチ)
神、
【「久」 より下(シモ)五字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、國之久比奢智(クニノクヒザモチ)
神。
沫那藝(アワナギ)神より、國之久
比奢智(クニノクヒザモチ)神に至り、
并(アハ)せ八神。
上記速秋津日子(ハヤアキツヒコ)
速秋津比売(ハヤアキツヒメ)の
2(夫婦神)が、
海を分担して、んだ神は、
名は、沫那芸(アワナギ)神、
次に、沫那美(アワナミ)神、
次に、頬那芸(ツラナギ)神、
次に、頬那美(ツラナミ)神、
次に、天之水分(アメノミクマリ)神、
次に、国之水分(クニノミクマリ)神、
次に、天之久比奢母智(アメノクヒ
ザモチ)神、
次に、国之久比奢母智(クニノクヒ
ザモチ)神。
沫那芸(アワナギ)神国之久比奢
母智(クニノクヒザモチ)神の合計8神。

【補足】
山陽に選任された上記水戸神の
速秋津日子速秋津比売」 2
神が、「伊耶那岐伊耶那美
2神の代理で、役職を新設し、
上記 「速秋津」 夫婦神2神の
下、港の川内平野側に、「天之水
国之久比奢母智」 4神新
任、港の海側に、「沫那芸
那美
」 4神新任。
次 生風神
名 志那都法古神
【此神名 以音】
次 生木神
名 久々能智神
【此神名 以音】
次 生山神
名 大山津見神
次 生野神
名 麻屋野比賣神
亦名 謂野推神

自志那都比
至野推
并四神
次、風神を生み、
名、志那都法
()古(シナツヒコ)神、
【此の神名、音を以ってす】
次、木神を生み、
名、久久能智(ククノチ)神、
【此の神名、音を以ってす】
次、山神を生み、
名、大山津見(オホヤマツミ)神、
次、野神を生み、
名、麻
(鹿)屋野比賣(カヤノヒメ)神、
亦の名、野推
()(ノツチ)神
と謂ふ。
志那都比
()(シナツヒコ)神より、
野推
()(ノツチ)に至り、
并(アハ)せ四神。
(伊耶那岐命伊耶那美命2神は)
次に、風神をみ、
名は、志那都比古(シナツヒコ)神、
次に、木神をみ、
名は、久久能智(ククノチ)神、
次に、山神をみ、
名は、大山津見(オホヤマツミ)神、
次に、野神をみ、
名は、鹿屋野比売(カヤノヒメ)神、
亦の名は、野椎(ノツチ)神と謂う。
志那都比古(シナツヒコ)神野椎
(ノツチ)の合計4神。

【補足】
九州4領主の下、上記4神新任。
此大山津見神
野椎神 二神
山野持別 而
生神
名 天之使
【訓 云豆知
下效此】
次 國之侠
次 天之侠霧神
次 國之侠霧神
次 天之闇戸神
脱落
( 国之闇戸神)

次 大戸或子神
【訓或
云麻刀比
下效此】
次 大戸或女神
自天之侠古神
至大戸或女神
并八神也
此の大山津見(オホヤマツミ)神、
野椎(ノツチ)神、二(フタ)神、
山野に
()(ヨ)り持ち別けて、
生める神、
名、天之使
()(アメノサヅチ)神、
【「」 の訓み、豆知(ヅチ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、國之侠
()(クニノサヅチ)神、
次、天之侠
()霧(アメノサギリ)神、
次、國之侠
()霧(クニノサギリ)神、
次、天之闇戸(アメノクラト)神、
脱落
(次、國之闇戸(クニノクラト)神)
次、大戸或子(オホトマトヒコ)神、
【「或」 の訓み、
麻刀比(マトヒ)と云ひ、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、大戸或女(オホトマトヒメ)神。
天之使
()神(アメノサヅチ)より、
大戸或女(オホトマトヒメ)神に至り、
并(アハ)せ八神也。
上記大山津見(オホヤマツミ)神
野椎(ノツチ)神の2(夫婦神)が、
山と野を分担して、んだ神は、
名は、天之狭土(アメノサヅチ)神、
次に、国之狭土(クニノサヅチ)神、
次に、天之狭霧(アメノサギリ)神、
次に、国之狭霧(クニノサギリ)神、
次に、天之闇戸(アメノクラト)神、
脱落
(次に、国之闇戸(クニノクラト)神、)

次に、大戸或子(オホトマトヒコ)神、
次に、大戸或女(オホトマトヒメ)神。
天之狭土(アメノサヅチ)神大戸或
女(オホトマトヒメ)神、合計8神である。

【補足】
伊耶那岐伊耶那美」 2神の
代理で、上記 「大山津見
」 2神の下、各々、「天之狭土
大戸惑子」 4神、「国之狭土
大戸惑女」 4神新任。
次 生神
名 鳥之石桶舩神

亦名 謂天鳥舩
次 生大冝都比賣

【此神名 以音】
次 生火之夜藝速
男神
【夜藝二字
以音也】
亦名 謂火之炫
古神
亦名 謂火之迦具

【加具二字
以音】
因此子 蕃登
【此三字 以音】
見炙 而 病
具理迩
【此四字 以音】
生神
名 金山古神
【訓金 云迦那
下效此】
次 金山賣神
次 屎 成神
名 波迩夜

【此神名 以音】
次 波迩夜

【此神名 亦
以音】
次 尿 成神
名 弥都波能賣神
次 和久産日神
此神之子
謂豊宇氣賣神
【自宇以下四字
以音】
故 伊耶那神者
自生火神
遂 神避坐也
自天鳥舩
至豊宇賣神
并八神也
次、生める神、
名、鳥之石桶
()舩(トリノイハクスフ
ネ)神、
亦の名、天鳥舩(アメトリフネ)と謂ひ、
次、大冝都比賣(オホゲツヒメ)神
を生み、
【此の神名、音を以ってす】
次、火之夜藝速男(ホノヤギハヤヲ)神
を生み、
【「夜藝」 二字、
音を以ってす也】
亦の名、火之炫古(ホノカガビコ)
神と謂ひ、
亦の名、火之迦具(ホノカグヅチ)
神と謂ふ。
【「加具」 二字、
音を以ってす】
此の子に因(ヨ)り、蕃登(ミホト)、
【此の三字、音を以ってす】
炙(アブ)られて、病み(フ)せり。
具理迩(タグリニ)、
【此の四字、音を以ってす】
生める神、
名、金山古(カナヤマビコ)神、
【「金」 の訓み、迦那(カナ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、金山賣(カナヤマビメ)神、
次、屎(クソ)に、成る神、
名、波迩夜
()古(ハニヤスビコ)
神、
【此の神名、音を以ってす】
次、波迩夜
()賣(ハニヤスビメ)
神、
【此の神名、亦、
音を以ってす】
次、尿(ユマリ)に、成る神、
名、弥都波能賣(ミツハノメ)神、
次、和久産日(ワクムスヒ)神、
此の神の子、
豊宇氣賣(トヨウケビメ)神と謂ふ。
【「宇」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
故(カレ)、伊耶那(イヤナミ)神は、
火神を生めるに自
()(ヨ)り、
遂に、神避(カムサ)り坐(イマ)す也。
天鳥舩(アメトリフネ)より、豊宇
(脱字
「氣」)賣(トヨウケビメ)神に至り、
并(アハ)せ八
()神也。
(伊耶那岐命伊耶那美命の2
)次に、んだ神は、
名は、鳥之石楠船(トリノイハクスフネ)
神、亦の名は、天鳥船(アメトリフネ)
と謂い、
次に、大冝都比売(オホゲツヒメ)神
み、
次に、火之夜芸速男(ホノヤギハヤヲ)
神をみ、
亦の名は、火之炫毘古(ホノカガビ
コ)神と謂い、
亦の名は、火之迦具土(ホノカグヅ
チ)神と謂う。
(伊耶那美命は)この子が原因
で、陰部が焼かれて、病になった。
(伊耶那美命の)嘔吐(タグリニ)が、
んだ神は、
名は、金山毘古(カナヤマビコ)神、
次に、金山毘売(カナヤマビメ)神、
次に、糞に、った神は、
名は、波迩夜須毘古(ハニヤスビコ)神
次に、波迩夜須毘売(ハニヤスビメ)神
次に、尿に、った神は、
名は、弥都波能売(ミツハノメ)神、
次に、和久産巣日(ワクムスヒ)神、
この神の子は、
豊宇気毘売(トヨウケビメ)神と謂う。
それで、伊耶那美(イヤナミ)神は、
火神をんだことが原因で、
遂に、死去されたのである。
天鳥船(アメトリフネ)豊宇気毘売(ト
ヨウケビメ)神の合計10神である。

【補足】
水軍 「天鳥船」 の将軍として、
鳥之石楠船」 選任。
四国(阿波讃岐土佐伊予)
各領主として、それぞれ、
大冝都比売火之迦具土
金山毘古金山毘売」 選任。
しかし、讃岐国で、「火之迦具土
が反逆し、その討伐のために、
伊耶那岐伊耶那美」 2神が
出征したとき、「伊耶那美」 が
負傷したため、天族の 「波迩夜
須毘古
豊宇気毘売」 5神
が、2神の救助隊に 「」 った。
その後、「伊耶那美」 は、死去。

伊耶那岐
伊耶那 二神
共所生嶋
壹拾肆又嶋
神 拾伍神
是 伊耶那
妹神避以前
所生
唯 意能碁嶋者
非所生
亦 蛭子与淡嶋
不入子之例也
凡(スベ)て、
伊耶那岐(イヤナキ)、
伊耶那(イヤナミ)、二(フタ)神、
共に生みし嶋、
壹拾肆(トオアマリヨツ)
(嶋、又)
神、拾伍(ミソアマリイツ)神。
是れ、伊耶那(イヤナミ)神、
妹(イモ)神避(カムサ)るより前(サキ)
に、生みき、
唯、意能碁(オノゴロ)嶋は、
生みしに非ず、
亦、蛭子(ヒルコ)と淡(アハ)嶋、
子の例(タグヒ)に入れざる也。
全部で、
伊耶那岐(イヤナキ)伊耶那美(イヤナ
ミ)の2神が、共にんだ島は、
14島、また、神は、35神。
これは、伊耶那美(イヤナミ)神が、
死去する前にみ、但し、意能碁
呂(オノゴロ)島は、んだのではな
く、また、蛭子(ヒルコ)と淡(アハ)島
は、子の例に入れないのである。

【補足】
2神が 「」 んだ神は、35神、
」 った神は、5神。
故 
伊耶那岐命
詔之
我那迩妹命平

【那迩二字 以音
下效此】
謂易子之一木乎

乃 匍匐御枕方
匍匐御是方 而
哭時
御涙 所成神
坐香山之尾木

名 泣澤如神

其所神避之伊耶那
神者
墓出雲國与伯伎國
堺 比婆之山也

故(カレ)、(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
之を詔(ノ)りしく、
しき我(ア)が那迩妹(ナニイモ)命
()(ヤ)、
【「那迩」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
子の一木(ヒトキ)に易(カ)へると謂
ふ乎(ヤ)。」 と。
乃ち、御枕方(ミマクラヘ)に匍匐(ハラ
バ)ひ、御是
()方(ミアシヘ)に
匍匐(ハラバ)ひて、哭く時、
御涙に、成りし神、
香(カグ)山の
()尾(ウネヲ)
(キモト)に坐(イマ)す、
名、泣澤如
()(ナキサハメ)神。
故(カレ)、
其の神避(カムサ)りし伊耶那
(イヤナミ)神は、
出雲(イヅモ)國と伯伎(ホウキ)國の
堺、比婆(ヒバ)之山に
()(ハフ)る也。
それで、そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
「愛しい私の妻を、1人の子に代
えるとは。」 と語り、
直に、(伊耶那美命の)枕元に伏
し、足下に伏して泣いた時、
その涙に、った神は、
香(カグ)山麓の木本におられる、
名は、泣沢女(ナキサハメ)神。
それで、その死去した伊耶那美
(イヤナミ)神は、出雲(イヅモ)国と伯
耆(ホウキ)国の境、比婆(ヒバ)之山
(出雲国意宇)に葬られた。

【補足】
」 った神 「泣沢女」 は天族。
伊耶那美」 の遺体は、讃岐国
⇒吉備国⇒出雲国(東出雲)
搬送されて、帰郷し、「比婆之
(出雲国意宇)に葬られた。
以後、その墓の在る東出雲の地
を、「黄泉国」 という。

伊耶那岐命が、伊耶那美命を殺した火神に報復
原文読み口語訳

伊耶那岐命
拔所御佩之十拳釼

斬其子 迦具
𩒐

著其御刀前之血

走就湯津石村
所成神者
石柝神
次 根柝神
次 石箇之男神
三神
次 著御刀

亦 走就湯津石村
所成神
名 甕速日神
次 樋速日神
次 建御雷之男神
亦名 建布都神
【布都二字 以音
下效此】
亦名 豊布都
三神
次 集御刀之手上

自手俣漏出
所成神名
【訓漏
云久伎】
闇淤加
【淤以下三字
以音
下效此】
次 闇御津羽神
上件
自石柝神以下
闇御津羽神以前
并八神者
御刀
所生之神者也
是れに(オ)いて、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
御佩(ミハ)かせりし十拳釼(トツカ
ツルギ)を拔き、
其の子、迦具(カグヅチ)神の
𩒐(クビ)を斬る。
(シカ)くして、
其の御刀(ミハカシ)前(サキ)
に著(ツ)ける血、
湯津石(ユツイハ)村に走(タバシ)り
就(ツ)き、成りし神は、
石柝(イハサク)神、
次、根柝(ネサク)神、
次、石箇
()之男(イハツツノヲ)神、
三神。
次、御刀(ミハカシ)(モト)
に著(ツ)ける血、
亦、湯津石(ユツイハ)村に走(タバシ)
り就(ツ)き、成りし神、
名、甕速日(ミカハヤヒ)神、
次、樋速日(ヒハヤヒ)神、
次、建御雷之男(タケミイカヅチノヲ)神、
亦の名、建布都(タケフツ)神、
【「布都」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
亦の名、豊布都(トヨフツ)
(脱字
「神」)、三神。
次、御刀(ミハカシ)の手上(タガミ)
に集まれる血、
手の俣(マタ)より漏(クキ)出(イ)で、
成りし神、
【「漏」 の訓み、
久伎(クキ)と云ふ】
名、闇淤加(クラオカミ)神、
【「淤」 より下(シモ)三字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、闇御津羽(クラミツハ)神。
上(カミ)の件(クダリ)、
石柝(イハサク)神より下(シモ)、
闇御津羽(クラミツハ)神より前(サキ)、
并(アハ)せ八神は、
御刀(ミハカシ)に
()(ヨ)り、
生まれし神也。
そして、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
佩いていた十拳剣(トツカツルギ)
を抜いて、
その(伊耶那岐命の)子の火之迦
具土(ホノカグツチ)神の首を斬った。
そこで、
その御刀の先に付いた血が、
湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)村に
飛び散り、った神は、
石柝(イハサク)神、
次に、根柝(ネサク)神、
次に、石筒之男(イハツツノヲ)神、
3神。
次に、御刀の本に付いた血が、
また、湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)
村に飛び散り、った神は、
名は、甕速日(ミカハヤヒ)神、
次に、樋速日(ヒハヤヒ)神、
次に、建御雷之男(タケミイカヅチノヲ)
神、
亦の名は、建布都(タケフツ)神、
亦の名は、豊布都(トヨフツ)神、
3神。
次に、御刀の柄(ツカ)に溜まった
血が、指の間から漏れ出て、
った神は、
名は、闇淤加美(クラオカミ)神、
次に、闇御津羽(クラミツハ)神。
(2)

以上、石柝(イハサク)神闇御津羽
(クラミツハ)神の合計8神は、
御刀によって生まれた神である。

【補足】
御刀」 とは、聖戦を指す。
火之迦具土」 への報復戦で、
前衛軍に 「」 ったのは、
石柝石筒之男」 3神、
中衛軍に 「」 ったのは、
甕速日建御雷之男」 3神、
後衛軍に 「」 ったのは、
闇淤加美闇御津羽」 2神。
所殺迦具神之
頭 所成神
名 正麻山津見神

次  所成神
名 淤縢山津見神
【淤縢二字
以音】
次 腹 所成神
名 奧山津見神
次  所成神
名 闇山津見神
次 左手所成神
名 志藝山津見神
【志藝二字
以音】
次 右手所成神
名 羽山津見神
次 左足所成神
名 原山津見神
次 右足所成神
名 戸山津見神
自正麻山津見神
至戸山津見神
并八神
殺(シ)しき迦具(カグヅチ)神の
頭(カシラ)に、成りし神、
名、正麻
(鹿)山津見(マサカヤマツミ)
神、
次、(ムネ)に、成りし神、
名、淤縢山津見(オドヤマツミ)神、
【「淤縢」 二字、
音を以ってす】
次、腹に、成りし神、
名、奧山津見(オクヤマツミ)神、
次、
()(ハゼ)に、成りし神、
名、闇山津見(クラヤマツミ)神、
次、左手に、成りし神、
名、志藝山津見(シギヤマツミ)神、
【「志藝」 二字、
音を以ってす】
次、右手に、成りし神、
名、羽山津見(ハヤマツミ)神、
次、左足に、成りし神、
名、原山津見(ハラヤマツミ)神、
次、右足に、成りし神、
名、戸山津見(トヤマツミ)神。
正麻
(鹿)山津見(マサカヤマツミ)神よ
り、戸山津見(トヤマツミ)神に至り、
并(アハ)せ八神。
殺した迦具土(カグヅチ)神の
頭に、った神は、
名は、正鹿山津見(マサカヤマツミ)神、
次に、胸に、った神は、
名は、淤縢山津見(オドヤマツミ)神、
次に、腹に、った神は、
名は、奧山津見(オクヤマツミ)神、
次に、陰部に、った神は、
名は、闇山津見(クラヤマツミ)神、
次に、左手に、った神は、
名は、志芸山津見(シギヤマツミ)神、
次に、右手に、った神は、
名は、羽山津見(ハヤマツミ)神、
次に、左足に、った神は、
名は、原山津見(ハラヤマツミ)神、
次に、右足に、った神は、
名は、戸山津見(トヤマツミ)神。

正鹿山津見(マサカヤマツミ)神戸山
津見(トヤマツミ)神の合計8神。

【補足】
上記 「正鹿山津見戸山津
」 8神は、「火之迦具土」 の
後任の讃岐国の共同新領主。

所斬之刀
名 謂天之尾羽張

亦名 謂伊都之尾
羽張
【伊都二字
以音】
故(カレ)、
斬りし刀、
名、天之尾羽張(アメノヲハバリ)
と謂ひ、
亦の名、伊都之尾羽張(イツノヲハ
バリ)と謂ふ。
【「伊都」 二字、
音を以ってす】
それで、(伊耶那岐命が)
斬った刀は、名は、天之尾羽張
(アメノヲハバリ)と謂い、亦の名は、伊
都之尾羽張(イツノヲハバリ)と謂う。

【補足】
伊都之尾羽張」 は、旧国名
伊都(筑紫国怡土)に由来。

伊耶那岐命が、伊耶那美命の逝った黄泉国へ行く
原文読み口語訳

欲相見其妹伊耶那

追徃黄泉國
是れに(オ)いて、
其の妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)命
を相ひ見(マミ)えむと欲(ホッ)し、
黄泉(ヨミ)國に追ひ徃(ユ)く。
そして、(伊耶那岐命は)
妻の伊耶那美(イヤナミ)命に会いた
く思い、後を追って、
黄泉(ヨミ)国に行った。

自殿縢戸出向之時
伊耶那岐命
語 詔之
我那迩妹命
吾与汝 所作之國
未作竟
故 可還

伊耶那命 
荅曰
悔哉
不速来
吾者
為黄泉戸哭

我那
【那二字 以音
下效此】
入来坐之事 恐

欲還 且 與黄泉
神相論
莫視我
如此 白 而
還入其殿内之
甚久 難待

左之御豆良

【三字 以音
下效此】
湯津々櫛之男柱
一箇 取 而
燭一火
入見之時
宇士加礼許
岐弖
【此十字 以音】
頭者 大雷居

胸者 火雷居
腹者 黒雷居
者 柝雷居

左手者 若雷居
右手者 雷居
左足者 嶋雷居
右足者 伏雷居
并八雷神 成居
(シカ)くして、
殿の縢(トジ)戸より出(イ)で向
かふ時、伊耶那岐(イヤナキ)命、
語り、之を詔(ノ)りしく、
しき我(ア)が那迩妹(ナニイモ)
命、吾(ア)と汝(ナ)、作りし國、
未だ作り竟(ヲ)へず。
故(カレ)、還る可し。」 と。
(シカ)くして、
伊耶那(イヤナミ)命、
荅(コタ)へ曰く、
「悔(クヤ)しき哉、
速(ハヤ)く来ずて。
吾(ア)は、
黄泉戸哭
()(ヨミトイマ)し為す。
然(シカ)るに、
しき我(ア)が那(ナセ)命、
【「那」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
入り来坐(マ)せる事、恐(カシコ)し。
故(カレ)、
還らむ、且(マタ)、黄泉(ヨミ)神と
相論(アゲツラ)はむと欲(ホッ)す。
我(ア)を視ること莫(ナカ)れ。」と。
此(カク)の如く、白して、
其の殿内(トノウチ)に還り入る
甚だ久しく、待ち難し。
故(カレ)、
左の御豆良(ミミヅラ)に
()せる
【三字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
湯津津(ユツツマ)櫛の男柱(ヲハシ
ラ)一箇(ヒトツ)、取り(カ)きて、
一火(ヒトヒ)燭(トモ)し、
入り見る時、
宇士加礼許岐弖(ウヂタカ
レコロロキテ)、
【此の十字、音を以ってす】
頭(カシラ)には、大雷(オホイカヅチ)
居り、
胸には、火雷(ホイカヅチ)居り、
腹には、黒雷(クロイカヅチ)居り、
()(ハゼ)には、柝雷(サクイカ
ヅチ)居り、
左手には、若雷(ワカイカヅチ)居り、
右手には、雷(ツチイカヅチ)居り、
左足には、嶋雷(シマイカヅチ)居り、
右足には、伏雷(フシイカヅチ)居り、
并(アハ)せ八雷神、成り居り。
そこで、
(伊耶那美命が)御殿の閉まった
戸から出迎えた時、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
「愛しい私の妻よ、
私と貴女が作った国は、
未だ作り終えていない。
それで、帰って来い。」 と語った。
そこで、
伊耶那美(イヤナミ)命は、答え、
「早く来てくれなくて、残念。
私は、黄泉(ヨミ)国の住人になっ
てしまった。
しかし、
愛しい私の夫が、(黄泉国に)
り来られたことは、恐れ多い。
それで、
帰りたいし、また、黄泉(ヨミ)神と
相談してみたい。 (その間)
私を見るな。」 と言った。
このように、申して、
(伊耶那美命が)その御殿の中に
戻っている時間が、大変長いの
で、(伊耶那岐命は)待ちかねた。
それで、
左の角髪(ミヅラ)に挿していた湯
津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛の太い
1つを、取り欠いて、火を点し、
入って見ると、
(伊耶那美命の身体に)
蛆がコロコロとたかって、
頭には大雷(オホイカヅチ)がり、
胸には火雷(ホイカヅチ)がり、
腹には黒雷(クロイカヅチ)がり、
陰部には柝雷(サクイカヅチ)がり、
左手には若雷(ワカイカヅチ)がり、
右手には土雷(ツチイカヅチ)がり、
左足には島雷(シマイカヅチ)がり、
右足には伏雷(フシイカヅチ)がり、
合計8雷神が、成ってた。

【補足】
伊耶那美」 の遺体は、讃岐国
⇒吉備国⇒出雲国(東出雲)
搬送されて、帰郷した。
伊耶那岐」 が、「火之迦具土
を討伐し、「伊耶那美」 の後を追
って来て、「伊耶那美」 の遺体を
引き取ろうとするも、上記 「黄泉
(8雷神)が守っていた。

伊耶那岐命 見畏
而 逃還之時
其妹伊耶那

令見辱吾

遣豫都志許賣

【此六字 以音】
令追

伊耶那岐命
取黒御縵 投棄
乃 生蒲子
是 食之
逃行
猶 追
亦 其右御
良之湯津々
 而 投棄
乃 生笋
是 拔食之
逃行
是れに(オ)いて、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
見畏(ミカシコ)みて、逃げ還る時、
其の妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)命、
言ひしく、
「吾(ア)を辱(ハズカシ)めり。」 と。
即ち、
都志許賣(ヨモツシコメ)
を遣はし、
【此の六字、音を以ってす】
追はしむ。
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、黒御縵
(クロミヅラ)を取り、投げ棄(ウ)つる
に、乃ち、蒲子(エビカヅラノミ)生え、
是れ、(ヒロ)ひ食(クラ)ふ
逃げ行く。
猶、追ひしかば、
亦、其の右の御豆良(ミミヅラ)に
()せる湯津津(ユツツマ)櫛、
引き(カ)きて、投げ棄(ウ)つる
に、乃ち、笋(タカムナ)生え、
是れ、拔き食(クラ)ふ
逃げ行く。
そして、伊耶那岐(イヤナキ)命は、
怖くなって、逃げ帰る時、
その妻の伊耶那美(イヤナミ)命は、
「私に恥をかかせた。」 と言い、
直に、黄泉醜女(ヨモツシコメ)を遣わ
し、(伊耶那岐命を)追わせた。
そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
黒い髪を取り、投げ捨てると、
直に、山葡萄の実が生え、
これを、(黄泉醜女が)拾い食べ
ている間に、逃げて行った。
更に、追ってきたので、
また、右の角髪(ミヅラ)に挿して
いる湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)
櫛を、引き欠いて、投げ捨てると、
直に、筍(タケノコ)が生え、
これを、(黄泉醜女が)抜き食べ
ている間に、逃げて行った。

【補足】
伊耶那岐」 は、「黄泉神(8雷
)が守護する 「伊耶那美」 の
遺体を見て、引き取りを諦めた。
且後者
其八雷神
副千五百之黄泉軍
令追

拔所御佩之十拳釼

後手 布伎都々
【此四字 以音】
逃来
猶 追到黄泉比良
【此二字 以音】
坂之坂
取在其坂桃子三
箇 持撃者
悉 攻返也

伊耶那岐命
告其桃子
汝 如助吾
葦原中
所宇都志伎
【此四字 以音】
青人草之落苦瀬
而 患惣時
可助

賜名号
意冨加牟豆
【自意至
以音】
且(シバラク)後には、
其の八雷神に、
千五百(チイホ)の黄泉軍(ヨミイクサ)
を副(ソ)へ、追はしむ。
(シカ)くして、
御佩(ミハ)かせりし十拳釼(トツカ
ツルギ)を拔きて、
後(シリヘ)手に、布伎都都(フキツツ)
【此の四字、音を以ってす】
逃げ来る。
猶、黄泉比良(ヨミヒラ)
【此の二字、音を以ってす】
坂の坂(サカモト)に追い到る時、
其の坂(サカモト)に在る桃子
(モモノミ)三箇取り、持ち撃てば、
悉(コトゴト)く、攻め返す也。
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
その桃の子(ミ)に告げしく、
「汝(ナ)、吾(ア)を助く如く、
葦原中(アシハラナカ)
()に、
宇都志伎(ウツシキ)
【此の四字、音を以ってす】
青人草(アヲヒトクサ)の苦瀬(クルシキセ)
に落ちて、惣(スベ)てを患(ウレ)
ふる時、助く可し。」 と。
告げしく、
「意冨加牟豆(オホカムヅミ)命と
号(ナヅ)く名を賜ふ。」 と。
【「意」 より 「」 に至り、
音を以ってす】
その後には、
(伊耶那美命は)その8雷神に、
1,500人の黄泉軍(ヨミイクサ)を付
け、(伊耶那岐命を)追わせた。
そこで、
(伊耶那岐命は)佩いていた十拳
剣(トツカツルギ)を抜いて、後ろ手に
振りながら逃げて来た。
(8雷神と黄泉軍が)
更に、黄泉比良(ヨミヒラ)坂の坂本
に追い着いた時、
(伊耶那岐命は)その坂本に在っ
た桃の実を3つ取り、持ち投げ
つけると、(8雷神と黄泉軍を)
すべて、撃退したのである。
そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、
その桃の実に、
「貴方が、私を助けたように、葦
原中(アシハラナカ)国に生きている青
人草(アヲヒトクサ)(一般人)が、苦し
い立場になって、全てを悩んで
いる時は、助けてくれ。」 と告げ、
「意冨加牟豆美(オホカムヅミ)命と
呼ぶ名を授ける。」 と告げた。

【補足】
葦原中国」 は、「青人草(一般
)の居住地(高天原」の外)
意冨加牟豆美」 は、「伊耶那
」 を助けた桃作り 「青人草」。

其妹伊耶那
身自 追来為

千引石
引寒其黄泉比良坂
其石 置中
各 對立 而
度事戸之時
伊那奈

我那藝命
為如此者
汝國之人草
一日 絞殺殺千頭


伊耶那岐命

我那迩妹命
汝 為然者
吾 一日 立千五
百産屋
是以
一日 必千人死
一日 必千五百人
生也
後(イヤハテ)に、
其の妹(イモ)伊耶那(イヤナミ)命、
身自ら、追ひ来たり。
(シカ)くして、
千引石(チヒキイハ)、其の黄泉比良
(ヨミヒラ)坂に引き寒
()(フサ)ぎ、
其の石(イハ)、中に置き、
各(オノオノ)、對(ム)き立ちて、
事戸(コトト)度(ワタ)す時、
伊那
()()(イヤナミ)命、
言ひしく、
しき我(ア)が那藝
()(ナセ)
命、此(カク)の如く為さば、
汝(ナ)が國の人草、
一日(ヒトヒ)、千頭(チカシラ)絞殺
(クビリ)殺(シ)さむ。」 と。
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)命、
詔(ノ)りしく、
しき我(ア)が那迩妹(ナニイモ)
命、汝(ナ)が然(シカ)為さば、
吾(ア)は、一日(ヒトヒ)、千五百
(チイホ)の産屋(ムヤ)を立てむ。」と。
是れを以って、
一日(ヒトヒ)、必ず千人(チタリ)死に、
一日(ヒトヒ)、必ず千五百人(チイホ
タリ)生まるる也。
最後には、
伊耶那美(イヤナミ)命が、
自ら、追って来た。
そこで、千人引きの大岩で、
その黄泉比良(ヨミヒラ)坂を塞(フサ)
ぎ、その岩を間に置き、
2神が、向かい合って、
夫婦の離別を言い渡した時、
伊耶那美(イヤナミ)命は、
「愛しい貴方が、このようなこと
をするのなら、私は、貴方の国の
人草(ヒトクサ)(一般の人)を、
1日に、1,000人絞め殺そう。」
と言った。
そこで、伊耶那岐(イヤナキ)命は、
「愛しい貴女が、そうするのなら、
私は、1日に、1,500の産屋(ムヤ)
を建てよう。」 と語った。
そこで、
1日に、必ず1,000人死に、
1日に、必ず1,500人産まれる
のである。

【補足】
伊耶那岐」 は、
伊耶那美」 と離縁して、
黄泉国(東出雲)から撤退。

号其伊耶那神命
謂黄泉津大神
亦 云
以其追斯伎斯
【此三字 以音】
而 号道敷大神

亦 所寒其黄泉坂
之石者
号道及之大神


謂寒坐黄泉戸大神


其所謂
黄泉比良坂者
今 謂出雲國之
伊賊夜坂也
故(カレ)、
其の伊耶那(イヤナミ)神命を号
(ナヅ)け、黄泉津(ヨミツ)大神と
謂ひ、亦、
其の追ひ斯伎斯(シキシ)
【此の三字、音を以ってす】
を以って、道敷(チシキ)大神と号
(ナヅ)くと云ふ。
亦、其の黄泉(ヨミ)坂を寒
()
(フサ)ぎし石(イハ)は、
道及
()(チガヘシ)之大神と号
(ナヅ)け、
亦、
()坐黄泉戸(フサギイマスヨミト)
大神と謂ふ。
故(カレ)、
其の所謂(イハユル)
黄泉比良(ヨミヒラ)坂は、
今、出雲(イヅモ)國の
伊賊
()夜(イフヤ)坂と謂ふ也。
それで、その伊耶那美(イヤナミ)命
を、黄泉津(ヨミツ)大神と呼び、
また、追いついたことで、
道敷(チシキ)大神とも謂う。
また、その黄泉(ヨミ)坂を塞いだ
岩は、道返(チガヘシ)之大神と呼
び、また、塞坐黄泉戸(フサギイマス
ヨミト)大神とも謂う。
それで、黄泉比良(ヨミヒラ)坂は、
今は、出雲(イヅモ)国の伊賦夜
(イフヤ)坂(東出雲)と謂う。

【補足】
伊耶那美」 を、「黄泉津大神
道敷大神」 等のように、「大神
で呼ぶのは、死去したためで、
伊耶那岐」 自身も、帰還後に、
大神」 と呼ばれるようになる。
道返大神」 は、「伊耶那岐」 軍
として、戦死した兵士達のこと。

伊耶那岐命の黄泉国帰りの禊で、神々3貴子成る
原文読み口語訳
是以
伊耶那伎大神 

吾者 到伊那志
許米志許米岐
【此九字 以音】
穢國 而
在神理
【此二字 以音】
故 吾者
為御身之禊 而
到坐 竺紫日向之
橘小之阿波岐
【此三字 以音】
原 而
禊祓也
是れを以って、
伊耶那伎
()(イヤナキ)大神、
詔(ノ)りしく、
「吾(ア)は、伊那志許米志許米岐
(イナシコメシコメキ)
【此の九字、音を以ってす】
穢れ國に到りて、
在り神
()理(ケリ)。
【此の二字、音を以ってす】
故(カレ)、吾(ア)は、御身(ミミ)の
禊(ミソギ)を為さむ。」 とて、
竺紫日向(チクシヒナタ)の橘小
(タチバナヲト)の阿波岐(アハキ)
【此の三字、音を以ってす】
原に、到り坐(マ)して、
禊祓(ミソギハラヒ)す也。
そこで、
伊耶那岐(イヤナキ)大神は、
「私は、なんと醜く、穢れた国に
行ったのであろうか、それで、
私の体の禊をしよう。」 と語り、
竺紫日向(チクシヒナタ)の橘小門
(タチバナヲト)の阿波岐(アハキ)原に、
到着して、禊をしたのである。

【補足】
伊耶那岐」 は、「竺紫日向」 の
港に到着した時、「伊耶那美」 の
黄泉津大神」 に対抗して、
」⇒「大神」 に昇格。
禊をしたのは、「黄泉国」 攻略の
失敗の悪い運勢を落とすため。

投棄御杖
所成神
名 衝立舩戸神
次 投棄御帯
所成神
名 道之長乳齒神
次 投棄御嚢
所成神
名 時量師神
次 投棄御衣
所成神
名 和豆良比能宇
斯能神
【此神名 以音】
次 投棄御褌
所成神
名 道俣神
次 投棄御冠
所成神
名 飽咋之宇斯能

【自宇以下三字
以音】
次 投棄()
左御手之手纒
所成神
名 奧疎神
【訓奧 云
下效此
訓疎 云奢加留
下效此】
次 奧津那藝佐
古神
【自那以下五音
以音
下效此之】
次 奧津甲斐弁羅

【自甲以下四字
以音
下效此】
次 投棄右御手
之纒 所成神
名 邊疎神
次 邊津那藝佐
古神
次 邊津甲斐弁羅

右件
自舩戸神以下
邊津甲斐弁羅神以
前 十二神者
腕著身之物
所生神也
故(カレ)、
投げ棄(ウ)つる御杖(ミツエ)に、
成りし神、
名、衝立舩戸(ツキタチフナト)神、
次、投げ棄(ウ)つる御帯(ミオビ)
に、成りし神、
名、道之長乳齒(チノナガチハ)神、
次、投げ棄(ウ)つる御嚢(フクロ)に、
成りし神、
名、時量師(トキハカラシ)神、
次、投げ棄(ウ)つる御衣(ミケシ)に、
成りし神、
名、和豆良比能宇斯能(ワヅラヒノ
ウシノ)神、
【此の神名、音を以ってす】
次、投げ棄(ウ)つる御褌(ミハカマ)
に、成りし神、
名、道俣(チマタ)神、
次、投げ棄(ウ)つる御冠(ミカガフリ)
に、成りし神、
名、飽咋之宇斯能(アキクヒノウシノ)
神、
【「宇」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
次、投げ棄(ウ)つる
左の御手の手纒(タマキ)に、
成りし神、
名、奧疎(オキザカル)神、
【「奧」 の訓み、伎(オキ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ。
「疎」 の訓み、奢加留(ザカル)と
云ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、奧津那藝佐古(オキツナギサ
ビコ)神、
【「那」 より下(シモ)五音、
音を以ってし、
下(シモ)此の之に效(ナラ)へ】
次、奧津甲斐弁羅(オキツカヒベラ)神、

【「甲」 より下(シモ)四字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、投げ棄(ウ)つる右の御手の
(脱字 「手」)纒(タマキ)に、成りし
神、名、邊疎(ヘザカル)神、
次、邊津那藝佐古(ヘツナギサ
ビコ)神、
次、邊津甲斐弁羅(ヘツカヒベラ)神。

右の件(クダリ)、
舩戸(フナト)神より下(シモ)、
邊津甲斐弁羅(ヘツカヒベラ)神より
前(サキ)、十二神は、
身に著(ツ)けたる物を腕
()
()(ヨ)り、生まれし神也。
それで、
投げ捨てた杖に、った神は、
名は、衝立船戸(ツキタチフナト)神、

次に、投げ捨てた帯に、
った神は、
名は、道之長乳歯(チノナガチハ)神、

次に、投げ捨てた袋に、
った神は、
名は、時量師(トキハカラシ)神、

次に、投げ捨てた衣に、
った神は、
名は、和豆良比能宇斯能(ワヅラヒ
ノウシノ)神、

次に、投げ捨てた袴に、
った神は、
名は、道俣(チマタ)神、

次に、投げ捨てた冠に、
った神は、
名は、飽咋之宇斯能(アキクヒノウシノ)
神、

次に、投げ捨てた左手の腕輪に、
った神は、
名は、奥疎(オキザカル)神、
次に、奥津那芸佐毘古(オキツナギサ
ビコ)神、
次に、奥津甲斐弁羅(オキツカヒベラ)
神、
次に、投げ捨てた右手の腕輪に、
った神は、
名は、辺疎(ヘザカル)神、
次に、辺津那芸佐毘古(ヘツナギサ
ビコ)神、
次に、辺津甲斐弁羅(ヘツカヒベラ)
神。
以上、船戸(フナト)神辺津甲斐弁
羅(ヘツカヒベラ)神の12神は、
身体に付けていた物を脱ぐこと
で、生まれた神である。

【補足】
伊耶那岐」 は、今回の 「黄泉
(東出雲)侵攻を中止撤退
し、「竺紫日向(筑紫国早良)
帰着して、軍装束を解いた。
その時に、「」 った上記 「
辺津甲斐弁羅」 12神
は、「伊耶那岐伊耶那美」 2
神の 「火之迦具土」 討伐まで、
2神の身辺世話をしていた従者。
是 
詔之
上瀬者 瀬 速
下瀬 弱 而
初 中瀬 堕
迦豆伎 而
滌時 所成坐神
名 八十禍津日神
【訓禍 云摩賀
下效此】
次 大禍津日神
此二神者
所到其穢繁國之時
 而
所成神之者也
次 為直其禍 而
所成神
名 神直
字 以音
下效此】
次 大直
次 伊豆能賣
并三神也
【伊以下四字
以音】
次 水底
滌時 所成神
名 底津綿津見神
重複
(【訓上
云宇閇】
次 上箇之男命
此三柱綿津見)

次 底箇之男命

滌時 所成神
名 中津綿津見神
次 中箇之男命
水上
滌時 所成神
名 上津()綿
【上 上】
津見神
次 上箇之男命
此三柱綿津見神者
阿曇連等之祖神
伊都久神也
【伊以下三字
以音
下效此】

阿曇連等者
其綿津見神之子
宇都志日金析命
之子孫也
【宇都志三字
以音】
其底箇之男命
中箇之男命
上箇之男命
三柱神
志 墨江之
三前大神也
是れに(オ)いて、
之を詔(ノ)りしく、
「上(カミ)瀬は、瀬、速(ハヤ)し、
下(シモ)瀬、弱し。」 とて、
初め、中(ナカ)瀬に、堕(オ)ち、
迦豆伎(カヅキ)
(潜き)て、
滌(スス)ぐ時、成り坐(マ)せりし神
名、八十禍津日(ヤソマガツヒ)神、
【「禍」 の訓み、摩賀(マガ)と
云ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、大禍津日(オホマガツヒ)神、
此の二(フタ)神は、
其の穢れ繁(シゲ)き國に到りし
時、
(汚垢)(ケガ)れに
()(ヨ)りて、成りし神の者也。
次、其の禍(マガ)を直さむと為
して、成りし神、
名、神直(カムナホビ)神、
【「」 字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
次、大直(オホナホビ)神、
次、伊豆能賣(イヅノメ)
(脱字
「神」)、并(アハ)せ三神也。
【「伊」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
次、水底(ミナソコ)に(オ)いて、
滌(スス)ぐ時、成りし神、
名、底津綿津見(ソコツワタツミ)神、
重複
(【「上」 の訓み、
宇閇(ウヘ)と云ふ】
次、上箇之男(カミコノヲ)命。
此の三柱の綿津見(ワタツミ))
次、底箇之男(ソココノヲ)命、
中に(オ)いて、
滌(スス)ぐ時、成りし神、
名、中津綿津見(ナカツワタツミ)神、
次、中箇之男(ナカコノヲ)命、
水上(ミナカミ)に(オ)いて、
滌(スス)ぐ時、成りし神、
名、上津綿
【「上」 、上に合はす】
津見(カミツワタツミ)神、
次、上箇之男(カミコノヲ)命。
此の三柱の綿津見(ワタツミ)神は、
阿曇連(アヅミムラジ)等の祖神(オヤ
カミ)、伊都久(イツク)
(斎く)神也。
【「伊」 より下(シモ)三字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
故(カレ)、
阿曇連(アヅミムラジ)等は、
其の綿津見(ワタツミ)神の子、
宇都志日金析(ウツシヒカナサク)命
の子孫(アナスエ)也。
【「宇都志」 三字、
音を以ってす】
其の底箇之男(ソココノヲ)命、
中箇之男(ナカコノヲ)命、
上箇之男(カミコノヲ)命、
三柱神、
()(コトゴト)く、墨江(スミノエ)の
三前(ミサキ)大神也。
そして、
(伊耶那岐大神は、竺紫日向の
橘小門阿波岐原にある川に来て)
「上流は、流れが速く、
下流は、流れが遅い。」
と語り、
初めから、中流に入り沈んで、
身体を清めた時に、
られた神は、
名は、八十禍津日(ヤソマガツヒ)神、
次に、大禍津日(オホマガツヒ)神、
この2神は、
穢れ多い(黄泉)国に行った時の
汚れによって、
った神である。

次に、その禍(マガ)を直そうとし
て、った神は、
名は、神直毘(カムナホビ)神、
次に、大直毘(オホナホビ)神、
次に、伊豆能売(イヅノメ)神、
合計3神である。

次に、水の底で身体を清めた時
に、った神は、
名は、底津綿津見(ソコツワタツミ)神、
次に、底箇之男(ソココノヲ)命、
(2)
(水の)中程で身体を清めた時
に、った神は、
名は、中津綿津見(ナカツワタツミ)神、
次に、中箇之男(ナカコノヲ)命、
(2)
水の表面で身体を清めた時に、
った神は、
名は、上津綿津見(カミツワタツミ)神、
次に、上箇之男(カミコノヲ)命、
(2)
この3神の綿津見(ワタツミ)神は、
阿曇連(アヅミムラジ)達の祖神に
祀っている神である。

それで、
阿曇連(アヅミムラジ)達は、
その綿津見(ワタツミ)神の子の、
宇都志日金柝(ウツシヒカナサク)命の
子孫である。

その底箇之男(ソココノヲ)命、
中箇之男(ナカコノヲ)命、
上箇之男(カミコノヲ)命の3神は、全
て、墨江(スミノエ)に祀られている
(神功皇后の)前の3大神である。

【補足】
伊耶那岐」 の禊で、「」 った
上記 「八十禍津日大禍津
」 の悪い運勢の2神は、
神直毘伊豆能売」 の良い
運勢の3神に代り、
また、上記 「底津綿津見
箇之男
」 6神は、「伊耶那岐」 の
水軍を担当していた従者。

洗左御目時
所成神
名 天照大御神
次 洗右御目時
所成神
名 月讀命
次 洗御鼻時
所成神
重複
(名 月讀命
次 洗御鼻時
所成神)

名 建速佐之男

佐二字
以音】
右件
八十禍津日神以下
佐之男命以前

十柱神者
滌御身
所生者也
此時
伊耶那伎命
大 歓喜

吾者 生々子 而
生終
三貴子

即 其御𩒐珠之
玉緒 由良迩
【此四字 以音
下效此】
取 由良迦志 而
賜天照大御神 而
詔之
汝命者
所知髙天原矣
事依 而 賜也
故 其御𩒐
名 謂御倉板

【訓板
那】
次 詔月讀命

汝命者
所知夜之食
事依也
【訓食
云袁
次 詔建速佐之
男命
汝命者
所知海原矣
事依也
是れに(オ)いて、
左の御目を洗ふ時、
成りし神、
名、天照(アメテラス)大御神、
次、右の御目を洗ふ時、
成りし神、
名、月讀(ツキヨミ)命、
次、御鼻を洗ふ時、
成りし神、
重複
(名、月讀(ツキヨミ)命、
次、御鼻を洗ふ時、
成りし神)
名、建速
()佐之男(タケハヤ
スサノヲ)命。
【「
()佐」 二字、
音を以ってす】
右の件(クダリ)、
八十禍津日(ヤソマガツヒ)神より下
(シモ)、速
()佐之男(ハヤスサノヲ)
命より前(サキ)、
(脱字 「四」)柱神は、
御身を滌(スス)ぐに
()(ヨ)り、
生まれし者也。
此の時、
伊耶那伎
()(イヤナキ)命、
大(オホ)いに、歓喜(ヨロコ)び、
詔(ノ)りしく、
「吾(ア)は、子を生み生みて、
生みの終(スエ)に(オ)いて、
三貴子(ウズノミコ)を
()(ウ)る。」 と。
即ち、其の御𩒐珠(ミクビタマ)の
玉の緒、由良迩(モユラニ)
【此の四字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
取り、由良迦志(ユラカシ)て、
天照(アメテラス)大御神に賜ひて、
之を詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)命は、髙天原(タカアマハラ)
をぞ所(トコロ)知らせ。」 と、
事依(コトヨ)せて、賜ふ也。
故(カレ)、其の御𩒐珠(ミクビタマ)、
名、御倉板(ミクラタナ)の神
と謂ふ。
【「板」 の訓み、
那(タナ)と云ふ】
次、月讀(ツキヨミ)命に、
詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)命は、夜之食(ヨルノヲス)

()をぞ所(トコロ)知らせ。」 と、
事依(コトヨ)す也。
【「食」 の訓み、
()(ヲス)と云ふ】
次、建速
()佐之男(タケハヤ
スサノヲ)命に、詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)命は、海原(ワタノハラ)をぞ
所(トコロ)知らせ。」 と、
事依(コトヨ)す也。
そして、
左目を洗った時に、
った神は、
名は、天照(アメテラス)大御神、
次に、右目を洗った時に、
った神は、
名は、月読(ツキヨミ)命、
次に、鼻を洗った時に、
った神は、
名は、建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)
命。
以上、
八十禍津日(ヤソマガツヒ)神速須
佐之男(ハヤスサノヲ)命の14神は、
(伊耶那岐命の)身体を滌(スス)
いだことで、生まれた者である。

この時、
伊耶那岐(イヤナキ)命は、大変喜び、
「私は、多くの子を生んで、
最後に、貴子を得た。」
と語り、
直に、その首飾り珠の玉の緒を
からからと、音を立てながら、
天照(アメテラス)大御神に授け、
「貴方は、高天原(タカアマハラ)を
治めよ。」
と語り、命じられたのである。
それで、
その首飾り珠は、
名は、御倉板挙(ミクラタナ)神
と謂う。
次に、月読(ツキヨミ)命に、
「貴方は、夜之食(ヨルノヲス)国を
治めよ。」
と語り、命じたのである。
次に、建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)
命に、
「貴方は、海原を治めよ。」
と語り、命じたのである。

【補足】
伊耶那岐」 の顔(左目右目
)から 「」 った 「3貴子
は、「伊耶那岐伊耶那美」 2
神の遠征に同行した愛児3子。
伊耶那岐」 は、「伊耶那美」 の
才能を受け継ぐ長女 「天照
に、後継者として、王権を譲り、
自分と 「天照」 の両方に、「
」 より上位の 「大御神」 を付
けて、長男 「月読次男 「建速
須佐之男
」 の地位と差別化し、
天照」 には、
高天原(現在の都=壱岐)を、
月読」 には、
夜之食国(旧都=韓地)を、
建速須佐之男」 には、
海原(間の日本海対馬)を、
それぞれ統治させることにした。

伊耶那岐大御神は、天照大御神に治世を託して死去
原文読み口語訳

各 随依賜之命

所知者之中
佐之男命
不治所命之国 而
八拳頒
至于心前
啼伊佐知伎也
【自伊下四字
以音
下效此】
其泣状者
青山 如枯山
泣枯
河海者
悉 泣乾
是以
悪神之音
如侠蝿 皆満
萬物之
悉 發
故(カレ)、
各(オノオノ)、依(ヨ)せ賜ふ命(ミコト
ノリ)の随(マニマ)に、
所(トコロ)知らす者の中、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
命(ミコトノリ)し國を治(シラ)さずて、
八拳頒
()(ヤツカヒゲ)、
心前(ムナサキ)に至り、
啼き伊佐知伎(イサチキ)す也。
【「伊」 より下(シモ)四字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
其の泣く状(サマ)は、
青き山、枯山の如く、
泣き枯れ、
河海(カハミ)は、
悉(コトゴト)く、泣き乾(ホ)す。
是れを以って、
悪(アラ)ぶる神の音(コエ)、
()蝿(サバヘ)の如く、皆な満
ち、萬(ヨロヅ)物(モノ)の(ケ)、
悉(コトゴト)く、發(オコ)る。
それで、(伊耶那岐大御神から、
貴子)各々に、寄せられた命令
のままに、
治めた者の中で、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
命じられた国(海原)を治めず
に、顎鬚が、胸元に達するまで、
泣き喚いていたのである。
その泣く様は、
青々とした山を枯れ山のように、
泣き枯らし、
川や海をすべて、泣き干すほど。
そこで、
悪神(天族に従わない神)の声
が、群がる蝿のように、満ち溢れ、
あらゆる鬼神が、
すべて、現れた。

【補足】
速須佐之男」 は、「伊耶那岐
大御神の命令に背いたため、
」 なし 「速須佐之男」 に。

伊耶那岐大御神
詔速佐之男命

河曲以 汝
不治所事作之國

哭伊佐知流

荅曰
僕者 欲罷妣國
根之堅州國故 哭


伊耶那岐大御神
大 忿怒 詔
然者 汝
不可住此國
乃 神夜良比
夜良比賜也
【自夜以下七字
以音】

其伊耶那岐大神者
坐淡海之賀也

故(カレ)、
伊耶那岐(イヤナキ)大御神、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命に、
詔(ノ)りしく、
「河曲
(何由)(ナニユエ)を以って、
汝(ナ)、事作
()(コトヨ)せし國を
治(シラ)さずて、
哭き伊佐知流(イサチル)。」 と。
(シカ)くして、
荅(コタ)へ曰く、
「僕(ヤツガレ)は、妣(ハハ)國、根之
堅州(ネノカタス)國に罷(マカ)らむと
欲(ホッ)すが故(ユエ)、哭く。」 と。
(シカ)くして、
伊耶那岐(イヤナキ)大御神、大(オホ)
いに、忿怒(イカ)り、詔(ノ)りしく、
「然(シカ)らば、汝(ナ)、
此の國に住む可からず。」 と。
乃ち、神夜良比夜良比
(カムヤラヒニヤラヒ)賜ふ也。
【「夜」 より下(シモ)七字、
音を以ってす】
故(カレ)、
其の伊耶那岐(イヤナキ)大
(脱字
「御」)神は、淡海(アフミ)の
(タガ)に坐(イマ)す也。
それで、伊耶那岐(イヤナキ)大御神
が、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に、
「何故、貴方は、命じた国(海原)
を治めず、泣き喚いているのか。」
と語った。
そこで、(速須佐之男命は)答え、
「私は、(亡き)(伊耶那美命)
居る(黄泉国=東出雲)の根之堅
州(ネノカタス)国(奥出雲)に退去し
たくて、泣いている。」 と言った。
そこで、伊耶那岐(イヤナキ)大御神
は、ひどく怒り、
「それでは、貴方は、この国には
住むことはできない。」 と語り、
直に、(速須佐之男命を天族の国
)追放処分とされたのである。
それで、
伊耶那岐(イヤナキ)大御神は、
淡海(アフミ)(筑紫国野間大池)
多賀(タガ)に居られるのである。

【補足】
速須佐之男」 は、「伊耶那岐
大御神に背いた罪で、「根之堅
州国
(黄泉国の奥、根の方の
)(奥出雲)へ追放処分に。


3.2.3 神世第13代 天照大御神と速須佐之男命

速須佐之男命が、天照大御神に対して反逆
原文読み口語訳
故 
佐之男命

然者 請天照大御
神 将罷

参上天時
山川 悉 動
 皆震

天照大御神
開驚 而

我那命之
上来由者
必不善心
我國耳

即 御髮
纒御豆羅 而

左右御豆羅
亦 御縵
示 左右御

各 纒持八尺勾
之五百津之
麻流之珠 而

【自至流四字
以音
下效此】
良迩者
貭千入之勒
【訓入 云能理
下效此
自曽至迩
以音也】
比良迩者 附五百
入之靭
亦 所取佩伊都
【此二字 以音】
之竹鞆 而
弓腹 振立 而
堅建者 向
蹈那豆
【三字 以音】
如沫雪
蹶散 而
伊都
【二字 以音】
之男建
【訓建
祁夫】
蹈建 而侍 
何故 上来
故(カレ)、是れに(オ)いて、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
言ひしく、
「然(シカ)らば、天照(アメテラス)大御
神に請ひ、将に罷(マカ)らむ。」と。
乃ち、
天(アメ)に参い上(ノボ)る時、
山川、悉(コトゴト)く、動(トヨ)み、
(クニ)、皆震(ユ)る。
(シカ)くして、
天照(アメテラス)大御神、
()き驚きて、
詔(ノ)りしく、
「我(ア)が那(ナセ)命の
上(ノボ)り来る由(ユエ)は、
必ず善(ヨ)き心にあらじ。
我(ア)が國を(ヲサ)めむと
欲(ホッ)す耳(ノミ)。」 と。
即ち、御髮(ミカミ)を
()き、
豆羅(ミミヅラ)を纒(マ)きて、
乃ち、
左右の御豆羅(ミミヅラ)に、
亦、御縵(ミカヅラ)に、
()、左右の御(脱字 「手」)
に、
各(オノオノ)、八尺(ヤサカ)勾
()
(マガタマ)の五百津(イホツ)の
()麻流(ミスマル)の珠(タマ)
を纒(マ)き持たして、
【「」 より 「流」 に至る四字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
良(ソビラ)には、千入(チノリ)
の靭
()(ユギ)を貭()ひ、
【「入」 の訓み、能理(ノリ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)ひ、
「曽」 より 「迩」 に至り、
音を以ってす也】
比良(ヒラ)には、五百入(イホノリ)の
()(ユギ)を附け、
亦、伊都(イツ)
【此の二字、音を以ってす】
の竹鞆(タカトモ)、取り佩(ハ)かし
きて、弓腹(ユハラ)、振り立てて、
堅建(カタタケ)は、股(モモ)に向け、
蹈み那豆(ナヅミ)、
【三字、音を以ってす】
沫雪(アワユキ)の如く、
蹶(ク)え散(ハララカ)して、
伊都(イツ)
【二字、音を以ってす】
の男建(ヲタケブ)、
【「建」 の訓み、
祁夫(タケブ)と云ふ】
蹈み建(タケ)びて侍り、ひしく、
「何故(ユエ)、上(ノボ)り来る。」と。
それで、そして、
(背任罪で、追放処分となった)
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
「それでは、天照(アメテラス)大御神
に願い出て、退去しよう。」
と言い、
直に、(天照大御神が居る)
高天原(タカアマハラ)に参上する時、
山川が皆動き、国中が揺れた。
それで、
天照(アメテラス)大御神は、
(速須佐之男の高天原参上を)
聞き驚いて、
「私の弟が上来する訳は、絶対に、
善良な考えからではないだろう。
私の国を治めたいだけ。」
と語り、
そのため、髪を解き、
角髪(ミヅラ)を束ねて、
直に、左右の角髪(ミヅラ)に、
また、頭髪に、また、左右の手に、
各々、八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)
500個を貫き通した輪の珠を
巻き付け、
背には、
矢が1,000本入る靫を負い、
横には、
矢が500本入る靫を付け、
また、(肘には、威勢よく高鳴り
する)伊都之竹鞆(イツノタカトモ)を
佩いて、弓を振り立てて、
堅固な陣地は、足で踏み慣らし、
(土を)沫雪のように、蹴散らし
て、(荒々しい振る舞いの)伊都
之男建(イツノヲタケブ)で踏み歩き、
奮い立って居り、
(速須佐之男命に)
「何故、上来したのか。」
と尋ねた。

【補足】
速須佐之男」 は、「伊耶那岐
大御神の死後は、その後継者の
天照」 大御神()への対抗姿
勢を強め、追放先の 「根之堅州
(奥出雲)へ退去する前に、
天照」 に挨拶をするという口
実で、私兵を率いて、「高天原
()占拠と政権簒奪を謀った。
しかし、「天照」 は、「山川悉動
國土皆震」 を聞いて、
速須佐之男」 の襲来を知り、
男装して応戦に備えた。
尚、「伊都之竹鞆伊都之男
」 は、旧国名 「伊都(筑紫国
怡土)に由来している。

佐之男命
荅曰
僕者 無耶心

唯 大御神之命
以 同賜僕之哭
伊佐知流之事
故 自都良久
【三字 以音】
僕 欲徃妣國

以 哭

大御神 詔
汝者 不可在此國
而 神夜良比夜良
比賜
故 以為 請将罷
徃之状
参上耳
無異心

天照大御神

然者 汝心之清洲
何以知

佐之男命
荅曰
各 宇氣比 而
生子
【自宇以下三字
以音
效此】
(シカ)くして、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
荅(コタ)へ曰く、
「僕(ヤツガレ)は、耶
()(ヤマ)しき
心無し。
唯、大御神の命、以って、
僕(ヤツガレ)の哭き伊佐知流(イサ
チル)の事を同
()ひ賜ふに、
故(カレ)、自
()し都良久(ツラク)、
【三字、音を以ってす】
『僕(ヤツガレ)、妣(ハハ)國に徃(ユ)
かむと欲(ホッ)し、
以って、哭く。』と。
(シカ)くして、
大御神、詔(ノ)りしく、
『汝(ナ)は、此の國に在る可か
らず。』とて、神夜良比夜良比
(カムヤラヒヤラヒ)賜ふ。
故(カレ)、将に罷(マカ)り徃(ユ)か
む状(サマ)を請ひ為すを以って、
参い上(ノボ)る耳(ノミ)。
異(ケ)しき心無し。」 と。
(シカ)くして、
天照(アメテラス)大御神、
詔(ノ)りしく、
「然(シカ)らば、汝(ナ)が心の清き
洲(シマ)、何を以って知る。」 と。
是れに(オ)いて、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
荅(コタ)へ曰く、
「各(オノオノ)、宇氣比(ウケヒ)て、
子を生まむ。」 と。
【「宇」 より下(シモ)三字、
音を以ってし、
此れに效(ナラ)へ】
そこで、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、答え、
「私には、下心は無い。
唯、(伊耶那岐)大御神に、
私が泣き喚いている事を問われ、
『私は、母の居る国に行きたくて
泣いている。』と申したところ、
そこで、
(伊耶那岐)大御神は、
『貴方は、この国に居れない。』
と語って、(私を)追放された。
それで、退去しようとしている
様を、(貴女に)願い出るために、
(高天原に)参上しただけで、
謀反の心は無い。」 と言った。
そこで、
天照(アメテラス)大御神は、
「それでは、貴方の心の潔白を
どうして知ればよい。」 と語り、
そして、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、答え、
「各々、誓約をして、子を生も
う。」 と言った。

【補足】
速須佐之男()は、「高天原
()の臨戦態勢を見て、急襲を
諦め、「天照()と人財(人質)
を出し合って、「誓約」 をするこ
とにした。
天照」 は、「伊耶那岐」 大御神
に背いてからの 「速須佐之男
による奇怪な行動と、度重なる
無邪心無異心」 の弁明か
ら、弟の下心を見抜いていた。

速須佐之男命と天照大御神が、誓約し決裂
原文読み口語訳
故 
各 中置天安阿

宇氣有時
天照大御神 先
乞度 建速佐之
男命 所佩十拳釼

打折三段 而
那登々由良迩

【此八字 以音
下效此】
振滌天之真名井

佐賀迩迦 而
【自佐下六字
以音
下效此】
脱落
(吹棄氣吹之使
霧 所成神
御名 紀理

【此神名
以音】)

亦御名 謂奧津嶋
比賣命
次 市寸嶋汜賣命

亦御名 謂侠依
賣命
次 岐都比賣命
【三柱 此神名
以音】
故(カレ)、(シカ)くして、
各(オノオノ)、天安(アメヤス)阿
()
中に置きて、
宇氣有(ウケウ)時、
天照(アメテラス)大御神、先に、
建速
()佐之男(タケハヤスサノヲ)
命、佩(ハ)かせりし十拳釼(トツカ
ツルギ)を乞ひ度(ワタ)し、
三段(ミキダ)に打ち折りて、
(脱字 「奴」)那登由良迩
(ヌナトモモユラニ)、
【此の八字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
天之真名井(アメノマナイ)を
振り滌(スス)ぎて、
佐賀迩迦(サガミニカミ)て、
【「佐」 より下(シモ)六字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
脱落
(吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の
使()霧に、成りし神、
御名、紀理賣(タキリビメ)命、

【此の神名、
音を以ってす】)
亦の御名、奧津嶋比賣(オキツシマヒメ)
命と謂ひ、
次、市寸嶋汜
()賣(イチキシマヒメ)
命、
亦の御名、侠
()賣(サヨリ
ビメ)命と謂ひ、
次、岐都比賣(タキツヒメ)命。
【三柱、此の神名、
音を以ってす】
それで、そのようにして、
(天照大御神建速須佐之男命
)各神は、(高天原の)天安川
(アメヤスカハ)を挟み、向き合って、
誓約をした時、
天照(アメテラス)大御神は、先に、
建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命が、
佩いていた十拳剣(トツカツルギ)を
貰い受け、
3回分に折って、
喉と共にからからと、天之真名井
(アメノマナイ)でゆすぎ、よく噛んで、
脱落
(吹き出した息の霧にった神
は、御名は、多紀理毘売(タキリビメ)
)

亦の御名は、奥津島比売(オキツシマ
ヒメ)命と謂い、
次に、市寸島比売(イチキシマヒメ)命、
亦の御名は、狭依毘売(サヨリビメ)
命と謂い、
次に、多岐都比売(タキツヒメ)命。

【補足】
」 なし 「速須佐之男」 は、
隠していた剣が露見して、「
あり 「建速須佐之男」 になる。
天照」 が、「建速須佐之男」 の
十拳剣」 を噛み砕き、吹き出し
た息の霧に 「」 った3女神は、
建速須佐之男」 の 「十拳剣
との交換に、「天照」 が差し出し
た 「天照」 の人財。
その人財は、「御名」 と記された
ように、天族でも、特別な存在。
佐男命
乞度 天照大御神
所纏左御美豆良
八尺勾
五百津之
麻流珠

奴那登々由良
振滌天之真名井

佐賀迩迦美 而
吹棄氣吹之侠霧
所成神
御名 正勝吾勝々
速日天之忍穂耳命
亦 乞度 所纏右
豆良之珠 而
佐賀美迩迦 而
吹棄氣吹之侠霧
所誠神
御名 天之菩早能

【自菩下三字
以音】
亦 乞度 所纏右
御手之珠 而
佐賀迩迦 而
吹棄氣吹之侠霧
所成神
御名 天津日子根

又 乞度 所纏左
御手之珠 而
佐賀迩迦 而
吹棄氣吹之侠霧
所成神
御名 活津日子根

亦 乞度 所纏右
御手之珠 而
佐賀迩迦 而
吹棄氣吹之御霧
所成御神
御名 熊野久瀬

【自久下三字
以音】
并五柱
()(脱字 「之」)男(ハヤ
スサノヲ)命、天照(アメテラス)大御
神、左御美豆良(ミミヅラ)に纏(マ)
きし、八尺(ヤサカ)勾
()
(マガタマ)の五百津(イホツ)の
()麻流(ミスマル)珠(タマ)を、
乞ひ度(ワタ)して、
奴那登由良(ヌナトモモユラニ)、
天之真名井(アメノマナイ)を
振り滌(スス)ぎて、
佐賀迩迦美(サガミニカミ)て、
吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の侠

()霧に、成りし神、
御名、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳
(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命、
亦、右御豆良(ミミヅラ)に纏(マ)
きし珠(タマ)を乞ひ度(ワタ)して、
佐賀美迩迦(サガミニカミ)て、
吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の侠

()霧に、誠()りし神、
御名、天之菩早
()能(アメノホヒノ)
命、
【「菩」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
亦、右御手
(御髪)(ミカミ)に纏(マ)
きし珠(タマ)を乞ひ度(ワタ)して、
佐賀迩迦(サガミニカミ)て、
吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の侠

()霧に、成りし神、
御名、天津日子根(アメツヒコネ)命、

又、左御手に纏(マ)きし珠(タマ)を
乞ひ度(ワタ)して、
佐賀迩迦(サガミニカミ)て、
吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の侠

()霧に、成りし神、
御名、活津日子根(イクツヒコネ)命、

亦、右御手に纏(マ)きし珠(タマ)を
乞ひ度(ワタ)して、
佐賀迩迦(サガミニカミ)て、
吹き棄(ウ)つる氣吹(イブキ)の御
霧に、成りし御神、
御名、熊野久瀬(クマノクセビ)命。

【「久」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
并(アハ)せ五柱。
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
天照(アメテラス)大御神が、
左の角髪(ミヅラ)に巻いていた
八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)500個を
貫き通した輪の珠をもらい受け、
喉と共にからからと、
天之真名井(アメノマナイ)でゆすぎ
清めて、よく噛んで、吹き出した
息の霧に、った神は、
御名は、正勝吾勝勝速日天之忍
穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミ
ミ)命、
また、(天照大御神が)右の角髪
(ミヅラ)に巻いていた珠をもらい
受け、よく噛んで、吹き出した息
の霧に、った神は、
御名は、天之菩卑能(アメノホヒノ)命、
また、(天照大御神が)頭髪に巻
いていた玉をもらい受け、
よく噛んで、吹き出した息の霧
に、った神は、
御名は、天津日子根(アメツヒコネ)命、

また、(天照大御神が)左手に巻
いていた珠をもらい受け、
よく噛んで、吹き出した息の霧
に、った神は、
御名は、活津日子根(イクツヒコネ)命、
また、(天照大御神が)右手に巻
いていた珠をもらい受け、
よく噛んで、吹き出した息の霧
に、った神は、
御名は、熊野久瀬毘(クマノクセビ)命
合計5神。

【補足】
建速須佐之男」 は、「誓約」 で、
十拳剣」 を失ったことにより、
」 なし 「速須佐之男」 に戻っ
てしまった。
速須佐之男」 が、「天照」 の
八尺勾瓊」 を噛み砕き、吹き出
した息の霧に 「」 った5神は、
天照」 の 「八尺勾瓊」 との交
換に、「速須佐之男」 が差し出し
た 「速須佐之男」 の人財。
その人財は、「御名」 と呼ばれる
ように、 天族でも、特別な存在。

天照大御神
告速佐之男命
是後 所生五柱男
子者
物實我物所成故

白 吾子也
先所生之三柱女子

物實汝物所成故

乃 汝子也
如此 詔別也

其先所生之神
紀賣命者
形之奧津宮

次 市寸嶋比賣命

形之中津宮

次 田寸津比賣命

形三邊津

此三柱神者
形君等之以伊都
久三前大神者也

故 此後
所生五柱子之中
天菩比命之子

建比良鳥命
此 出雲國造
无耶志國造
重複
(无耶志國造)

上菟上國造
下菟上國造
伊自牟國造
津嶋縣直
遠江國造
等之祖
次 天津日子根命

凡川内國造
額田部湯坐連
木國造
倭田中直
山代國造
馬来田國造
道尻岐閇國造
因等國造
倭俺遠髙市縣主

蒲生稲寸
三枝部造
等之祖也
是れに(オ)いて、
天照(アメテラス)大御神、速
()
佐之男(ハヤスサノヲ)命に告げしく、
「是れの後、生まれし五柱の男子
(ヲノコ)は、
我(ア)が物に
()(ヨ)りて成り
し物實(モノザネ)故(ユエ)、
吾(ア)が子と白す也。
先に生まれし三柱の女子(メノコ)
は、
汝(ナ)が物に
()(ヨ)りて成り
し物實(モノザネ)故(ユエ)、
乃ち、汝(ナ)が子也。」 と。
此(カク)の如く、詔(ノ)り別く也。
故(カレ)、
其の先に、生まれし神、
(脱字 「理)賣(タキリビメ)
命は、形(ムナカタ)の奧津宮(オキツ
ミヤ)に坐(イマ)し、
次、市寸嶋比賣(イチキシマヒメ)命は、

形(ムナカタ)の中津宮(ナカツミヤ)に
坐(イマ)し、
次、田寸津比賣(タキツヒメ)命は、

形(ムナカタ)三
()邊津(ヘツ
ミヤ)に坐(イマ)す。
此の三柱神は、
形(ムナカタ)君等の以(モ)ち伊都
久(イツク)
(斎く)三前(ミサキ)大神
也。
故(カレ)、此の後、
生まれし五柱子の中、
(脱字 「之」)菩比()(脱字
「能」)(アメノホヒノ)命の子、
建比良鳥(タケヒラトリ)命、
此れ、出雲國造(イヅモクニミヤツコ)、
无耶
()志國造(ムザシクニミヤツコ)、
重複
(无耶志國造)
上菟上國造(カミウナカミクニミヤツコ)、
下菟上國造(シモウナカミクニミヤツコ)、
伊自牟國造(イジムクニミヤツコ)、
津嶋縣直(ツシマアガタアタヘ)、
遠江國造(トホアフミクニミヤツコ)
等の祖(オヤ)
(脱字 「也」)
次、天津日子根(アメツヒコネ)命は、

凡川内國造(オフシカフチクニミヤツコ)、
額田部湯坐連(ヌカタベユエムラジ)、
木國造(キクニミヤツコ)、
倭田中直(ヤマトタナカアタヘ)、
山代國造(ヤマシロクニミヤツコ)、
馬来田國造(マクタクニミヤツコ)、
道尻岐閇國造(ミチシリキヘクニミヤツコ)、
因等國造(イトクニミヤツコ)、
倭俺遠髙市縣主(ヤマトオレトホタケチ
アガタヌシ)、
蒲生稲寸(カマフイナキ)、
三枝部造(サエクサベミヤツコ)
等の祖(オヤ)也。
そして、
天照(アメテラス)大御神は、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に、
「この後で生まれた5神の男子
は、私の物からった物実だか
ら、私の子であり、
先に生まれた3神の女子は、
貴方の物からった物実だから、
そこで、貴方の子である。」
と告げ、
このように、(物実の等価交換
)決定したのである。

それで、
その先に生まれた神、
多紀理毘売(タキリビメ)命は、
宗像(ムナカタ)の沖つ宮に居られ、
次に、市寸島比売(イチキシマヒメ)命は
宗像(ムナカタ)の中つ宮に居られ、
次に、田寸津(多岐都)比売(タキツ
ヒメ)命は、宗像(ムナカタ)の辺つ宮
に居られる。

この3神は、宗像(ムナカタ)君達が、
斎く(祀る)前の3大神である。

それで、この後に、
生まれた5神の子の中で、
天之菩卑能(アメノホヒノ)命の子の
建比良鳥(タケヒラトリ)命は、
出雲国造(イヅモクニミヤツコ)、
武蔵国造(ムサシクニミヤツコ)、
上菟上国造(カミウナカミクニミヤツコ)、
下菟上国造(シモウナカミクニミヤツコ)、
伊自牟国造(イジムクニミヤツコ)、
対馬県直(ツシマアガタアタヘ)、
遠江国造(トホアフミクニミヤツコ)
達の祖先であり、

次に、天津日子根(アメツヒコネ)命は、
凡川内国造(オフシカフチクニミヤツコ)、
額田部湯坐連(ヌカタベユエムラジ)、
木国造(キクニミヤツコ)、
(大和)田中直(ヤマトタナカアタヘ)、
山背国造(ヤマシロクニミヤツコ)、
馬来田国造(ウマクタクニミヤツコ)、
道尻岐閇国造(ミチシリキヘクニミヤツコ)、
怡土国造(イトクニミヤツコ)、
(大和)俺遠高市県主(ヤマトオレ
トホタケチアガタヌシ)、
蒲生稲寸(カマフイナキ)、
三枝部造(サエクサベミヤツコ)
達の祖先である。

【補足】
速須佐之男」 が獲得した3人
財は、宗像(筑紫国)3女神。
天照」 が獲得した5人財の1人
天之菩卑」 の子の
建比良鳥」 と 「天津日子根
は、各地の役人の祖先。

佐之男命
白于天照大御神
我心 清明故
我所生之子
手弱女
此言者 自
我 勝 云 而
重複
(勝 云 而)

勝佐
【此二字 以音】
離天照大御神之營
因之阿
【此阿字 以音】
埋其溝 亦
看大嘗之殿
屎麻理
【此二字 以音】

故 雖然為
天照大御神者
登賀米受 而

如屎 酔 而
吐散登許曽
【此三字 以音】
我那之命
為 如此
又 離田之阿
埋溝者
地矣
良斯登許曽
【自阿以下七字
以音】
我那之命
為 如此 登
【此一字 以音】
詔 雖直 猶
其悪態 不止 而
(シカ)くして、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
天照(アメテラス)大御神へ白さく、
「我が心、清く明(アカ)きが故
(ユエ)、我(ア)が生みし子に、
手弱女(タヲヤメ)を
()(ウ)る。
此れ
()(ヨ)り言はば、自づか
ら、我(ア)、勝てり。」 と云ひて、
重複
(勝ちに、云ひて)
勝ち佐
()(サビ)に、
【此の二字、音を以ってす】
天照(アメテラス)大御神の營因
()
(ツクリタ)の阿(ア)を離ち、
【此の 「阿」 字、音を以ってす】
其の溝を埋め、亦、
其のこし看(メ)す大嘗(オホニヘ)
の殿に、屎(クソ)麻理(マリ)、
【此の二字、音を以ってす】
散らす。
故(カレ)、然(シカ)為すと雖も、
天照(アメテラス)大御神は、
登賀米受(トガメズ)して、
告げしく、
「屎(クソ)如きは、酔(エ)ひて、
吐き散らす登許曽(トコソ)、
【此の三字、音を以ってす】
我(ア)が那(ナセ)の命、
此(カク)の如く、為しめ。
又、田の阿を離ち、
溝を埋むるは、
地ぞ、
良斯登許曽(アタラシトコソ)、
【「阿」 より下(シモ)七字、
音を以ってす】
我(ア)が那(ナセ)の命、
此(カク)の如く、為しめ。」 登(ト)、
【此の一字、音を以ってす】
詔(ノ)り、直すと雖も、猶、
其の悪しき態(サマ)、止まずして、
轉(ウタタ)あり。
そこで、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
天照(アメテラス)大御神に申し、
「私の心は、潔白なので、
私が生んだ子に、
淑やかな女を手に入れた。
このことから言えば、当然、
私が勝ったのだ。」 と言って、
勝ちに乗じて、
天照(アメテラス)大御神の作田(ツクリ
タ)の畦(アゼ)を壊し、
その水路を埋め、また、
かの大嘗(オホニヘ)を行う御殿に
糞をし、散らかした。
それで、そのようにしても、
天照(アメテラス)大御神は、
それを咎めずに、
「糞のようなのは、酔って、
吐き散らしたもので、
私の弟(速須佐之男命)が、
このように、したのだろう。
また、田の畦(アゼ)を壊し、水路
を埋めたのは、土地を作り直す
ことで、私の弟(速須佐之男命)
が、このように、したのだろう。」
と告げ、
(速須佐之男命の勝=潔白と)
い直しても、速須佐之男命の乱
暴は、止まずに、酷くなるばかり。

【補足】
天照」 の(物実の等価交換)
定につき、「速須佐之男」 が、異
議を唱えたことで、「誓約」 決裂。
速須佐之男」 が、潔白の証とし
て、宗像3女神を得たから勝った
というのは、詭弁であるが、
天照」 が、「速須佐之男」 に、宗
像3女神を差し出した懐柔策に
は、女の自分に王権が相続され
たことによる遠慮が表れている。

天照大御神が、天石屋戸に避難復活して、反逆鎮圧
原文読み口語訳
天照大御神
坐忌服屋 而
令織神御衣之時
穿其服屋之頂
逆剥天斑馬 剥
而 所堕入時
天服織女
見驚 而
所援衝上 而

【訓
云冨登】
故 
天照大御神 見畏
開天石屋戸 而

【此三字 以音】
坐也

髙天原 皆暗
葦原中國
悉 闇
此 而
常夜 徃

万神之聲者
侠蝿那
【此二
以音】
満 万
悉 發
天照(アメテラス)大御神、
忌服屋(イミハタヤ)に坐(イマ)して、
神御衣(カムミソ)織らしむ時、
其の服屋(ハタヤ)の頂(イタダキ)を
穿(ウガ)ち、天斑馬(アメフチコマ)を
逆(サカ)剥ぎに剥ぎて、堕(オロ)し
入れし時、天服織女(アメハタオリメ)、
見驚きて、
()上(ホト)を援(ヒ)き衝きし
て、死す。
【「
()上」 の訓み、
冨登(ホト)と云ふ】
故(カレ)、是れに(オ)いて、
天照(アメテラス)大御神、見畏(ミカシコ)
み、天石屋戸(アメイハヤト)を開きて、
()し許理(コモリ)
【此の三字、音を以ってす】
坐(イマ)す也。
(シカ)くして、
髙天原(タカアマハラ)、皆暗く、
葦原中(アシハラナカ)國、
悉(コトゴト)く、闇(クラ)し。
此れに
()(ヨ)りて、
常夜(トコヨ)、徃(ユ)く。
是れに(オ)いて、
万(ヨロヅ)神の聲は、
()蝿(サバヘ)那()(ナス)、
【此の二
(脱字 「字」)
音を以ってす】
満ち、万(ヨロヅ)の(ワザハヒ)、
悉(コトゴト)く、發(オコ)る。
天照(アメテラス)大御神が、
忌服屋(機屋)に居られて、
神の御衣を織らせていた時、
(速須佐之男命が)
その服屋(機屋)の屋根を穿ち、
皮を剥いだ天斑馬(アメフチコマ)を
落とし入れた時、
天服織女(機織女)は、
これを見て驚き、
陰部を杼(ヒ)で突いて、死んだ。
それで、天照(アメテラス)大御神は、
見て恐れ、天石屋戸(アメイハヤト)
を開いて入り、(戸を)閉ざし、
籠もってしまわれたのである。
そこで、高天原(タカアマハラ)は、
皆暗く、葦原中(アシハラナカ)国も、
すべて、暗くなった。
これで、常夜(トコヨ)が、続いた。
そして、あらゆる神の声は、
群がる蝿のように騒ぎ満ち、
あらゆる禍が、すべて、起こった。

【補足】
天照」 は、「忌服屋」 に居たと
ころを、「速須佐之男」 に急襲さ
れて、負傷絶命したが、混乱を
避けるためこれを隠し、死亡し
たのは、「天服織女」 であるとし、
天照」 に成り代った 「天服織
」 が、「天石屋戸」 に避難。
常夜」 は、回復を見込む表現。
是以
八百万神
天安之河原
神集々 而
【訓集
云都度比】
髙御産日神之子
思金神 令思 而
【訓金
云加屋】
集常世長嶋鳥
令鳴 而
取天安河之河上之
天堅石
取天金山之鐵 而
人天津麻羅

【麻羅二字
以音】
科伊斯許理度賣命

【自伊下六字
以音】
令作鏡
科玉祖命
令作八尺勾之五
百津之御麻流之
珠 而
毘天兒屋命
布刀玉命 而
【布刀二字 以音
下效此】
内拔天香山之真男
麻之肩 拔 而
取天香山之
天之波々迦 而
【此三字 以音
木名】
令占合
麻迦那波 而
【自麻下四字
以音】
天香山之五百津
真賢木矣
根許士許士 而
【自許下五字
以音】
上枝
取著八尺勾
五百御麻流之

中枝
取繋八尺鏡
【訓八尺
云八阿
下枝
取垂自舟寸手
青舟寸手 而
【訓垂
云志殿】
此種々物者
布刀玉命 布刀御
幣登 取持 而
天兒屋命 布刀詔
戸言 祷白 而
天手力男神
隠立戸掖 而
天宇受賣命
手次繋天香山之
天之日影 而
為縵天之真折 而

手草 結天香山之
小竹葉 而
【訓小竹
云佐々】
天之石屋戸
伏汗氣
【此二字 以音】
而 蹈登抒許志
【此五字 以音】
為神懸 而
掛出
裳渚 忍垂
登也

髙天原 動 而
八百万神
共咲
是れを以って、
八百万(ヤホヨロヅ)神、
天安(アメヤス)
(脱字 「河」)の河原
に、神集(カムツドヒ)、集(ツドヒ)て、
【「集」 の訓み、
都度比(ツドヒ)と云ふ】
髙御産日(タカミムスヒ)神の子、
思金(オモヒカネ)神に思はしめて、
【「金」 の訓み、
加屋(カヤ)と云ふ】
常世長嶋鳥(トコヨナガシマトリ)を集
め、鳴かしめて、
天安(アメヤス)河の河上(カハカミ)の
天堅石(アメカタイハ)を取り、
天金(アメカネ)山の鐵(クロカネ)を取
りて、
()人(カヌチ)天津麻羅
(アメツマラ)を求(マ)ぎて、
【「麻羅」 二字、
音を以ってす】
伊斯許理度賣(イシコリドメ)命に
科(オホ)せ、
【「伊」 より下(シモ)六字、
音を以ってす】
鏡を作らしめ、
玉祖(タマオヤ)命に科(オホ)せ、八尺
(ヤサカ)勾
()(マガタマ)の五百
津(イホツ)の御
()()麻流
(ミスマル)の珠(タマ)を作らしめて、
天兒屋(アメコヤ)命、
布刀玉(フトタマ)命を毘(タス)けて、
【「布刀」 二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
天香(アメカグ)山の真男麻
(鹿)
(マヲカ)の肩を内拔(ウチヌキ)に拔き
て、天香(アメカグ)山の
天之波波迦(アメノハハカ)を取りて、
【此の三字、音を以ってす、
木の名】
占合(ウラナヒ)、
麻迦那波(マカナハ)しめて、
【「麻」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
天香(アメカグ)山の五百津(イホツ)
真賢木(マサカキ)をぞ、
根(ネ)許士許士(コジニコジ)て、
【「許」 より下(シモ)五字、
音を以ってす】
上枝(カミエ)に、八尺(ヤサカ)勾

()(マガタマ)の五百()(イホツ)
の御
()()麻流(ミスマル)の
()(タマ)を取り著(ツ)け、
中枝(ナカエ)に、
八尺(ヤアタ)鏡を取り繋(カ)け、
【「八尺」 の訓み、
八阿(ヤアタ)と云ふ】
下枝(シモエ)に、自()()寸手
(シロニキテ)、青舟()寸手(アヲニキ
テ)を取り垂(シデ)て、
【「垂」 の訓み、
志殿(シデ)と云ふ】
此の種種(クサグサ)の物は、
布刀玉(フトタマ)命、布刀御幣登
(フトミテグラト)に、取り持ちて、
天兒屋(アメコヤ)命、布刀詔戸言
(フトノリトゴト)を、祷(イノ)り白して、
天手力男(アメテチカラヲ)神、
戸掖(トワキ)に隠り立ちて、
天宇受賣(アメウズメ)命、
天香(アメカグ)山の天之日影(アメ
ノヒカゲ)を手次繋(タスキガケ)
して、天之真折(アメノマサキ)を縵
(カヅラ)と為して、
手草(タグサ)、天香(アメカグ)山の
小竹(ササ)葉を結(ユ)ひて、
【「小竹」 の訓み、
佐佐(ササ)と云ふ】
天之石屋戸(アメノイハヤト)に、
汗氣(ウケ)を伏せて、
【此の二字、音を以ってす】
蹈み登抒許志(トドロコシ)、
【此の五字、音を以ってす】
神懸(カムガカ)り為して、
乳(ムナチ)掛き出(イ)だし、
裳(モ)の渚
()(ヲ)、登(ホト)に、
忍(オ)し垂(シデ)る也。
(シカ)くして、
髙天原(タカアマハラ)、動(トヨ)みて、
八百万(ヤホヨロヅ)神、
共に咲(ワラ)ふ。
そこで、
八百万(ヤホヨロヅ)神が、
天安川(アメヤスカハ)の川原に集ま
り、高御産巣日(タカミムスヒ)神の子
の思金(オモヒカネ)神に思案させて、
常世長島鳥(トコヨナガシマトリ)を集め
て鳴かせ、
天安川(アメヤスカハ)の川上の天堅
石(アメカタイハ)を採り、
天金(アメカネ)山の鉄を採って、
鍛冶師を天津麻羅(アメツマラ)とし、
伊斯許理度売(イシコリドメ)命に
命じて、鏡を作らせ、
玉祖(タマオヤ)命に命じて、
八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)500個を
貫き通した輪の珠を作らせ、
天児屋(アメコヤ)命と布刀玉(フトタマ)
命を助けて、
天香(アメカグ)山の雄鹿の肩骨を
丸ごと抜き取り、天香(アメカグ)山
の天之波波迦(アメノハハカ)(桜の
)を取って、(鹿の肩甲骨を焼
)占い(太占)を取り仕切らせ、
天香(アメカグ)山の500本の真賢
木(マサカキ)を、根ごと掘り起こし、
上の枝に、八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)
500個貫き通した輪珠を付け、
中の枝に、八尺(ヤアタ)鏡を繋け、
下の枝に、白神布青神布を下げ、
この様々なことは、
布刀玉(フトタマ)命が、
布刀御幣(フトミテグラ)に整え、
天児屋(アメコヤ)命が、
布刀祝詞(フトノリト)を祈り申し、
天手力男(アメテチカラヲ)神が、天石屋
戸(アメイハヤト)の横に隠れて立ち、
天宇受売(アメウズメ)命が、
天香(アメカグ)山の天之日影(アメノ
ヒカゲ)を襷(タスキ)がけにし、
天之真柝(アメノマサキ)を髪に被り、
手に持つものには、天香(アメカグ)
山の笹の葉を結わえて、
天石屋戸(アメイハヤト)に、
槽(ウケ)を伏せて踏み、
大きな音を響かせ、
神懸って、乳房を露出し、
腰巻の紐が、
陰部に下がったのである。
そこで、
高天原(タカアマハラ)がどよめく程、
八百万(ヤホヨロヅ)神が、皆笑った。

【補足】
八百万神」 が、「天安川」 の川
原で、次項を協議した。
速須佐之男」 の反逆鎮圧
速須佐之男」 の拘束処刑
速須佐之男」 の私兵の解体
高天原葦原中国」 での
 混乱回避
政略上、「天照」 死亡を隠蔽
 し、「天服織女」 死亡とする。
外見を似させた 「天服織女
 に、「天照」 を代行させる。
天照」 を再登場させるため、
 次の復活の儀式を行なう。
 会場       天石屋戸」 前
 企画演出   思金
 長島鳥準備   思金
 鉄鍛冶     天津麻羅
 八尺鏡製作 伊斯許理度売
 八尺勾瓊製作  玉祖
 太占 天児屋布刀玉
 布刀祝詞奏上  天児屋
 布刀御幣製作  布刀玉
 神懸り舞踊    天宇受売
 天照」 代行   天服織女
 天照」 復活   天手力男
 目撃証人    八百万神
天照」 の葬儀は、事態収拾
 後、別途、病死として行なう。
上記葬儀の時、上記 「天照
 代行の 「天服織女」 を、
 他の殉葬者と共に葬る。

八百万神」 とは、別天神5神・
神世7代12神の子孫で、「速須
佐之男
」 のように処刑された者・
その一族を除く、天族の要人。

天照大御
以為 恠
細開天石屋戸 而
内告
吾 隠坐 而

以為 天原
自 闇
亦 葦原中國
皆 闇矣
何由以
天宇受賣者
為樂
亦 八百万神
諸咲

天宇受賣
白言
益汝命 而
貴神 坐
故 歓喜 咲

如此 言之
天兒屋命
布刀玉命
指出其鏡 示
奉天照大御神之時

天照大御神
逾 息竒 而

稍 自戸出 而
臨坐之時
其所隠立之手力男

取其御手
引出
即 布刀玉命
以尻久米
【此二字 以音】

控度其御後方
自言
従此以内
不得還入

天照大御神
出坐之時
髙天原及
葦原中國 自
照明
是れに(オ)いて、
天照(アメテラス)大御
(脱字「神」)
()し為すを以って、
天石屋戸(アメイハヤト)を細く開き
て、内で告げしく、
「吾(ア)が隠り坐(イマ)すに
()
(ヨ)りて、
(脱字 「髙」)天原(タカアマハラ)、自
づから、闇(クラ)し為すを以って、
亦、葦原中(アシハラナカ)國、
皆、闇(クラ)きぞ、
何由(ナニユエ)を以って、
天宇受賣(アメウズメ)は、
樂(タノシ)と為し、
亦、八百万(ヤホヨロヅ)神、
諸(モロ)咲(ワラ)ふ。」 と。
(シカ)くして、
天宇受賣(アメウズメ)、
白し言ひしく、
「汝(ナ)命に益(マ)して、
貴(タット)き神、坐(イマ)し、
故(カレ)、歓喜(ヨロコ)び、咲(ワラ)ひ、
樂(タノシ)む。」 と。
此(カク)の如く、言ふ
天兒屋(アメコヤ)命、
布刀玉(フトタマ)命、
其の鏡を指し出(イ)だし、示し、
天照(アメテラス)大御神に、
奉(タテマツ)る時、
天照(アメテラス)大御神、
逾(イヨイヨ)、竒(アヤ)しと
()ほして、
稍(ヤヤ)、戸より出(イ)でて、
臨み坐(イマ)す時、
其の隠り立ちし天手力男(アメテ
チカラヲ)神、
其の御手を取り、
引き出(イ)だし、
即ち、布刀玉(フトタマ)命、
尻久米(シリクメ)
【此の二字、音を以ってす】
縄を以って、
其の御後方(ミアトヘ)に控(ヒ)き
度(ワタ)し、自
()し言ひしく、
「此れより内に、
還(カヘ)り入るを得ず。」 と。
故(カレ)、
天照(アメテラス)大御神、
出(イ)で坐(マ)しし時、
髙天原(タカアマハラ)及び
葦原中(アシハラナカ)國、自づから、
照り明(アカ)きを
()(ウ)る。
そして、
天照(アメテラス)大御神は、
不思議に思って、
天石屋戸(アメイハヤト)を少し開き、
中から、
「私が隠れたことで、
高天原(タカアマハラ)が、自然と暗く、
また、葦原中(アシハラナカ)国も、
皆暗くなったのに、
何故、天宇受売(アメウズメ)は、
楽しくし、
また、八百万(ヤホヨロヅ)神は、
皆笑っているのか。」 と告げた。
そこで、
天宇受売(アメウズメ)は、
「貴方より尊い神が居られ、
それで、笑い楽しんでいる。」
と申した。
このように、言っている間に、
天児屋(アメコヤ)命布刀玉(フトタマ)
命が、その鏡を差し出し、
天照(アメテラス)大御神に、
示し奉げると、
天照(アメテラス)大御神は、
益々、不思議に思われ、
少し、天石屋戸(アメイハヤト)から出
(鏡を)覗かれた時、
そこに隠れていた天手力男(アメ
テチカラヲ)神が、その(天照大御神
)御手を取って引き出し、
直に、布刀玉(フトタマ)命が、
注連縄(シメナハ)を、その(天照大
御神の)背後に引き渡し、
「これ(注連縄)より内側には、
戻れない。」 と申した。
それで、天照(アメテラス)大御神が、
(天石屋戸から)出られた時、
高天原(タカアマハラ)葦原中(アシハラ
ナカ)国は、自然と明るくなった。

【補足】
天照」 復活の儀式は、「天照
に外見を似させた 「天服織女
と 「天宇受売天児屋天手
力男
布刀玉八百万神
達により、深夜から未明にかけ
て行なわれ、夜明け時に終了。
天服織女」 が変装し、日昇と
共に復活した 「天照」 代行は、
当初計画通り、「速須佐之男」 を
反逆罪で拘束し、「速須佐之男
の私兵を解体した。

八百万神
共議 而
佐之男命
貭千位置戸

亦 切鬚 及
手足爪 令拔 而
神夜良比夜良比岐
是れに(オ)いて、
八百万(ヤホヨロヅ)神、
共に議りて、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命に、
千位置戸(チクラオキト)を
()はせ、
亦、鬚(ヒゲ)を切り、及び、
手足爪、拔かしめて、神夜良比夜
良比岐(カムヤラヒヤラヒキ)。
そして、
八百万(ヤホヨロヅ)神は、
協議して、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に、
全財産(一族や獲得した宗像
3女神達を含む)の没収を科し、
また、鬚を切り、
手足の爪を抜かせて、
(「根之堅州国」 に)追放した。

速須佐之男命が、大冝都比売神の国へ立ち寄る
原文読み口語訳

食物 乞大氣都比
賣神

大氣都比賣
自鼻口及尻
種々味物取出 而
種々作具 而
進時
佐之男命
立伺 其態為穢
 而 奉進

乃 殺其大冝津比
賣神

所殺神
身 生物者
頭 生
二目 生稲種
二耳 生粟
鼻 生小豆
 生麦
尻 生大豆
故 是
神産日御祖命
令取茲成種

又、
食物(クラヒモノ)、大氣
()都比賣
(オホゲツヒメ)神に乞ふ。
(シカ)くして、
大氣
()都比賣(オホゲツヒメ)、
鼻口及び尻より、種種(クサグサ)
味物(ウマシモノ)を取り出(イ)だし
て、種種(クサグサ)を作り具へて、
進(スス)むる時、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
穢く(ケガ)して、奉(タテマツ)り
進(スス)み為せる其の態(サマ)を
立ち伺ひ、
乃ち、其の大冝津
()比賣(オホ
ゲツヒメ)神を殺(シ)す。
故(カレ)、
殺(シ)されし神、
身に、生む物は、
頭(カシラ)に、()を生み、
二つの目に、稲種(イナタネ)を生み、
二つの耳に、粟(アハ)を生み、
鼻に、小豆(ヲヅ)を生み、
()(ホト)に、麦(ムギ)を生み、
尻に、大豆(オホヅ)を生む。
故(カレ)、是れ、
神産日(カミムスヒ)御祖(ミオヤ)命、
茲(ココ)に成る種(クサ)を
取らしむ。
また、(速須佐之男命は)
食べ物を、(途上、阿波国の)大冝
都比売(オホゲツヒメ)神に求めた。
そこで、大冝都比売(オホゲツヒメ)は
口や尻から、様々な旨い物を
取り出し、
色々調理して勧めた時、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
(食べ物を)汚くして、
奉げ勧めるその様子を見ていて、
直に、その大冝都比売(オホゲツヒメ)
神を殺してしまった。
そこで、殺された(大冝都比売)
神が、身体に、んだ物は、
頭に、蚕をみ、
2つの目に、稲の種をみ、
2つの耳に、粟をみ、
鼻に、小豆をみ、
陰部に、麦をみ、
尻に、大豆をんだ。
そこで、神産巣日(カミムスヒ)命は、
ここに成った種類を取らせた。

【補足】
速須佐之男」 は、追放先の
根之堅州国(奥出雲)へ赴く
途上、「阿波国」、「大冝都比売
を殺害し、蚕・五穀の種を奪う。

速須佐之男命が、出雲国で八俣遠呂知退治
原文読み口語訳

所避追 而 降
出雲國之肥河上
名 鳥髮地
此時
箸 従其河 流丁

佐之男命

以為 人 有其河
上 而
上徃者
老夫与老二人
在 而
 置中 而


賜之
汝等者 誰

其老夫
荅言
僕者 國神
大山津見神之子焉
僕名 謂足名稚

妻名 謂手名椎
女名 謂櫛名田比

亦 
汝 哭由者 何
荅白 言
我之女者 自
在八稚女
是 髙志之八俣

【此三字 以音】
毎年 来喫
令 其可来時
故 泣
故(カレ)、
避(ヤ)り追はれて、降りしは、
出雲(イヅモ)國の肥(ヒ)河上(カハ
カミ)、名、鳥髮(トリカミ)地。
此の時、
箸、其の河より、流れ丁(アタ)る。
是れに(オ)いて、
(脱字 「速」)()佐之男(ハヤ
スサノヲ)命、
人(ヒト)、其の河上(カハカミ)に有り
と為すを以って、
尋ね(マ)ぎ上(ノボ)り徃(ユ)け
ば、老夫(オキナ)と老(オウナ)の二
人、在りて、
()(ワラハメ)、中に置きて、
泣く。
(シカ)くして、
之をひ賜ひしく、
「汝(ナ)等は、誰(タレ)ぞ。」 と。
故(カレ)、
其の老夫(オキナ)、
荅(コタ)へ言ひしく、
「僕(ヤツガレ)は、國神、
大山津見(オホヤマツミ)神の子なり。
僕(ヤツガレ)が名、足名稚
()
(アシナヅチ)と謂ひ、
妻が名、手名椎(テナヅチ)と謂ひ、
女(ヲミナ)が名、櫛名田比賣(クシ
ナダヒメ)と謂ふ。」 と。
亦、ひしく、
「汝(ナ)、哭く由(ユエ)は何。」 と。
荅(コタ)へ白し、言ひしく、
「我(ア)の女(ヲミナ)は、(モト)よ
り、八つ稚女(ワカメ)在り。
是れ、髙志(コシ)の八俣(ヤマタ)
知(ヲロチ)、
【此の三字、音を以ってす】
年毎、来て喫(クラ)ふ。
()、其の来る可き時、
故(カレ)、泣く。」 と。
それで、(速須佐之男命が)
追放されて下った所は、
出雲(イヅモ)国の斐伊(ヒイ)川上流
にある鳥髪(トリカミ)地(奥出雲)
その時、
箸が、その川に、流れてきた。
そして、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
人がその川上に居るものと思い、
尋ね求めて上って行くと、
老夫と老女の2人が居て、
少女を間にして、泣いていた。
そこで、(速須佐之男命は)
「貴方達は、誰。」 と問われた。
それで、その老夫は、答え、
「私は、国神の大山津見(オホヤマツミ)
神の子である。
私の名は、足名椎(アシナヅチ)
と謂い、
妻の名は、手名椎(テナヅチ)と謂
い、娘の名は、櫛名田比売(クシナダ
ヒメ)と謂う。」 と言った。
また、(速須佐之男命が)
「貴方が泣く訳は何。」 と問えば、
(その老夫は)答え申し、
「私の娘は、元は8人居た。
これを、高志(コシ)()国の
八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)が、
毎年、来て喰ってしまう。
今が、その来そうな時で、
それで、泣いている。」 と言った。

【補足】
速須佐之男」 は、追放先の
根之堅州国(奥出雲)に到着。
この地の娘は、毎年、「越国」 の
八俣遠呂知」 に強奪される。
足名椎」 は、「肥国」 領主 「
日向日豊久士比泥別
」 の下に
選任された 「大山津見」 の子。
 
其形 如何
荅曰
彼自
如赤加賀智 而

身一 有八頭八尾

亦 其身 生蘿及
檜椙
其長 度谿八谷
峡八尾 而
見其腹者 悉
常血爛也
【此謂赤加賀知者
今酸者也】

佐之男命
詔其老夫
是 汝之女者
吾哉
荅白
恐 亦
不覺御名

荅詔
吾者 天照大御神
之伊者也
【自伊下三字
以音】
故 今 自天
降坐也

足名稚 手名椎神

然坐者 恐
立拳
(シカ)くして、ひしく、
「其の形(カタ)、如何に。」 と。
荅(コタ)へ曰く、
「彼(カ)の自
()
赤(アカ)加賀智(カガチ)の如く
して、
身一つに、八つ頭(カシラ)、八つ尾
(ヲ)有り。
亦、其の身、蘿(ヒカゲ)及び檜(ヒ)、
椙(スギ)を生(ハ)やし、
其の長さ、谿(タニ)八つ谷(タニ)、
峡(ハザマ)八つ尾(ヲ)に度(ワタ)り
て、其の腹を見らば、悉(コトゴト)
く、常に血爛(タダ)る也。」 と。
【此の 「赤加賀知」 と謂ふは、
今の酸
(漿)(カガチ)者也】
(シカ)くして、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
其の老夫(オキナ)に、詔(ノ)りしく、
「是れ、汝(ナ)の女(ヲミナ)は、吾
(ア)に奉(タテマツ)らむ哉(ヤ)。」 と。
荅(コタ)へ白さく、
「恐(カシコ)し、亦、
御名を覺(シ)らず。」 と。
(シカ)くして、
荅(コタ)へ詔(ノ)りしく、
「吾(ア)は、天照(アメテラス)大御神
の伊(イロセ)者也。
【「伊」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
故(カレ)、今、天(アメ)より、
降り坐(マ)す也。」 と。
(シカ)くして、
足名稚
()(アシナヅチ)、手名椎
(テナヅチ)神、白さく。
「然(シカ)坐(イマ)さば、恐(カシコ)し、
立て拳
()(ア)げむ。」 と。
そこで、(速須佐之男命が)
「その形は、どのようなものか。」
と問うと、(老夫は)答え、
「その目は、赤ほおずきのようで、
1つに8つ頭と8つ尾が有る。
また、その身体は、苔むし、檜
の木を生やしていて、
その長さは、88峰にわたり、
その腹を見ると、どこもいつも
血が滲んでいるのである。」
と言った。
そこで、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命
は、その老夫(オキナ)に、
「この貴方の娘を、私に奉げる
か。」 と語ると、(老夫は)答え、
「恐れ多いことで、また、
貴名も知らない。」 と申した。
そこで、(速須佐之男命は)答え、
「私は、天照(アメテラス)大御神の弟
である。
それで、今、高天原(タカアマハラ)か
ら、下ったのである。」 と語った。
そこで、足名椎(アシナヅチ)手名椎
(テナヅチ)神は、
「そのように着かれたとは、
恐れ多いこと、用立てしよう。」
と申した。

【補足】
速須佐之男」 は、追放された身
を隠し、天神 「天照」 の弟が、
高天原()から下ったと言っ
て、「足名椎」 を信用させ、
その娘 「櫛名田比売」 とその地
根之堅州国(奥出雲)を、
越国」 の 「八俣遠呂知」 に代
って獲得しようとした。

佐之男命
乃 湯津爪櫛
取其童女 而
豆良
告其足名椎
手名椎神
汝等
醸八塩折之酒
亦 作
其垣 作八
 結八佐受岐
【此三字 以音】

毎其佐受岐
置酒舩 而
毎舩 成其八塩折
酒 而 待

随告 而 如此
 待之時
其八俣遠
信 如言来

毎舩 乗入己頭
飲其酒

飲酔留
伏寢

佐之男命
拔其所御佩之十拳

切散其
肥河 變血 而


切其中尾
将御刀之刃 毀

思恠
以御刀之前
割 而 見者
在都牟羽之大刀

取此大刀
思異物 而
自上
天照大御神也
是者 草那藝之
大刀也
【那藝二字
以音】
(シカ)くして、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
乃ち、湯津爪(ユツツマ)櫛に、
其の童女(ワラハメ)を取り成して、
豆良(ミミヅラ)に
()し、
其の足名椎(アシナヅチ)、
手名椎(テナヅチ)神に告げしく、
「汝(ナ)等、
八塩折(ヤシオヲリ)の酒を醸(カ)み、
亦、垣を作り(メグ)らし、
其の垣に、八つを作り、
毎、八つ佐受岐(サズキ)
【此の三字、音を以ってす】
を結(ユ)ひ、
其の佐受岐(サズキ)毎、
酒舩(サカフネ)を置きて、
舩毎、其の八塩折(ヤシオヲリ)酒を
()りて、待て。」 と。
故(カレ)、
随(マニマ)に告げて、此(カク)の如
く、設(マ)け
()へ、待つ時、
其の八俣遠智(ヤマタヲロチ)、
信(マコト)、言(コト)の如く来て、
乃ち、
舩毎、己が頭(カシラ)を乗せ入れ、
其の酒を飲み、
是れに(オ)いて、
飲み酔(エ)ひ留(ト)め、
伏し寢(イ)ぬ。
(シカ)くして、
()佐之男(ハヤスサノヲ)命、
其の御佩(ミハ)かしき十拳釼
(トツカツルギ)を拔き、
其の(ヲロチ)を切り散らせば、
肥(ヒ)河、血に變(カハ)りて、
流る。
故(カレ)、
其の中尾(ヲ)を切り、
将に御刀の刃(ヤイバ)、毀(コホ)る。
(シカ)くして、
()しと思ほし、
御刀の前(サキ)を以って、
()し割きて見れば、
都牟羽之大刀(ツムハネノタチ)在り。
故(カレ)、
此の大刀(タチ)を取り、
異(ケ)しき物と思ほして、
天照(アメテラス)大御神に、
()し上ぐ也。
是れは、草那藝之大刀(クサナギノ
タチ)也。
【「那藝」 二字、
音を以ってす】
そこで、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
直に、その少女(櫛名田比売)を、
湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛に
変えて、御角髪(ミミヅラ)に挿し、
その足名椎(アシナヅチ)手名椎
(テナヅチ)神に、
「貴方達は、何回も繰り返し醸造
した強い酒を造り、
また、垣を作り廻らし、
その垣に、8つ門を作り、
門毎に、8つ桟敷を構え、
その桟敷毎に、酒樽を置いて、
樽毎に、その何回も繰り返し醸造
した強い酒を一杯にして待て。」
と告げた。
それで、告げられたままに、その
ように、準備して待っていると、
その八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)が、
本当に、言う通りやって来て、
直に、樽毎に、自分の頭を乗せて
入れ、その酒を飲み、そして、酔
っ払い、腹這いに寝てしまった。
そこで、
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
佩いていた十拳剣(トツカツルギ)を
抜き、その遠呂知をばらばらに
切ったので、斐伊(ヒイ)川は、
血に染まって、流れた。
それで、
その(遠呂知の)中尾を切ると、
御刀(十拳剣)の刃が欠けた。
そこで、(速須佐之男命は)
不思議に思い、御刀(十拳剣)
で、(尾を)刺し裂いてみると、
(首を切る)頭刎(ツムハ)ねの太刀
(都牟羽之大刀)があった。
それで、(速須佐之男命は)この
太刀(都牟羽之大刀)を取り、不
思議な物と思って、天照(アメテラス)
大御神に、申し上げたのである。
これは、草那芸之大刀(クサナギノタ
チ)である。

【補足】
越国」 の 「八俣遠呂知」 が持
っていた鉄製の 「都牟羽之大
」 は、「速須佐之男」 自身が
持つ鉄製の 「十拳剣」 の刃が
欠ける程の強靭な大刀。
なお、後に、「葦原中国」 平定で
登場する 「天照」 は、襲名後継
者の 「天照」Ⅳに代っている。

出雲始祖 速須佐之男命出雲第6世 大国主神の系譜
原文読み口語訳
故 是以
其速佐之男命
 可造作之地
求出雲國
 到坐
【此二字 以音
下效此】
地 而
詔之
吾 来此地
我御心
々賀々斯

其地 作
故 其地者
今 云賀也

茲 大神
初 作之時
自其地 雲 立騰
 作御歌
其歌 曰
 夜久毛
 伊豆毛夜弊賀岐
 都麻碁微
 夜弊賀岐都久流
 曽能夜弊賀岐袁


其足名
告言
汝者 任我宮之首

貭名
号稲田宮主賀之
八耳神
故(カレ)、是れを以って、
其の速
()佐之男(ハヤスサノヲ)
命、、作り造(ハジ)むべき地を、
出雲(イヅモ)國に求(マ)ぐ。
(シカ)くして、
()賀(スガ)
【此の二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
地に到り坐(マ)して、
之を詔(ノ)りしく、
「吾(ア)、此の地に来、
我(ア)が御心、
(須須)賀賀斯(ススガガシ)。」
とて、
其の地、を作り坐(イマ)す。
故(カレ)、其の地は、
今に(オ)いて、
()賀(スガ)
と云ふ也。
茲(ココ)に、大神、
初めて、
()賀(スガ)を作る
時、其の地より、雲、立ち騰(ノボ)
り、(シカ)くして、御歌を作る。
其の歌、曰く。
 夜久毛都(ヤクモタツ)
 伊豆毛夜弊賀岐(イヅモヤヘガキ)
 都麻碁微(ツマゴミニ)
 夜弊賀岐都久流(ヤヘガキツクル)
 曽能夜弊賀岐袁(ソノヤヘガキヲ)

是れに(オ)いて、
其の足名
()(アシナヅチ)神を
(モト)め、告げ言ひしく、
「汝(ナ)は、我(ア)が宮の首(オビト)
を任(マ)き、且(マタ)、
稲田宮主
()賀之八耳(イナダ
ミヤヌシスガノヤツミミ)神と号(ナヅ)く
名を貭
()へ。」 と。
それで、そこで、
その速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、
宮殿を作り始める場所を、
出雲(イヅモ)国に探した。
そこで、須賀(スガ)の地に着かれ
「私は、この地に来て、私の気持
ちは、すがすがしい。」 と語って、
その地に宮殿を作られた。
それで、その地は、今、須賀(スガ)
(出雲国意宇)というのである。
ここに、(速須佐之男)大神が、
初めて、須賀(スガ)宮を作った
時、その地から、雲が立ち昇り、
そこで、御歌を作った。
その歌は、次の通り。
 八雲(ヤクモ)立つ
 出雲(イヅモ)八重垣(ヤヘガキ)
 妻籠(ツマゴ)みに、
 八重垣(ヤヘガキ)作る
 その八重垣(ヤヘガキ)を

そして、(速須佐之男大神は)
足名椎(アシナヅチ)神を呼んで告げ
「貴方は、私の宮殿の長を担い、
また、稲田宮主須賀之八耳(イナ
ダミヤヌシスガノヤツミミ)神
と呼ぶ名を持て。」 と言った。

【補足】
速須佐之男」 は、「須賀宮」=
稲田宮」 で、大神に昇格し、
櫛名田比売」 を正室に迎えた。

 雲が立ち昇り出た
 出雲の宮殿に妻(正室)を迎え
 何重にも取り囲む垣のよう
名田比賣 以
度迩 起 而
所生
名 謂八嶋士奴

【自士下三字
以音
下效此】

娶大山津見神之女
名 神大市比賣
生子
大年神
次 宇迦之御魂
二柱
【宇迦二字
以音】
兄 八嶋士奴
娶大山津見神之女
名 木花知流
【二字 以音】
比賣 生子
布波能遅久奴
奴神
此神
娶淤迦神之女
名 日河比賣
生子
深渕之水夜礼花神

【夜礼二字
以音】
此神
娶天之都度閇知泥

【自都下五字
以音】
生子
豆奴神
【此神名 以音】
此神
娶布怒豆怒神
【此神名 以音】
之女
名 布帝耳神
【布帝二字
以音】
生子
天之冬衣神
此神
國大神之女
名 國若比賣

生大國主神
亦名 謂大穴牟遅

【牟遅二字
以音】
亦名 謂葦原色許
男神
【色許二字
以音】
亦名 謂八千弟神

亦名 謂宇都志國
玉神
【宇都志三字
以音】
并有五名
其の()名田比賣(クシナダヒメ)、
以って、久度迩(クミドニ)起し
て、生みし、
名、八嶋士奴(ヤシマジヌミ)神
と謂ふ。
【「士」 より下(シモ)三字、
音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
又、
大山津見(オホヤマツミ)神の女(ヲミ
ナ)、名、神大市比賣(カムオホイチヒメ)、
を娶り、生める子、
大年(オホトシ)神
次、宇迦之御魂(ウカノミタマ)、
二柱。
【「宇迦」 二字、
音を以ってす】
兄(エ)、八嶋士奴(ヤシマジヌミ)神、
大山津見(オホヤマツミ)神の女(ヲミナ)
名、木花知流(コノハナチル)
【二字、音を以ってす】
比賣(ヒメ)を娶り、生める子、
布波能遅久奴
()奴(フハノモ
ヂクヌスヌ)神。
此の神、
淤迦(オカミ)神の女(ヲミナ)、
名、日河比賣(ヒカハヒメ)、
を娶り、生める子、
深渕之水夜礼花(フカフチノミヅヤレ
ハナ)神。
【「夜礼」 二字、
音を以ってす】
此の神、
天之都度閇知泥(アメノツドヘチネ)

【「都」 より下(シモ)五字、
音を以ってす】
を娶り、生める子、
豆奴(オミヅヌ)神。
【此の神名、音を以ってす】
此の神、
布怒豆怒(フノヅノ)神
【此の神名、音を以ってす】
の女(ヲミナ)、
名、布帝耳(フテミミ)神、
【「布帝」 二字、
音を以ってす】
を娶り、生める子、
天之冬衣(アメノフユキヌ)神。
此の神、
()國(サシクニ)大神の女(ヲミナ)
名、
()國若比賣(サシクニワカヒメ)
を娶り、
大國主(オホクニヌシ)神を生む。
亦の名、大穴牟遅(オホアナムヂ)神
と謂ひ、
【「牟遅」 二字、
音を以ってす】
亦の名、葦原色許男(アシハラシコヲ)
神と謂ひ、
【「色許」 二字、
音を以ってす】
亦の名、八千弟
()(ヤチホコ)神
と謂ひ、
亦の名、宇都志國玉(ウツシクニタマ)
神と謂ひ、
【「宇都志」 三字、
音を以ってす】
并(アハ)せ五つ名有り。
(速須佐之男大神が)
その櫛名田比売(クシナダヒメ)に、
交わりをして、生んだのは、
名は、八島士奴美(ヤシマジヌミ)神
と謂う。

また、大山津見(オホヤマツミ)神の娘、
名は、神大市比売(カムオホイチヒメ)
を娶り、生んだ子は、
大年(オホトシ)神、
次に、宇迦之御魂(ウカノミタマ)、
2神。

兄の八島士奴美(ヤシマジヌミ)神が、
大山津見(オホヤマツミ)神の娘、
名は、木花知流比売(コノハナチルヒメ)
を娶り、生んだ子は、
布波能母遅久奴須奴(フハノモヂク
ヌスヌ)神。
この(布波能母遅久奴須奴)
が、淤加美(オカミ)神の娘、
名は、日河比売(ヒカハヒメ)を娶り、
生んだ子は、
深渕之水夜礼花(フカフチノミヅヤレ
ハナ)神。
この(深渕之水夜礼花)神が、
天之都度閇知泥(アメノツドヘチネ)神
を娶り、生んだ子は、
淤美豆奴(オミヅヌ)神。
この(淤美豆奴)神が、
布怒豆怒(フノヅノ)神の娘、
名は、布帝耳(フテミミ)神を娶り、
生んだ子は、
天之冬衣(アメノフユキヌ)神。
この(天之冬衣)神が、
刺国(サシクニ)大神の娘、名は、
刺国若比売(サシクニワカヒメ)を娶り、
大国主(オホクニヌシ)神を生んだ。

(この大国主神の)亦の名は、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神、
葦原色許男(アシハラシコヲ)神、
八千矛(ヤチホコ)神、
宇都志国玉(ウツシクニタマ)神と謂い、
合計5個の名がある。

【補足】
始祖 「速須佐之男」 の子孫は、
正室 「櫛名田比売」 の子の系
統で、次のように続く。
 第1世 「八島士奴美
 第2世 「布波能母遅久奴須奴
 第3世 「深渕之水夜礼花
 第4世 「淤美豆奴
 第5世 「天之冬衣
 第6世 「大国主(大国の王)

この 「大国主」 の亦の名は、
次の通り。
 大穴牟遅
 葦原色許男
 八千矛
 宇都志国玉

また、「速須佐之男」 の側室
神大市比売」 の子は、
次の通り。
 大年
 宇迦之御魂


3.2.4 出雲第6世 大国主神

大穴牟遅神時代 (出雲国⇒因幡国 因幡の白兎)
原文読み口語訳

此大國主神之兄弟
八十神 坐
然 皆 國者
大國主神
故(カレ)、
此の大國主(オホクニヌシ)神の兄弟
(エオト)八十(ヤソ)神、坐(イマ)す。
然(シカ)るに、皆、國は、
大國主(オホクニヌシ)神に避(ヤ)る。
それで、
この大国主(オホクニヌシ)神の兄弟八
十(ヤソ)(多くの)神がおられた。
しかし、皆、国は、
大国主(オホクニヌシ)神に譲った。
所避者々 八十神
各 有欲婚稲羽之
八十比賣之心

共行稲羽時
大穴牟避神
 為従者


到氣之前時
裸菟 伏也
【菟 此作 自此
以下同 此作也】
 八十神
謂其菟 云
汝 將為者
俗此海塩
當風吹 而
伏髙山尾上
故 其菟 従八十
神之教 而 伏

其塩随乾
其身皮 悉
風見吹折
避(ヤ)りし者は、八十(ヤソ)神。
各(オノオノ)、稲羽(イナバ)の八十

()比賣(ヤカミヒメ)を婚(ヨバ)は
むと欲(ホッ)す心有り、
共に稲羽(イナバ)に行く時、
(フクロ)を貭
()ふ大穴牟避()
(オホアナムヂ)神を、従者(トモビト)
と為し、
()(ヒキ)徃(ユ)く。
是れに(オ)いて、
之前(ケタノサキ)に到る時、
裸(ハダカ)菟(ウ)、伏す也。
【「菟」、此の作り、此れより
下(シモ)同じく、此の作り也】
(シカ)くして、八十(ヤソ)神、
其の菟(ウ)に謂ひて、云ひしく、
「汝(ナ)、將に為(セ)むは、
此の海塩(ウシオ)を俗
()(ア)み、
風吹くに當りて、
髙き山尾上(ヲノヘ)に伏せ。」 と。
故(カレ)、其の菟(ウ)、八十(ヤソ)神
の教へに従ひて、伏す。
(シカ)くして、
其の塩(シオ)の乾く随(マニマ)に、
其の身皮(ミカワ)、悉(コトゴト)く、
風に吹き折(クジカ)る。
譲った者は、八十(ヤソ)神。
(八十神の)各々は、因幡(イナバ)
(因幡国八上)の八上比売(ヤカミ
ヒメ)に求婚したいと思い、皆一緒
に因幡(イナバ)に行った時、
袋を背負う大穴牟遅(オホアナムヂ)
神を、従者として、連れて行った。
そして、
気多(ケタ)が崎(因幡国気多)に着
いた時、丸裸の兎が、倒れていた。
そこで、
八十(ヤソ)神は、その兎に、
「貴方がすることは、この海水を
浴び、風に当たって、高い山の尾
根で伏していろ。」 と言った。
それで、その兎は、八十(ヤソ)神の
教えに従って、伏していた。
そこで、塩水が乾くままに、
兎の皮膚は、すべて、
風を受け、弱ってしまった。

【補足】
将来の 「大国主」 は、この時、
八十神」 の後方に従うお供の
大穴牟遅」 として登場。

痛苦 泣伏者
後之来 大穴牟
遅神
見其菟 言
何由
汝 泣伏
菟 荅言
僕 在淤岐嶋
雖欲
度此地
無度囚
故 欺海和迩
【此二字 以音
下效此】

吾与汝 競
欲計挨之


汝者 随其挨在

悉 
自此嶋至于氣
皆 列伏度

吾 蹈其上
走乍 讀度

知與吾挨孰

如此 言者 見欺
而 列伏之時
吾 蹈其上走度来
今 将下地時
吾 云
汝者 我見欺

言竟 即
端和迩
捕我 悉
剥我衣服
此 泣患者
先行八十神之命
以 誨告
浴海塩 當風

故 為如教者
我身 悉
故(カレ)、
痛み苦しび、泣き伏しければ、
後(イヤハテ)に来る大穴牟遅(オホ
アナムヂ)神、
其の菟(ウ)を見て、言ひしく、
「何由(ナニユエ)、
汝(ナ)、泣き伏す。」 と。
菟(ウ)、荅(コタ)へ言ひしく、
「僕(ヤツガレ)、淤岐(オキ)嶋に在り、
此の地に度(ワタ)らむと
欲(ホッ)すと雖も、
度(ワタ)る囚
()(ヨシ)無し。
故(カレ)、海和迩(ワタワニ)
【此の二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
を欺(アザム)き、言ひしく、
『吾(ア)と汝(ナ)と競べ、
()(ヤカラ)のき少きを
計らむと欲(ホッ)す。
故(カレ)、
汝(ナ)は、其の挨
()(ヤカラ)の在
りし随(マニマ)に、
悉(コトゴト)く、
()(ヒキ)来、此
の嶋より氣前(ケタサキ)に至り、
皆、列(ツラ)ね伏し度(ワタ)れ。
(シカ)くして、
吾(ア)、其の上(カミ)を蹈み、
走りつつ、讀(ヨ)み度(ワタ)らむ。
是れに(オ)いて、
吾(ア)が挨
()(ヤカラ)と孰(イヅ)
きを知る。』と。
此(カク)の如く、言へば、欺(アザム)
かえりて、列(ツラ)ね伏す時、
吾(ア)、其の上(カミ)を蹈み、走り
度(ワタ)り来、今、将に地に下らむ
とする時、吾(ア)、云ひしく、
『汝(ナ)は、我(ア)に欺(アザム)
かえり。』と。
言ひ竟(ヲ)はるに、即ち、
端(イヤハシ)に伏す和迩(ワニ)、
我(ア)を捕へ、悉(コトゴト)く、
我(ア)が衣服(コロモ)を剥ぐ。
此れに
()(ヨ)り、泣き患へ
ば、先に行く八十(ヤソ)神の命、
以って、誨(オシ)へ告げしく、
『海塩(ウシオ)を浴み、風に當り、
伏せ』と。
故(カレ)、教への如く為せば、
我(ア)が身、悉(コトゴト)く、
()(ソコナ)ふ。」 と。
それで、(兎が)痛み苦しみ、
泣き伏していたので、
最後にやって来た大穴牟遅(オホ
アナムヂ)神が、その兎を見て、
「何故、貴方()は、泣き伏して
いるのか。」 と言った。
兎が、答え、
「私()は、(因幡の)淤岐(オキ)島
(因幡国白兎)に居て、この陸に
渡りたいが、渡る術が無い。
それで、鰐鮫を騙し、
『私()と貴方(鰐鮫)と比べ、
一族の多少を数えてみたい。
それで、貴方(鰐鮫)は、一族の居
るままに、すべて、連れて来て、
この(淤岐)島から(対岸の)
気多(ケタ)が崎まで、
皆、隙間なく伏して並べ。
そこで、私()が、その上を踏ん
で、走りながら、数えて渡ろう。
これで、私()の一族とどちら
が多いかが分かる。』と言った。
このように言うと、(鰐鮫が)
騙されて伏し並んだ時、
()が、その上を踏み、走り渡
って来て、丁度、地面に降りよう
とした時、私()が、
『貴方(鰐鮫)は、私()に騙さ
れた。』と言い終わると、
直に、一番端に伏していた鰐鮫
が、私()を捕まえ、すっかり私
()の皮衣を剥いでしまった。
これで、泣き悲しんでいると、
先に行った八十(ヤソ)神が、教え、
『海水を浴びて、風に当たって
伏していればよい。』
と告げた。
それで、教えられた通りにする
と、私()の全身は、すっかり
傷だらけになってしまった。」
と言った。

【補足】
淤岐島」 と 「気多が崎」 の間
にある岩礁(因幡国気多)が、
干潮時には、鰐鮫が並ぶように
地続きになり、
兎は、ここを渡り終える直前に、
潮が満ちて来て、岩礁の上で波
に煽られ、身体中を擦り剥いた。

大穴牟遅神
教告其菟
今 急 徃此水

以水洗汝身
即 取其水
捕黄 敷散 而
輾轉其上者
汝身 如膚女差

故 為如教
其身 如
此 稲羽之
素菟者也
今者
謂菟神也
故 其菟
自大穴牟遅神

此八十神者 必
八上比賣
雖貭
汝 今 
是れに(オ)いて、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神、
其の菟(ウ)に教へ告げしく、
「今、急(イソ)ぎ、此の水(ミナト)
に徃(ユ)き、
水を以って汝(ナ)が身を洗ひ、
即ち、其の水(ミナト)の捕
()
黄(カマキ)を取り、敷き散らして、
其の上(カミ)に輾轉(マロ)ぶらば、
汝(ナ)が身、(モト)の膚の如く、
()ず差(イ)えむ。」 と。
故(カレ)、教への如く為し、
其の身、(モト)の如し也。
此れ、稲羽(イナバ)の
素菟(シロウ)也。
今に(オ)いては、
菟(ウ)神と謂ふ也。
故(カレ)、其の菟(ウ)、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神に
()さく、
「此の八十(ヤソ)神は、必ず
八上比賣(ヤカミヒメ)を
()じ。
(フクロ)を貭
()ふと雖も、汝
(ナ)、今、之を
()(マモ)る。」と。
そして、大穴牟遅(オホアナムヂ)神
は、その兎に、教え、
「今、急いでこの河口に行き、
真水で貴方()の身体を洗い、
直に、その河口の蒲の花粉を取
って、敷き散らかし、
その上に寝転がれば、
貴方()の身体は、元の膚のよ
うに、必ず癒える。」 と告げた。
それで、(兎は)
教えられた通りにし、その身体
は、元の通りになったのである。
これが、因幡(イナバ)の白兎であ
り、今では、兎神と謂うのである。
それで、その兎は、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神に、
「この八十(ヤソ)神は、きっと
八上比売(ヤカミヒメ)を得られまい。
袋を背負ってはいるが、貴方が、
今、護るだろう。」 と申した。

【補足】
因幡」 は、「大国主」 が、「大穴
牟遅
」 の時、支持基盤となった。

大穴牟遅神時代 (伯耆国手間⇒木国 受難逃亡)
原文読み口語訳

八上比賣
荅八十神 言
吾者
汝等之言
将 嫁大穴牟遅神

故 
八十神 忿
欲殺大穴牟遅神
共議 而
至伯岐國之手
 云
赤猪 在此山
故 和礼
【此二字 以音】
共追下者
汝 待取
若 不待取者
必将殺汝 云 而
以火
焼似猪大石 而
轉落
 追下取時 即
其石所焼著 而


其御祖命 哭患
而 参上于天
詣神産目之命時

乃 遣𧏛具比賣与
蛤貝比賣
令作活

𧏛貝比賣
岐佐冝
【此三字 以音】
集 而
蛤貝比賣
 而
乳汁者
成麗壮夫
【訓壮夫
云袁等古】
而 出遊行

八十神 見
且 欺入山
而 切伏大樹
茹矢 打立其木
令入其中 即
打離其氷目矢 而
拷殺也

亦 其御祖
哭乍求者
得即見
折其木 而
取出活 告其子言
汝者 有此
遂 為八十神所滅

乃 違遣木國之
大屋古神之御所


八十神 追臻
而 矢乞時
自木俣漏逃 而

可参向佐能男命
所坐之根堅州國

必 其大神 議也
是れに(オ)いて、
八上比賣(ヤカミヒメ)、八十(ヤソ)神
に、荅(コタ)へ言ひしく、
「吾(ア)は、
汝(ナ)等の言(コト)をかじ。
将に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神に
嫁(トツ)がむ。」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
八十(ヤソ)神、忿(イカ)り、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神を殺(シ)
さむと欲(ホッ)し、共に議りて、
伯岐(ホウキ)國の手(テマ)
(ヤマモト)に至り、云ひしく、
「赤き猪(イ)、此の山に在り。
故(カレ)、和礼(ワレ)、
【此の二字、音を以ってす】
共に追ひ下れば、
汝(ナ)、待ち取れ。
若し、待ち取らずば、必ず将に
汝(ナ)を殺(シ)さむ。」 と云ひて、
火を以ち、
猪(イ)に似たる大石(オホイハ)を焼
きて、轉(マロ)ばし落す。
(シカ)くして、追ひ下り取る時、
即ち、其の石(イハ)に焼き著(ツ)
きて、死す。
(シカ)くして、
其の御祖(ミオヤ)命、哭き患ひて、
天(アメ)へ参い上(ノボ)り、
神産
()(カミムスヒ)の命を
詣(マウ)でる時、
乃ち、𧏛
()比賣(キサカイヒメ)と
蛤貝比賣(ウムカイヒメ)を遣はし、
作り活(イ)かしむ。
(シカ)くして、
𧏛貝比賣(キサカイヒメ)、
岐佐冝(キサギ)
【此の三字、音を以ってす】
集めて、
蛤貝比賣(ウムカイヒメ)、
待ち(ウ)けて、(オモ)の
乳汁(チジル)を塗りしかば、
麗しき壮夫(ヲトコ)
【「壮夫」 の訓み、
袁等古(ヲトコ)と云ふ】
に成りて、出(イ)で遊び行く。
是れに(オ)いて、
八十(ヤソ)神、見、
且(マタ)、山に
()(ヒキ)入れ欺
きて、大き樹を切り伏せ、
茹矢(ヒメヤ)、其の木に打ち立て、
其の中に入らしめ、即ち、
其の氷目矢(ヒメヤ)を打ち離ちて、
拷(ウ)ち殺(シ)す也。
(シカ)くして、
亦、其の御祖(ミオヤ)、
哭き乍ら求(マ)げば、
即ち、見得て、
其の木を折りて、取り出(イ)で
活し、其の子に、告げ言ひしく、
「汝(ナ)は、此の(アハヒ)に有ら
ば、遂に、八十(ヤソ)神に滅され
為さむ。」 と。
乃ち、木(キ)國の大屋古(オホヤ
ビコ)神の御所(ミモト)に、
違(タガ)へ遣(ヤ)る。
(シカ)くして、
八十(ヤソ)神、(マ)ぎ追ひ臻(イタ)
りて、矢
()(ヤサ)し乞ふ時、
木俣(キマタ)より漏(ク)き逃がし
て、云ひしく、
()佐能()男(スサノヲ)命、
坐(イマ)しき根
(脱字 「之」)堅州
(ネノカタス)國に参い向かふ可し。
必ず、其の大神、議らむ也。」 と。
そして、
八上比売(ヤカミヒメ)は、
八十(ヤソ)神に答え、
「私は、貴方達の求婚に応じず、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神に嫁ぐ。」
と言った。
それで、そこで、
八十(ヤソ)神は、怒り、
大穴牟遅(オホアナムヂ)神を殺そう
と、皆で相談して、
伯耆(ホウキ)国の手間(テマ)(会見
郡天萬)山麓に至り、
(大穴牟遅神に)
「赤い猪が、この山にいる。
それで、われらが一斉に追い下
ろすので、貴方は、待って捕えよ。
もし、待ち捕えなければ、
必ず、貴方を殺す。」 と云って、
猪に似た大岩を火で焼いて、
転がし落した。
そこで、(大穴牟遅神は)追い下
ろしに捕らえる時、直に、
その岩に焼き付いて、死んだ。
そこで、
その(大穴牟遅神の)母君(刺国
若比売)は、嘆き悲しんで、
高天原(タカアマハラ)に参上し、
神産巣日(カミムスヒ)命に願い出る
と、(神産巣日命は)直に、
𧏛貝比売(キサカイヒメ)蛤貝比売
(ウムカイヒメ)を遣わし、
(大穴牟遅神を)生き返らせた。
そこで、𧏛貝比売(キサカイヒメ)が、
(岩に焼き付いた大穴牟遅神を)
こそぎ集め、
蛤貝比売(ウムカイヒメ)が、待ち受け
て、母乳を塗ったところ、
立派な男に戻って、出歩かれた。
そして、
八十(ヤソ)神は、これを見て、
また、(大穴牟遅神を)山へ騙し
て連れて行き、大木を切り倒し、
楔をその木に打ち込み、
その割れ目に(大穴牟遅神を)
し込め、直に、その楔を外して、
挟み殺したのである。
そこで、また、その(大穴牟遅神
)母君(刺国若比売)が、
泣きながら、探すと、直に、
(大穴牟遅神を)見付け、その木
を折って、取り出し生き返らせ、
その子(大穴牟遅神)に告げ、
「貴方は、ここに居れば、遂に、八
十(ヤソ)神に滅ぼされるだろう。」
と言って、(大穴牟遅神を)
直に、木(キ)国(安芸国奴可大屋)
の大屋毘古(オホヤビコ)神の下に、
違う道から遣わした。
そこで、
八十(ヤソ)神は、探し出し追いつ
いて、弓矢を構え、(大穴牟遅神
の引き渡しを)迫った時、
(大屋毘古神は、大穴牟遅神を)
木の俣(木国の分れ道)から逃し
「須佐之男(スサノヲ)命が居た根之
堅州(ネノカタス)国(奥出雲)に行け。
必ず、その(須佐之男)大神の神
託があるであろう。」 と云った。

【補足】
大屋毘古」 は、山陽の領主
天御虚空豊秋津根別」 の下、
内陸に選任された7神内の1神。
速須佐之男」 大神は、死後、
」 なし 「須佐之男」 大神に。

葦原色許男時代 (木国⇒根之堅州国 大神訪問)
原文読み口語訳

随詔命 而
参到佐之男命之
御所者
其女 
出見 為目合 而
相婚
還入
自其父言
其麗神 来
故(カレ)、
詔命(ミコトノリ)の随(マニマ)に、
()佐之男(スサノヲ)命の
御所(ミモト)に参り到れば、
其の女(ヲミナ)、
()
(スセリビメ)、出(イ)で見、目合(マグ
ハイ)為して、相ひ婚(ヨバ)ふ。
還り入り、
其の父に、自
()し言ひしく、
「其の麗しき神、来たる。」 と。
それで、(大穴牟遅神が)
(大屋毘古神の)命令の通り、須
佐之男(スサノヲ)命の下に行くと、
その娘、須勢理毘売(スセリビメ)が、
出て来て、見て、目くばせして、
相い交わった。
(その娘は)戻って、その(娘の)
(須佐之男大神)に申し、
「その(私の)立派な神が、
やって来た。」 と言った。

其大神
出見 而 告
此者 謂亦 葦原
色許男
即 入 而
令寢其
是 其妻
賣命
比礼
【二字 以音】

授其夫 云
 将咋
以此比礼
三挙打撥
故 如教者
 自靜
故 手寢
出之
亦 来日夜者
公与蜂室
亦 授公蜂之
比礼 教 如先
故 手
出之
亦 鳴鏑
射入大野之中
今 採其矢故
入其野時
即 以火
焼其野

不知所出之
鼠 来 云
内者 冨良々々
【此四字 以音】
外者 々夫々

【此四字 以音】
如此 言故
蹈其處者
落 隠入之
火者 焼過
 其鼠
咋其鳴鏑
出来 而 奉也
其矢羽者
其鼠子等 皆喫也
(シカ)くして、
其の大神、
出(イ)で見て、告げしく、
「此れは、亦、葦原色許男(アシハラ
シコヲ)と謂ふ。」 と。
即ち、(モト)め入れて、其の
(ヲロチ)室(ムロ)に寢(イ)ねしむ。
是れに(オ)いて、其の妻(ツマ)、
()賣(スセリビメ)命、
(ヲロチ)比礼(ヒレ)
【二字、音を以ってす】
を以って、
其の夫(ツマ)に授け、云ひしく、
「其の(ヲロチ)、将に咋(ク)はむ
とせば、此の比礼(ヒレ)を以って、
三挙(ア)げ打ち撥(ハ)ね。」 と。
故(カレ)、教への如くせば、
(ヲロチ)、自づから靜まれり。
故(カレ)、手
()(タイラ)けく寢(イ)
ね、之を出(イ)づ。
亦、来(ク)る日の夜は、
(
)(ムカデ)と蜂の室(ムロ)に入る。
亦、
()蜂の比礼(ヒレ)
を授け、教ふること、先の如し。
故(カレ)、手
()(タイラ)けく、
之を出(イ)づ。
亦、鳴鏑(ナリカブラ)、
大き野の中に射ち入れ、
今、其の矢を採(ト)るが故(ユエ)、
其の野に入る時、
即ち、火を以って、
其の野を(メグ)り焼く。
是れに(オ)いて、
出(イ)ずる所を知らざる
鼠、来、云ひしく、
「内は、冨良冨良(ホラホラ)、
【此の四字、音を以ってす】
外は、
(須須)夫夫(ススフフ)。」
と。
【此の四字、音を以ってす】
此(カク)の如く、言ふが故(ユエ)、
其の處()を蹈みしかば、
落ち、隠り入る
()
火は、焼け過ぐ。
(シカ)くして、其の鼠、
其の鳴鏑(ナリカブラ)を咋(ク)ひ、
出(イ)で来て、奉(タテマツ)る也。
其の矢羽は、
其の鼠の子等、皆な喫(ク)ふ也。
そこで、その(須佐之男)大神が、
(大穴牟遅神を)見て、
「これは、また、葦原色許男(アシ
ハラシコヲ)(葦原醜男)と謂う。」
と告げ、
直に、呼び入れて、その蛇が居る
部屋(墓室)に寝させた。
そして、その(葦原色許男の)妻、
須勢理毘売(スセリビメ)が、
蛇用の比礼(ヒレ)(難を逃れる
呪力がある薄く細長い布)を、
その夫(葦原色許男)に授け、
「その蛇が、喰い付こうとすれば、
この比礼(ヒレ)で、3度挙げ打ち撥
ねよ。」 と云った。
それで、教えの通りにすると、
蛇は、自然に静まった。
それで、(葦原色許男は)安全に
寝て、この部屋を出た。
また、翌日の夜には、百足蜂が
居る部屋(斎殿)に入った。
また、(須勢理毘売が)百足蜂用
の比礼(ヒレ)を(葦原色許男に)
授け、前のように、教えた。
それで、(葦原色許男は)安全に、
この部屋を出た。
また、(須佐之男大神が)
鏑(カブラ)矢を広い野原に射入
れ、(葦原色許男に)その矢を探
すよう、その野に入れた時、直に、
火でその野の周りから焼いた。
そして、(葦原色許男が)出る所
が判らずにいると、鼠が来て、
「内は、ほらほら、
外は、すすふふ。」 と云った。
このように、言ったので、
(葦原色許男が)そこを踏むと、
落ち、隠れている間に、
火は、焼け過ぎて行った。
そこで、その鼠が、その鏑(カブラ)
矢を咥え、出て来て、
(葦原色許男に)奉げたのであ
る。
その矢羽は、その鼠の子らが、
すっかり喰っていたのである。

【補足】
葦原色許男(葦原醜男)と云う
のは、「黄泉醜女」 と同じ蔑称。

其妻 世理

持喪具 而
哭来
其父 大神者
思已 死訖
出立其野

持其矢 以奉之時
入家 而
 入八田大室
而 令取其頭之虱

故 
見其頭者



其妻
取牟久木實与赤
授其夫

咋破其木實
含赤
唾 出者
其大神
以為 咋破
唾 出 而
心 思 而


振其神之髮
其室毎結著 而

五百引石
取塞其室戸
貭其妻世理

即 取持其大神之
生大刀与生弓矢
及其天冶琴 而
逃出之時
其天冶琴 拂樹
而 地 動鳴

其所寢大神 
而 引仆其室

髮之
遠逃
是れに(オ)いて、
其の妻(ツマ)、
()()
賣(スセリビメ)は、
喪(モ)の具(ソナヘ)を持って、
哭き来るに、
其の父、大神は、
已(スデ)に、死に訖(イタ)ると思
ほし、其の野に立ち出(イ)づ。
(シカ)くして、
其の矢を持って、奉(タテマツ)る時、
家に
()(ヒキ)入れて、
(ココ)、八田大室(ヤタマオホムロ)
に入れて、其の頭(カシラ)の虱
(シラミ)を取らしむ。
故(カレ)、(シカ)くして、
其の頭(カシラ)を見れば、
()(ムカデ)、
(サハ)に在り。
是れに(オ)いて、
其の妻(ツマ)、
牟久(ムク)木の實と赤を取り、
其の夫(ツマ)に授けき。
故(カレ)、
其の木の實を咋(ク)ひ破り、
を含み、
唾、出(イ)だせば、
其の大神、
()(ムカデ)を咋(ク)ひ破
り、唾、出(イ)で為すを以って、
心に、(イト)しく思ほして、
寢(イ)ぬ。
(シカ)くして、
其の神の髮に振(フ)れ、
其の室(ムロ)の
()(タルキ)毎
に、結(ユハ)へ著(ツ)けて、
五百引(イホヒキ)の石(イハ)、
其の室(ムロ)の戸を取り塞(フサ)
ぎ、其の妻(ツマ)、
()()
賣(スセリビメ)を貭()ひ、
即ち、其の大神の生大刀(イクタチ)
と生弓矢(イクユミヤ)及び其の天冶
琴(アメイリコト)を取り持ちて、
逃げ出(イ)づる時、
其の天冶琴(アメイリコト)、樹に拂(フ)
れて、地(ツチ)、動(トヨ)み鳴る。
故(カレ)、
其の寢(イ)ねし大神、き驚き
て、其の室(ムロ)を引き仆(タオ)す。
然(シカ)るに、
()(タルキ)に結(ユハ)ふる髮を
()、遠く逃ぐ。
そして、
その(葦原色許男の)妻の須勢理
毘売(スセリビメ)は、葬儀の品を持
って、泣きながら来たので、
その父の(須佐之男)大神は、
(葦原色許男は)既に死んだもの
と思い、その野に立って出た。
そこで、(葦原色許男が)
その矢を持ち、(須佐之男大神
)奉げたところ、
(須佐之男大神は、葦原色許男
)家に連れて行き、
その大広間に呼び入れ、
自分の頭の虱を取らせた。
それで、(葦原色許男が、須佐之
男大神の)その頭を見ると、
百足が数多く居た。
そして、
その妻(須勢理毘売)は、
椋(ムク)の木の実と赤土を取り、
その夫(葦原色許男)に授けた。
それで、(葦原色許男が)
その(椋の)木の実を喰い破り、
赤土を(口に)含み、唾に出すと、
その(須佐之男)大神は、
(葦原色許男が)百足を喰い破
り、唾に出すとはと、
心で感心なやつだと思って寝た。
そこで、(葦原色許男は)その
(須佐之男大)神の髪に触れ、
その部屋の垂木毎に結びつけ、
大岩でその部屋の戸を塞ぎ、
その妻の須勢理毘売(スセリビメ)を
背負い、直に、
その(須佐之男)大神の生太刀
(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)天冶琴
(アメイリコト)を携え、逃げ出した時、
その天冶琴(アメイリコト)が、樹に触
れて、大地が動く程、鳴り響いた。
それで、
その寝ていた(須佐之男)大神
は、(この音を)聞いて驚き、
その部屋を引き倒した。
しかし、(須佐之男大神が)
垂木に結ばれた髪をほどく間に、
(葦原色許男と須勢理毘売は)
遠く逃げて行った。

【補足】
天冶琴」 は、鋳造製の銅琴。
(琴弦を張った銅鐸)
故 
追至黄泉比良坂
遥望 呼謂大穴牟
遅神 曰
其汝所持之生大刀
生弓矢 以 而
汝庶兄弟者
追伏坂之御尾 亦
追撥阿之瀬 而
意礼
【二字 以音】
為大國主神
亦 為宇都志國主
神 而
其我之女
世理
為適妻 而
宇迦能山
【三字 以音】
之山
底津石根
宮柱 布刀斯理
【此四字 以音】
髙天原 水
迦斯理
【此四字 以音】
而 居 是奴也

持其大刀弓
追避其八十神之時
毎坂御尾 追伏
毎河瀬 追撥 而
始作國也

其八上比賣者
如先期
刀阿波志都
【此七字 以音】

其八上比賣者

畏其適妻 世理
賣 而
其所生子者
狭木俣 而


名其子
云木俣神
亦名 謂御井神也
故(カレ)、(シカ)くして、
黄泉比良(ヨミヒラ)坂に追ひ至り、
遥かに望み、大穴牟遅(オホアナムヂ)
神を、呼び謂ひて、曰く、
「其の汝(ナ)が持ちし生大刀
(イクタチ)、生弓矢(イクユミヤ)、以って、
汝(ナ)が庶兄弟(ママエオト)は、
坂の御尾(ミヲ)に追ひ伏せ、亦、
阿の瀬に追ひ撥(ハラ)ひて、
意礼(オレ)、
【二字、音を以ってす】
大國主(オホクニヌシ)神と為し、
亦、宇都志國主
()(ウツシクニタマ)
神と為して、
其の我(ア)が女(ヲミナ)、
()()賣(スセリビメ)、
適妻(カナヒメ)と為して、
宇迦能(ウカノ)山
【三字、音を以ってす】
の山(ヤマモト)に、
底津石根(ソコツイハネ)に、
宮柱、布刀斯理(フトシリ)、
【此の四字、音を以ってす】
髙天原(タカアマハラ)に、水
(氷椽)
(ヒギ)、迦斯理(タカシリ)
【此の四字、音を以ってす】
て居よ、是の奴(ヤッコ)也。」 と。
故(カレ)、
其の大刀弓を持ち、
其の八十(ヤソ)神を追ひ避る時、
坂の御尾(ミヲ)毎に、追ひ伏せ、
河の瀬毎に、追ひ撥(ハラ)ひて、
國を作り始む也。
故(カレ)、
其の八上比賣(ヤカミヒメ)は、
先の期(チギリ)の如く、
刀阿波志都(ミトアタハシツ)。
【此の七字、音を以ってす】
故(カレ)、
其の八上比賣(ヤカミヒメ)は、
()(ヒキ)来ると雖も、
其の適妻(カナヒメ)、
()()
賣(スセリビメ)を畏(カシコ)みて、
其の生まれし子は、
木の俣に
()し狭()みて、
返す。
故(カレ)、
其の子の名、
木俣(キマタ)神と云ひ、
亦の名、御井(ミイ)の神と謂ふ也。
それで、(須佐之男大神は)
黄泉比良(ヨミヒラ)坂(東出雲)まで
追って来て、遠くから、大穴牟遅
(オホアナムヂ)神に、呼びかけ、
「貴方が持ったその生大刀
(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)で、
貴方の庶流の兄弟(八十神)は、
坂上の先に追い負かせ、また、
曲がりくねった急流に追い退け
て、おのれは、大国主(オホクニヌシ)神
(大国の王)となり、また、宇都志
国玉(ウツシクニタマ)神(現実の国王)
となって、その私の娘の須勢理
毘売(スセリビメ)を、正室にして、
宇迦(ウカ)の山麓(西出雲)に、
地下の岩盤に、宮殿の柱をしっ
かりと建て、高天原(タカアマハラ)に
千木(チギ)を、聳え立たせて住
め、こやつめ。」 と言った。
それで、(大穴牟遅神は)
その太刀弓を持ち、八十(ヤソ)神
を追放する時は、坂の上先毎に
追い負かせ、川の瀬毎に追い退
けて、国作りを始めたのである。
それで、その八上比売(ヤカミヒメ)と
は、先の約束通り、結婚した。
それで、八上比売(ヤカミヒメ)は、
(出雲国に)連れて来られたが、
その(大穴牟遅神の)正室の須勢
理毘売(スセリビメ)を畏れて、
その(八上比売の)生まれた子
は、木の俣に挿し挟んで返し、
(因幡の実家に帰った。)
それで、その(死んだ)子の名を、
木俣(キマタ)神と云い、
亦の名は、御井(ミイ)神(出雲国御
)と謂う。

【補足】
須佐之男」 大神は、
大穴牟遅」 を後継者に認め、
蔑称(葦原色許男=葦原醜男)
をやめて、次の神託を授けた。
直伝の 「生大刀生弓矢
 で、「八十神」 を放逐せよ。
大国主(大国の王)となれ。
須勢理毘売」 を正室にせよ。
宇迦の山麓(西出雲)に、「
 天原
()に見える高い宮殿
 を建てて住め。

八千矛神時代 (出雲国⇒越国 妻問い)
原文読み口語訳
此八千弟神
将婚髙志國之沼河
比賣
幸行之時
到其沼河比賣之家
歌 曰
 夜知冨許能
 迦微能許登波
 夜斯麻久
 都麻々岐迦泥弖
 登々冨々斯
 故志能久迩々
 佐加志賣袁
 阿理登波加志弖
 久波志賣遠
 河理登伏許志弖
 佐用婆比
 阿理々斯
 用婆比迩
 阿理迦用婆
 知賀遠
 伊麻登加受弖
 比遠
 伊麻登加泥
 遠登賣能
 夜伊斗遠

 淤曽夫良比
 和何礼婆
 比許豆良比
 和何礼婆
 阿遠夜麻迩
 奴延波那伎奴
 佐怒都登理
 波藝斯波登与牟
 波都登理
 迦都波那久
 宇礼
 那久那冨留登理
 
 許能登理
 宇知夜米許世泥
 伊斯布夜
 阿麻波豆加比
 許登能
 理其登
 許遠婆
此の八千弟()(ヤチホコ)神、
将に、髙志(コシ)國の沼河比賣
(ヌナカハヒメ)に婚(ア)はむと、
幸行(イデマ)す時、
其の沼河比賣(ヌナカハヒメ)の
家に到り、歌ひて、曰く。
 夜知冨許能(ヤチホコノ)
 迦微能許登波(カミノミコトハ)
 夜斯麻久(ヤシマクニ)
 都麻麻岐迦泥弖(ツママキカネテ)
 登登冨冨斯(トトホホシ)
 故志能久迩迩(コシノクニニ)
 佐加志賣遠(サカシメヲ)
 阿理登波加志弖(アリトハカシテ)
 久波志賣遠(クハシメヲ)
 河理登伏許志弖(カリトフコシテ)
 佐用婆比迩(サヨバヒニ)
 阿理斯(アリタタシ)
 用婆比迩(ヨバヒニ)
 阿理迦用婆(アリカヨバセ)
 知賀遠(タチガヲモ)
 伊麻登加受弖(イマダトカズテ)
 
()比遠(オスヒヲモ)
 伊麻登加泥(イマダトカネ)
 遠登賣能(ヲトメノ)
 
()夜伊斗遠(ナスヤイタ
 トヲ)
 淤曽夫良比(オソブラヒ)
 和何礼婆(ワカタタセレバ)
 比許豆良比(ヒコズラヒ)
 和何礼婆(ワカタタセレバ)
 阿遠夜麻迩(アヲヤマニ)
 奴延波那伎奴(ヌエハナキヌ)
 佐怒都登理(サノツトリ)
 波藝斯波登与牟(ハギシハトヨム)
 波都登理(ニハツトリ)
 迦都
()波那久(カケハナク)
 宇礼(ウレタクモ)
 那久那冨留登理加(ナクナホルトリカ)

 許能登理(コノトリモ)
 宇知夜米許世泥(ウチヤメコセネ)
 伊斯布夜(イシタフヤ)
 阿麻波豆加比(アマハセヅカヒ)
 許登能(コトノ)
 理其
()(カタリゴトモ)
 許遠婆(コヲバ)
この八千矛(ヤチホコ)神が、高志
(コシ)()国の沼河比売(ヌナカハヒメ)
に求婚しようと行かれた時、
その沼河比売(ヌナカハヒメ)の家に到
着して、歌ったのは、次の通り。
 八千矛(ヤチホコ)の神の命は、
 八島国、妻蘰(ツママ)きかねて、
 遠々(トホトホ)し越(コシ)の国に、
 賢女(サカシメ)を有りと吐かして、
 麗女(クハシメ)を狩(カ)りと吹こし
 て、さ婚(ヨバ)ひにあり立たし、
 婚(ヨバ)ひに、あり通(カヨ)ばせ、
 太刀が緒(ヲ)も、いまだ解かずて
 襲緒(オスヒヲ)も、いまだ解かね、
 乙女の寝家(ナスヤ)板戸(イタト)を、
 押そぶらひ、我立たせれば、
 引こづらひ、我立たせれば、
 青山(アヲヤマ)に、鵺(ヌエ)は鳴きぬ
 さ野つ鳥、羽雉(ハギシ)は動(トヨ)
 む、庭つ鳥、鶏(カケ)は鳴く、心
 痛(ウレタ)くも、鳴くなほる鳥か
 この鳥も、打ち止(ヤ)めこせね、
 い慕ふや、天馳使(アマハセヅカヒ)、
 事の語言(カタリゴト)も是(コ)をば

【補足】
神託の通り、「大穴牟遅」 は、
矛の武神 「八千矛」 になって、
八十神」 を放逐し、
須佐之男」 大神の娘、
東出雲の 「須勢理毘売」 を正室
にしたが、
離縁した 「八上比売」 の 「因幡
」 のなお先、「越国」 の 「沼河
比売
」 に求婚することになった。

 八千矛(ヤチホコ)神は
 全国で妻を娶ることができず
 越(コシ)の国に、賢く麗しい
 女がいると聞き、求婚に通うと
 太刀を解かず、上着も脱がず
 乙女の寝ている家の板戸を
 押し引きしていると
 山で鵺が鳴き、野の雉が動き
 庭の鶏が鳴く、忌々しい鳥め
 叩いて鳴き止めさせたい
 空飛ぶ鳥よ、言う事はこの通り

其沼河日賣
未開戸
自内 歌 曰
 夜知冨許能
 迦微能美許等
 奴延久佐能
 賣迩志阿礼波
 和何許々
 宇良能登釼

 伊麻許曽婆
 和抒理迩阿良米
 能知波
 那抒理阿良牟
 
 伊能知波
 那志麻比曽
 伊斯布夜
 阿麻波世豆迦比
 許登能
 理碁登
 許遠
 夜麻迩
 比賀迦久良婆
 奴婆麻能
 用波伊傳那牟
 阿佐比能
 佐加延岐弖
 登怒能
 斯路岐牟岐
 阿和由岐能
 和加夜流牟泥遠
 々岐
 麻那賀理
 麻傳
 麻傳佐斯麻岐
 毛々那賀
 伊波那佐牟遠
 阿夜
 那告斐支許志
 夜知冨許能
 迦微能許登能
 理碁登
 許遠婆


其夜者 不合 而
明日夜 為御合也
(シカ)くして、
其の沼河日
()賣(ヌナカハヒメ)、
未だ戸を開かず、
内より、歌ひて、曰く。
 夜知冨許能(ヤチホコノ)
 迦微能美許等(カミノミコト)
 
()延久佐能(ナエクサノ)
 賣迩志阿礼波
()(メニシアレバ)
 和何許許(ワカココロ)
 宇良
()能登釼()(ウラス
 ノトゾ)
 伊麻許曽婆
()(イマコソハ)
 和抒理迩阿良米(ワドリニアラメ)
 能知波(ノチハ)
 那抒理阿良牟遠(ナドリニアラムヲ)

 伊能知波(イノチハ)
 那志麻比曽(ナシセタマヒソ)
 伊斯布夜(イシタフヤ)
 阿麻波世豆迦比(アマハセヅカヒ)
 許登能(コトノ)
 理碁登(カタリゴトモ)
 許遠
(脱字 「婆」)(コヲバ)
 夜麻迩(ヤマニ)
 比賀迦久良婆(ヒガカクラバ)
 奴婆麻能(ヌバタマノ)
 用波伊傳那牟(ヨハイデナム)
 阿佐比能(アサヒノ)
 佐加延岐弖(エミサカエキテ)
 
(久豆)怒能(タクヅノノ)
 斯路岐牟岐(シロキタダムキ)
 阿和由岐能(アワユキノ)
 和加夜流牟泥遠(ワカヤルムネヲ)
 岐(ソダタタキ)
 麻那賀理(マナガリ)
 麻傳(マタマデ)
 麻傳佐斯麻岐(タマデサシマキ)
 毛毛那賀(モモナガニ)
 伊波那佐牟遠(イハナサムヲ)
 阿夜(アヤニ)
 那告斐支許志(ナコヒキコシ)
 夜知冨許能(ヤチホコノ)
 迦微能許登能(カミノミコトノ)
 理碁登(カタリゴトモ)
 許遠婆(コヲバ)

故(カレ)、
其の夜は、合はずして、明くる日
の夜、御合(ミアヒ)為す也。
そこで、
その沼河比売(ヌナカハヒメ)は、
まだ戸を開かずに、
中から歌ったのは、次の通り。
 八千矛(ヤチホコノ)の神の命、萎草
 (ナエクサ)の女(メ)にしあれば、
 我(ワカ)心、浦洲(ウラス)の戸ぞ、
 今こそは我鳥(ワドリ)にあらめ、
 後は、汝鳥(ナドリ)にあらむを、
 命(イノチ)は、な弑(シ)せ給ひそ、
 い慕ふや、天馳使(アマハセヅカヒ)、
 事の語言(カタリゴト)も是(コ)をば
 山に、日が隠(カク)らば、
 黒(ヌバ)珠の夜は出(イ)でなむ、
 朝日の笑(エ)み栄え来て、
 栲綱(タクヅノ)の白き腕(タダムキ)、
 淡雪の若(ワカ)やる胸を、
 そだたたき、まながり、真玉手
 (マタマデ)玉手さし枕(マ)き
 百(モモ)長に、寝(イ)は為さむを、
 奇(アヤ)に、な恋(コ)ひ聞こし、
 八千矛(ヤチホコ)の神の命の
 語言(カタリゴト)も、是(コ)をば

それで、その(日の)夜は会わず、
翌日の夜、交わったのである。

【補足】
八千矛」 は、出雲の国の領域
を、「越国」 にまで拡大して、
沼河比売」 を獲得。

 八千矛神よ
 落ちぶれた女なので
 私の心は、浦の洲にいる鳥
 今は、私の鳥だけど
 後は、貴方の鳥でしょう
 命を、どうか取らないで
 空飛ぶ鳥よ、言う事はこの通り
 山に、日が隠れたら、漆黒の夜
 になるでしょう、(貴方は)
 朝日のような、笑顔で来て
 コウゾの綱のような、白い腕で
 沫雪のような、若い私の胸を
 しっかりと、抱きしめ
 その上、玉のような、手を枕に
 いつまでも、寝ますから
 むやみに、恋い焦がれますな
 八千矛神に言う事は、この通り

其神之適后
賣命
甚為嫉妬

其日子遅神

【三字 以音】
自出雲
將上坐倭國 而

来裝立時
伊御手者
繋御馬之
伊御足
蹈入其御鐙 而
歌 曰
 奴婆麻能
 久路岐祁斯遠
 麻都夫佐
 登理与曽比
 淤岐都登理
 牟那流登岐
 々藝
 許礼婆布佐婆受

 弊都那
 曽迩奴岐宇弖
 迩抒理能
 阿遠岐祁斯遠
 麻都夫佐迩
 登理与曽比
 淤岐都登理
 牟那流登岐
 々藝
 布佐波受
 弊都那
 曽迩奴棄宇弖
 夜麻賀
 麻岐斯
 々尼都岐
 曽米紀賀斯流迩
 斯米許
 麻都夫佐迩
 登理与曽比
 淤岐都登理
 牟那流登岐
 々藝
 弥斯与呂志
 伊刀古夜能
 伊毛能許等
 牟良登理能
 和賀牟礼伊那婆
 比氣登理能
 和賀比氣伊那婆
 那迦士登波
 那波伊布登
 夜麻登能
 比登々岐

 宇那加夫斯
 那賀那加佐麻久
 阿佐阿米能
 疑理迩々牟釼

 和加久佐能
 都麻能許登
 許登能
 理碁

 許遠婆
又、
其の神の適后(カナヒメ)、
()賣(スセリビメ)命、
甚だ嫉妬(ウハナリネタミ)為す。
故(カレ)、
其の日子遅(ヒコジ)神、
()弖(ワビテ)
【三字、音を以ってす】
出雲(イヅモ)より、
將に倭(ヤマト)國に上(ノボ)り
坐(マ)さむとて、
来たり裝(ヨソホ)ひ立つ時、
伊(カレ)の御手は、
御馬の
()(シルシ)を繋(トラ)へ、
伊(カレ)の御足、
其の御鐙(アブミ)に蹈み入れて、
歌ひて、曰く。
 奴婆麻能(ヌバタマノ)
 久路岐祁斯遠(クロキミケシヲ)
 麻都夫佐(マツブサニ)
 登理与曽比(トリヨソヒ)
 淤岐都登理(オキツトリ)
 牟那流登岐(ムナミルトキ)
 (ハタタギモ)
 許礼婆
()布佐婆()
 (コレハフサハズ)
 弊都那(ヘツナミ)
 曽迩奴岐宇弖(ソニヌキウテ)
 迩抒理能(ソニドリノ)
 阿遠岐祁斯遠(アヲキミケシヲ)
 麻都夫佐迩(マツブサニ)
 登理与曽比(トリヨソヒ)
 淤岐都登理(オキツトリ)
 牟那流登岐(ムナミルトキ)
 (ハタタギモ)
 布佐波受(コモフサハズ)
 弊都那(ヘツナミ)
 曽迩奴棄宇弖(ソニヌキウテ)
 夜麻賀(ヤマガタニ)
 麻岐斯(マキシ)
 尼都岐(アタタニツキ)
 曽米紀賀斯流迩(ソメキガシルニ)
 斯米許遠(シメコロモヲ)
 麻都夫佐迩(マツブサニ)
 登理与曽比(トリヨソヒ)
 淤岐都登理(オキツトリ)
 牟那流登岐(ムナミルトキ)
 (ハタタギモ)
 弥斯与呂志(ミシヨロシ)
 伊刀古夜能(イトコヤノ)
 伊毛能許等(イモノミコト)
 牟良登理能(ムラトリノ)
 和賀牟礼伊那婆(ワガムレイナバ)
 比氣登理能(ヒケトリノ)
 和賀比氣伊那婆(ワガヒケイナバ)
 那迦士登波(ナカジトハ)
 那波伊布登(ナハイフトモ)
 夜麻登能(ヤマトノ)
 比登
(須須)岐(ヒトモ
 トススキ)
 宇那加夫斯(ウナカブシ)
 那賀那加佐麻久(ナガナカサマク)
 阿佐阿米能(アサアメノ)
 疑理迩牟釼
()(キリニタ
 タムゾ)
 和加久佐能(ワカクサノ)
 都麻能許登(ツマノミコト)
 許登能(コトノ)
 理碁
(脱字 「登」)
 (カタリゴトモ)
 許遠婆(コヲバ)
また、
その神(八千矛神)の正室の
須勢理毘売(スセリビメ)命は、
深く嫉妬した。
それで、
その夫神(八千矛神)は、
困惑して、
出雲(イヅモ)から、倭(大和)(ヤマト)
国に上られようと、
来て支度をして出発する時、
御手は、御馬の標(シルシ)にかけ、
御足は、その御鐙(アブミ)に踏み
入れて、歌ったのは、次の通り。
 黒(ヌバ)珠の黒き御衣(ミケシ)を、
 真具(マツブサ)に、取り装(ヨソ)ひ、
 沖つ鳥、胸(ムナ)見る時、羽たた
 ぎも、これは適(フサ)はず、
 辺(ヘ)つ波、そに脱き棄(ウ)て、
 (ソニドリ)の青き御衣(ミケシ)を
 真具(マツブサ)に、取り装(ヨソ)ひ、
 沖つ鳥、胸(ムナ)見る時、羽たた
 ぎも、此(コ)も適(フサ)はず
 辺(ヘ)つ波、そに脱き棄(ウ)て、
 山県(ヤマガタ)に巻きし
 急田(アタタ)に搗(ツ)き、染木
 (ソメキ)が汁に、染(シ)め衣を、
 真具(マツブサ)に、取り装(ヨソ)ひ、
 沖つ鳥、胸(ムナ)見る時、
 羽たたぎも、見し冝(ヨロ)し、
 子(イトコ)やの、妹(イモ)の命、群
 (ムラ)鳥の、我が群れ徃(イ)なば、
 引け鳥の、我が引け徃(イ)なば、
 泣かじとは、汝は言ふとも、
 山処(ヤマト)の、一本薄(ススキ)、
 うな傾(カブ)し、汝が泣かさま
 く朝雨の、霧に立たむぞ、
 若草の妻の命、
 事の語言(カタリゴト)も是(コ)をば

【補足】
矛の武神 「八千矛」 が、「因幡
」 の 「八上比売」 や 「越国
の 「沼河比売」 達、拡大した各
地の妻に対する、正室 「須勢理
毘売
」 の嫉妬にうんざりし、
倭国(大和国)へ逃げ出す時、
八千矛」 が、正室 「須勢理毘
」 に送った歌は、
八千矛」 による関白宣言。

 黒珠の黒衣を、十分に装い
 水鳥のように、胸元を見る時
 羽ばたくが、これは似合わぬ
 引波のように、未練なく脱ぎ
 の青衣を、十分に装い
 水鳥のように、胸元を見る時
 羽ばたくが、これも似合わぬ
 引波のように、未練なく脱ぎ
 山畑に囲まれた出雲の田で
 搗いた、染木(=錦木)の汁に
 染めた衣を、十分に装い
 水鳥のように、胸元を見る時
 羽ばたくが、見栄えがいい
 愛しい妻よ
 群鳥のように、私が去ったら
 引鳥のように、私が去ったら
 泣かないと、貴女は言うけれど
 山辺の1本の薄のようにうな垂
 れて、貴女は泣くだろう(嗚咽
 )朝雨の霧になるだろう
 若い妻よ、言う事はこの通り

其后
取大御酒坏
立依 指 而
歌 曰
 夜知冨許能
 加微能許登夜
 阿賀淤冨久迩奴
 
 那許曽波
 遠迩伊麻世婆
 宇知微流
 斯麻能佐岐那岐
 加岐微流
 能佐岐淤知
 
 和加久佐能
 都麻良米
 阿波
 賣迩斯阿礼婆
 那遠岐弖
 遠波那志
 那遠岐弖
 都麻波那斯
 阿夜加岐能
 布波夜賀斯
 牟斯夫
 古夜賀斯
 攵夫
 佐夜具賀斯
 阿和由岐能
 和加夜流牟泥遠
 久豆怒能
 斯路岐牟岐
 
 々岐麻那賀理
 麻傳
 麻傳佐斯麻岐
 毛那賀迩
 伊遠斯那世
 登与
 弖麻都良世

如此 歌
即 為宇伎由比
【四字 以音】

宇那賀氣理弖
【六字 以音】
至今 鎭坐也

此 謂之神語也
(シカ)くして
其の后(キサキ)、
大御酒(オホミキ)坏を取り、
立ち依り、指しげて、
歌ひて、曰く。
 夜知冨許能(ヤチホコノ)
 加微能許登夜(カミノミコトヤ)
 阿賀淤冨久迩奴斯(アガオホ
 クニヌシ)
 那許曽波(ナコソハ)
 遠迩伊麻世婆(ヲニイマセバ)
 宇知微流(ウチミル)
 斯麻能佐岐那岐(シマノサキナキ)
 加岐微流(カキミル)
 能佐岐淤知受(イソノサキ
 オチズ)
 和加久佐能(ワカクサノ)
 都麻良米(ツマモタセラメ)
 阿波与(アハモヨ)
 賣迩斯阿礼婆(メニシアレバ)
 那遠岐弖(ナヲキテ)
 遠波那志(ヲハナシ)
 那遠岐弖(ナヲキテ)
 都麻波那斯(ツマハナシ)
 阿夜加岐能(アヤカキノ)
 布波夜賀斯(フハヤガシタニ)
 牟斯夫
()麻(ムシブスマ)
 古夜賀斯(ニコヤガシタニ)
 
()()麻(タクブスマ)
 佐夜具賀斯(サヤグガシタニ)
 阿和由岐能(アワユキノ)
 和加夜流牟泥遠(ワカヤルムネヲ)
 久豆怒能(タクヅノノ)
 斯路岐牟岐(シロキタダムキ)
 岐(ソダタキ)
 岐麻那賀理(タタキマナガリ)
 麻傳(マタマデ)
 麻傳佐斯麻岐(タマデサシマキ)
 
(脱字 「毛」)那賀迩(モモナガニ)
 伊遠斯那世(イヲシナセ)
 登与岐(トヨミキ)
 弖麻都良世(タテマツラセ)

此(カク)の如く、歌ひ、
即ち、宇伎由比(ウキユヒ)
【四字、音を以ってす】
為して、
宇那賀氣理弖(ウナガケリテ)、
【六字、音を以ってす】
今に至り、鎭まり坐(イマ)す也。

此れ、神語(カムガタリ)と謂ふ也。
そこで、
その正室(須勢理毘売)は、
大きな杯を取り、(八千矛神に)
身を寄せ、(杯を)掲げて、
歌ったのは、次の通り。
 八千矛(ヤチホコ)の神の命や、
 吾(ア)が大国主(オホクニヌシ)、
 汝(ナ)こそは、男(ヲ)に坐(イマ)せ
 ば、打ち(ミ)る島の前無き
 かき(ミ)る磯の前落ちず、
 若草の妻、持たせらめ、
 吾(ア)はもよ女(メ)にしあれば、
 汝(ナ)措(オキ)て、男(ヲ)は無し、
 汝(ナ)措(オキ)て、夫(ツマ)は無し、
 綾垣(アヤカキ)の、ふはやが下に、
 苧衾(ムシブスマ)、柔(ニコ)やが下に
 栲衾(タクブスマ)、さやぐが下に、
 淡雪の若やる胸を、
 栲綱(タクヅノ)の白き腕(タダムキ)、
 そだたき、たたき、まながり、
 真玉手(マタマデ)玉手さし枕(マ)
 き百(モモ)長に、寝(イ)をし為せ、
 豊御酒(トヨミキ)、奉(タテマツ)らせ

このように、歌い、直に、杯を交
わし、愛を誓い合い、互いに、う
なじに手を懸けて、今に至るま
で、鎮座しておられるのである。
これを、神語(カムガタリ)と謂う
のである。

【補足】
正室 「須勢理毘売」 は、美酒を
奉げて、「八千矛」 をなだめた。

 八千矛の神、私の大国主神よ
 貴方は、男だから
 遠くに見える島の崎や
 巡る磯の崎には、必ず
 若い妻を持っているでしょう
 私は、女だから
 貴方の他に、男は無く
 貴方の他に、夫はいません
 綾織の幕のゆれる風の下で
 苧麻(マオ)布団の柔かな下で
 コウゾ布団のさやめく下で
 沫雪のような若い私の胸を
 コウゾの綱のような白い腕で
 しっかり、しっかりと抱きしめ
 その上、玉のような手を枕に
 いつまでも、寝てください
 美酒を召し上がれ

大国主神の子孫
原文読み口語訳

此大國主神
娶坐形奧津宮神
紀理賣命
生子
阿遅
【二字 以音】
髙日子根神
次 妹髙比賣命
亦名 下先比賣命

此之阿遅髙日子
神者
今 謂迦毛大御神
者也
大國主神
亦 娶神屋楯比賣
命 生子
事代主神
亦 娶八嶋牟遅能

【自牟下三字
以音】
之女 鳥取神
生子
鳥鳴海神
【訓鳴
云那留】
此神
娶日名照額田
男伊許知迩神
【田下
又 自伊下至迩
皆 以音】
生子
國忍冨神
此神
娶葦那迦神
【自那下三字
以音】
亦名 八河江比賣
生子
連甕之氣佐波夜
遅奴
【自下八字
以音】
此神
娶天之甕主神之女
前玉比賣
生子
甕主日子神
此神
娶淤加神之女
比那良志
【此神名 以音】
生子
比理岐志麻
【此神名 以音】
此神
娶比々羅木之其花
麻豆
【木上三字
花下三字
以音】
之女
沼玉前玉比賣神
生子
浪神
二字
以音】
此神
娶敷山主神之女
青沼馬沼押比賣
生子
布忍冨鳥嶋海神
此神
娶若盡女神
生子
天日腹大科度

【度二字
以音】
此神
娶天侠霧神之女
遠津待根神
生子
遠津山岬良斯神

右件
自八嶋士奴
以下
遠津山岬帯神以前
稱十七世神

故(カレ)、
此の大國主(オホクニヌシ)神、
形(ムナカタ)奧津宮(オキツミヤ)に坐
(イマ)す神、紀理賣(タキリビメ)
命を娶り、生める子、
阿遅
【二字、音を以ってす】
髙日子根(アヂスキタカヒコネ)神、
次、妹(イモ)髙比賣(タカヒメ)命、
亦の名、下先
()比賣(シタテルヒメ)
命。
此の阿遅髙日子
(脱字 「根」)
(アヂスキタカヒコネ)神は、
今、迦毛(カモ)大御神と謂ふ也。

大國主(オホクニヌシ)神、
亦、神屋楯比賣(カムヤタテヒメ)命
を娶り、生める子、
事代主(コトシロヌシ)神、
亦、八嶋牟遅能(ヤシマムヂノ)神

【「牟」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
の女(ヲミナ)、鳥取(トトリ)神を娶り、
生める子、
鳥鳴海(トリナルミ)神。
【「鳴」 の訓み、
那留(ナル)と云ふ】
此の神、
日名照額田道男伊許知迩(ヒナ
テルヌカタビミチヲイコチニ)神
【「田」 の下(シモ)の 「」、
又、「伊」 より下(シモ)の 「迩」 に
至り、皆、音を以ってす】
を娶り、生める子、
國忍冨(クニオシホ)神。
此の神、
葦那迦(アシナダカ)神
【「那」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】、
亦の名、八河江比賣(ヤカハエヒメ)
を娶り、生める子、
連甕之氣佐波夜遅奴(ツラ
ミカノタケサハヤヂヌミ)神。
【「」 より下(シモ)八字、
音を以ってす】
此の神、
天之甕主(アメノミカヌシ)神の女
(ヲミナ)、前玉比賣(サキタマヒメ)
を娶り、生める子、
甕主日子(ミカヌシヒコ)神。
此の神、
淤加(オカミ)神の女(ヲミナ)、
比那良志賣(ヒナラシビメ)
【此の神名、音を以ってす】
を娶り、生める子、
比理岐志麻(タヒリキシマミ)神。
【此の神名、音を以ってす】
此の神、
比比羅木之其花麻豆(ヒヒラキ
ノソノハナマヅミ)神
【「木」 の上(カミ)三字、
「花」 の下(シモ)三字、
音を以ってす】
の女(ヲミナ)、
沼玉前玉比賣(ヌタマサキタマヒメ)神
を娶り、生める子、
浪(ミロナミ)神。
【「」 二字、
音を以ってす】
此の神、
敷山主(シキヤマヌシ)神の女(ヲミナ)、
青沼馬沼押比賣(アヲヌマヌオシヒメ)
を娶り、生める子、
布忍冨鳥嶋海(ヌノオシホトリシマミ)神。
此の神、
若盡女(ワカツクシメ)神
を娶り、生める子、
天日腹大科度(アメヒハラオホシナ
ドミ)神。
【「度」 二字、
音を以ってす】
此の神、
天侠
()霧(アメサギリ)神の女
(ヲミナ)、遠津待根(トホツマチネ)神
を娶り、生める子、
遠津山岬良斯(トホツヤマサキタラシ)
神。
右の件(クダリ)、
八嶋士奴(ヤシマジヌミ)神
より下(シモ)、
遠津山岬帯(トホツヤマサキタラシ)神よ
り前(サキ)を、十七世(トオアマリナナヨ)
神と稱(タタ)ふ。
それで、
この大国主(オホクニヌシ)神が、
宗像(ムナカタ)の沖つ宮におられる
神、多紀理毘売(タキリビメ)命
を娶り、生んだ子は、
阿遅高日子根(アヂスキタカヒコネ)
神、
次に、妹(イモ)高比売(タカヒメ)命、
亦の名は、下光比売(シタテルヒメ)命。
この阿遅高日子根(アヂスキタカヒ
コネ)神は、今、迦毛(カモ)()大御
神と謂うのである。
大国主(オホクニヌシ)神が、また、
神屋楯比売(カムヤタテヒメ)命
を娶り、生んだ子は、
事代主(コトシロヌシ)神、
(大国主神が)また、
八島牟遅能(ヤシマムヂノ)神の娘、
鳥取(トトリ)神
を娶り、生んだ子は、
鳥鳴海(トリナルミ)神。
この(鳥鳴海)神が、
日名照額田毘道男伊許知迩(ヒナ
テルヌカタビミチヲイコチニ)神
を娶り、生んだ子は、
国忍冨(クニオシホ)神。
この(国忍冨)神が、
葦那陀迦(アシナダカ)神、
亦の名は、八河江比売(ヤカハエヒメ)
を娶り、生んだ子は、
連甕之多気佐波夜遅奴美(ツラミカ
ノタケサハヤヂヌミ)神。
この(連甕之多気佐波夜遅奴美)
神が、天之甕主(アメノミカヌシ)神の
娘、前玉比売(サキタマヒメ)
を娶り、生んだ子は、
甕主日子(ミカヌシヒコ)神。
この(甕主日子)神が、
淤加美(オカミ)神の娘、
比那良志毘売(ヒナラシビメ)
を娶り、生んだ子は、
多比理岐志麻美(タヒリキシマミ)神。
この(多比理岐志麻美)神が、
比比羅木之其花麻豆美(ヒヒラキ
ノソノハナマヅミ)神の娘、
沼玉前玉比売(ヌタマサキタマヒメ)神
を娶り、生んだ子は、
美呂浪(ミロナミ)神。
この(美呂浪)神が、
敷山主(シキヤマヌシ)神の娘、
青沼馬沼押比売(アヲヌマヌオシヒメ)神
を娶り、生んだ子は、
布忍冨鳥島海(ヌノオシホトリシマミ)神。
この(布忍冨鳥島海)神が、
若尽女(ワカツクシメ)神
を娶り、生んだ子は、
天日腹大科度美(アメヒハラオホシナ
ドミ)神。
この(天日腹大科度美)神が、
天狭霧(アメサギリ)神の娘、
遠津待根(トホツマチネ)神
を娶り、生んだ子は、
遠津山岬多良斯(トホツヤマサキタラシ)
神。
以上、八島士奴美(ヤシマジヌミ)神
遠津山岬帯(トホツヤマサキタラシ)神を、
17世神と讃える。

【補足】
始祖 「須佐之男」 に続く子孫の
第1世 第17世の内、
第6世 「大国主」 の子孫の、
第7世 「阿遅高日子根
第17世 「遠津山岬多良斯
については、

第6世 「大国主」 の側室宗像
女神 「多紀理毘売」 の子で、
 第7世  阿遅高日子根
     高比売(下光比売)
側室 「神屋楯比売」 の子で、
 第8世  事代主
側室 「鳥取」 の子の系統で、
 第9世  鳥鳴海
 第10世 「国忍冨
 第11世 「連甕之多気佐波夜
          遅奴美

 第12世 「甕主日子
 第13世 「多比理岐志麻美
 第14世 「美呂浪
 第15世 「布忍冨鳥島海
 第16世 「天日腹大科度美
 第17世 「遠津山岬多良斯
へと続く。

少名毘古那神(神産巣日神の御子)による政治介入
原文読み口語訳

大國主神
坐出雲之御大之
御前時
自波穂
乗天之羅摩舩 而
内剥鵝皮 剥
為衣服
有歸来神

其名 不荅

所従之諸神
皆 自
不知

迩且又
白言
【自下四字
以音】
此者 久延
必知之
即 召久延
時 荅白
此者 神産日神
之御子
少名古那神
【自下三字
以音】
故 
白上神産
御祖命者
荅告
此者 實我子也
子之中
自我手俣
久岐斯子也
【自久下三字
以音】

與汝葦原色許男命
為兄弟 而
作堅其國
故 自 大穴牟
遅与少古那
二柱神
相並 作堅此國
然後者
其少名古那神者
度于常世國也

顕白其少名古那
神 所謂
久延古者
今者
山田之曽冨騰者也
此神者 足雖不行
盡知天下之事神也
故(カレ)、
大國主(オホクニヌシ)神、
出雲(イヅモ)の御大(ミホ)の
御前(ミサキ)に坐(イマ)す時、
波穂(ナミホ)より、
天之羅摩舩(アメノラマフネ)に乗りて、
鵝(カモ)皮を内剥(ウツハギ)に剥ぎ、
衣服(キヌ)と為し、
歸(カヘ)り来る神有り。
(シカ)くして、
其の名をへども、荅(コタ)へず、
且(マタ)、
従ひし諸(モロ)神にへども、
皆、自
()さく、
「知らず。」 と。
(シカ)くして、
迩且又
(具久)(タニグク)、
白し言ひしく、
【「」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
「此れは、久延古(クエビコ)、
必ず之を知る。」 と。
即ち、久延古(クエビコ)を召し、
ふ時、荅(コタ)へ白さく、
「此れは、神産日(カミムスヒ)神
の御子、
少名古那(スクナビコナ)神。」 と。
【「」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
故(カレ)、(シカ)くして、
神産日(カミムスヒ)御祖(ミオヤ)命
に、白し上げば、
荅(コタ)へ告げしく、
「此れは、實(マコト)我(ア)が子也。
子の中に(オ)いて、
我(ア)が手俣(タナマタ)より、
久岐斯(クキシ)子也。
【「久」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
故(カレ)、
汝(ナ)、葦原色許男(アシハラシコヲ)命
と兄弟(エオト)に為りて、
其の國を作り堅めよ。」 と。
故(カレ)、(ソレ)より、大穴牟遅
(オホアナムヂ)と少
(脱字 「名」)
古那(スクナビコナ)、二柱神、
相ひ並び、此の國を作り堅む。
然(シカ)る後は、
其の少名古那(スクナビコナ)神は、
常世(トコヨ)國へ度(ワタ)る也。
故(カレ)、
其の少名古那(スクナビコナ)神を
顕(アラハ)し白す、所謂(イハユル)、
久延古(クエビコ)は、
今に(オ)いては、
山田の曽冨騰(ソホド)也。
此の神は、足行かねど、天下(アメシ
モ)の事、盡(コトゴト)く、知る神也。
それで、
大国主(オホクニヌシ)神が、
出雲(イヅモ)の美保関(ミホノセキ)
(出雲国島根)に居られる(大国
主神が葦原色許男命と呼ばれた)
頃、海上から、ガガイモの袋実の
ような船に乗り、ガチョウの丸
剥ぎ皮を継はぎした服を着て、
近づいてくる神があった。
そこで、(葦原色許男命が、その
神に)名を尋ねたが、返事なく、
また、従っている多くの神々に
尋ねても、皆、
「知らない。」 と申す。
そこで、
ひき蛙が、(葦原色許男命に)
「これは、久延毘古(クエビコ)が、
きっと、名前を知っている。」
と申した。
(葦原色許男命は)直に、久延毘
古(クエビコ)を呼んで尋ねると、
(久延毘古は)答え、
「これは、神産巣日(カミムスヒ)神の
御子の少名毘古那(スクナビコナ)
神。」 と申した。
それで、(葦原色許男命は)
神産巣日(カミムスヒ)命に申し上げ
たところ、(神産巣日命は)答え、
「これは、確かに、私の子である。
子の中で、私の手の指間から、
こぼれた子である。
それで、貴方、葦原色許男(アシハラ
シコヲ)命の兄弟として、その国を
作り固めよ。」 と告げた。
それで、それから、
(須佐之男大神の神託を受けて、
大穴牟遅神に戻った後)
大穴牟遅(オホアナムヂ)と少名毘古
那(スクナビコナ)の2神は、
協力して、この国を作り固めた。
その後、その少名毘古那(スクナビ
コナ)神は、常世(トコヨ)国(四国)
に行ったのである。
それで、
その少名毘古那(スクナビコナ)神を
顕す、所謂、久延毘古(クエビコ)は、
今の山田の案山子(カカシ)である。
この神(久延毘古)は、
歩くことはできないが、
天下のことを、すべて、知ってい
る神である。

【補足】
大穴牟遅」 は、武神 「八千矛
になって、国を拡大するが、内政
については、「高天原」 の 「神産
巣日
」 の子 「少名毘古那」 によ
る政治介入を受け入れた。

御諸山の神(大物主神)による協力 (畿内統一)
原文読み口語訳

大國主神
愁 而 告
吾 猶何能
作此國
孰神 與吾能相作
此國耶
是時
有光登海依来之神

其神 言
完能治我前者

吾 能
共與相作成
若 不然者
國 難成

大國主神 曰
然者
治奉之状
奈何
荅言
吾者 伊都岐奉于
倭之青垣東山上

此者 坐御諸山上
神也
是れに(オ)いて、
大國主(オホクニヌシ)神、
愁(ウレ)へて、告げしく、
「吾(ア)、何(イカ)に能(ヨ)く猶
()
(ハカ)り、此の國を作り()む。
孰(イヅ)れの神か、吾(ア)と能(ヨ)
く此の國を相ひ作らむや。」 と。
是の時、
海を光(テラ)し登り依(ヨ)り来る
神有り。
其の神、言ひしく、
「完(マッタ)く能(ヨ)く我(ア)が前
(サキ)を治(シラ)さば、
吾(ア)、能(ヨ)く
共に相ひ作り成さむ。
若し、然(シカ)らずば、
國、成り難し。」 と。
くして、
大國主(オホクニヌシ)神、曰く、
「然(シカ)らば、
治(シラ)し奉(タテマツ)る状(サマ)、
奈何(イカ)に。」 と。
荅(コタ)へ言ひしく、
「吾(ア)は、倭(ヤマト)の青垣(アヲ
カキ)の東(ヒムガシ)山上(カミ)へ、
伊都岐(イツキ)奉(タテマツ)れ。」 と。
此れは、御諸(ミモロ)山上(カミ)に
坐(イマ)す神也。
そして、
大国主(オホクニヌシ)神は、憂えて、
「私は、どのようにして、
この国を作れるだろうか。
どの神が、私と一緒に、この国を
作れるだろうか。」 と告げた。
この時、海上を照らし近づき
来る神があった。
その神が、
(貴方が)私の将来をよく
治めてくれるのなら、私は、
(貴方と)共に(国を)作ろう。
そうしないなら、(貴方の)国は、
できそうもない。」 と言った。
そこで、大国主(オホクニヌシ)神が、
「それでは、祀る様は、どうか。」
と言うと、(その神は)答え、
「私は、倭(大和)(ヤマト)の東山上
に、斎き祀れ。」 と言った。
これは、御諸(ミモロ)山(大和国
磯城三輪山)上に居られる神
(大物主神)である。

【補足】
御諸山」 の神(大物主神)は、
次に、「故 其大年神」 とあるよ
うに、「須佐之男」 の子、「大年
で、「(大和)を征圧していた。

大年神の子孫
原文読み口語訳

其大年神
娶神活神之女
伊怒比賣

大國御魂神
次 韓神
次 曽冨理神
次 白日神
次 聖神
五神
又 娶香用比賣
【此神名 以音】
生子
大香山戸臣神
次 年御神
二柱
又 娶天知迦流
豆比賣
【訓天 如天照
自知下六字
以音】
生子
奧津日子神
次 奧津比賣命
亦名 大戸賣神

此者 諸人
以拜𥧄神者也
次 大山咋神
亦名 未之大主神

此神者 坐近淡海
國之日枝山
亦 坐葛野之松尾

用鳴鏑神者也
次 庭津日神
次 阿波神
【此神名 以音】
次 波比岐神
【此神 以音】
次 香山戸臣神
次 羽山戸神
次 庭髙津日神
次 大
亦名 之御祖神
九神
上件
大年神之子
大國御魂神以下
神以前
并十六神
羽山戸神
娶大氣都比賣
【下四字 以音】
神 生子
若山咋神
次 若年神
次 妹若沙那壹神
【自沙下三字
以音】
次 弥豆麻岐神
【自弥下四字
以音】
次 夏髙津日神
亦名 夏之賣神
次 秋賣神
次 久々年神
【久々二字
以音】
次 久々紀若室葛
根神
【久々紀三字
以音】
上件
羽山之子


以下
若室葛根以前
并八神
故(カレ)、
其の大年(オホトシ)神、
神活
()(カムイクスビ)神の女
(ヲミナ)、伊怒比賣(イノヒメ)を娶り、
生める
(脱字 「子」)
大國御魂(オホクニミタマ)神、
次、韓(カラ)神、
次、曽冨理(ソホリ)神、
次、白日(シラヒ)神、
次、聖(ヒジリ)神。
五神。
又、香用比賣(カグヨヒメ)を娶り、
【此の神名、音を以ってす】
生める子、
大香山戸臣(オホカグヤマトオミ)神、
次、年御(トシミ)神。
二柱。
又、天知迦流豆比賣(アメチカル
ミヅヒメ)を娶り、
【「天」 の訓み、天照(アメテラス)の
如し、「知」 より下(シモ)六
()
字、音を以ってす】
生める子、
奧津日子(オキツヒコ)神、
次、奧津比賣(オキツヒメ)命、
亦の名、大戸
(脱字 「比」)
(オホヘヒメ)神、
此れは、諸人(モロビト)、
以拜(モチヲロガ)む𥧄(カマ)神也。
次、大山咋(オホヤマクヒ)神、
亦の名、未
()之大主(スエノオホ
ヌシ)神、
此の神は、近淡海(チカツアフミ)國の
日枝(ヒエ)山に坐(イマ)し、
亦、葛野(カヅノ)の松尾(マツヲ)に
坐(イマ)し、
鳴鏑(ナリカブラ)を用いる神也。
次、庭津日(ニハツヒ)神、
次、阿
()波(アスハ)神、
【此の神名、音を以ってす】
次、波比岐(ハヒキ)神、
【此の神、音を以ってす】
次、香山戸臣(カグヤマトオミ)神、
次、羽山戸(ハヤマト)神、
次、庭髙津日(ニハタカツヒ)神、
次、大(オホツチ)神、
亦の名、之御祖(ツチノミオヤ)神、
()神、
上(カミ)の件(クダリ)、
大年(オホトシ)神の子、
大國御魂(オホクニミタマ)神より下
(シモ)、大(オホツチ)神より前(サキ)、
并(アハ)せ十六
()神。
羽山戸(ハヤマト)神、
大氣
()都比賣(オホゲツヒメ)
【下(シモ)四字、音を以ってす】
神を娶り、生める子、
若山咋(ワカヤマクヒ)神、
次、若年(ワカトシ)神、
次、妹(イモ)若沙那壹(ワカサナイ)神、
【「沙」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
次、弥豆麻岐(ミヅマキ)神、
【「弥」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
次、夏髙津日(ナツタカツヒ)神、
亦の名、夏之賣(ナツノメ)神、
次、秋賣(アキビメ)神、
次、久久年(ククトシ)神、
【「久久」 二字、
音を以ってす】
次、久久紀若室葛根(ククキワカムロ
ツナネ)神。
【「久久紀」 三字、
音を以ってす】
上(カミ)の件(クダリ)、
羽山
(脱字 「戸」)(ハヤマト)(脱字
「神」)の子、(脱字 「若山咋」)
(ワカヤマクヒ)(脱字 「神」)
より下(シモ)、
若室葛根(ワカムロツナネ)より前
(サキ)、并(アハ)せ八神。
それで、
その(御諸山)大年(オホトシ)神が、
神活須毘(カムイクスビ)神の娘、
伊怒比売(イノヒメ)
を娶り、生んだ子は、
大国御魂(オホクニミタマ)神、
次に、韓(カラ)神、
次に、曽冨理(ソホリ)神、
次に、白日(シラヒ)神、
次に、聖(ヒジリ)神、
5神。

また、(大年神が)
香用比売(カグヨヒメ)
を娶り、生んだ子は、
大香山戸臣(オホカグヤマトオミ)神、
次に、年御(トシミ)神、
2神。

また、(大年神が)
天知迦流美豆比売(アメチカルミヅヒメ)
を娶り、生んだ子は、
奥津日子(オキツヒコ)神、
次に、奥津比売(オキツヒメ)神、
亦の名は、大戸比売(オホトヒメ)で、
これは、人々が祀っている竃
(カマド)の神である。
次に、大山咋(オホヤマクヒ)神、亦の
名は、末之大主(スエノオホヌシ)神で、
この神は、近淡海(チカツアフミ)
(近江)国の日枝(ヒエ)山に居られ
また、葛野(カヅノ)の松尾(マツヲ)に
居られて、鳴鏑(ナリカブラ)を神体
とする神である。
次に、庭津日(ニハツヒ)神、
次に、阿須波(アスハ)神、
次に、波比岐(ハヒキ)神、
次に、香山戸臣(カグヤマトオミ)神、
次に、羽山戸(ハヤマト)神、
次に、庭高津日(ニハタカツヒ)神、
次に、大土(オホツチ)神、
亦の名は、土之御祖(ツチノミオヤ)神、
10神。

以上、
大年(オホトシ)神の子は、
大国御魂(オホクニミタマ)神
大土(オホツチ)神の合計17神。

(上記)羽山戸(ハヤマト)神が、
大冝都比売(オホゲツヒメ)神を娶り、
生んだ子は、
若山咋(ワカヤマクヒ)神、
次に、若年(ワカトシ)神、
次に、妹(イモ)若沙那売(ワカサナメ)神
次に、弥豆麻岐(ミヅマキ)神、
次に、夏高津日(ナツタカツヒ)神、
亦の名は、夏之売(ナツノメ)神、
次に、秋毘売(アキビメ)神、
次に、久久年(ククトシ)神、
次に、久久紀若室葛根(ククキワカムロ
ツナネ)神。

以上、
羽山戸(ハヤマト)神の子は、
若山咋(ワカヤマクヒ)神
久久紀若室葛根(ククキワカムロツナネ)
神の合計8神。

【補足】
大国主」 は、「大年」 の 「
(大和)を手に入れて、
須佐之男」 大神の神託通り、
名実共に、「大国主(大国の王)
になり、「大年」 の子孫も従うこ
とになる。
大年」 は、「(大和)の大物
として、大物主神と呼ばれる。
大冝都比売」 は、故 「須佐之
」 が、奥出雲へ追放の途上に
立ち寄った 「阿波国」 の故 「
冝都比売
」 の襲名後継者。


3.2.5 神世第13代 天照大御神による葦原中国平定

天之菩卑神による平定 (第1次)
原文読み口語訳
天照大御神之命

豊葦原之千秋長五
百秋之水穂國者
我御子
正勝吾勝々速日天
忍穂耳命之所知國

賜 而
天降也

天忍穂耳命

天浮橋 々志
【此三字 以音】
而 詔之
豊葦原之千秋長五
百秋之水穂國者

久佐夜藝弖
【此七字 以音】
有那理
【此三字 以音
下效此】
告 而 更
還上
請于天照大神

髙御産目神
天照大御神之命

天安河之河原
神集八百万神集
而 思金神
令思 而 詔
此葦原中國者
我御子之所知國
言依所賜之國也

以為 此國
道速振振國神等

是 使何神 而
將言趣
天照(アメテラス)大御神の命(ミコト
ノリ)、以って、
「豊葦原之千秋長五百秋之水穂
(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)
國は、我(ア)が御子、
正勝吾勝勝速日天
(脱字 「之」)
忍穂耳(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシ
ホミミ)命の知らす國。」 と、
()(コトヨ)せ賜ひて、
天(アメ)降す也。
是れに(オ)いて、
(脱字 「之」)忍穂耳(アメノオシ
ホミミ)命、
天浮橋(アメウキハシ)に志(タタシ)
【此の三字、音を以ってす】
て、之を詔(ノ)りしく、
「豊葦原之千秋長五百秋之水穂
(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)
國は、
久佐夜藝弖(イタクサヤギテ)
【此の七字、音を以ってす】
有る那理(ナリ)。」
【此の三
()字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
と告げて、更に、
還り上(ノボ)り、天照(アメテラス)
(脱字 「御」)神へ請ふ。
(シカ)くして、
髙御産巣目
()(タカミムスヒ)神、
天照(アメテラス)大御神の命(ミコト
ノリ)、以って、
天安(アメヤス)河の河原に、八百万
(ヤホヨロヅ)神を神集(カムツドイ)に
集(ツド)へて、思金(オモヒカネ)神に
思はしめて、詔(ノ)りしく、
「此の葦原中(アシハラナカ)國は、
我(ア)が御子の知らせし國、
と言依(コトヨ)せ賜ひし國也。
故(カレ)、
此の國に、道速振(チハヤブ)る

()振(アラブ)る國神等の
(サハ)に在(ア)り為すを以って、
是れ、何(イズ)れの神を使はし
て、將に、言趣(コトムケ)む。」 と。
天照(アメテラス)大御神の命令で、
「豊葦原之千秋長五百秋之水穂
(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)
(葦原中国)は、私の御子の
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳
(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命
が治める国。」
と命じられて、(忍穂耳命を)
下らせたのである。
そして、
天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命は、
天浮橋(アメウキハシ)に立って、
「豊葦原之千秋長五百秋之水穂
(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)
(葦原中国)は、大変騒がしい
ことである。」 と告げて、
更に、(高天原に)帰って来て、
天照(アメテラス)大御神に(指図を)
願い出た。
そこで、高御産巣日(タカミムスヒ)神
は、天照(アメテラス)大御神の命令
で、天安川(アメヤスカハ)の川原に、
八百万(ヤホヨロヅ)神を集めて、
思金(オモヒカネ)神に考えさせて、
「この葦原中(アシハラナカ)国は、
(天照大御神)の御子が治める
国として、命じられた国である。
それで、
この国には、荒ぶる国神が多くい
るので、これを、どの神を遣わし
て、服従させようか。」 と語った。

【補足】
豊葦原之千秋長五百秋之水穂
」=「葦原中国」 を治めるの
に、「天照」 が自分の子 「正勝
吾勝勝速日天之忍穂耳
(天之
忍穂耳
)を指名したのは、
この 「天之忍穂耳」 は、「天照
須佐之男」 の 「誓約」 の時、
天照」 が獲得した元 「須佐之
」 の人財であったため、「須佐
之男
」 の子孫「大国主」の反発
が少ないものと考えたから。

思金神及八百万神
議 白之
天菩比神
是 可遣

天菩比神者

媚附大國主神
至于三年
不復奏
(シカ)くして、
思金(オモヒカネ)神及び八百万(ヤホ
ヨロヅ)神、議り、之を白さく、
「天
(脱字 「之」)菩比()(アメノホ
ヒ)神、是れ、遣はす可し。」 と。
故(カレ)、
(脱字 「之」)菩比()(アメノホヒ)
神は、乃ち、
大國主(オホクニヌシ)神に媚び附き、
三年(ミトセ)に至るも、
復奏(カヘリゴトマウ)さず。
そこで、思金(オモヒカネ)神と八百万
(ヤホヨロヅ)神は、相談し、
「天之菩卑(アメノホヒ)神を、これに、
遣わせよ。」 と申した。
それで、天之菩卑(アメノホヒ)神は、
直に、大国主(オホクニヌシ)神に媚び、
3年経っても、復命しなかった。

【補足】
天之菩卑」 も、「天照」 の子で
あるが、元 「須佐之男」 の人財。

天若日子による平定 (第2次)
原文読み口語訳
是以
髙御産日神
天照大御神
亦 諸神等
所遣葦原中國
之天菩比神
久 不復奏
亦 使何神之吉


思金神
荅白
可遣津國玉神之子
天若日子

故 
以天之麻迦古弓
【自麻下三字
以音】
天之波々
【此二字 以音】
矢 賜天若日子
而 遣

天若日子
降到其國 即
娶大國主神之女
下照比賣 亦
慮獲其國
至于八年
不復奏
是れを以って、
髙御産日(タカミムスヒ)神、
天照(アメテラス)大御神、
亦、諸(モロ)神等に、ひしく、
「葦原中(アシハラナカ)國に遣はせし
之天
(天之)菩比()(アメノホヒ)神
久しく、復奏(カヘリゴトマウ)さず。
亦、何(イズ)れの神を使はすが、
吉(ヨ)き。」 と。
(シカ)くして、
思金(オモヒカネ)神、
荅(コタ)へ白さく、
(脱字 「天」)津國玉(アメツクニタマ)
神の子、天若日子(アメワカヒコ)を遣
はす可し。」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
天之麻迦古弓(アメノマカコユミ)、
【「麻」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
天之波波(アメノハハ)
【此の二字、音を以ってす】
矢を以って、天若日子(アメワカヒコ)
に賜ひて、遣はす。
是れに(オ)いて、
天若日子(アメワカヒコ)、
其の國に降り到り、即ち、
大國主(オホクニヌシ)神の女(ヲミナ)、
下照比賣(シタテルヒメ)を娶り、亦、
其の國を獲(エ)むと慮(オモヒハカ)
り、八年(ヤトセ)に至るも、
復奏(カヘリゴトマウ)さず。
そこで、
高御産巣日(タカミムスヒ)神天照
(アメテラス)大御神は、また、神々に
「葦原中(アシハラナカ)国に遣わした
天之菩卑(アメノホヒ)神は、
長い間、復命しない。
また、どの神を遣わすのが良い
か。」 と尋ねた。
そこで、思金(オモヒカネ)神は、答え、
「天津国玉(アメツクニタマ)神の子、
天若日子(アメワカヒコ)を遣わせ。」
と申した。
それで、そこで、(天照大御神は)
鹿を射る天之麻迦古(アメノマカコ)弓
天之波波(アメノハハ)矢を、天若日
子(アメワカヒコ)に授けて遣わした。
そして、天若日子(アメワカヒコ)は、
その(葦原中)国に下り着き、直
に、大国主(オホクニヌシ)神の娘の下
照比売(シタテルヒメ)を娶り、また、そ
の国を自分の物にしようと思い、
8年経っても、復命しなかった。

【補足】
天若日子」 は、「思金」 推薦に
よる 「天津国玉」 の子であるが
天照」 に対抗する 「下照比売
の虜になってしまった。
下照比売」 は、「大国主」 の側
室になった元 「天照」 の人財の
多紀理毘売」 の子、「高比売」。
故 
天照大御神
髙御産日神
亦 諸神等
天若日子
久 不復奏
又 遣曷神 以
天若日子之
淹留所由

諸神及思金神
荅白
可遣雉名鳴女時

詔之
汝 行
天若日子 状者
汝 所以 使葦原
中國者
言趣 和其國之
振神等之者也
何至于八年
不復奏
故 
鳴女 自天 降到
居天若日子之
津楓上 而
言委曲 如天神之
詔命

天佐貝賣
【此三字 以音】
此鳥言 而
語天若日子 言
此鳥者 其鳴音
甚悪
故 身射
云進 即
天若日子 持天神
所賜天之波士弓
天之加久矢
射殺其雉

其矢 白雉 通 而 逆射上
逮坐天女阿之河原
天照大御神
髙木神之御所

是 髙木神者
髙御産日神之
別名
故(カレ)、(シカ)くして、
天照(アメテラス)大御神、
髙御産日(タカミムスヒ)神、
亦、諸(モロ)神等に、ひしく、
「天若日子(アメワカヒコ)、
久しく、復奏(カヘリゴトマウ)さず。
又、曷(ナニ)神を遣はし、以って、
天若日子(アメワカヒコ)の淹(ヒサ)しく
留(ト)まりし由(ユエ)をふ。」と。
是れに(オ)いて、
諸(モロ)神及び思金(オモヒカネ)神、
荅(コタ)へ白さく、
「名が鳴女(ナキメ)の雉(キギシ)を遣
はす可き時。」 と。
之を詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)、行き、天若日子(アメワカヒコ)
へ、状(サマ)は、
『汝(ナ)、葦原中(アシハラナカ)國に
使はす所以(ユエン)は、其の國の

()振(アラブ)る神等の者を言
趣(コトム)け、和(ナゴ)めること也。
何ぞ、八年(ヤトセ)に至るも、
復奏(カヘリゴトマウ)さぬ。』」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
鳴女(ナキメ)、天(アメ)より、降り到
り、天若日子(アメワカヒコ)の(カド)
の湯津楓(ユツカヘデ)上(カミ)に居
て、天神の詔命(ミコトノリ)の如く、
委曲(ツバラ)に言ふ。
(シカ)くして、
天佐貝()賣(アメサグメ)
【此の三字、音を以ってす】
此の鳥の言(コト)をきて、天若
日子(アメワカヒコ)に語り、言ひしく、
「此の鳥は、其の鳴き音(ネ)、
甚だ悪(ア)し。
故(カレ)、身(ミヅカ)ら射よ。」 と。
云ひ進むるに、即ち、
天若日子(アメワカヒコ)、天神の賜ひ
し天之波士(アメノハジ)弓、
天之加久(アメノカク)矢を持ち、
其の雉(キギシ)を射殺(シ)す。
(シカ)くして、
其の矢、白き雉(キギシ)の(ムネ)
通りて、逆しまに射上(イノボ)り、
天女
()(アメヤス)阿()の河原
に坐(イマ)す天照(アメテラス)大御神、
髙木(タカキ)神の御所(ミトコロ)に
逮(オヨ)ぶ。
是れ、髙木(タカキ)神は、
髙御産日(タカミムスヒ)神の
別名(コトナ)。
それで、そこで、
天照(アメテラス)大御神高御産巣日
(タカミムスヒ)神は、また、神々に、
「天若日子(アメワカヒコ)は、
長い間、復命しない。
また、どの神を遣わして、
天若日子(アメワカヒコ)が、長く留ま
った理由を問うか。」 と尋ねた。
そして、
神々と思金(オモヒカネ)神が、答え、
「鳴女(ナキメ)という名の雉(キジ)
を遣わす可き時。」 と申した。
(天照大御神は、鳴女に)
「貴女が行き、天若日子(アメワカヒコ)
に、『貴方を、葦原中(アシハラナカ)国
に遣わしたのは、その国の荒ぶる
神達を服従させ、鎮めるためで、
なぜ、8年経っても、復命しない
のか。』のように問え。」
と語った。
それで、そこで、鳴女(ナキメ)は、
高天原(タカアマハラ)から下り着き、
天若日子(アメワカヒコ)の門(鳥居)
湯津(ユツ)(神聖な)楓(カヘデ)の木
に止まって、天神の命令のよう
に、詳しく明瞭に言った。
そこで、(天若日子に随伴した側
女の)天佐具売(アメサグメ)が、
この鳥(鳴女)の言うことを聞い
て、天若日子(アメワカヒコ)に語り、
「この鳥は、鳴き声が大変悪い。
それで、自分で射よ。」 と言った。
進言して直に、天若日子(アメワカヒ
コ)は、天神が授けた天之波士(アメ
ノハジ)弓天之加久(アメノカク)矢(
之麻迦古弓天之波波矢)で、そ
の雉(キジ)を射殺してしまった。
そこで、
その矢は、白い雉(キジ)の胸を貫
いて、遡り、天安川(アメヤスカハ)の川
原に居られる天照(アメテラス)大御
高木(タカキ)神の所に届いた。
この高木(タカキ)神とは、
高御産巣日(タカミムスヒ)神の別名。

【補足】
使者役の 「鳴女」 は、「天照」 の
命令を、「天若日子」 の側女の
天佐具売」 に伝えたが、
天佐具売」 により、「鳴音甚悪
という伝言をされたため、
天若日子」 により、射殺された。

髙木神
取其矢 見者
血 著其矢羽

髙木神 告之
此矢者
所賜天若日子之矢
即 示諸神等
詔者
或 天若日子
命 為射思神
之矢之至者
不中天若日子
或 有耶心者
天若日子
此矢 麻買礼
【此三字 以音】
云 而
取其矢 自其矢穴
衝返下者
中天若日子
寢朝床之髙
以 死
此 還矢之
亦 其雉 不還


諺 曰
雉之頓使
 是也
故(カレ)、
髙木(タカキ)神、
其の矢を取り、見れば、
血、其の矢羽に著(ツ)く。
是れに(オ)いて、
髙木(タカキ)神、之を告げしく、
「此の矢は、天若日子(アメワカヒコ)
に賜ひし矢。」 と。
即ち、諸(モロ)神等に示し、
詔(ノ)りしくは、
「或(モ)し、天若日子(アメワカヒコ)、
命(ミコトノリ)を(アヤマタ)ず、思ほ
しき神を射る矢の至り為さば、
天若日子(アメワカヒコ)に中(アタ)ら
ず、或(モ)し、耶
()(ヤマ)しき心
有らば、天若日子(アメワカヒコ)、
此の矢に、麻買
()礼(マガレ)。」
【此の三字、音を以ってす】
と云ひて、
其の矢を取り、其の矢穴より
衝(ツ)き返し下(クダ)せば、
朝床(アサドコ)に寢(イ)ねたる天
若日子(アメワカヒコ)の髙(タカムナ)
坂に、中(アタ)り、以って、死ぬ。
此れ、還矢(カヘシヤ)の(モト)也、
亦、其の雉(キギシ)、還(カヘ)らず。
故(カレ)、
今に(オ)いて、
諺(コトワザ)、曰く、
「雉(キギシ)の頓使(ヒタツカヒ)」
(モト)、是れ也。
それで、
高木(タカキ)神が、その矢を取って
見ると、血が、矢羽に付いていた。
そして、高木(タカキ)神は、
「この矢は、天若日子(アメワカヒコ)に
授けた矢。」 と告げて、
直に、神々に見せ、
「もし、天若日子(アメワカヒコ)が、
命令に背かず、目指す神(葦原中
国の従わない神)を射る矢が、
ここに届いたのなら、
天若日子(アメワカヒコ)には当たら
ず、もし、下心があるのなら、
天若日子(アメワカヒコ)は、この矢で、
禍を受ける。」 と語って、
その矢を取り、その矢が来た穴
から下に突き返したところ、
朝床に寝ていた天若日子(アメワカ
ヒコ)の胸に、当たって、死んだ。
これが、「還矢」(カヘシヤ)の起源で
あり、また、その雉(キジ)は、
帰ってこなかった。
それで、今、
諺で、「雉のひた使い」 というの
は、これが起源である。

【補足】
高木」 は、使者役の 「鳴女」 が
討たれた 「天之加久矢」 を持ち
帰った使者に、その矢を使って、
天若日子」 を暗殺させた。

天若日子之妻
下照比賣之哭聲与
風 響到天

在天々若日子之父
天津國玉神及
其妻子  而
降来 哭悲
乃 其處
作喪屋 而
阿鳫
為岐佐理持
【自岐下三字
以音】
鷺 為掃持
翆馬
為御食人
雀 為碓女
雉 為哭女
如此 行定 而
日八日 夜八夜
以 遊也
故(カレ)、
天若日子(アメワカヒコ)の妻(ツマ)、
下照比賣(シタテルヒメ)の哭く聲と
風、響きて天(アメ)に到る。
是れに(オ)いて、
天(アメ)に在る天若日子(アメワカヒコ)
の父、天津國玉(アメツクニタマ)神及び
其の妻子(メコ)きて、
降り来、哭き悲しみ、
乃ち、其處()(ソコ)に、
喪屋(モヤ)を作りて、
阿鳫
(河雁)(カハカリ)、
岐佐理持(キサリモチ)と為し、
【「岐」 より下(シモ)三字、
音を以ってす】
鷺(サギ)、掃持(ハハキモチ)と為し、
()()(ソニトリ)、
御食人(ミケヒト)と為し、
雀(スズメ)、碓女(ウスメ)と為し、
雉(キギシ)、哭女(ナキメ)と為し、
此(カク)の如く、行ひ定めて、
日、八日、夜、八夜、
以って、遊ぶ也。
それで、天若日子(アメワカヒコ)の妻
の下照比売(シタテルヒメ)の泣く声
が、(葦原中国から)風に乗って、
高天原(タカアマハラ)に届いた。
そして、高天原(タカアマハラ)に居る
天若日子(アメワカヒコ)の父、天津国
玉(アメツクニタマ)神と本妻子が聞き、
(葦原中国に)下り、泣き悲しみ、
直に、そこに喪屋(モヤ)を作って、
河雁(カハカリ)を、死者に食事を奉
げる役とし、
鷺(サギ)を、掃除をする役とし、
翠鳥(ソニトリ)を、料理人とし、
雀(スズメ)を、米を搗く女とし、
雉(キジ)を、泣き女とし、
このように担当させて、88晩、
賑やかに、(天若日子を)弔った。

【補足】
天若日子」 の葬儀は、天族の
父 「天津国玉」 と本妻子が、「
」 等の鳥名の天族の従者と共
に、「葦原中国」 に来て、挙行。
此時
阿遅志貴髙日子根

【自阿下四字
以音】
到 而 即
天君日子之喪時
自天 降到
天若日子之父 亦
其妻 皆 哭 云
我子者
不死有祁理
【此二字 以音
下效此】
我君者
不死坐祁理 云
取懸手足 而
哭悲也
其過所以者
此二柱神之容姿
甚能相似故
是以 過也

阿遅志貴髙日子根
神 大 怒 曰
我者
友故
弔来耳
何 吾比穢死人
云 而
拔所御佩之十掬釼
切伏其喪屋
以足 蹶離
遣此者 在濃國
藍見河之河上
喪山之者也
其持所切大刀名
謂大量
亦名 謂神度釼

【度字 以音】

阿治志貴髙日子根
神者
忿 而 飛去之時
其伊妹髙比賣命
思顕其御名

故 歌 曰
 阿米那流夜
 淤登那婆
 宇那賀世流
 麻能麻流

 流迩
 阿那麻波夜
 
 
 阿治志貴
 迦比古泥
 能迦微曽也

此歌者 夷振也
此の時、
阿遅志貴
()髙日子根(アヂスキ
タカヒコネ)神
【「阿」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
到りて、即ち、天君
()日子
(アメワカヒコ)の喪を弔(トブラ)ふ時、
天(アメ)より、降り到れる
天若日子(アメワカヒコ)の父、亦、
其の妻(ツマ)、皆、哭き、云ひしく、
「我(ア)が子は、
死なずて有り祁理(ケリ)、
【此の二字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
我(ア)が君は、死なずて坐(イマ)
し祁理(ケリ)。」 と云ひ、
手足に取り懸(カカ)りて、
哭き悲しむ也。
其の過(アヤマ)てりしは、
此の二柱神の容姿(カタチ)、
甚だ能(ヨ)く相ひ似るが故(ユエ)、
是れを以って、過(アヤマ)てる也。
是れに(オ)いて、
阿遅志貴
()髙日子根(アヂスキタ
カヒコネ)神、大(オホ)いに、怒り、曰く
「我(ア)は、
(イト)しき友に有るが故(ユエ)、
弔(トブラ)ひ来たる耳(ノミ)。
何ぞ、吾(ア)を穢(キタナ)き死人(シ
ビト)に比(ナゾラ)ふ。」 と云ひて、
御佩(ミハカ)せりし十掬釼(トツカツル
ギ)を拔き、其の喪屋(モヤ)を切り
伏せ、足を以って、蹶(ク)え離
(ハナ)ち、此れを遣(ヤ)るは、
濃(ミノ)國の藍見(アイミ)河の河
上(カハカミ)に在る喪(モ)山の者也。
其の持ちて切りし大刀(タチ)名、
大量(オホハカリ)と謂ひ、
亦の名、神度釼(カムドツルギ)
と謂ふ。
【「度」 字、音を以ってす】
故(カレ)、
阿治
()志貴()髙日子根(アヂ
スキタカヒコネ)神は、
忿(イカ)りて、飛び去る時、
其の伊妹(イロモ)髙比賣(タカヒメ)
命、其の御名(ミナ)を思ほし、
顕(アラハ)さむとし、
故(カレ)、歌ひて、曰く。
 阿米那流夜(アメナルヤ)
 淤登那婆能(オトタナバタノ)
 宇那賀世流(ウナガセル)
 麻能
()麻流(タマノミ
 スマル)
 
()流迩(ミスルニ)
 阿那麻波夜(アナダマハヤ)
 迩(ミタニ)
 
()(フタワタラス)
 阿治志貴(アヂスキ)
 迦比古泥(タカヒコネ)
 能迦微曽(ノカミソ)也

此の歌は、夷振(ヒナブリ)也。
この時、
(天若日子の妻の高比売命の兄)
阿遅高日子根(アヂスキタカヒコネ)
神が、(戦地から)やって来て、
天若日子(アメワカヒコ)を弔った時、
高天原(タカアマハラ)から、下り着い
た天若日子(アメワカヒコ)の父と本妻
は、皆、泣きながら、
「私の子は、死なずにいた。」
「私の夫は、死なずに居られた。」
と云い、(阿遅高日子根神の)
手足に取りすがって、
泣き悲しんだのである。
その見間違えは、この2(阿遅
高日子根神天若日子)の容姿
が、大変良く似ていたから、
そこで、間違えたのである。
そして、阿遅高日子根(アヂスキ
タカヒコネ)神は、大変怒り、
「私は、親しい友人だから、
弔いに来ただけなのに、何故、
私を穢れた死人に見立てるか。」
と言い、
佩いていた十拳剣(トツカツルギ)を
抜いて、その喪屋(モヤ)を切り倒
し、足で蹴飛ばし、その行き先は、
美濃(ミノ)国の藍見(アイミ)川の川
上にある喪(モ)山である。
その持って切った太刀の名は、
大量(オホハカリ)と謂い、亦の名は、
神度剣(カムドツルギ)と謂う。
それで、阿遅高日子根(アヂスキ
タカヒコネ)神が怒って、(戦地に戻
るため)飛び去った時、
その妹の高比売(タカヒメ)命は、
その名(阿遅高日子根神)を思
い、(天若日子の父と妻に)知ら
そうと、歌ったのは、次の通り。
 天(アメ)なるや、乙(ヲト)棚機の
 うながせる、玉の御統(ミスマル)
 御統(ミスル)に、穴玉はや、
 深(ミ)谷、二渡らす、
 阿遅高日子根の神ぞ也

この歌は、田舎風の歌である。

【補足】
阿遅高日子根」 は、第6世
大国主」 の側室 「多紀理毘
」 が生んだ第7世であるが、
妹 「高比売」 の夫 「天若日子
の喪屋を壊し、「天若日子」 の
高天原()の父妻子を侮辱
した訳は、「少名毘古那」 以来、
出雲の国が、「高天原」 による
内政干渉を受けてきたことに
対する腹癒せ。

 高天原()の若い機織女が
 頸にかける玉の輪飾りで魅力
 の勾玉のように湾曲した深い
 谷を二回(往復)も渡られる
 阿遅高日子根の神であるよ

建御雷之男神による(事代主神)平定 (第3次)
原文読み口語訳

天照大御神

亦 遣曷神者


思令神及諸神
白之
坐天安河々上之
天石屋
名 伊都之尾羽張
神 是可遣
【伊都二字
以音】
若 亦 非此神者
神之子 建御雷之
男神 此應遣
且 其天尾羽張神

逆塞上天安河之水

塞道居 故
他神 不

別 遣天迦久神


故 
使天迦久神
天尾羽張神之時

荅白
恐之 仕奉
然 此道者
僕子 建御雷神
可遣
乃 貢進

天鳥舩神
副建御雷神 而
是れに(オ)いて、
天照(アメテラス)大御神、
之を
()(ノ)りしく、
「亦、曷(ナニ)神を遣はさば、
吉(ヨ)し。」 と。
(シカ)くして、
思令
()(オモヒカネ)神及び諸(モロ)
神、之を白さく、
「天安(アメヤス)河河上(カハカミ)の
天石屋(アメイハヤ)に坐(イマ)す、
名、伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)神、
是れ、遣はす可し。
【「伊都」 二字、
音を以ってす】
若し、亦、此の神に非ずば、
神の子、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)
神、此れまさに遣はすべし。
且(マタ)、其の天
(脱字 「之」)
羽張(アメノヲハバリ)神は、
天安(アメヤス)河の水を逆しまに
塞(セ)き上げて、
道を塞(フサ)ぎ居るが故(ユエ)、
他(アタ)し神、行くを
()ず。
故(カレ)、
別(コト)に、天
(脱字 「之」)迦久
(アメノカク)神を遣はし、
ふ可し。」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
(脱字 「之」)迦久(アメノカク)神
を使はし、天
(脱字 「之」)尾羽
張(アメノヲハバリ)神にふ時、
荅(コタ)へ白さく、
「恐(カシコ)し、仕へ奉(タテマツ)らむ。
然(シカ)れども、此の道には、僕
(ヤツガレ)が子、建御雷(タケミカヅチ)
神、遣はす可し。」 と。
乃ち、貢進(ミツギタテマツ)る。
(シカ)くして、
天鳥舩(アメトリフネ)神、
建御雷(タケミカヅチ)神に副(ソ)へ
て、遣はす。
そして、
天照(アメテラス)大御神は、
「また、どの神を遣わせば良い
か。」 と語った。
そこで、
思金(オモヒカネ)神と神々が、
「天安川(アメヤスカハ)の川上の
天石屋(アメイハヤ)に居られる、
名は、伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)
神を遣わせよ。
もし、また、この神でなければ、
神の子、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)
神を、遣わせよ。
また、その天之尾羽張(アメノヲハバ
リ)神は、天安川(アメヤスカハ)の水を
堰止めて、道を塞いでいるので、
他の神は、行くことができない。
それで、別に、天之加久(アメノカク)
神を遣わし、尋ねよ。」 と申した。
それで、そこで、
天之加久(アメノカク)神を遣わし、
天之尾羽張(アメノヲハバリ)神に尋ね
ると、(天之尾羽張神は)答え、
「謹んで、仕え奉げよう。
しかし、これには、私の子の建御
雷(タケミカヅチ)神を遣わせよ。」 と
申し、直に(建御雷神を)奉げた。
そこで、
天鳥船(アメトリフネ)神を、建御雷(タケ
ミカヅチ)神に付けて、遣わした。

【補足】
建御雷之男」 の父 「伊都之尾
羽張
」 は、「伊耶那岐」 が 「火之
迦具土
」 を斬った刀名に由来。
建御雷之男」 は、その刀の本
に付いた血から成った(火之
迦具土
」 を斬った)神。
天之加久」 は、天神が、「天若
日子
」 に与えた矢名に由来。
天鳥船」 は、「高天原」 水軍。
是以
此二神
降到出雲國伊耶佐
之小濵 而
【伊耶佐三字
以音】
拔十掬釼
立于浪穂

趺坐其釼前
其大國主神 言

天照大御神
髙木神之命
以 同使之
汝之宇志波祁流
【此五字 以音】
葦原中國者
我御子之所知國
言依賜

汝心 奈何

荅曰之
僕者

我子
八重言代主神
是 可自

為鳥遊 取魚 而
徃御大之前
未還来
故 
遣天鳥舩神 徼来
重複
(故  遣天鳥
舩神 徼来)

八量事代主神 而 賜之時
語其見大神
言恐之
此國者 立奉天神
之御子
即 蹈傾其舩 而
天逆手矣
青柴垣
打成 而 隠也
【訓柴
云布斯】
是れを以って、
此の二(フタ)神、
出雲(イヅモ)國伊耶
()佐之小
()(イナサノヲハマ)に、降り到りて、
【「伊那佐」 三字、
音を以ってす】
十掬釼(トツカツルギ)を拔き、
浪穂(ナミホ)へ、
逆しまに
()し立て、
其の釼の前(サキ)に趺(アグ)み坐
(イマ)し、其の大國主(オホクニヌシ)神
ひ、言ひしく、
「天照(アメテラス)大御神、
髙木(タカキ)神の命(ミコトノリ)、
以って、同(トモ)に之を使はす。
汝(ナ)の領(ウシハ)ける
【此の五字、音を以ってす】
葦原中(アシハラナカ)國は、
我(ア)が御子の知らせし國と、
言依(コトヨ)せ賜ふ。
故(カレ)、
汝(ナ)が心、奈何(イカ)に。」 と。
(シカ)くして、
荅(コタ)へ、之を曰く、
「僕(ヤツガレ)は、
()すを()ず。
我(ア)が子、
八重言代主(ヤヘコトシロヌシ)神、
是れ、自
()す可し。
然(シカ)れども、
鳥遊(トリアソビ)、取魚(スナドリ)為
して、御大(ミホ)の前(サキ)に徃(ユ)
き、未だ還り来ず。」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
天鳥舩(アメトリフネ)神を遣はし、
重複
(故(カレ)、(シカ)くして、天鳥舩
(アメトリフネ)神を遣はし)
八量
()事代主(ヤヘコトシロヌシ)神
を徼(モト)め来て、ひ賜ふ時、
其の見(マミ)ゆる大神に語り、
恐(カシコ)みて、之を言ひしく、
「此の國は、天神の御子に立奉
(タテマツ)らむ。」 と。
即ち、其の舩を蹈み傾むけて、
天逆手(アメサカテ)をぞ、
青柴垣(アヲフシガキ)に、
打ち成して、隠る也。
【「柴」 の訓み、
布斯(フシ)と云ふ】
そこで、
この2(天鳥船神建御雷神)
は、出雲(イヅモ)国、伊那佐之小浜
(イナサノヲハマ)(稲佐の浜)に、下り
着いて、十拳剣(トツカツルギ)を抜
き、海上に、逆さまに刺し立て、
その剣先に、あぐらで座られ、
その大国主(オホクニヌシ)神に尋ね、
「天照(アメテラス)大御神高木(タカ
キ)神の命令で、(2神が)共にこの
任に遣わされた。
貴方が領有する葦原中(アシハラナカ)
国は、私(天照大御神)の御子が
治める国とすると、命じられた。
それで、貴方の心はどうか。」
と言った。
そこで、(大国主神は)答え、
「私は、申すことができない。
私の子の八重事代主(ヤヘコトシロ
ヌシ)神が、これを申す可き。
しかし、(事代主神は)魚を
捕る為、美保関(ミホノセキ)(出雲国
島根)に行って、
まだ帰って来ない。」 と言った。
それで、そこで
天鳥船(アメトリフネ)神を遣わし、
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神を無理
に呼び寄せ、尋ねたところ、
(事代主神は)その対面した大神
(大国主神)に、謹んで語り、
「この国は、天神の御子に奉げよ
う。」 と言い、直に、
その船から、青柴垣(アヲフシガキ)
()に、天逆手(アメサカテ)を打って
(飛び込み)、自害したのである。

【補足】
八重事代主」 は、第6世 「大国
」 の側室 「神屋楯比売」 が生
んだ第8世 「事代主」 であり、
高天原」 と争う意志なく、自害。
なお、第6世 「大国主」 の正室
須勢理毘売」 には、子がなく、
因幡の側室 「八上比売」 が生ん
だ 「木俣」 は、夭逝し、
宗像の側室 「多紀理毘売」 が
生んだ第7世 「阿遅志貴高日子
」 は、戦死して断絶し、
越国」 の側室 「沼河比売」 が
生んだ 「建御名方」 は、次掲。

建御雷之男神による(建御名方神)平定 (第3次)
原文読み口語訳
故 
同其大國主神

令汝子事代主神
如此
白訖
亦 有可白子乎

亦 白之
亦 我子
有建御名方神
除此者 無也

如此 白之
其建御名方神
千引石 毀手末
而 来 言
誰 来我國 而
忍々
如此 物言
然 欲為力競故

我 先欲取其御手


令取其御手者
即 取成立氷
亦 取成釼刃
故 
懼 而 退居

欲取其建御名方神
之手
乞歸 而 取者
如取若葦
批 而 投離者
即 逃去
故(カレ)、(シカ)くして、
其の大國主(オホクニヌシ)神に、
()しく、
「汝(ナ)が子、事代主(コトシロヌシ)神
を、此(カク)の如く、
白し訖(イタ)らしむ。
亦、白すべき子有り乎(ヤ)。」 と。
是れに(オ)いて、
亦、之を白さく、
「亦、我(ア)が子、
建御名方(タケミナカタ)神有り。
此れを除(ノ)きては、無き也。」
と。
此(カク)の如く、白す
其の建御名方(タケミナカタ)神、
千引石(チヒキイハ)、手末(タナスエ)に
毀(コハ)して、来、言ひしく、
「誰(タレ)ぞ、我(ア)が國に来て、
忍(シノ)ぶ忍(シノ)ぶ、
此(カク)の如く、物言ふは。
然(シカ)らば、力競(チカラクラベ)為
さむと欲(ホッ)すが故(ユエ)、
我(ア)、先ず、其の御手を取らむ
と欲(ホッ)す。」 と。
故(カレ)、
其の御手を取られば、
即ち、立氷(タチヒ)に取り成し、
亦、釼刄(ツルギヤイバ)に取り成す。
故(カレ)、(シカ)くして、
懼(オ)ぢて、退(シリゾ)き居る。
(シカ)くして、
其の建御名方神の手を取らむ
と欲(ホッ)し、
乞ひ歸(ヨ)せて、取れば、
若葦(ワカアシ)を取るが如く、
(シ)め批(ウ)ちて、投げ離(ハナ)
てば、即ち、逃げ去る。
それで、そこで、(建御雷神は)
その大国主(オホクニヌシ)神に、
「貴方の子の事代主(コトシロヌシ)神
を、このように申させた。
他に申す子がいるか。」と尋ねた。
そして、(大国主神は)
「他に、私の子には、建御名方
(タケミナカタ)神がいて、これ以外無
いのである。」 と申す間に、
建御名方(タケミナカタ)神が、1,000
人引き岩を手先で毀して来て、
「誰だ、私の国に来て、ひそひそ
話をする者は。
それでは、力比べをしたいので、
(建御名方神)が、先ず、貴方
(建御雷神)の手を取ろう。」
と言った。
それで、(建御名方神が)
その(建御雷神の)手を取ると、
直に、氷柱に変わり、
また、剣の刃に変わった。
それで、そこで、(建御名方神は)
恐れをなして、退いた。
そこで、(建御雷神が)建御名方
(タケミナカタ)神の手を取ろうと、
申し出て、その手を取ると、
若い葦を掴むように、握り絞め
て、放り投げたので、(建御名方
神は)直に、逃げ去った。

【補足】
第6世 「大国主」 の 「越国」 の
側室 「沼河比売」 が生んだ
建御名方」 は、逃亡して断絶。
その後は、「大国主」 の側室 「
」 が生んだ第9世 「鳥鳴海
の系統で存続することになる。

追徃 而 迫到科
野國之州羽海
將殺時
建御名方神 白

莫殺我
除此地者
不行他處
亦 不違我父大國
主神之命
不違八重事代主神
之言
此葦原中國者
随天神御子命
故(カレ)、
追ひ徃(ユ)きて、科野(シナノ)國の
州羽海(スハミ)に迫(セ)め到り、
將に殺(シ)さむとする時、
建御名方(タケミナカタ)神、白さく、
「恐(カシコ)し、
我(ア)を殺(シ)す莫(ナカ)れ。
此の地を除(ノ)きては、
他(アタ)し處()に行かじ。
亦、我(ア)が父大國主(オホクニヌシ)
神の命(ミコトノリ)に違(タガ)はじ。
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神の言
(コト)に違(タガ)はじ。
此の葦原中(アシハラナカ)國は、
天神御子の命(ミコトノリ)の随(マニマ)
に、獻(タテマツ)る。」 と。
それで、
(建御雷神は、建御名方神を)
追いかけて、信濃(シナノ)国の
諏訪海(スハミ)(諏訪湖)に追い詰
め、殺そうとした時、
建御名方(タケミナカタ)神は、
「恐れ入った。 私を殺すな。
この地(信濃国)以外、
他の所には行かない。
また、私の父の大国主(オホクニヌシ)
神の命令に従う。
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)の
言葉の通り。
この葦原中(アシハラナカ)国は、
天神御子の命令通り、
献上する。」 と申した。

建御雷之男神による(大国主神)平定 (第3次)
原文読み口語訳

更且 還来
其大國主神
汝子等
事代主神
建御名方神
二神者
随天神御子之命
勿違
白訖故
汝心 奈何

荅白之
僕子等二神
随白
僕 之不違
此葦原中國者
随命
既獻也
唯 僕住所者
如天神御子之天津
月継所知之登
【此三字 以音
下效此】
天之御 而
底津石根
柱 布斗斯理
【此四字 以音】
髙天原
氷木 迦斯理
迦斯理四字
以音】
而 治賜者
僕者 百不足八
十拍手
隠 而 侍
亦 僕子等
百八十神者 即
八重事代主神
為之御尾前 而

仕奉者
違神者 非也
故(カレ)、
更に且(マタ)、還り来、其の大國主
(オホクニヌシ)神に、ひしく、
「汝(ナ)が子等、
事代主(コトシロヌシ)神、
建御名方(タケミナカタ)神、
二(フタ)神は、
天神御子の命(ミコトノリ)の随(マニマ)
に、違(タガ)ふこと勿(ナ)しと、
白し訖(イタ)るが故(ユエ)、
汝(ナ)が心は、奈何(イカ)に。」 と。
(シカ)くして、
荅(コタ)へ之を白さく、
「僕(ヤツガレ)が子等二(フタ)神、
白す随(マニマ)に、
僕(ヤツガレ)、之を違(タガ)はじ。
此の葦原中(アシハラナカ)國は、
命(ミコトノリ)の随(マニマ)に、
既に獻(タテマツ)らむ也。
唯、僕(ヤツガレ)が住所(スミカ)は、
天神御子の天津月
()継(アメツ
ヒツギ)知らせし登流(トダル)
【此の三字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
天之御(アメノミス)の如くして、
底津石根(ソコツイハネ)に、
柱(ミヤハシラ)、布斗斯理(フトシリ)、
【此の四字、音を以ってす】
髙天原(タカアマハラ)に、
氷木(ヒギ)、迦斯理(タカシリ)
【「迦斯理」 四字、
音を以ってす】
て、治(シラ)し賜はば、
僕(ヤツガレ)は、百(モモ)足らず
八十(ヤソ)拍手(カシハデ)に、
隠れて、侍(ハベ)らむ。
亦、僕(ヤツガレ)が子等、
百八十(モモヤソ)神は、即ち、
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神、
(脱字 「神」)之御尾前(カミノミヲサキ)
と為して、
仕(ツカ)え奉(タテマツ)らば、違(タガ)
ふ神は、非(アラ)ず也。」 と。
それで、(建御雷神は)
更にまた、(出雲に)帰って来て、
その大国主(オホクニヌシ)神に、
「貴方の子達の事代主(コトシロヌシ)
建御名方(タケミナカタ)神の2
は、天神御子の命令通り、従うと
申したが、貴方の考えはいかが。」
と尋ねた。
そこで、(大国主神は)答え、
「私の子達の2神が申す通り、
私は、これに従う。
この葦原中(アシハラナカ)国は、命令
通り、現に献上するのである。
唯、私の住むところは、
天神御子の代々が治めた
立派な天之御巣(アメノミス)(宮殿)
のように、地下の岩盤に、
宮殿の柱をしっかりと建て、
高天原(タカアマハラ)に千木(チギ)を、
聳え立てて、治めてくれるなら、
私は、八十拍手(ヤソカシハデ)(
)に隠れて、控えよう。
また、私の子の百八十(モモヤソ)神
については、直に、
八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神を、
神之御尾前(カミノミヲサキ)(神々の
代表)にして、(天神御子に)仕え
奉げたなら、背く神は、無いので
ある。」 と申した。

【補足】
葦原中国」 の譲渡条件として、
高天原」 側が建てる 「大国主
の住居は、「高天原」 に見える
ような高さの出雲大社(須佐之
男大神の未達の神託)
今般、第6世 「大国主」 が、自害
するに当り、先に自害して果て
た第8世 「八重事代主」 を、「
之御尾前
」 とすることにより、
第9世 「鳥鳴海」 を始めとして、
百八十神」 が、「天神御子」 に
仕えることになった。
如此 之白 而
出雲國之藝志
之小
造天之御舍
藝志三字
以音】
而 水戸神之孫
櫛八玉神
為膳夫
獻天御饗之時
祷白 而
櫛八玉神
化鵜 入海底
吹上出底之波迩
【此二字 以音】

作天八十良迦
【此三字 以音】
而 鎌汝布之柄
作燧臼
以海蓴之柄
作燧杵 而
出火

是我所燧火者
髙天原者
神産日御祖命之
流天之新
凝烟
【訓凝烟
云州
之八拳乗麻弖焼

【麻弖二字
以音】
地下者
底津石根
焼凝 而
栲縄之子尋縄打莚

為釣海人之口大之
尾翼鱸
【訓鱸
受岐】
佐和佐和迩
【此五字 以音】
控依 騰 而
打竹之登遠々迩
【此七字 以音】
獻天之真魚咋也


建御雷神
返 参上
復奏言向和平
葦原中國之状

此(カク)の如く、之を白して、
出雲(イヅモ)國の藝志之小

()(タギシノヲハマ)に、
天之御舍(アメノミアラカ)を造り
【「藝志」 三字、
音を以ってす】
て、水戸(ミナト)神の孫(ウマゴ)、
櫛八玉(クシヤタマ)神、
膳夫(カシハデ)と為し、
天御饗(アメミアヘ)を獻(タテマツ)る時、
祷(イノ)り白して、
櫛八玉(クシヤタマ)神、
鵜(ウ)と化(ナ)り、海底に入り、
底の波迩(ハニ)
【此の二字、音を以ってす】
を吹き上げ出(イ)だし、
天八十良迦(アメヤソビラカ)
【此の三字、音を以ってす】
を作りて、汝布(ナメ)の柄(カラ)を
鎌(カ)り、燧臼(ヒキリウス)を作り、
海蓴(コモ)の柄(カラ)を以って、
燧杵(ヒキリキネ)を作りて、
火を(キ)り出(イ)だし、
云ひしく、
「是の我(ア)が燧(キ)りし火は、
髙天原(タカアマハラ)には、
神産日(カミムスヒ)御祖(ミオヤ)命
の登流(トダル)天之新(アメノ
ニイス)の凝烟(スス)
【「凝姻」 の訓み、
()(スス)と云ふ】
の八拳(ヤツカ)乗れる麻弖(マテ)
焼き(ア)げ、
【「麻弖」 二字、
音を以ってす】
地下(ツチシモ)は、
底津石根(ソコツイハネ)に、
焼き凝(コ)らして、
栲縄(タクナハ)の子
()尋縄(チヒロ
ナハ)打ち莚
()(ハ)へ、
釣り為す海人(アマ)の口大(クチオホ)
の尾翼(ヲハタ)鱸(スズキ)、
【「鱸」 の訓み、
()受岐(スズキ)と云ふ】
佐和佐和迩(サワサワニ)、
【此の五字、音を以ってす】
控(ヒ)き依(ヨ)せ、騰(ア)げて、
打竹之登遠遠迩(タチノトヲヲニ)、
【此の七字、音を以ってす】
天之真魚咋(アメノマナクヒ)を
獻(タテマツ)る也。」 と。
故(カレ)、
建御雷(タケミカヅチ)神、
返り、参い上(ノボ)り、
葦原中(アシハラナカ)國を言向(コトム)
け、和平(ナギタイラ)ぐる状(サマ)を、
復奏(カヘリゴトマウ)す。
このように、
(大国主神は)申して、
出雲(イヅモ)国、多芸志之小浜
(タギシノヲハマ)(出雲郡武志)に、
(建御雷神に対して)天之御舍
(アメノミアラカ)(御殿)を建て、
水戸(ミナト)神の孫の櫛八玉
(クシヤタマ)神を料理人として、
天御饗(アメミアヘ)(御馳走)
献上した時に、祈り申して、
櫛八玉(クシヤタマ)神が、
鵜になり、海底に潜り、
底の粘土を吹き出し、
天八十毘良迦(アメヤソビラカ)
(多くの器)を作って、
海藻の茎を刈り、燧臼(ヒキリウス)を
作り、菰(コモ)の茎で燧杵(ヒキリキネ)
を作って、火を熾(オコ)し、
「この私が熾(オコ)した火は、
高天原(タカアマハラ)では、
神産巣日(カミムスヒ)命の天之新巣
(アメノニイス)(新宮殿)の煤(スス)が
厚く積もるまで焼き、
地下の岩盤を焼き固め、
栲(タク)(コウゾ)の延縄(ハヘナハ)を
長く伸ばして釣りをする漁夫が、
口の大きい尾鰭(オヒレ)鱸(スズキ)
を、ざわざわと引き寄せ上げて、
館に沢山の天之真魚咋(アメノマナク
ヒ)(魚料理)を奉げるのである。」
と云った。

それで、
建御雷(タケミカヅチ)神は、
(高天原に)帰還、参上し、
葦原中(アシハラナカ)国を従わせ、
平定した様を報告した。

【補足】
建御雷」 をもてなすために建
てた 「天之御舍」 は、
先に、「大国主」 が、「建御雷」 に
葦原中国(出雲)の譲渡条件
として要求し、「高天原」 側が
建てることになる 「天之御巣
(宮殿)のような、「高天原」 に見
えるように高い 「大国主」 の住
み処(出雲大社)とは異り、「
芸志之小浜
(出雲郡武志)の砂
地の地盤に建つ仮設の御殿。
水戸神とは、「伊耶那岐伊耶
那美
」 2神が生んだ 「速秋津日
速秋津比売」 2神のこと。
この水戸神の孫の 「櫛八玉」 を
料理人として、
豊富な 「天之真魚咋(魚料理)
で、「天御饗(御馳走)した。


3.2.6 神世第14代 迩迩芸命

迩迩芸命(天之忍穂耳命の御子)の誕生
原文読み口語訳

天照大御神
髙木神之命

詔太子 正勝吾勝
々速日天忍穂耳命


今 年訖葦原中國
之白故
随言依賜
降坐 而 知者

其太子 正勝吾勝
々速日天忍穂耳命

荅白
僕者
將降裝束之
子 生
名 天迩岐志國迩
岐志國迩岐志
【自迩至志
以音】
天津日髙日子
迩々藝命
此子 應降也

此御子者
御合髙木神之女
万幡豊秋津比賣

生子
天火明命
次 日子能迩々
藝命 二柱也
是以
随白之
科詔日子能迩々
藝命
此豊葦原水穂國者
汝 將知國
言依賜故
随命 以
可天降
(シカ)くして、
天照(アメテラス)大御神、
髙木(タカキ)神の命(ミコトノリ)、
以って、
太子(オホミコ)、正勝吾勝勝速日天
(脱字 「之」)忍穂耳(マサカツアカツカツ
ハヤヒアメノオシホミミ)命に、
詔(ノ)りしく、
「今、年(ミノ)り訖(イタ)る葦原中
(アシハラナカ)國の白すが故(ユエ)、
言依(コトヨ)せ賜ふ随(マニマ)に、
降り坐(マ)して、知らさば。」 と。
(シカ)くして、
其の太子(オホミコ)、正勝吾勝
勝速日天
(脱字 「之」)忍穂耳
(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命、
荅(コタ)へ白さく、
「僕(ヤツガレ)は、
將に降らむと裝束(ヨソ)へる
子、
名、天迩岐志國迩岐志國迩岐志
(アメニキシクニニキシクニニキシ)
【「迩」 より 「志」 に至り、
音を以ってす】
天津日髙日子能迩迩藝(アメツ
ヒタカヒコホノニニギ)命に(オ)いて
生まれ、此の子を降すべき也。」
と。
此の御子は、
髙木(タカキ)神の女(ヲミナ)、
万幡豊秋津
()比賣(ヨロヅハタ
トヨアキツシヒメ)命に御合(ミアヒ)し、
生める子、
天火明(アメホアカリ)命、
次、日子能迩迩藝(ヒコホノニニギ)
命、二柱也。
是れを以って、
之を白す随(マニマ)に、
日子能迩迩藝(ヒコホノニニギ)命
に、科(オホ)せ詔(ノ)りしく、
「此の豊葦原水穂(トヨアシハラミヅホ)
國は、汝(ナ)、將に知らさむ國と
言依(コトヨ)せ賜ふが故(ユエ)、
命(ミコトノリ)の随(マニマ)に、以って、
天(アメ)降る可し。」 と。
そこで、
(葦原中国の平定報告を受け
)天照(アメテラス)大御神は、高木
(タカキ)神の命令として、太子の
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサ
カツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命に、
「今、稔った葦原中(アシハラナカ)国
(の者)が申すので、(以前に)
命じた通り、(葦原中国に)下ら
れて治めては。」 と語った。
そこで、
その太子の正勝吾勝勝速日天之
忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシ
ホミミ)命は、答え、
「私が、下ろうと支度をしている
間に、子が生まれ、
名は、天迩岐志国迩岐志国迩岐
志天津日高日子番能迩迩芸(アメ
ニキシクニニキシクニニキシアメツヒタカヒコホノ
ニニギ)命、この子を下すべきであ
る。」 と申した。
この御子(天神御子)は、
(天之忍穂耳命が)高木(タカキ)神
の娘の万幡豊秋津師比売(ヨロヅ
ハタトヨアキツシヒメ)命と交わって、
生んだ子で、
天火明(アメホアカリ)命、
次に、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニ
ギ)命の2人である。
そこで、(天照大御神は、天之忍
穂耳命が)申した通り、
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に
「この豊葦原水穂(トヨアシハラミヅホ)
(葦原中国)は、貴方が治める
国とするので、命令通り、下れ。」
と語った。

【補足】
太子の 「天之忍穂耳」 は、
天照」 が、「須佐之男」 から獲
得した5神の内の1神であるが、
その 「天之忍穂耳」 の御子
(天神御子)日子番能迩迩芸
が、「豊葦原水穂国(葦原中国
=本土)を治めることになった。

迩迩芸命が、猿田毘古神の先導で天降る
原文読み口語訳

日子能迩々藝命
將天降之時
居天之八衢 而
上 光髙天原
下 光葦原中國之
神 是 有
故 
天照大御神
髙木神之命
以 詔天宇受賣神

汝者 雖有手弱女
人 與伊牟迦布神
【自伊至布
以音】
面勝神故
専汝 徃

吾御子為天降之道
誰 如此 而 居


賜之時
荅自
僕者 國神
名 猿田神也

所以 出居者
天神御子
天降坐故
仕奉御前 而
参向之侍

天兒屋命
布刀玉命
天宇受賣命
伊斯許理度賣命
玉祖命
并五伴諸矣
友加 而
天降也
(シカ)くして、
日子能迩迩藝(ヒコホノニニギ)命、
將に天(アメ)降らむとする時、
天之八衢(アメノヤチマタ)に居て、
上(カミ)、髙天原(タカアマハラ)を光
(テラ)し、下(シモ)、葦原中(アシハラナ
カ)國を光(テラ)す神、是れに有り。
故(カレ)、(シカ)くして、
天照(アメテラス)大御神、
髙木(タカキ)神の命(ミコトノリ)、
以って、天宇受賣(アメウズメ)神に、
詔(ノ)りしく、
「汝(ナ)は、手弱女人(タヲヤメ)に有
ると雖も、伊牟迦布(イムカフ)神と
【「伊」 より 「布」 に至り、
音を以ってす】
面勝(オモカツ)神故(ユエ)、
専(モハ)ら汝(ナ)、徃(ユ)き、
將にひしくは、
『吾(ア)が御子、天(アメ)降り為
す道、誰(タレ)ぞ、此(カク)の如く
して、居る。』」 と。
故(カレ)、
ひ賜ふ時、
荅(コタ)へ自
()さく、
「僕(ヤツガレ)は、國神、
名、猿田
(脱字 「古」)(サルタビコ)
神也。
所以(ユエン)、出(イ)で居るは、
天神御子、天(アメ)降り坐(マ)すと
くが故(ユエ)、
御前(ミサキ)に仕へ奉(タテマツ)らむ
とて、参向かひ侍(ハベ)る。」 と。
(シカ)くして、
天兒屋(アメコヤ)命、
布刀玉(フトタマ)命、
天宇受賣(アメウズメ)命、
伊斯許理度賣(イシコリドメ)命、
玉祖(タマオヤ)命、
并(アハ)せ五伴諸
()(イツトモノヲ)
をぞ、友に加へて、
天(アメ)降す也。
そこで、
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命
が、下ろうとした時、
天之八街(アメノヤチマタ)(海路)で、
上は、高天原(タカアマハラ)を照らし、
下は、葦原中(アシハラナカ)国を照ら
す神が居たのである。
それで、そこで、
天照(アメテラス)大御神高木(タカキ)
神は、命令として、
天宇受売(アメウズメ)神に、
「貴女は、か弱い女だけれど、
向き合う神に気後れしない神な
ので、貴女だけで行き、
『私(天照大御神)の御子が下る
道に、このようにしているのは
誰か。』と尋ねよ。」 と語った。
それで、(天宇受売神が)
尋ねた時、(問われた神は)答え、
「私は、国神で、名は、猿田毘古
(サルタビコ)神である。
(ここに)出て居たのは、
天神御子が下られると聞いたの
で、道案内に仕え奉げようとし
て、迎えに参り、控えている。」
と申した。
そこで、(天照大御神は、
日子番能迩迩芸命に)
天児屋(アメコヤ)命、
布刀玉(フトタマ)命、
天宇受売(アメウズメ)命、
伊斯許理度売(イシコリドメ)命、
玉祖(タマオヤ)命
の合計5人の従者を分け加えて、
下らせたのである。

【補足】
国神の 「猿田毘古」 が、「葦原
中国
(本土)への案内のため、
高天原」 に迎えに来たのは、
出雲国」 側の陰謀。
(出雲国」 に誘拐の惧れあり)

副賜其遠岐斯
【此三字 以音】
八尺勾 鏡
及 草那藝釼
亦 常世思金神
脱落
(登由宇氣神)

手力男神
天石別神
而 詔者
此之鏡者
専為我御魂 而
女拜吾前
伊都岐奉
次 思金神者
取持前事
為政
此二柱神者
拜祭佐久々斯詔伊
受能宮
【自佐至能
以音】
次 登由宇氣神
此者 坐外宮之
度相神者也
次 天石戸別神
亦名 謂櫛石窓神
亦者 豊石窓神
此神者
之神也
次 手力男神者
坐佐那々縣也


其天兒屋命者
中臣連等之祖
布刀玉命者
忌部首等之祖
天宇受賣命者
猿女君等之祖
伊斯許理度賣命者
作鏡連等之祖

玉祖命者
玉祖連等之祖
是れに(オ)いて、
其の遠岐斯(ヲキシ)
【此の三字、音を以ってす】
八尺勾(ヤサカマガタマ)、鏡、
及び草那藝釼(クサナギツルギ)、
亦、常世思金(トコヨオモヒカネ)神、
脱落
(登由宇氣(トユウケ)神)
手力男(テチカラヲ)神、
天石別(アメイハトワケ)神を副(ソ)
へ賜ひて、詔(ノ)りしくは、
「此の鏡は、専(モハ)ら我(ア)が御
魂(ミタマ)と為して、吾(ア)が前
(サキ)を拜(ヲロガ)むが女
()く、
伊都岐(イツキ)奉(タテマツ)れ。
次、思金(オモヒカネ)神は、
前(サキ)の事を取り持ち、
政(マツリゴト)を為せ。」 と。
此の二柱神は、佐久久斯詔
()
()受能(サククシロイスズノ)宮
を拜(ヲロガ)み祭る。
【「佐」 より 「能」 に至り、
音を以ってす】
次、登由宇氣(トユウケ)神、
此れは、外宮(トツミヤ)の
度相(ワタラヒ)に坐(イマ)す神也。
次、天石戸
()別(アメイハトワケ)神、
亦の名、櫛石窓(クシイハマド)神、亦
は、豊石窓(トヨイハマド)神と謂ひ、
此の神は、
(ミカド)神也。
次、手力男(テチカラヲ)神は、
佐那那縣(サナナアガタ)に坐(イマ)す
也。
故(カレ)、
其の天兒屋(アメコヤ)命は、
中臣連(ナカトミムラジ)等の祖(オヤ)、
布刀玉(フトタマ)命は、
忌部首(インベオビト)等の祖(オヤ)、
天宇受賣(アメウズメ)命は、
猿女(サルメ)君等の祖(オヤ)、
伊斯許理度賣(イシコリドメ)命は、
作鏡連(ツクリカガミムラジ)等
の祖(オヤ)、
玉祖(タマオヤ)命は、
玉祖連(タマオヤムラジ)等の祖(オヤ)
そして、(天照大御神は、日子番
能迩迩芸命に)その用意した
八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)
草那芸剣(クサナギツルギ)と、
常世思金(トコヨオモヒカネ)神、
脱落
(登由宇気(トユウケ)神、)
手力男
(テチカラヲ)神、天石門別(アメイハトワケ)
神を付き添わせて、
「この鏡は、私の御霊(ミタマ)とし
て、私の先を拝むよう、斎き祀れ。
次に、思金(オモヒカネ)神は、
(私の)先のことを取り持って
政治をせよ。」 と語った。
この2(天照大御神の御霊
金神)は、佐久久斯絽伊須受能
(サククシロイスズノ)宮(内宮)に拝み
祭る。
次に、登由宇気(トユウケ)神、
これは、外宮の度会(ワタラヒ)に居
られる神である。
次に、天石門別(アメイハトワケ)神、
亦の名は、櫛石窓(クシイハマド)神や
豊石窓(トヨイハマド)神と謂い、この
神は、宮廷の門を守る神である。
次に、手力男(テチカラヲ)神は、
佐那那県(サナナアガタ)に居られる
のである。
それで、その天児屋(アメコヤ)命は、
中臣連(ナカトミムラジ)達の祖先、
布刀玉(フトタマ)命は、
忌部首(インベオビト)達の祖先、
天宇受売(アメウズメ)命は、
猿女(サルメ)君達の祖先、
伊斯許理度売(イシコリドメ)命は、
作鏡連(ツクリカガミムラジ)達の祖先、
玉祖(タマオヤ)命は、
玉祖連(タマオヤムラジ)達の祖先。

【補足】
結局、「日子番能迩迩芸」 と共
に、「豊葦原水穂国(葦原中
」 =本土)に赴任したのは、
天児屋玉祖」 5人の従者
と、三種神器を携えた 「思金
登由宇気」 4神。
故 
詔天津日子
迩々藝命 而
離天之石位
押分天之八重
【此二字 以音】
雲 而
伊都能知和岐知和

【自伊以下十字
以音】
天浮橋
宇岐士摩理
々斯弖
【自宇以下十一字
亦 以音】
天降坐 于竺紫日
向之髙千穂之久士
布流
【自久下六字
以音】
故 
天忍日命
天津久米命 二人
取貭天之石靭

取佩頭椎之大刀

取持天之波士弓

手挟天之真鹿兒矢

立御前 而
仕奉

其天忍日命 此者
大伴連等之祖
天津久米命 此者
久米直等之祖也

詔之
此地者 向韓國
真米通笠紗之御前

朝日之真
夕日之日照國也

此地 甚吉地
詔 而
底津石根
柱 布斗斯理
髙天原
迦斯理
而 坐也
故(カレ)、(シカ)くして、
天津日子能迩迩藝(アメツヒコ
ホノニニギ)命に、詔(ノ)りて、
「天之石位(アメノイハクラ)を離れ、
天之八重那(アメノヤエタナ)
【此の二字、音を以ってす】
雲を押し分けて、
伊都能知和岐知和
(脱字 「岐」)
弖(イツノチワキチワキテ)、
【「伊」 より下(シモ)十字、
音を以ってす】
天浮橋(アメウキハシ)に、
宇岐士摩理斯弖
(ウキジマリソリソリタタシテ)、
【「宇」 より下(シモ)十一字、
亦、音を以ってす】
竺紫日向(チクシヒナタ)の髙千穂(タ
カチホ)の久士布流氣(クジフルタケ)
に、天(アメ)降り坐(マ)せ。」 と。
【「久」 より下(シモ)六字、
音を以ってす】
故(カレ)、(シカ)くして、
天忍日(アメオシヒ)命、
天津久米(アメツクメ)命、二人、
天之石靭(アメイハユキ)を
取り貭
()ひ、
頭椎之大刀(クブツチノタチ)を
取り佩き、
天之波士(アメノハジ)弓を
取り持ち、
天之真鹿兒(アメノマカゴ)矢を
手挟(タバサ)み、
御前(ミサキ)に立ちて、
仕へ奉(タテマツ)る。
故(カレ)、
其の天忍日(アメオシヒ)命、此れは、
大伴連(オホトモムラジ)等の祖(オヤ)
天津久米(アメツクメ)命、此れは、
久米直(クメアタヘ)等の祖(オヤ)也。
是れに(オ)いて、
之を詔(ノ)りしく、
「此の地は、韓(カラ)國に向かひ、
笠紗之御前(カササノミサキ)に
真米
()(マキ)通りて、
朝日の真
()(マサス)國、
夕日の日照(ヒテル)國也。
故(カレ)、
此の地、甚だ吉(ヨ)き地。」
と詔(ノ)りて、
底津石根(ソコツイハネ)に、
柱、布斗斯理(フトシリ)、
髙天原(タカアマハラ)に、
()(ヒギ)の迦斯理
(タカシリ)て、坐(イマ)す也。
それで、そこで、(天照大御神は)
日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に
「天之石位(アメノイハクラ)(海の岩
)を出港し、天之八重多那(アメノ
ヤエタナ)雲(海の濃霧)をかき分け、
伊都(イツ)への進路を開いて、天
浮橋(アメウキハシ)の浮島に沿って行
き、竺紫日向(チクシヒナタ)高千穂(タ
カチホ)の籤振る嶽(クジフルタケ)(
祖山)に下られよ。」 と語った。
それで、そこで、
天忍日(アメオシヒ)命天津久米
(アメツクメ)命の2人は、
天之石靭(アメイハユキ)(立派な靫)
を背負い、
頭椎之大刀(クブツチノタチ)
(都牟羽之大刀)を佩き、
天之波士(アメノハジ)弓を持ち、
天之真鹿児(アメノマカゴ)矢を持ち、
(日子番能迩迩芸命の)前に立っ
て、仕え奉げた。
それで、
その天忍日(アメオシヒ)命は、
大伴連(オホトモムラジ)達の祖先、
天津久米(アメツクメ)命は、
久米直(クメアタヘ)達の祖先である。
そして、
(日子番能迩迩芸命は)
「この地は、韓(カラ)国に向かい、
笠紗之岬(カササノミサキ)に直結して、
朝日が真っ直ぐ差し、
夕日が照る国である。
それで、この地は、大変良い地。」
と語って、
地下の岩盤に、宮殿の柱をしっ
かりと建て、高天原(タカアマハラ)に、
千木(チギ)を聳え立たせて、
住まわれたのである。

【補足】
日子番能迩迩芸」 は、「伊都
(筑紫国怡土)へ進路を取り、
天浮橋(海の中道)沿岸を経
由し、「竺紫日向」 の 「高千穂
(高祖山)に、「高天原」 に見え
るよう、宮殿を建てて住んだ。
そこは、(北は)韓国(朝鮮)
に向かい、(南は)「肥国」 神埼
方面の 「笠紗之岬(カササギ
岬=当時は有明海が湾入する
入江)に直結する地で、(東西
)朝日夕日が照る処。
なお、「天忍日天津久米」は、
日子番能迩迩芸」 の近衛軍。

天宇受売命を猿女君と呼ぶ
原文読み口語訳
故 
詔天宇受賣命
此 立御前
所仕奉猿田
大神者
専 所顕申之汝
逆奉
亦 其神御名者
汝 貭仕奉
是以
猿女君等
貭其古之
男神名 而
女 呼女君之事
是也
故(カレ)、(シカ)くして、天宇受
賣(アメウズメ)命に、詔(ノ)りしく、
「此(カ)く、御前(ミサキ)に立ち、
仕へ奉(タテマツ)りし猿田
(サルタビコ)大神は、
専(モハ)ら、顕(アラハ)し申せし
汝(ナ)、逆(ムカ)へ奉(タテマツ)れ。
亦、其の神の御名は、汝(ナ)、
()ひ仕へ奉(タテマツ)れ。」 と。
是れを以ちて、
猿女(サルメ)君等、
其の
()古(サルタビコ)の
男神の名を貭
()ひて、
女(ヲミナ)を、
()女(サルメ)君と
呼ぶ事、是れ也。
それで、そこで、
(日子番能迩迩芸命は)
天宇受売(アメウズメ)命に、
「このように、道案内に仕え奉げ
た猿田毘古(サルタビコ)大神は、
1人正体を明らかにした貴女
が、出迎え奉げよ。
また、その神の名(猿田毘古)は、
貴女(天宇受売命)が、もらい受
け、仕え奉げよ。」 と語った。
そこで、猿女(サルメ)君達は、
その猿田毘古(サルタビコ)の男神
の名をもらい受け、
女を、猿女(サルメ)君と呼ぶこと
になったのは、これである。

古神
坐阿耶訶
【此三字 以音
地君】

為漁 而
比良夫具
【自比至夫
以音】
其手見咋合 而
洗溺海塩

其沈居底之時
名 謂底度久御魂

【度久二字
以音】
其海水之都夫

謂都夫都御魂

【自都下四字
以音】
其阿和佐久時
名 謂佐久御魂
【自佐至久
以音】

古神 而
還到 乃
悉 追聚鰭廣物
鰭侠物

同言
汝者 天神御子仕
奉耶
之時 諸魚 皆
仕奉
白之中
海鼠 不白

天宇受賣命
謂海鼠之
此口 畢不荅之口

以釼小刀
折其口故

海鼠口 折也
是以 御世
嶋之速贄獻之時
女君等也
故(カレ)、
其の
()古(サルタビコ)神、
阿耶訶(アヤカ)
【此の三字、音を以ってし、
地君
()
に坐(イマ)す時、
漁(スナドリ)為して、
比良夫(ヒラブ)具
()に、
【「比」 より 「夫」 に至り、
音を以ってす】
其の手を咋(ク)ひ合はさえて、
海塩(ウシオ)に洗
()み溺る。
故(カレ)、
其の底に沈み居る時、
名、底度久御魂(ソコドクミタマ)
と謂ひ、
【「度久」 二字、
音を以ってす】
其の海水(ウシオ)の都夫
(ツブタツ)時、
都夫都御魂(ツブタツミタマ)
と謂ひ、
【「都」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
其の阿和佐久(アワサク)時、
名、佐久御魂(サクミタマ)と謂ふ。
【「佐」 より 「久」 に至り、
音を以ってす】
是れに(オ)いて、
()古(サルタビコ)神を
送りて、還り到り、乃ち、
悉(コトゴト)く、鰭(ハタ)の廣物
(ヒロモノ)、鰭(ハタ)の侠
()
(サモノ)を追ひ聚(アツ)めて、
()(ト)ひ言ひしく、
「汝(ナ)は、天神御子に
仕へ奉(タテマツ)らむや。」 と。
之の時、諸魚(モロイヲ)、皆、
「仕へ奉(タテマツ)らむ。」
と白す中、
海鼠(コ)、白さず。
(シカ)くして、
天宇受賣(アメウズメ)命、
海鼠(コ)に之を謂ひしく、
「此の口、畢(コトゴト)く荅(コタ)
へぬ口。」 とて、
小刀(ナハヲカタナ)を以って、
其の口を柝(サ)くが故(ユエ)、
今に(オ)いて、
海鼠(コ)の口、柝(サ)くる也。
是れを以ちて、御世(ミヨ)、
嶋の速贄(ハヤニヘ)獻(タテマツ)る時、
()女(サルメ)君等に給ふ也。
それで、
猿田毘古(サルタビコ)神が、
阿耶訶(アヤカ)(出雲国秋鹿)
に居られる時、
漁をして、ひらぶ貝に、
手を咬まれ、海に沈んで溺れた。
それで、
その海底に沈んでいた時、
名は、底度久御魂(ソコドクミタマ)
と謂い、
その海水の泡粒が立つ時、
都夫多都御魂(ツブタツミタマ)
と謂い、
その泡が裂ける時、
名は、阿和佐久御魂(アワサクミタマ)
と謂う。
そして、
(天宇受売命は)
猿田毘古(サルタビコ)神を送って、
(新都に)帰って来て、直に、
すべての大小鰭(ヒレ)の魚を
追い集めて、尋ね、
「貴方達は、天神御子に仕え
奉げるか。」 と言った。
この時、多くの魚は、皆、
「仕え奉げよう。」 と申す中で、
海鼠(ナマコ)は、黙っていた。
そこで、天宇受売(アメウズメ)命は、
海鼠(ナマコ)に、
「この口は、答えない口か。」
と云って、
縄小刀で、その口を裂いたので、
今でも、海鼠(ナマコ)口は、
裂けているのである。
そこで、代々、
(筑紫国志麻)から初物の海産
物を献上する時に、それを猿女
(サルメ)君達に授けるのである。

【補足】
日子番能迩迩芸」 の命令で、
天宇受売」 は、「猿田毘古」 を
阿耶訶(出雲国秋鹿)へ送る
と共に、「猿田毘古」 と結婚した
ことにより、「猿女君」 と呼ばれ
るようになった。
ところが、「猿田毘古」 が、漁で
死んだため、「天宇受売」 は、新
(筑紫国早良)に戻って来て、
(筑紫国志麻)からの海産物
献上品の管理役に就いた。
天神御子」 は、「」 の表記が
無くても、「天神」 と見なせる。

迩迩芸命の御子、火遠理命の誕生
原文読み口語訳

天津日髙日子
迩々藝能命
笠紗御前
遇麗
 
誰女
荅白之
大山津見神之女
名 神阿都比賣
【此神名 以音】
亦名 謂木花之佐
久夜
【此五字 以音】
又 
有汝之兄弟乎

荅白
我姉 石長比賣
在也
 詔
吾 欲合汝

奈何
荅白
僕 不得白
僕 見大山津見神
將白

乞遣其見大山津見
神之時
大 歡喜 而
副其姉石長比賣
令持百取代之物

奉出
故 
其婦者 甚凶醜

見畏 而 返送
唯 留其弟木花之
佐久夜賣 以
一宿 為婚
是れに(オ)いて、
天津日髙日子能迩迩藝能
(アメツヒタカヒコホノニニギノ)命、笠紗
(脱字 「之」)御前(カササノミサキ)に、
麗しき人(ヲトメ)に遇ふ。
(シカ)くして、ひしく、
「誰(タレ)が、女(ヲミナ)ぞ。」 と。
荅(コタ)へ之を白さく、
「大山津見(オホヤマツミ)神の女(ヲミ
ナ)、名、神阿都比賣(カムアタツヒメ)
【此の神名、音を以ってす】
亦の名、木花之佐久夜賣(コノ
ハナノサクヤビメ)と謂ふ。」 と。
【此の五字、音を以ってす】
又、ひしく、
「汝(ナ)の兄弟(エオト)有り乎(ヤ)。」
と。
荅(コタ)へ白さく、
「我(ア)が姉、石長比賣(イハナガヒ
メ)、在る也。」 と。
(シカ)くして、詔(ノ)りしく、
「吾(ア)、汝(ナ)を
()
(マグア)はむと欲(ホッ)す。
奈何(イカ)に。」 と。
荅(コタ)へ白さく、
「僕(ヤツガレ)、白すを得ず。
僕(ヤツガレ)、見(マミ)ゆる大山津見
(オホヤマツミ)神、將に白すべし。」と。
故(カレ)、
其の見(マミ)ゆる大山津見(オホ
ヤマツミ)神に乞ひ遣りし時、
大(オホ)いに、歡喜(ヨロコ)びて、
其の姉、石長比賣(イハナガヒメ)を
副(ソ)へ、百取(モモトリ)
()
(ツクエシロ)の物を持たしめ、
奉(タテマツ)り出(イ)づ。
故(カレ)、(シカ)くして、
其の婦(ヲミナ)は、甚だ凶醜(ミニク)
きに
()(ヨ)りて、
見畏(ミカシコ)みて、返し送り、
唯、其の弟(オト)、木花之佐久夜
賣(コノハナノサクヤビメ)を留(ト)めて、
一宿(ヒトヨ)、婚(ヨバイ)為す。
そして、
天津日高日子番能迩迩芸能
(アメツヒタカヒコホノニニギノ)命は、
笠紗之岬(カササノミサキ)(肥国神埼
方面)で、美しい娘に会った。
そこで、(日子番能迩迩芸命が)
「誰の娘か。」 と尋ねると、
(その娘は)答え、
「大山津見(オホヤマツミ)神の娘、
名は、神阿多都比売(カムアタツヒメ)、
亦の名は、木花之佐久夜毘売
(コノハナノサクヤビメ)と謂う。」
と申した。
また、(日子番能迩迩芸命が)
「貴女の姉妹は、いるか。」
と尋ねると、
(その娘は)答え、
「私の姉の石長比売(イハナガヒメ)
がいる。」 と申した。
そこで、
(日子番能迩迩芸命が)
「私は、貴女と結婚したいが、
どうか。」 と語ると、
(その娘は)答え、
「私は、申すことができない。
私が会う大山津見(オホヤマツミ)神が
申すことができる。」 と申した。
それで、(日子番能迩迩芸命は)
その(娘が)会う大山津見(オホヤマ
ツミ)神に、(結婚を)乞いに
遣わしたところ、
(大山津見神は)大変喜んで、
その(娘の)姉の石長比売(イハナ
ガヒメ)を添え、
多くの台に乗せた献上品を持た
せ、奉げ出した。
それで、そこで、(日子番能迩迩
芸命は)その女が、とても醜かっ
たので、恐れをなして、
(その女を、親元に)送り返し、
その妹の木花之佐久夜毘売
(コノハナノサクヤビメ)だけを留めて、
一夜の契りを結んだ。

大山津見神
返石長比賣 而
大 恥
白還 言
我之女二並
立奉由者
使石長比賣者
天神御子之命
雖雪零 風吹
恒 如石 而
石 常堅
不動坐
亦 使木花之佐久
夜比賣者
如木花之榮 々坐
宇氣比弖
【自宇下四字
以音】
貢進
此 令返石長比賣
而 獨
留木花之佐久夜
賣故
天神御子之御壽者
木花之阿摩比能微
【此五字 以音】

故 是以
至于令 天皇命等
之御命 不長也
(シカ)くして、
大山津見(オホヤマツミ)神、
石長比賣(イハナガヒメ)を返すに

()(ヨ)りて、大(オホ)いに、恥じ、
白し還し、言ひしく、
「我(ア)の女(ヲミナ)二並(フタリトモ)、
立奉(タテマツ)る由(ユエ)は、
石長比売(イハナガヒメ)を使はさば、
天神御子の命(イノチ)、
雪零(フ)り、風吹くと雖も、
恒に、石(イハ)の如くして、
石(イハ)、常(トコ)堅(カタ)わに、
動かず坐(イマ)さむ。
亦、木花之佐久夜比
()賣(コノ
ハナノサクヤビメ)を使はさば、木花
(コノハナ)の榮ゆるが如く、榮え
坐(イマ)さむと宇氣比弖(ウケヒテ)、
【「宇」 より下(シモ)四字、
音を以ってす】
貢進(ミツギタテマツ)る。
此(カ)く、石長比賣(イハナガヒメ)を
返らしめて、獨り、
木花之佐久夜賣(コノハナノサクヤ
ビメ)を留(ト)むるが故(ユエ)、
天神御子の御壽(ミトシ)は、木花
(コノハナ)の阿摩比能微(アマヒノミ)
【此の五字、音を以ってす】
坐(イマ)さむ。」 と。
故(カレ)、是れを以って、
()に至り、天皇命(スメラミコト)
等の御命(ミイノチ)は、長からず也。
そこで、
大山津見(オホヤマツミ)神は、
石長比売(イハナガヒメ)を返された
ため、大変恥じて、申し送り、
「私の娘を2人一緒に奉げたのは
石長比売(イハナガヒメ)を遣わせば、
天神御子の命は、
雪が降り、風が吹いても、常に
岩のように、変わらずに居られ、
また、木花之佐久夜毘売(コノハナ
ノサクヤビメ)を遣わせば、木の花
が咲き誇るように、栄え居られ
るよう、と願って献上した。
(しかし、日子番能迩迩芸命は)
このように、石長比売(イハナガヒメ)
を送り返し、木花之佐久夜毘売
(コノハナノサクヤビメ)だけを留めたの
で、天神御子の寿命は、木の花
の儚さで居られる。」 と言った。
それで、そこで、
今に至って、天皇達の寿命は、
長くないのである。

【補足】
伊耶那岐伊耶那美」 の時、
山神として選任された 「大山津
」 が、九州の在地勢力(国神)
であったため、「大山津見」 の言
う醜女の習俗を、天族の 「日子
番能迩迩芸
」 は、知らなかった。
2倍年暦廃止後は、短命になる。
故 後
木花之佐久夜
参出 白
妾 妊身
命 臨産時
是天神之御子
私不可産故

 詔
佐久夜
一宿哉 妊
是 非我子
必 國神之子
 荅白
吾 妊之子
若 國神之子者
産時 不幸
若 天神之御子者

即 作無戸八尋殿
入其殿内
 塗寒 而
方 産時
以火 著其殿 而
産也

其火 盛焼時
所生之子
名 火照令
此者 隼人阿
之祖
次 生子
名 火理命
理三字
以音】
次 生子
御名 火遠理命
亦名 天津日髙日
子穂々手見命
三柱
故(カレ)、後に、
木花之佐久夜賣(コノハナノサクヤ
ビメ)、参い出(イ)でて、白さく、
「妾(ワラハ)、妊身(ハラ)み、
命(ミコト)、産まるる時に臨み、
是の天神の御子、
私(ワタクシ)に産むべきにあらぬ
が故(ユエ)、請(マウ)す。」 と。
(シカ)くして、詔(ノ)りしく、
「佐久夜賣(サクヤビメ)、
一宿(ヒトヨ)にや、妊(ハラ)める。
是れ、我(ア)が子に非じ、
必ず、國神の子ならむ。」 と。
(シカ)くして、荅(コタ)へ白さく、
「吾(ア)が妊(ハラ)める子、
若し、國神の子ならば、
産む時、幸(サキ)くあらず。
若し、天神の御子ならば、
幸(サキ)くあらむ。」 とて、
即ち、戸無き八尋殿(ヤヒロトノ)を
作り、其の殿内(トノウチ)に入り、
を以って、塗り寒
()(フサ)ぎ
て、方(マサ)に、産まむとする時、
火を以って、其の殿に著(ツ)け
て、産む也。
故(カレ)、
其の火、盛り焼(モ)ゆる時、
生みし子、
名、火照(ホデリ)令
()
此れは、隼人阿(ハヤトアタ)君
の祖(オヤ)。
次、生める子、
名、火
()理(ホスセリ)命、
【「
()理」 三字、
音を以ってす】
次、生める子、
御名、火遠理(ホヲリ)命、
亦の名、天津日髙日子穂穂手見
(アメツヒタカヒコホホデミ)命、
三柱。
それで、後に、
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビ
メ)が、(日子番能迩迩芸命の下
)やって来て、
「私は、(貴方の子を)孕み、
御子が産まれる時になって、この
天神の御子は、私的には産めない
ので、打ち明ける。」 と申した。
そこで、(日子番能迩迩芸命は)
「佐久夜毘売(サクヤビメ)は、
一夜の契りで妊娠するのか。
これは、私の子でなく、きっと、
国神の子に違いない。」と語った。
そこで、(佐久夜毘売は)答え、
「私の孕んだ子が、
国神の子なら、無事に産まれず、
天神の御子なら、無事に産まれ
るだろう。」 と申し、直に、
戸の無い大きな御殿を作り、
その中に入り、土で塗り塞いで、
丁度、(子を)産もうとする時、
その御殿に火を点けて、
産んだのである。
それで、
その火が、盛んに燃えている時
に、生んだ子は、
名は、火照(ホデリ)命、これは、
隼人阿多(ハヤトアタ)君の祖先。
次に、生んだ子は、
名は、火須勢理(ホスセリ)命、
次に、生んだ子は、
御名は、火遠理(ホヲリ)命、
亦の名は、天津日高日子穂穂手
見(アメツヒタカヒコホホデミ)命、3人。

【補足】
佐久夜毘売」 が産んだ3つ子
の中で、3番目の 「火遠理」 は、
その名を、「御名」 と呼ばれてい
るように、特別な存在。


3.2.7 神世第15代 火遠理命

火照命(海佐知毘古)と火遠理命(山佐知毘古)
原文読み口語訳

火照命者
為海佐知
【此四字 以音
下效此也】

廣物 侠物

火遠理命者
為山侠知古 而
取毛麁物 毛柔物


火遠理命
謂其兄火照命
各 相易佐知
欲用
三度 雖乞 不許

遂 纔 相易


火遠理命
以海佐知 釣魚
都 不一魚
亦 其釣 失海

其兄火照命
乞其釣 曰
山佐知
己之佐知佐知
海佐知
己之佐知佐知
命 各 謂返佐知
之時
【佐知三字
以音】
其弟火遠理命
荅曰
汝釣者
釣魚 不得一魚
遂 失海
然 其兄
強 乞徴
故 其弟
破御佩之十拳釼
作五百釣
雖償 不取
亦 作一千釣
雖償 不受 云
猶 欲其正

故(カレ)、
火照(ホデリ)命は、
海佐知古(ウミサチビコ)
【此の四字、音を以ってし、
下(シモ)此れに效(ナラ)へ也】
と為して、
()(ハタ)廣物(ヒロモノ)、()
(ハタ)侠()物(サモノ)を取り、
火遠理(ホヲリ)命は、
山侠
()古(ヤマサチビコ)と為
して、毛の麁物(アラモノ)、毛の柔物
(ニコモノ)を取る。
(シカ)くして、
火遠理(ホヲリ)命、其の兄(エ)火照
(ホデリ)命に、謂ひしく、
「各(オノオノ)、佐知(サチ)を相ひ易
(カ)へ、用いむと欲(ホッ)す。」 と。
三度、乞ふと雖も、許さざる。
然(シカ)れども、
遂に、纔(ワヅ)かに、相ひ易(カ)
へるを
()たり。
(シカ)くして、
火遠理(ホヲリ)命、海佐知(ウミサチ)
を以って、魚(イヲ)を釣るに、都
(スベ)て、一魚(イヲ)も
()ず、
亦、其の釣
()(ハリ)、海に失す。
是れに(オ)いて、
其の兄(エ)火照(ホデリ)命、
其の釣
()(ハリ)を乞ひ、曰く、
「山佐知(ヤマサチモ)、
己(オノ)の佐知佐知(サチサチ)、
海佐知(ウミサチモ)、
己(オノ)の佐知佐知(サチサチ)。
命、各(オノオノ)、佐知(サチ)を返さ
む。」 と、謂ひし時、
【「佐知」 三
()字、
音を以ってす】
其の弟(オト)火遠理(ホヲリ)命、
荅(コタ)へ曰く、
「汝(ナ)が釣
()(ハリ)は、魚(イヲ)
を釣るに、一魚(ヒトイヲ)も得ず、
遂に、海に失ふ。」 と。
然(シカ)れども、其の兄(エ)、
強(アナガ)ちに、乞ひ徴(ハタ)る。
故(カレ)、其の弟、御佩(ミハカシ)の
十拳釼(トツカツルギ)を破り、
五百釣
()(イホハリ)を作り、
償ふと雖も、取らず、
亦、一千釣
()(チハリ)を作り、
償ふと雖も、受けず、云ひしく、
「猶、其の正(マサモト)釣
()(ハリ)
()むと欲(ホッ)す。」 と。
それで、
火照(ホデリ)命()は、海佐知毘
古(ウミサチビコ)(漁師)として、
大小鰭(ヒレ)の魚を捕り、
火遠理(ホヲリ)命()は、山佐知毘
古(ヤマサチビコ)(猟師)として、
剛柔毛の獣を捕っていた。
そこで、火遠理(ホヲリ)命()は、
その兄の火照(ホデリ)命に、
「各々の獲物を捕る道具を、交換
して使ってみたい。」 と謂い、
3度乞い願ったが、
許されなかった。
しかし、遂に、やっとのことで、
交換することができた。
そこで、火遠理(ホヲリ)命()は、
海の道具で魚を釣っても、
全く1尾も釣れず、また、
その釣針を海の中に失った。
そこで、その兄の火照(ホデリ)命
が、(弟の火遠理命に)
その釣針を返すよう、
「山の獲物を捕る道具も自分の
道具が良く、
海の獲物を捕る道具も自分の
道具が良い。
(火遠理)命よ、各々、
道具を返そう。」 と謂った時、そ
の弟の火遠理(ホヲリ)命は、答え、
「貴方の釣針は、魚を釣っても、
1尾も釣れず、遂に、
海の中に失った。」 と言った。
しかし、その兄(火照命)は、
(釣針の返還を)強く求めた。
それで、
その弟(火遠理命)は、腰につけ
ていた十拳剣(トツカツルギ)を潰し
て、500の釣針を作り、
償ったが、(兄は)受け取らず、
また、1,000の釣針を作り、
償ったが、(兄は)受け取らず、
「やはり、正に元の釣針を返して
欲しい。」 と言った。

【補足】
弟 「火遠理」 には、
兄 「火照」 の道具を使いたい
と、わがままを言う幼さがあり、
兄 「火照」 には、
弟 「火遠理」 が兄の道具を紛失
したときに、代物弁済を受け入
れない未熟さがある。

火遠理命(山佐知毘古)が、綿津見神を訪問
原文読み口語訳

其矛
泣患 居海邊之時
塩椎神 来 
何 虚空津日髙之
泣患所由
荅言
我 与兄 易釣

失其釼
是 乞其釣故

雖償釣 不受云

猶 欲

故 泣患之

塩椎神 云
我 為汝
今作善議
即 造无
小舩 載其舩
以 教曰
我 流其舩者
差暫 徃
將有御路
乃 乗其道 徃者
如魚鱗 所造之
室 其綿津見神之
者也
到其神御
傍之井上
有湯津香木

坐其木上者
其海神之女
見 相議者也
【訓香木
云加都良木】
是れに(オ)いて、
其の矛
()
泣き患(ウレ)へ、海邊に居る時、
塩椎(シオツチ)神、来、ひ曰く、
「何ぞ、虚空津日髙(ソラツヒタカ)の
泣き患(ウレ)へし由(ユエ)は。」 と。
荅(コタ)へ言ひしく、
「我(ア)、兄(エ)と釣
()(ハリ)を
易(カ)へて、
其の釼
()(ハリ)を失ふ。
是れ、其の釣
()(ハリ)を
乞ふが故(ユエ)、
(アマ)たの釣
()(ハリ)を償ふ
と雖ども、受けず云ひしく、
『猶、其の(モト)釣
()(ハリ)を
()むと欲(ホッ)す。』とて、
故(カレ)、泣き之を患(ウレ)ふ。」と。
(シカ)くして、
塩椎(シオツチ)神、云ひしく、
「我(ア)、汝(ナ)の為、今善き議
(ハカリゴト)を作(ナ)さむ。」 とて、
即ち、无(マナシ)勝(カツマ)の
小舩を造り、其の舩に載せ、
以って、教へ曰く、
「我(ア)、其の舩を
()し流せ
ば、差(ヤヤ)暫(シマ)らく、徃(ユ)け。
將に御路(ミチ)有らむ。
乃ち、其の道に乗り、徃(ユ)かば、
魚鱗(イロコ)の如く、造りし
(ミヤ)、其の綿津見(ワタツミ)神
也。
其の神の御(ミカド)に到らば、
井の上(ヘ)の傍(カタハラ)に、
湯津香木(ユツカツラキ)有り。
故(カレ)、
其の木の上(ヘ)に坐(イマ)さば、
其の海神の女(ヲミナ)、
見て、相ひ議(ハカ)らむ也。」 と。
【「香木」 の訓み、
加都良木(カツラキ)と云ふ】
そして、
その弟(火遠理命)が、
泣き悲しんで、海辺にいると、
塩椎(シオツチ)神が、来て、尋ね、
「何故、虚空津日高(ソラツヒタカ)
(火遠理命)は、泣き悲しんでい
るのか。」 と言った。
(火遠理命は)答え、
「私は、兄(火照命)と釣針を交換
して、その釣針を失った。
(兄が)その釣針を返すよう求め
るので、多くの釣針で償っても、
(兄は)受け取らずに、
『やはり、本の釣針が欲しい。』
と言う、
それで、泣いている。」 と言った。
そこで、塩椎(シオツチ)神は、
「私は、貴方のために、今よい考
えがある。」 と言って、直に、
竹を隙間なく編んだ小船を作り、
その船に(火遠理命を)乗せて、
「私が、その船を押し流すので、
そのまましばらく、進んで行け。
丁度よい潮の流れがあるだろう。
直に、その潮に乗り、進んで行く
と、魚鱗のように作った宮殿、
綿津見(ワタツミ)神の宮殿である。
その神(綿津見神)の宮殿の門に
着いたら、泉の上側に、湯津香木
(ユツカツラキ)(神聖な桂木)が在る。
それで、
その木の上に居られると、
その海神(綿津見神)の娘が、
(貴方を)見て、取りはからって
くれるであろう。」 と教えた。

【補足】
綿津見」 宮殿へのルートは、
対馬へ渡る海路で、都(筑紫国
早良)⇒玄界灘⇒壱岐⇒対馬。

随教 少行

如其言
即 登其香木 以


海神之女
豊玉賣之従婢
持玉
將酌水之時
井 有光
仰見者 麗壮夫
【訓壮夫
云亦登古
下效此】
以 為甚異竒

火遠理命
見其婢 乞欲

婢 乃 酌水
入玉
貢進

不飲水
𩒐

含口 唾入其玉


 著
婢 不得離


任著 以
進豊玉賣命

見其
婢 曰
若 人 有外哉
荅曰
有人坐我井上香木
之上
甚麗壮夫也
益我玉 而
甚貴

其人 乞水故
奉水者 不飲水
唾入此見不得離


任入 將来 而


豊玉賣命
思竒 出見
乃 見感目合 而
白其父 曰
 有麗人

海神自 出見 云
此人者
天津日髙之御子
虚空津日髙矣
即 入 而

知皮之疊
敷八重
亦 疊 八重敷
其上
坐其上 而
具百取机代物

為御饗 即
合婚其女豊玉


至三年 住其國
故(カレ)、
教への随(マニマ)に、少し行くに、
()(ツブサ)に、
其の言(コト)の如し。
即ち、其の香木(カツラキ)に登りて、
坐(イマ)す。
(シカ)くして、
海神の女(ヲミナ)、
豊玉賣(トヨタマビネ)の従婢(ハシ
タメ)、玉
()(ウツハ)を持ち、
將に水を酌(ク)まむとする時、
井に、光有り。
仰ぎ見れば、麗しき壮夫(ヲトコ)、
【「壮夫」 の訓み、
亦、
(脱字 「袁」)登古(ヲトコ)と云
ひ、下(シモ)此れに效(ナラ)へ】
以って、甚だ異竒(アヤ)しと為す。
(シカ)くして、
火遠理(ホヲリ)命、
其の婢(ハシタメ)を見、水を
()
むと欲(ホッ)すと乞ふ。
婢(ハシタメ)、乃ち、水を酌み、
()(ウツハ)に入れ、
貢進(ミツギタテマツ)る。
(シカ)くして、
水を飲まず、
𩒐(ミクビ)の
()(タマ)を
()き、
口に含み、其の玉
()(ウツハ)
に唾(ハ)き入る。
是れに(オ)いて、
其の
()(タマ)、()(ウツハ)
に著(ツ)き、婢(ハシタメ)、
()
(タマ)を離すを得ず。
故(カレ)、
著(ツ)く任(マニマ)に、以って、豊玉
賣(トヨタマビメ)命に進(タテマツ)る。
(シカ)くして、
其の
()(タマ)を見て、
婢(ハシタメ)にひ、曰く、
「若し、人、の外(ト)に有りや。」
とて、荅(コタ)へ曰く、
「我(ア)が井の上(ヘ)香木(カツラキ)
の上(カミ)に坐(イマ)す人、有り、
甚だ麗しき壮夫(ヲトコ)也。
我(ア)が玉
()(キミ)に益して、
甚だ貴(タット)し。
故(カレ)、
其の人、水を乞ふが故(ユエ)、
水を奉(タテマツ)れば、水を飲まず、
離し得ぬ此の
()(タマ)を
唾き入る。
故(カレ)、
入る任(マニマ)に、將に来て、
就(ナ)さむ。」 と。
(シカ)くして、
豊玉賣(トヨタマビメ)命、
竒(アヤ)しと思ほし、出(イ)で見、
乃ち、見感(ミメ)目合(マグハヒ)て、
其の父に白し、曰く、
「吾(ア)が、麗しき人有り。」と。
(シカ)くして、
海神自ら、出(イ)で見、云ひしく、
「此の人は、
天津日髙(アマツヒタカ)の御子、
虚空津日髙(ソラツヒタカ)ぞ。」 とて、
即ち、
(脱字 「内」)()
(ヒキ)入れて、
知(ミチ)皮の疊を
八重に敷き、
亦、(アシキヌ)の疊、其の上(カミ)
に八重に敷き、
其の上(カミ)に坐(イマ)せて、
百取(モモトリ)の机代物(ツクエシロモノ)
を具(ソナ)へ、
御饗(ミアヘ)為し、即ち、
其の女(ヲミナ)豊玉賣(トヨタマビメ)
を合婚(アテガ)はす。
故(カレ)、
三年に至り、其の國に住む。
それで、(火遠理命は)
教えられた通り、少し進むと、
すべて、(塩椎神の)言った通り
で、(火遠理命は)直に、
その桂木に登って居られた。
そこで、
海神(綿津見神)の娘の豊玉毘
売(トヨタマビメ)命の召使いが、
美しい器を持ってきて、
水を汲もうとした時、
泉に光るものがあった。
(召使いが)上を見ると、
立派な男がいて、
大変不思議なことであった。
そこで、
火遠理(ホヲリ)命は、その召使い
を見て、水が欲しいと求めた。
召使いは、直に、水を汲んで、
美しい器に入れ、献上した。
そこで、
(火遠理命は)水を飲まずに、首
に巻いた玉を外し、口に含んで、
その美しい器に吐き入れた。
そして、
その玉は、器に付着し、
召使いは、その玉を離すことが
できなかった。
それで、
(玉が)付いたまま、(器を)
豊玉毘売(トヨタマビメ)命に奉った。
そこで、
(豊玉毘売命は)
その玉を見て、召使いに尋ね、
「もしかして、人が、
門の外に居るのか。」 と言うと、
(召使いは)答え、
「私の泉の上、桂木の上に人が
居られ、大変立派な男である。
私の王にも増して、大変貴い。
その人が、水を求めるので、
水を奉げたところ、
(その人は)水を飲まずに、
離すことができないこの玉を
吐き入れた。
それで、
(玉を)入れたままにして、
やって来た。」 と言った。
そこで、
豊玉毘売(トヨタマビメ)命は、
不思議に思い、出て見て、
(その人に)直に、一目惚れして、
その父(綿津見神)に申して、
「私の門に、立派な人が居る。」
と言った。
そこで、
海神(綿津見神)自ら、出て
(その人を)見て、
「この人は、天津日高(アマツヒタカ)
(日子番能迩迩芸命)の御子で、
虚空津日高(ソラツヒタカ)(火遠理命)
である。」 と云って、
直に、(火遠理命を宮殿)内に連
れて入って、アシカ皮の敷物を、
幾重にも敷き、また、絹の敷物
を、その上に幾重にも敷き、
その上に(火遠理命を)
座らせて、様々な物を載せた膳
付きの御馳走をし、直に、
その(綿津見神の)娘の豊玉毘
売(トヨタマビメ)命をあてがった。
それで、(火遠理命は)
3年間、その国に住んだ。

【補足】
綿津見」 は、「伊耶那岐」 が山
(瀬戸内海)に選任した海神
大綿津見」 の子孫であるが、
速須佐之男」 が、海原(日本海
対馬)を治めなかったので、
綿津見」 が、治めていた。

火袁理命
思其初事 而
大 一歎

豊玉賣命
其歎 以
白其父 言
三年 雖住
恒 無歎
今夜 為大 一歎

若 有何由

其父大神
其聟夫 曰
命 且我女之語

三年 雖坐
恒 無歎
今夜 為大 歎
若 有由哉
亦 到此之由
奈何

語其大神

如其兄罸失釣之

是れに(オ)いて、
火袁
()理(ホヲリ)命、
其の初めの事を思ほして、
大(オホ)いに、一たび歎く。
故(カレ)、
豊玉賣(トヨタマビメ)命、
其の歎きをき、以って、
其の父に白し、言ひしく、
「三年、住むと雖ども、
恒は、歎くこと無きに、
今夜(コヨヒ)、大(オホ)いに、一たび
歎き為す。
若し、何の由(ユエ)か有る。」 と。
故(カレ)、
其の父の大神、
其の聟夫(ムコ)にひ、曰く、
「命(ミコト)、且(マサ)に我(ア)が女(ヲ
ミナ)の語るをくに、云ひしく、
『三年、坐(イマ)すと雖ども、
恒は、歎くこと無きに、今夜(コヨ
ヒ)、大(オホ)いに、歎き為す。
若し、由(ユエ)有りや。』と。
亦、此(ココ)に到れる由(ユエ)、
奈何(イカ)に。」 と。
(シカ)くして、
其の大神に語ること、
()(ツブサ)に、
其の兄(エ)の失せる釣
()(ハリ)
を罸(トガ)むる状(サマ)の如し。
そして、
火遠理(ホヲリ)命は、
その最初のことを思い出して、
1つ大きな溜息をついた。
それで、
豊玉毘売(トヨタマビメ)命は、
その溜息を聞いて、
その父(綿津見大神)に申し、
3年、住んでいるが、普段、溜息
をつくことが無いのに、今夜は、
1つ大きな溜息をついた。
もしかして、何か訳があるかも。」
と言った。
それで、
その父の(綿津見)大神は、
その婿(火遠理命)に尋ね、
「命よ、私の娘が語るのを聞くと、
(火遠理命は)3年、居られる
が、普段、溜息をつくことが
無いのに、
今夜は、大きな溜息をついた。
もしかして、訳があるのか。』
と云っていた。
また、(貴方が)ここに来られた
訳は、何か。」 と言った。
そこで、(火遠理命は)
その(綿津見)大神に、(火遠理
命が)失った(兄の)釣針を兄が
咎めた様を、すべて語った。
是以
海神 悉
召集海之大小魚

若 有取此釣魚乎


諸魚 白之
頃者 赤海
喉 
物不
愁言故
女 是取

探赤海魚之喉者
有釣
即 取出 而
清洗
奉火遠理命之時
其綿津見大神
海 曰之
以此釣
給其兄時
言状者
此釣者
淤煩釣
々釣
貧釣
宇流釣
云 而
後手 賜
【淤煩及々 亦
宇流六字 以音】
然 而
其兄 作髙田者
汝命
營下田
其兄 作下田者
汝命
營髙田
為然者 吾
掌水故
三年之 必
其兄 貧窮
若 悵留其為然之事 而
攻戦者 出塩盈珠
而 溺
若 甚然請者
出塩乾珠
而 活
如此
令惣苦 云
授塩盈珠 塩乾珠
并兩箇
是れを以って、
海神、悉(コトゴト)く、
海の大き小さき魚(イヲ)を召し
集め、ひ曰く、
「若し、此の釣
()(ハリ)を取る
魚(イヲ)、有り乎(ヤ)。」 と。
故(カレ)、
諸魚(モロイヲ)、之を白さく、
「頃(コロ)は、赤海魚(アカアマタイ)、
『喉に、(ノギタ)ち、
物食(クラ)ふを
()ず。』
と愁(ウレ)へ言ふが故(ユエ)、
()ず、是れを取らむ。」 と。
是れに(オ)いて、
赤海魚(アカアマタイ)の喉を探れ
ば、釣
()(ハリ)有り。
即ち、取り出(イ)だして、
清め洗ひ、
火遠理(ホヲリ)命に奉(タテマツ)る時、
其の綿津見(ワタツミ)大神、
()(オシ)へ、之を曰く、
「此の釣
()(ハリ)を以って、
其の兄(エ)に給ふ時、
言ふ状(サマ)は、
『此の釣
()(ハリ)は、
淤煩釣
()(オボハリ)、
(須須)()(ススハリ)、
貧釣
()(マズハリ)、
宇流釣
()(ウルハリ)』
と云ひて、
後手(シリヘデ)に、賜へ。
【「淤煩」 及び 「
(須須)
亦 「宇流」 六字、音を以ってす】
然(シカ)して、
其の兄(エ)、髙田(アゲタ)を作ら
ば、汝(ナ)命、
下田(クボタ)を營(イトナ)み、
其の兄(エ)、下田(クボタ)を作ら
ば、汝(ナ)命、
髙田(アゲタ)を營(イトナ)め。
然(シカ)為さば、吾(ア)、
水を掌(ツカサド)るが故(ユエ)、
三年の、必ず、其の兄(エ)、
貧窮(マズ)しくあらむ。
若し、其の然(シカ)為す事を悵

()(ウラ)み留(ト)めて、攻め戦
はば、塩盈珠(シオミツタマ)を出(イ)
だして、溺(オボ)れさせ、
若し、甚だ然(シカ)と請はば、
塩乾珠(シオヒルタマ)を出(イ)だし
て、活(イ)かせよ。
此(カク)の如く、
惣(スベ)て苦しめよ。」 と云ひ、
塩盈珠(シオミツタマ)、塩乾珠(シオヒル
タマ)、并(アハ)せ兩箇(フタツ)、授く。
そこで、
海神(綿津見大神)は、
大小の魚をすべて集めて、尋ね、
「もしかして、この釣針を取った
魚がいるか。」
と言った。
それで、
魚一同が、
「この頃、赤鯛が、
『喉に何か刺さり、物を食べる
ことができない。』
と悩んで言っていたので、
きっと、これ(釣針)を取ったの
であろう。」 と申した。
そして、(綿津見大神が)
赤鯛の喉を調べてみると、
釣針があった。
直に、取り出して、
洗い清め、
火遠理(ホヲリ)命に奉げた時、
その綿津見(ワタツミ)大神は、教え、
「この釣針を(貴方の)兄に返す
時の言い様は、
『この釣針は、心がふさぐ釣針、
気持ちが落ち着かない釣針、
貧乏になる釣針、
愚かになる釣針』
と云って、後ろ向きに譲り渡せ。
そこで、
(貴方の)兄が、高地に田を作っ
たら、貴方は、低地に田を作り、
(貴方の)兄が、低地に田を作っ
たら、貴方は、高地に田を作れ。
そうすれば、
(綿津見大神)は、水を支配し
ているから、3年間、きっと、
貴方の兄は貧しいであろう。
もし、そうなったことを恨んで、
攻めてきたなら、
塩満珠(シオミツタマ)を出して、
溺れさせ、
もし、真剣に許しを乞うたなら、
塩乾珠(シオヒルタマ)を出して、
生かしてやり、
このように、全て苦しめてやれ。」
と言って、
塩満珠(シオミツタマ)と塩乾珠(シオヒル
タマ)の合計2個を授けた。

【補足】
天族の 「日子番能迩迩芸」 が、
山神 「大山津見」 の娘 「木花之
佐久夜毘売
」 に産ませた子の
火遠理」 が、今度は、海神
綿津見」 を味方に付けた。
即 悉
召集和迩魚
同曰
今 天津日髙之御
子 虚空津日髙
為將出幸上國
誰者 幾日送奉
而 覆卷

名 随己身之
尋長
限日 而 白之中
一尋和迩 白
僕者 一日送
即 還来
故 
告其一尋和迩

然者
汝 送奉
若 度海中時
無令輪畏

即 載甚和迩之𩒐
送出
故 如期
一日之内 送奉
其和迩 將返之時
所佩之小刀
若其𩒐 而
返故
其一尋和迩者

謂佐比持神也
即ち、悉(コトゴト)く、
和迩魚(ワニイヲ)を召し集め、
()ひ曰く、
「今、天津日髙(アメツヒタカ)の御子、
虚空津日髙(ソラツヒタカ)、上(カミ)國
に將に出幸(イデユ)かむと為す。
誰(タレ)が、幾日(イクヒ)送り奉(タテ
マツ)りて、覆卷(カヘシマ)かむ。」と。
故(カレ)、
()(オノオノ)、己(オノ)が身の
尋長(ヒロタケ)の随(マニマ)に、
日限りて、白す中、
一尋和迩(ヒトヒロワニ)、白さく、
「僕(ヤツガレ)は、一日(ヒトヒ)送り、
即ち、還り来む。」 と。
故(カレ)、(シカ)くして、
其の一尋和迩(ヒトヒロワニ)に、
告げしく、
「然(シカ)らば、
汝(ナ)、送り奉(タテマツ)れ。
若し、海中を度(ワタ)る時、
()(イササ)かも畏(オソ)らしむ
ること無かれ。」 とて、
即ち、甚
()の和迩(ワニ)の𩒐
(クビ)に載せ、送り出(イ)づ。
故(カレ)、期(チギ)るが如く、一日
(ヒトヒ)の内、送り奉(タテマツ)る。
其の和迩(ワニ)、將に返らむとす
る時、佩(ハ)きし小刀(ナハヲカタナ)
()き、其の𩒐(クビ)に若
()(ツ)けて、返すが故(ユエ)、
其の一尋和迩(ヒトヒロワニ)は、
今に(オ)いて、
佐比持(サヒモチ)神と謂ふ也。
直に、鰐鮫をすべて召集し、尋ね、
「今、天津日高(アメツヒタカ)(日子番
能迩迩芸命)の御子の虚空津日
高(ソラツヒタカ)(火遠理命)が、
上の国(筑紫国早良)へ発とうと
している。
誰か、幾日で送り奉げて帰って来
ることができるか。」 と言った。
それで、
(すべて鰐鮫の)それぞれが、
自分の身の丈に応じて、
日を限って申す中で、
一尋(ヒトヒロ)(6)の鰐鮫が、
「私は、(火遠理命を)1日で送り、
直に、帰って来る。」 と言った。
それで、そこで、
この一尋(ヒトヒロ)(6)鰐鮫に、
「それでは、貴方が、送り奉げよ。
たとえ、海を渡る時にも、
(火遠理命に)少しも恐い思いを
させてはならない。」 と告げて、
直に、その鰐鮫の首に(火遠理命
)乗せて、送り出した。
それで、約束通り、
(その鰐鮫は、火遠理命を)
1日の内に送り奉げた。
その鰐鮫が、帰ろうとする時、
(火遠理命は)佩いていた縄小刀
の細縄を外し、
(それを)その(鰐鮫の)首に付け
て帰したので、
その一尋(ヒトヒロ)(6)鰐鮫は、
今では、佐比持(サヒモチ)()
と謂うのである。

火遠理命()が、火照命()を服従させる
原文読み口語訳
是以

如海神之教言
与其釣
故 自以後
稍 
更起
迫来
將攻之時
出塩盈珠 而
令溺
其愁請者
出塩乾珠 而

如此 令惣苦之時
稽首 白
僕者 自今以後
為汝命之晝夜
守誰人 而
仕奉

至令
其溺時之種々
々態
不絶 仕奉也
是れを以って、
()(ツブサ)に、
海神の教へ言(コト)の如く、
其の釣
()(ハリ)を与ふ。
故(カレ)、(ソレ)より以後(ノチ)、
稍(ヨウヤ)く、
()(イヨ)よ貧し
く、
()き心を更に起こし、
迫(セ)め来る。
將に攻めむとする時、
塩盈珠(シオミツタマ)を出(イ)だして、
溺れしめ、
其の愁(ウレ)へ請はば、
塩乾珠(シオヒルタマ)を出(イ)だして、
救ふ。
此(カク)の如く、惣(スベ)て苦し
める時、稽首(ヌカツ)き、白さく、
「僕(ヤツガレ)は、今より後(ノチ)、
汝(ナ)命の晝
()夜(ヒルヨル)
守誰
()人(モリビト)と為して、
仕へ奉(タテマツ)らむ。」 と。
故(カレ)、
()に至り、
其の溺るる時の種種(クサグサ)
()(ノ)態(ワザ)、
絶やさず、仕へ奉(タテマツ)る也。
そこで、
(火遠理命は)すべて、
海神の教示のようにして、(
火照命に)その釣針を渡した。
それで、それ以降、
(火照命は)次第に、益々貧しく、
荒々しい心を更に起こし、
迫って来た。
(火遠理命が、火照命を)攻める
時は、塩満珠(シオミツタマ)を出して、
(火照命を)溺れさせ、(火照命
)助けを求めてきたら、
(火遠理命は)塩乾珠(シオヒルタマ)
を出して、救った。
このように、悩まし苦しめた時、
(火照命は)頭を下げて
「私は、今後は、
貴方の昼夜の近衛兵として、
仕え奉げよう。」
と言った。
それで、
今に至るまで、
(火照命の子孫は)その溺れた時
の様々な仕草を絶やさずに、
仕え奉げているのである。

火遠理命の御子、鵜草葺不合命の誕生
原文読み口語訳

海神之女豊玉
命自 参出
自之
妾 已 妊身
令 臨産時
此念 天神之御子
不可生海原故

到也
 即
其海邊波浪
以鵜羽 為葺草
造産殿

其産殿
生葺令
不忍御腹之急故
入坐産殿

將方 産之時
白其日子 言
凡 他國人者
臨産時
國之形
産生故
妾 今 以
為産
願 勿見妾

是れに(オ)いて、
海神の女(ヲミナ)豊玉賣(トヨタマ
ビメ)命自ら、参い出(イ)で、
之を自
()さく、
「妾(ワラハ)、已(スデ)に、妊身(ハラ)
み、令
()、産む時に臨み、
此れ念(オモ)ふに、天神の御子、
(脱字 「)海原(ワタノハラ)に生
むべからずが故(ユエ)、
参い
()(イ)で到る也。」 と。
(シカ)くして、即ち、
其の海邊波浪(ナギサ)に、
鵜(ウ)羽を以って、葺草(カヤ)と
為し、産殿(ウブヤ)を造る。
是れに(オ)いて、
其の産殿(ウブヤ)、生
()だ葺
(フ)き令
()へぬに、御腹(ミハラ)
の急(ニハカ)、忍(シノ)ぶが故(ユエ)、
産殿(ウブヤ)に入り坐(マ)す。
(シカ)くして、
將方(マサ)に、産まむとする時、
其の日子(ヒコ)に白し、言ひしく、
「凡(スベ)て、他(アタ)し國の人は、
産む時に臨み、
(モト)國の形(カタ)を以って、
産生(ウ)むが故(ユエ)、
妾(ワラハ)、今、(モト)身を以って、
産み為さむ。
願はく、妾(ワラハ)を見る勿(ナカ)
れ。」 と。
そして、
海神(綿津見大神)の娘の豊玉毘
売(トヨタマビメ)命自ら、(火遠理命
が居る所に)やって来て、
「私は、既に身ごもっていて、
今、出産の時になって、
天神の御子は、海原で産むべき
ではないと思うので、やって来
たのである。」 と申した。
そこで、直に、
その海辺の渚で、鵜(ウ)羽を葺草
(カヤ)にして、産屋を造った。
そして、
その産屋が、(鵜羽の葺草で)
未だ葺き終わらないのに、
(豊玉毘売命は)
腹の急変(子が産まれそう)で、
耐えられなくなったので、
産屋に入って居られた。
そこで、
(豊玉毘売命は)まさに、
(子を)産もうとする時に、
その日子(火遠理命)に申し、
「すべて、他国(火遠理命の居る
この国以外)の人は、
(子を)産む時になると、
出身国の姿で産むので、私は、
今、元の身体で産もうとする。
私を見ないでほしい。」
と言った。

思竒其言
竊伺其方産者

化八尋和迩 而
匍匐

即 見驚畏 而
遁退

豊玉賣命
知其伺見之事
以為 心 恥
乃 生置其御子
而 自
妾 恒
通海道
欲徃来

伺見吾形
是 甚惟之
即 寒海坂 而
返入
是以
名其所産之御子
謂天津日髙日子波
限建鵜草葺不合命

【訓波限
云那藝佐
訓草 云加夜】
是れに(オ)いて、
其の言(コト)を竒(アヤ)しと思ほ
し、其の方(マサ)に産まむとする
を、竊(ヒソ)かに伺へば、
八尋和迩(ヤヒロワニ)に化はりて、
匍匐(ハラバ)ひ、
(モゴヨ)ふ。
即ち、見驚き畏(カシコ)みて、
遁(ニ)げ退(ノ)く。
(シカ)くして、
豊玉賣(トヨタマビメ)命、
其の伺ひ見られし事を知り、
心、恥ずかし為すを以って、
乃ち、其の御子を生み置きて、
()さく、
「妾(ワラハ)は、恒に、
海道(ウミヂ)を通り、
徃来(カヨ)はむと欲(ホッ)す。
然(シカ)れども、
吾(ア)が形(カタ)を伺ひ見ること、
是れ、甚だ之を惟(オモ)ほす。」
とて、即ち、海坂を寒
()(フサ)
ぎて、返り入りき。
是れを以って、
其の産まれし御子を名づけ、
天津日髙日子波限建鵜草葺不合
(アメツヒタカヒコナギサタケウカヤフキアヘズ)
命と謂ふ。
【「波限」 の訓み、
那藝佐(ナギサ)と云ひ、
「草」 の訓み、加夜(カヤ)と云ふ】
そして、(火遠理命は)不思議な
ことを言うものだと思い、
(豊玉毘売命が)今まさに、産も
うとするところを、密かに覗く
と、八尋(ヤヒロ)鰐鮫に変わって、
腹這い、のたうち回っていた。
(火遠理命は)直に、見て驚き、
恐れて、逃げて行った。
そこで、豊玉毘売(トヨタマビメ)命
は、その覗き見られたことを知
り、恥ずかしくなって、
直に、その御子を産み置いて、
「私は、常に、海の道を通じて、
(ここに)通いたい。
しかし、私の姿の覗き見は、大
変恥ずかしく思う。」 と申して、
直に、海の道の境を塞いで、
(海に入り)帰って行った。
そこで、
この産まれた御子を名づけて、
天津日高日子波限建鵜草葺不合
(アメツヒタカヒコナギサタケウカヤフキアヘズ)
命と謂う。

【補足】
豊玉毘売」 が、子を産む時は、
出身国のやり方で産むという、
そのやり方は、天族の 「火遠理
が知らない習俗で、海神 「大綿
津見
」 が居る海原(日本海
)の在来勢力(国神)のもの。
然後者
雖恨其伺情
不忍戀心
治養其御子
之縁
附其弟玉依
而 就歌之
其歌 曰
 阿加院麻波
 袁佐閇比迦礼梯

 斯良麻能
 能何金曽比
 
 布斗久阿理祁
 


其比古遅
【三字 以音】
荅歌 曰
 意岐都登理
 加毛度久斯麻迩
 和賀葦泥斯
 伊毛波和礼士

 余能許登基登迩

然(シカ)る後は、
其の伺ふ情(ココロ)を恨むと雖ど
も、戀(コ)ふるを心忍(シノ)びず、
其の御子を治養(ヒタ)す
縁に
()(ヨ)り、
其の弟(オト)玉依賣(タマヨリビメ)
を附けて、歌を就(ナ)しき。
其の歌、曰く。
 阿加院
()麻波(アカダマハ)
 袁佐閇比迦礼梯
()(ヲサヘヒカレ
 ド)
 斯良麻能(シラタマノ)
 能何金
()曽比斯(キミノカヨ
 ソヒシ)
 布斗久阿理祁理(タフトクアリケリ)


(シカ)くして、
其の比古遅(ヒコヂ)の
【三字、音を以ってす】
荅(コタ)へ歌、曰く。
 意岐都登理(オキツトリ)
 加毛度久斯麻迩(カモドクシマニ)
 和賀葦
()泥斯(ワガイネシ)
 伊毛波和
()礼士(イモハワス
 レジ)
 余能許登基
()登迩(ヨノコトゴ
 トニ)
その後、(豊玉毘売命は)
(火遠理命による)覗き見の心を
恨んだが、恋心には耐えられず、
その御子(鵜草葺不合命)を養育
する縁ということで、
(豊玉毘売命の)妹の玉依毘売
(タマヨリビメ)を添えて、歌った。
その歌は、次の通り。
 紅玉は、緒(ヲ)さへ惹(ヒ)かれ
 ど、白玉の君のか装し、
 貴(タフト)くありけり

そこで、その夫(火遠理命)の答
え歌は、次の通り。
 沖つ鳥、鴨(カモ)著く島に、
 我が率寝(イネ)し、妹は忘れじ、
 世の悉(コトゴト)に

【補足】
火遠理」 は、「豊玉毘売」 の代
りに、妹 「玉依毘売」 を迎えた。

 赤玉は、その緒まで惹かれるが
 白玉でも、貴方の姿は貴かった

 沖の鳥、鴨が寄りつく島で
 共寝をした妻を忘れはしない
 私が、生きている限り

鵜草葺不合命の御子 (火遠理命の孫)
原文読み口語訳

日子穂々手見今者
坐髙千穂
伍佰捌拾歳
者 即 在其
髙千穂山之西也
是天津日髙日子波
限建鵜葺草不葺令

娶其姨玉依賣命
生御子
名 五瀬命
次 稲
次 御毛沼命
次 若御毛詔命
亦名 豊御毛沼命
亦名 神倭伊波礼
古今
四柱

御毛沼命者 跳浪
穂渡 坐于常世國
命者
為妣國 而
入坐海原也
故(カレ)、
日子穂穂手見(ヒコホホデミ)今
()
は、髙千穂(タカチホ)に坐(イマ)し、
伍佰捌拾歳(トセ)。
()(ミサザキ)は、即ち、其の
髙千穂(タカチホ)山の西に在る也。
是の天津日髙日子波限建鵜葺草

(鵜草葺)不葺令(不合)(アメツヒタカ
ヒコナギサタケウカヤフキアヘズ)命
其の姨(ヲバ)玉依賣(タマヨリビメ)
命を娶り、生める御子、
名、五瀬(イツセ)命、
次、稲
()(イナヒ)命、
次、御毛沼(ミケヌ)命、
次、若御毛詔
()(ワカミケヌ)命、
亦の名、豊御毛沼(トヨミケヌ)命、
亦の名、神倭伊波礼古(カムヤマト
イハレビコ)今
()
四柱。
故(カレ)、
御毛沼(ミケヌ)命は、浪穂(ナミホ)を
跳(フ)み渡り、常世(トコヨ)國へ坐
(イマ)し、稲
()(イナヒ)命は、
妣(ハハ)國と為して、
海原(ワタノハラ)に入り坐(イマ)す也。
それで、
日子穂穂手見(ヒコホホデミ)命(火遠
理命)は、高千穂(タカチホ)宮(高祖
)に居られ、580歳。
御陵は、それで、高千穂(タカチホ)山
(高祖山)の西に在るのである。
この天津日髙日子波限建鵜草葺
不合(アメツヒタカヒコナギサタケウカヤフキア
ヘズ)命が、
その叔母の玉依毘売(タマヨリビメ)
命を娶り、生んだ御子は、
名は、五瀬(イツセ)命、
次に、稲氷(イナヒ)命、
次に、御毛沼(ミケヌ)命、
次に、若御毛沼(ワカミケヌ)命、
亦の名は、豊御毛沼(トヨミケヌ)命、
亦の名は、神倭伊波礼毘古(カム
ヤマトイハレビコ)命(神武天皇)
4人。
それで、
御毛沼(ミケヌ)命は、海を渡って、
常世(トコヨ)国(四国)に行かれ、
稲氷(イナヒ)命は、母の国として、
海原(日本海対馬)に行かれた
のである。


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