5.「古事記」 要約
☀本稿 「古事記神代編」 としては、以下のように、「古事記」 の写本(国宝真福寺本)の上巻(神世)と中巻(神人世)を対象とし、下巻(人世)を対象としない。
5.1 「古事記」 上巻 (序并)
5.1.1 神代から天武天皇に至る正しい由緒
| ①混沌から、神々生まれ、人の世でき、国土定まる | この序并(ジョアワセ)は、臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が言うことである。 ★「序并(ジョアワセ)」 は、語部(カタリベ)の稗田阿礼(ヒエダアレ)が、言ったことではない。 |
大本の混沌は既に固まったが、形態は未だ広がらず、誰もその形はわからなかった。 ★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、天地(アメツチ)ができる前の状態を、「混沌」 とは言っていない。 |
天地が分かれると、3神(天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神)が、創造主とな り、男女が分かれると、2霊(伊耶那岐神・伊耶那美神)が、万物の祖先となった。 伊耶那岐(イヤナキ)神が、黄泉(ヨミ)国から帰り、目を洗うと、 日神(天照大御神)・月神(月読命)が現われ、海水の禊で、神々が現われた。 ★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、「天地が分かれる」 とも、3神(天之御中主神・高御産巣日神・ 神産巣日神)が、「創造主」 であるとも、男女5代10神の内、2霊(伊耶那岐神・伊耶 那美神)が、「万物の祖」 であるとも、伊耶那岐(イヤナキ)神が、「海水」 の禊をしたとも 言っていない。 |
神との因縁は、遠く不明だが、古くからの言い伝えによって、 神が、国土を孕み、島を産んだ時のことを知り、 物事の始めは、大昔のことだが、先代の聖人のお蔭で、 神を生み、人ができた時代のことを察する。 天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)で鏡を懸け、 誓約(ウケヒ)で、須佐之男(スサノヲ)命が、玉を噛み吐いて、多くの王が続き、 天照(アメテラス)大神が、剣を喰い、須佐之男(スサノヲ)命が、(八俣)遠呂知を退治して、 八百万(ヤホヨロヅ)神が、繁栄したことと、 八百万(ヤホヨロヅ)神が、高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)で相談して、 天下を平定し、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、小浜(ヲハマ)(稲佐の浜)で説得して、 国の穢れを取り除いたこと、がよく分かる。 ★稗田阿礼(ヒエダアレ)は、「遠く不明」・「大昔のこと」 のような上古の歴史を曖昧にす る言葉を使わず、また、神が、国土を 「孕み」、島を 「産んだ」 とも言っていない。 |
| ②国土における歴代天皇の治世 | 番仁岐(ホノニニギ)命が、高千穂(タカチホ)峰に初めて下り、 神倭伊波礼毘古(カムヤマトヒハレビコ)天皇が、秋津島(山陽の安芸国・吉備国・播磨国)を 遍歴し、熊野(紀伊国那賀)に現われた熊に翻弄され、 天神(アメカミ)の霊剣を高倉下(タカクラジ)(紀伊国那賀高倉山)に得、尾ある人が、 (大和国)吉野(ヨシノ)で導き、(大和国忍坂大室では、)歌を合図に、敵を従わせた。 ★上記 「秋津島」=大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)島は、本州全体でなく、山陽のみのこと。 ★上記 「(大和国)吉野(ヨシノ)で導」 いたのは、「尾ある人」 でなく、八咫烏(ヤタカラス)。 |
崇神天皇は、夢に大物主(オホモノヌシ)大神の神託を受け、 天神地祗(アメカミクニカミ)を崇敬して、賢君といわれ、 仁徳天皇は、民家の煙を見て、人民を慈しみ、聖帝と伝えられている。 成務天皇は、国郡の境を定め、国土を開発し、允恭天皇は、氏・姓を正撰した。 歴代天皇の治世は、皆、風教・道徳を正し、絶えようとする道徳を補った。 ★上記崇神天皇は、大物主(オホモノヌシ)大神の祟り(疫病の大流行)を鎮めた。 |
5.1.2 第40代 天武天皇の治世
| ①天武天皇の皇子時代 (壬申の乱) | 飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮(大海人皇子)⇒天武天皇 天皇になる世が近づいて来ると、世を受け継ぐことを占い、時の趨勢を知った。 吉野(ヨシノ)山に籠もった後、味方の兵士を備え、東国経由で進軍して、近江大津 (アフミオホツ)宮の反乱軍(弘文天皇軍)を破り、12日も経たないうちに、妖気を清めた。 安寧が、国中に戻り、戦勝の歌舞が、都(飛鳥)に停った。 ★この内戦は、後世、「壬申の乱」 と呼ばれている。 |
| ②天武天皇の功績 | 飛鳥浄御原(アスカキヨミハラ)大宮(大海人皇子)⇒天武天皇 酉の年、2月に、天皇位(天武天皇)についた。 政道は、中国開祖の黄(コウ)帝に勝り、聖徳は、周(シュウ)の文(ブン)王に優っており、 三種の神器を継承して、国を治め、良俗を奨励し、善政を布いて、国を広げた。 知識は、広く、遠い昔のことを深く探求し、心は、先代のことを見ていた。 |
| ③天武天皇による正しい 「帝紀」・「旧辞」 の流布計画 | 天武天皇 詔を発し、「諸氏に伝わる 『帝紀及本辞』 には、虚偽を加えたものが多い、と聞く。 その誤りを正さなければ、国家組織の原理・天皇政治の基本理念が失われてしまう。 正しい『帝紀』を撰び、『旧辞』の真実を定めて、後世に伝えたい。」 と告げた。 |
天武天皇の舎人、稗田阿礼(ヒエダアレ) 聡明な28歳で、一目見れば、誦えることができ、一度耳にすれば、忘れなかった。 天武天皇 稗田阿礼(ヒエダアレ)に勅命し、正しい 「帝紀」・「旧辞」 である 「帝皇日継及先代旧辞」 (スメロキヒツギオヨビセンダイクジ)を誦習させたが、それを後世に伝えるには至らなかった。 ★上記 「帝皇日継及先代旧辞」 の先代旧辞部分は、後に、「勅語旧辞」 と略称される。 |
5.1.3 第43代 元明女帝の治世
| ①元明女帝の功績 | 元明女帝 聖徳が天下に満ち、民を育て、貢使が、次々と訪れ、貢物の倉が、空になる月はない。 名は、夏(カ)の禹(ウ)王より高く、徳は、殷(イン)の湯(トウ)王にも優っている。 |
| ②元明女帝による天武天皇 「勅語旧辞」 の採録命令 | 元明女帝 「旧辞」 に誤りがあるのを惜しみ、「帝紀」 の誤りを正そうと、和銅4年9月18日に、 臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)に、詔を発し、「稗田阿礼(ヒエダアレ)が、天武天皇の勅命で、 誦習した『勅語旧辞』というものを、撰録せよ。」 と告げた。 |
5.1.4 太安萬侶による 「勅語旧辞」 筆録
| ①表記は、漢字の音訓を混用し、難解点に注をつける | 太安萬侶(オホノヤスマロ) 元明女帝に献上するために、詔に従って、こと細かに採録したが、 上古の言葉の意味は、みな素朴で、漢字で、文章を書き表すことは、難しい。 漢字の訓を用いると、言葉の真意を表せず、漢字の音を連ねると、記述が長くなる ので、ある1句では、音・訓を混用し、ある1事の記述では、全部訓で記すことにした。 語句が分り難いものは、注で分り易くし、意味が分り易いものは、注を加えてない。 「日下」 はクサカ、「帯」 はタラシ、このようなものは、元のままにして、変えてない。 |
| ②構成は、上中下3巻分冊 | 太安萬侶(オホノヤスマロ) 記録したのは、天地(アメツチ)開闢(カイビャク)から小治田(ヲハリダ)御世(推古天皇)まで。 ㊤天之御中主(アメノミナカヌシ)神~鵜草葺不合(ウカヤフキアヘズ)命 ㊥神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇(神武天皇)~品陀(ホムダ)御世(応神天皇) ㊦大雀(オホサザキ)(仁徳天皇)~小治田(ヲハリダ)大宮(推古女帝) 上巻、中巻、下巻、合計3巻を記録し、謹んで献上する。 臣(オミ)の安萬侶(ヤスマロ)が、かしこまり、ひれ伏して申し上げる。 和銅5年1月28日 正五位上勲五等、太朝臣安萬侶(オホノアソミヤスマロ)。 |
5.2 「古事記」 上巻 (神世) 【神世第1代 天之御中主神~神世第15代 火遠理命】
5.2.1 天地初発の時
| ①別天神 5神の時代 (天之御中主神~天之常立神) | 天地(アメツチ)が、初めてできた時、高天原(タカアマハラ)(都)で、神に成す(「成神」)。 =人をカミ(要人)にする⇒天族の要人を選任。 「成神」(天族の要人を選任)【5神】(天神) ◆独(ヒトリ)神(単独神)(世襲でない大王) 5代5神。 1.神世第1代 天之御中主(アメノミナカヌシ)神(天神) 2.神世第2代 高御産巣日(タカミムスヒ)神(天神) 3.神世第3代 神産巣日(カミムスヒ)神(天神) 4.神世第4代 宇摩志阿斯訶備比古遅(ウマシアシカビヒコヂ)神(天神) 5.神世第5代 天之常立(アメノトコタチ)神(天神) ★天地(アメツチ)(天族の土地)を初めて開発した頃の都の高天原(タカアマハラ)(海原の高み) は、山島=佐度(サト)(韓地巨済島)。 ★上記大王は、水稲耕作導入・人を殖し、邑形成⇒邑を統率して、建国の基礎を作った。 |
以上、別天神(コトアメカミ)(天族の大王) 5代5神。 |
| ②神世七代 12神の時代 (国之常立神~伊耶那美神) | 「成神」(天族の要人を選任)【2神】(天神) ◆独(ヒトリ)神(単独神)(世襲でない国王) 2代2神。 1.神世第6代 国之常立(クニノトコタチ)神(天神) 2.神世第7代 豊雲上野(トヨクモノヘノ)神(天神) ★上記国王は、天族の国を建国・経済力を増進⇒高天原(タカアマハラ)を壱岐(イキ)に遷都。 |
「成神」(天族の要人を選任)【10神】(天神) ◆二(フタリ)神(夫婦神)(世襲になった国王) 5代10神。 1.神世第8代 宇比地迩(ウヒヂニ)神・須比智迩(スヒヂニ)神(天神) 2.神世第9代 筒杙(ツツクヒ)神・活杙(イククヒ)神(天神) 3.神世第10代 意冨斗能地(オホトノヂ)神・大斗乃弁(オホトノベ)神(天神) 4.神世第11代 於母陀流(オモダル)神・阿夜訶志古泥(アヤカシコネ)神(天神) 5.神世第12代 伊耶那岐(イヤナキ)神・伊耶那美(イヤナミ)神(天神) ★上記国王は、天族の国の版図を更に拡大するため、富国強兵策を推進。 |
以上、神世七代(カミヨナナヨ)(天族の国王) 7代12神。 |
5.2.2 神世第12代 伊耶那岐命と伊耶那美命
| ①2神(伊耶那岐命・伊耶那美命)が、淤能碁呂島へ | 天神(アメカミ)(天族の要人)一同(天神) 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命に、天冶矛(アメイリホコ)(鉄製鋳造鋤)を授け、 不安定な国の根本の修復(天下布武)を命じた。 |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 天浮橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)の土砂を、天冶矛(アメイリホコ)(鉄製鋳造鋤)で掘削 し、淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島)に運び、天下布武の拠点を造成した。 「成島」(天地内を築地)【1島】 ◆築地(港の造成) 1島。 1.淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島) ★「島」 は、縄張りの 「シマ」。 |
| ②2神が、淤能碁呂島で結婚 | 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 淤能碁呂(オノゴロ)島(筑紫国能古島)に、広い邸宅と天之御柱(アメノミハシラ)(港)を造り、 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)と結んだ。 ★2神が協力して、国土を生む=2神が同行して、新天地(新たな天族の土地)を支配。 |
| ③2神が、島々を生む (淡道之穂之狭別島~両児島) | 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 天之御柱(アメノミハシラ)(港)で会って出陣(出航)。 伊耶那美(イヤナミ)命が、先言(先乗船)⇒伊耶那岐(イヤナキ)命は、それを咎めた。 ★伊耶那美(イヤナミ)命は、天族の習俗を知らない倭種の国(出雲国)の出身。 |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 「生島」(新天地を支配)【0島】 ◆一時支配(支配放棄) 2島⇒一旦、拠点として利用したが、領主を置かずに放棄。 1.水蛭子(ヒルコ)(豊後国海部水ノ子島) 2.淡(アハ)島(讃岐国三野粟島) 島の支配放棄を、天神(アメカミ)に報告。 天神(アメカミ)(天族の要人)(天神) 太占(フトマニ)で、「女人先言不良」 と告げる。 |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命 (天神) 天之御柱(アメノミハシラ)(港)で会って出陣(出航)。 伊耶那岐(イヤナキ)命が、先言(先乗船)。 遠征から帰還(東⇒西)(播磨灘⇒周防灘⇒玄界灘)する順に、 「生島」(新天地を支配)【8島】(本領安堵支配、領主は、主に国神) ◆支配成功 8島。 1.淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)島(淡路島) 名(領主):淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)(国神) 2.伊予之二名(イヨノフタナ)島(四国) 伊予(イヨ)国 名(領主):愛比売(エヒメ)(国神) 讃岐(サヌキ)国 名(領主):飯依比古(イヒヨリヒコ)(国神) 阿波(アハ)国 名(領主):大冝都比売(オホゲツヒメ)(国神) 土佐(トサ)国 名(領主):建依別(タケヨリワケ)(国神) 3.隠伎之三子(オキノミツコ)島(隠岐) 亦の名(領主):天之忍許呂別(アメノオシコロワケ)(天神) 4.筑紫(ツクシ)島(九州) 筑紫(ツクシ)国 名(領主):白日別(シラヒワケ)(国神) 豊(トヨ)国 名(領主):豊日別(トヨヒワケ)(国神) 肥(ヒ)国 名(領主):建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)(国神) 熊曽(クマソ)国 名(領主):建日別(タケヒワケ)(国神) 5.伊岐(イキ)島(壱岐) 亦の名(領主):天比登都柱(アメヒトツハシラ)(天神) 6.津(ツ)島(対馬) 亦の名(領主):天之狭手依比売(アメノサデヨリヒメ)(天神) 7.佐度(山島)(サト)島(韓地巨済島) 名(領主):なし 8.大倭豊秋津(オホヤマトトヨアキツ)島(本州全体でなく、1方面のみの小地域で、山陽のみ) 亦の名(領主):天御虚空豊秋津根別(アメミソラトヨアキツネワケ)(天神) 国の全体=大八島(オホヤシマ)国(未支配の山陰、畿内、北陸、東山、東海他を含まず) ★上記 「5.伊岐(イキ)島(壱岐)」、「6.津(ツ)島(対馬)」、「7.佐度(山島)(サト)島 (韓地巨済島)」 は、在来の天地(過去の天族支配地)。 |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 遠征から帰還(東⇒西)(播磨灘⇒周防灘⇒玄界灘)する順に、 「生島」(新天地を支配)【6島】(本領安堵支配、領主は、主に国神) ◆支配成功 6島。 9.吉備児(キビコ)島 亦の名(領主):建日方別(タケヒカタワケ)(国神) 10.小豆(ヲヅ)島 亦の名(領主):大野手比売(オホノテヒメ)(国神) 11.大(オホ)島(周防大島) 亦の名(領主):大多麻流別(オホタマルワケ)(国神) 12.女(メ)島(姫島) 亦の名(領主):天一根(アメヒトネ)(天神) 13.知訶(チカ)島(宗像大島) 亦の名(領主):天之忍男(アメノオシヲ)(天神) 14.両児(フタコ)島(沖の島) 亦の名(領主):天両屋(アメフタヤ)(天神) ★上記 「生島」 で、「1.淡道之穂之狭別(アハヂノホノサワケ)島(淡路島)」~「14.両児(フタコ) 島(沖の島)」 における島の名・亦の名は、初代の領主名を示す。 |
| ④2神が、神々を生む (大事忍男神~和久産巣日神) | 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 神を生む(「生神」)=カミ(要人)を支配する⇒役人に選任。(本領安堵支配) 「生神」(役人に選任)【10神】(主に、国神) ◆山陽領主の下、内陸側の役人に選任 7神。 1.大事忍男(オホコトオシヲ)神(国神) 2.石土毘古(イハツチビコ)神(国神) 3.石巣比売(イハスヒメ)神(国神) 4.大戸日別(オホトヒワケ)神(国神) 5.天之須男(アメノタダヲ)神(天神) 6.大屋毘古(オホヤビコ)神(国神) 7.風木津別之忍男(カヤモクツワケノオシヲ)神(国神) ◆山陽領主の下、瀬戸内側の役人に選任 3神。 8.(海神) 大綿津見(オホワタツミ)神(国神) 9.(水戸神) 速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神(国神) 10.(水戸神) 速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神(国神) |
上記速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神・速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神(水戸神)(国神) 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命の代理として、 「生神」(役人に選任)【8神】(主に、国神) ◆山陽の水戸神の下、港の海側の役人に選任 4神。 11.沫那芸(アワナギ)神(国神) 12.沫那美(アワナミ)神(国神) 13.頬那芸(ツラナギ)神(国神) 14.頬那美(ツラナミ)神(国神) ◆山陽の水戸神の下、港の川側の役人に選任 4神。 15.天之水分(アメノミクマリ)神(天神) 16.国之水分(クニノミクマリ)神(国神) 17.天之久比奢母智(アメノクヒザモチ)神(天神) 18.国之久比奢母智(クニノクヒザモチ)神(国神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 「生神」(役人に選任)【4神】(主に、国神) ◆九州4領主の下、役人に選任 4神(各1神)。 19.(風神) 志那都比古(シナツヒコ)神(国神) 20.(木神) 久久能智(ククノチ)神(国神) 21.(山神) 大山津見(オホヤマツミ)神(国神) 22.(野神) 鹿屋野比売(カヤノヒメ)神、亦の名:野椎(ノツチ)神(国神) |
上記大山津見(オホヤマツミ)神(山神)・野椎(ノツチ)神(野神)(国神) 伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命の代理として、 「生神」(役人に選任)【8神】(主に、国神) ◆九州の山神の下、役人に選任 4神。 23.天之狭土(アメノサヅチ)神(天神) 24.天之狭霧(アメノサギリ)神(天神) 25.天之闇戸(アメノクラト)神(天神) 26.大戸或子(オホトマトヒコ)神(国神) ◆九州の野神の下、役人に選任 4神。 27.国之狭土(クニノサヅチ)神(国神) 28.国之狭霧(クニノサギリ)神(国神) 29.国之闇戸(クニノクラト)神(国神) 30.大戸或女(オホトマトヒメ)神(国神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 「生神」(役人に選任)【5神】(主に、国神) ◆天族の水軍の将軍に選任 1神。 31.鳥之石楠船(トリノイハクスフネ)神、亦の名:天鳥船(アメトリフネ)(天神) ◆四国(阿波国・讃岐国・土佐国・伊予国)の4領主の下、役人に選任 4神(各1神)。 32.大冝都比売(オホゲツヒメ)神(国神) 33.火之夜芸速男(ホノヤギハヤヲ)神、 亦の名:火之炫毘古(ホノカガビコ)神、火之迦具土(ホノカグヅチ)神(国神) 34.(嘔吐) 金山毘古(カナヤマビコ)神(国神) 35.(嘔吐) 金山毘売(カナヤマビメ)神(国神) ★讃岐(サヌキ)国の火之迦具土(ホノカグヅチ)神が反逆。 ⇒伊耶那美(イヤナミ)命が負傷⇒伊耶那岐(イヤナキ)命は、救助隊を要請。 「成神」(天族の要人を選任)【5神】(天神) ◆伊耶那美(イヤナミ)命への救助隊 5神⇒後に、伊耶那美(イヤナミ)命は、死去。 1.(糞) 波迩夜須毘古(ハニヤスビコ)神(天神) 2.(糞) 波迩夜須毘売(ハニヤスビメ)神(天神) 3.(尿) 弥都波能売(ミツハノメ)神(天神) 4.(尿) 和久産巣日(ワクムスヒ)神(天神) 5.(和久産巣日神の子)豊宇気毘売(トヨウケビメ)神(天神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命・伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 「成島」(天地内を築地) 1島 「生島」(新天地を支配)失敗 2島 「生島」(新天地を支配)成功 14島 「生神」(役人に選任) 35神 (速秋津日子神・速秋津比売神が生んだ8神 大山津見神・野椎神が生んだ8神 を含む) 「成神」(天族の要人を選任) 5神 |
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命の葬儀に、泣き女を要請。 「成神」(天族の要人を選任)【1神】(天神) ◆伊耶那美(イヤナミ)命への泣き女 1神。 1.香(カグ)山(日向国臼杵天香山)麓の木本の泣沢女(ナキサハメ)神(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 墓=出雲(イヅモ)国と伯耆(ホウキ)国の境、比婆(ヒバ)之山(東出雲=出雲国意宇) ⇒黄泉(ヨミ)国。 ★遺体は、讃岐(サヌキ)国⇒吉備(キビ)国⇒東出雲(出雲国意宇)に搬送されて、帰郷。 |
| ⑤伊耶那岐命が、伊耶那美命を殺した火神に報復 | 伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 十拳剣(トツカツルギ)で、火神の火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐。 ★火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐する十拳剣(トツカツルギ)を 「御刀」 という。(⇒聖戦) 「成神」(天族の要人を選任)【8神】(天神) ◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の先=前衛) 3神。 ⇒湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)村(讃岐国小豆島岩谷)まで追撃。 1.石柝(イハサク)神(天神) 2.根柝(ネサク)神(天神) 3.石筒之男(イハツツノヲ)神(天神) ◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の本=中衛) 3神。 ⇒湯津石(ユツイハ)(神聖な岩)村(讃岐国小豆島岩谷)まで追撃。 1.甕速日(ミカハヤヒ)神(天神) 2.樋速日(ヒハヤヒ)神(天神) 3.建御雷之男(タケミイカヅチノヲ)神、亦の名:建布都(タケフツ)神、豊布都(トヨフツ)神(天神) ◆火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍(御刀の柄=後衛) 2神。 ⇒指の股(讃岐国小豆島四方指)で決着。 1.闇淤加美(クラオカミ)神(天神) 2.闇御津羽(クラミツハ)神(天神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 「成神」(天族の要人を選任)【8神】(天神) ◆火之迦具土(ホノカグツチ)神を討伐した後の讃岐(サヌキ)国の共同新領主 8神。 1.(頭) 正鹿山津見(マサカヤマツミ)神(天神) 2.(胸) 淤縢山津見(オドヤマツミ)神(天神) 3.(腹) 奧山津見(オクヤマツミ)神(天神) 4.(陰部) 闇山津見(クラヤマツミ)神(天神) 5.(左手) 志芸山津見(シギヤマツミ)神(天神) 6.(右手) 羽山津見(ハヤマツミ)神(天神) 7.(左足) 原山津見(ハラヤマツミ)神(天神) 8.(右足) 戸山津見(トヤマツミ)神(天神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 火之迦具土(ホノカグツチ)神を斬った刀=天之尾羽張(アメノヲハバリ)⇒「天」 族の刀。 亦の名:伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)⇒新天地の 「伊都」(筑紫国怡土)製の刀。 |
| ⑥伊耶那岐命が、伊耶那美命の逝った黄泉国へ行く | 伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体引取りと偽り、黄泉(ヨミ)国(東出雲=出雲国意宇)に侵攻。 |
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体を引取ろうと、湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛に火を点して 見ると、墓では、8雷神(黄泉神)が、伊耶那美(イヤナミ)命を守護。 「神成居」(先住民による要人)【8神】(国神) ◆伊耶那美(イヤナミ)命の親衛隊=黄泉(ヨミ)神 8雷神。 1.(頭) 大雷(オホイカヅチ)(国神) 2.(胸) 火雷(ホイカヅチ)(国神) 3.(腹) 黒雷(クロイカヅチ)(国神) 4.(陰部) 柝雷(サクイカヅチ)(国神) 5.(左手) 若雷(ワカイカヅチ)(国神) 6.(右手) 土雷(ツチイカヅチ)(国神) 7.(左足) 島雷(シマイカヅチ)(国神) 8.(右足) 伏雷(フシイカヅチ)(国神) |
伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命の遺体引取りの嘘が露見(恥)⇒遺体引取りを断念し、退却。 伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 黄泉醜女(ヨミシコメ)に、伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃させる。 伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 黄泉醜女(ヨミシコメ)の追撃を撹乱・撃退。 黒髪⇒山葡萄、湯津爪(ユツツマ)櫛⇒筍(タケノコ)。 |
伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 8雷神(黄泉神)・1,500人の黄泉軍(ヨミイクサ)に、伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃させる。 伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 十拳剣(トツカツルギ)を後ろ手に防戦・退却。 ⇒黄泉比良(ヨミヒラ)坂(東出雲=出雲国意宇)の坂本の桃で、 8雷神(黄泉神)・黄泉軍(ヨミイクサ)を撃退。 ⇒桃の実(桃作りの一般人)に命名⇒意冨加牟豆美(オホカムヅミ)命。 ★葦原中(アシハラナカ)国=青人草(アヲヒトクサ)(未熟な一般人)の居住地(高天原の外)。 |
伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 自身が伊耶那岐(イヤナキ)命を追撃。 伊耶那岐(イヤナキ)命(天神) 黄泉比良(ヨミヒラ)坂=伊賦夜(イフヤ)坂(東出雲=出雲国意宇)を千人引きの大岩 (1,000人の兵士⇒道返(チガヘシ)之大神=塞坐黄泉戸(フサギイマスヨミト)大神)で塞ぎ、 伊耶那美(イヤナミ)命と離縁⇒出雲(イヅモ)国から撤退。 |
伊耶那美(イヤナミ)命(天神) 死去して、「大神」 になった⇒黄泉津(ヨミツ)大神=道敷(チシキ)大神。 |
| ⑦伊耶那岐命の黄泉国帰りの禊で、神々・3貴子成る | 伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神) 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の港に帰着した時、 黄泉津(ヨミツ)大神(伊耶那美命)に対抗し、「神」⇒「大神」 に昇格。 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の橘小門(タチバナヲト)阿波岐(アハキ)原で禊。 |
伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神) 伊耶那美(イヤナミ)命を担ぐ黄泉(ヨミ)神の反撃に遭い、黄泉(ヨミ)国(東出雲=出雲国 意宇)から撤退し、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)に帰着して、軍装束を解いた。 「成神」(天族の要人を選任)【12神】(天神) ◆伊耶那岐(イヤナキ)大神の身辺世話をしていた従者 12神。 1.(杖) 衝立船戸(ツキタチフナト)神(天神) 2.(帯) 道之長乳歯(チノナガチハ)神(天神) 3.(袋) 時量師(トキハカラシ)神(天神) 4.(衣) 和豆良比能宇斯能(ワヅラヒノウシノ)神(天神) 5.(袴) 道俣(チマタ)神(天神) 6.(冠) 飽咋之宇斯能(アキクヒノウシノ)神(天神) 7.(左手の腕輪) 奥疎(オキザカル)神(天神) 8.(左手の腕輪) 奥津那芸佐毘古(オキツナギサビコ)神(天神) 9.(左手の腕輪) 奥津甲斐弁羅(オキツカヒベラ)神(天神) 10.(右手の腕輪) 辺疎(ヘザカル)神(天神) 11.(右手の腕輪) 辺津那芸佐毘古(ヘツナギサビコ)神(天神) 12.(右手の腕輪) 辺津甲斐弁羅(ヘツカヒベラ)神(天神) |
伊耶那岐(イヤナキ)大神(天神) 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の橘小門(タチバナヲト)阿波岐(アハキ)原で禊。 「成神」(天族の要人を選任)【14神】(天神) ◆川の中流での禊(巫女を交代) 5神。 次の黄泉(ヨミ)国の穢れ(悪い運勢)2神を、 1.八十禍津日(ヤソマガツヒ)神(天神) 2.大禍津日(オホマガツヒ)神(天神) 次の禍(マガ)直し(良い運勢)3神に交代。 1.神直毘(カムナホビ)神(天神) 2.大直毘(オホナホビ)神(天神) 3.伊豆能売(イヅノメ)神(天神) ◆川の水底・水中・水面での禊(水軍を交代) 6神。 次の綿津見(ワタツミ)神(阿曇連の祖先)3神を、 1.底津綿津見(ソコツワタツミ)神(天神) 2.中津綿津見(ナカツワタツミ)神(天神) 3.上津綿津見(カミツワタツミ)神(天神) 次の墨江(スミノエ)大神3大神に交代。 1.底箇之男(ソココノヲ)命(天神) 2.中箇之男(ナカコノヲ)命(天神) 3.上箇之男(カミコノヲ)命(天神) 阿曇連(アヅミムラジ)=綿津見(ワタツミ)神の子、宇都志日金柝(ウツシヒカナサク)命の子孫。 ◆顔を洗う禊(王権を世襲) 3神(3貴子)。 1.(左目) 神世第13代 天照(アメテラス)大御神(天神) ⇒高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)を統治。 承継:伊耶那岐(イヤナキ)大神の首飾り珠=御倉板挙(ミクラタナ)神を授かる。 2.(右目) 月読(ツキヨミ)命(天神) ⇒夜之食(ヨルノヲス)国(旧都=韓地巨済島)を統治。 3.(鼻) 建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命(天神) ⇒海原(日本海・対馬)を統治。 ★上記 「3貴子」(伊耶那岐命・伊耶那美命の遠征に同行した愛児3子)の内、後継者 として、「伊耶那美」 の才能を受け継ぐ長女の天照(アメテラス)大御神に、王権を譲る。 ★自分と天照(アメテラス)大御神の両方に、「大神」 より上位の 「大御神」 を付けて、 長男の月読(ツキヨミ)命・次男の建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命の地位と差別化した。 |
| ⑧伊耶那岐大御神は、天照大御神に治世を託して死去 | 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 伊耶那岐(イヤナキ)大御神の命令に背き、海原(日本海・対馬)を治めず。(背信行為) ⇒「建」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命になる。(剣を没収) ⇒天族に従わない者が満ちる。 |
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 亡き母(伊耶那美命=黄泉津大神)の居る黄泉国(東出雲=出雲国意宇)の奥の 根之堅州(ネノカタス)国(根の方の国)(奥出雲=出雲国仁多)行きを希望。 ⇒伊耶那岐(イヤナキ)大御神に背く背任罪で、根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国 仁多)へ追放処分。 伊耶那岐(イヤナキ)大御神(天神) 追放処分の引責引退⇒淡海(アフミ)(筑紫国那珂野間大池)多賀(タガ)に隠居⇒死去。 |
5.2.3 神世第13代 天照大御神と速須佐之男命
| ①速須佐之男命が、天照大御神に対して反逆 | 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 剣を隠して、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に侵攻する。 伊耶那岐(イヤナキ)大御神の死後、後継者の女王、天照(アメテラス)大御神(姉)への対抗 姿勢を強め、追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)へ退去する前に、 女王(姉)に挨拶をする口実で、私兵を率いて、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)を急襲 し、天照(アメテラス)大御神(姉)の王権を簒奪しようとした。 天照(アメテラス)大御神(姉)(天神) 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)の襲来に気づき、下記男装をして、臨戦態勢を取った。 八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)500個の輪の珠、矢が1,000本と500本入る靫、 伊都之竹鞆(イツノタカトモ)、伊都之男建(イツノヲタケブ)の荒々しい振舞。 ⇒新天地の 「伊都」(筑紫国怡土)に由来。 |
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)の臨戦態勢を見て、急襲を断念。 ⇒天照(アメテラス)大御神と人財(人質)を出し合って、誓約(ウケヒ)することを提案。 天照(アメテラス)大御神(姉)(天神) 伊耶那岐(イヤナキ)大御神に背いてからの速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)の奇怪な行動 と、度重なる 「無邪心」・「無異心」 の弁明から、弟の下心を見抜いていた。 |
| ②速須佐之男命と天照大御神が、誓約し決裂 | 建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 隠していた十拳剣(トツカツルギ)が露見。 ⇒「建」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、「建」 速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命に戻る。 天照(アメテラス)大御神(姉)(天神) 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)の天安川(アメヤスカハ)で、誓約(ウケヒ)をする。 「成神」(天族の要人を選任)【3神】(天神) ◆建速須佐之男(タケハヤスサノヲ)命(弟)が隠し持っていた十拳剣(トツカツルギ)との交換に、 差し出した天照(アメテラス)大御神(姉)の人財(人質交換) 3神。 ⇒「御名」 と記すように、特別な存在。 1.「御名」:多紀理毘売(タキリビメ)命、亦の「御名」:奥津島比売(オキツシマヒメ)命(天神) 2.「御名」:市寸島比売(イチキシマヒメ)命、亦の「御名」:狭依毘売(サヨリビメ)命(天神) 3.「御名」:多岐都比売(タキツヒメ)命(天神) |
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 十拳剣(トツカツルギ)を取り上げられる⇒「建」 なし速須佐之男(ハヤスサノヲ)命になる。 「成神」(天族の要人を選任)【5神】(天神) ◆天照(アメテラス)大御神(姉)が着けていた八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)との交換に、 差し出した速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)の人財(人質交換) 5神。 ⇒「御名」 と記すように、特別な存在。 1.「御名」:天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命(天神) 2.「御名」:天之菩卑(アメノホヒ)命(天神) 3.「御名」:天津日子根(アメツヒコネ)命(天神) 4.「御名」:活津日子根(イクツヒコネ)命(天神) 5.「御名」:熊野久瀬毘(クマノクセビ)命(天神) |
天照(アメテラス)大御神(姉)・速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 次の天照(アメテラス)大御神の人財3神=宗像(ムナカタ)(筑紫国宗像)3女神(天神)を、 1.多紀理毘売(タキリビメ)命=宗像(ムナカタ)の沖つ宮 2.市寸島比売(イチキシマヒメ)命=宗像(ムナカタ)の中つ宮 3.田寸津(多岐都)比売(タキツヒメ)命=宗像(ムナカタ)の辺つ宮 次の速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の人財5神=無名の男神5神(天神)と、等価交換。 1.正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命 2.天之菩卑(アメノホヒ)命 ⇒その子、建比良鳥(タケヒラトリ)命 ⇒出雲国造(イヅモクニミヤツコ)、武蔵国造(ムサシクニミヤツコ)、 上菟上国造(カミウナカミクニミヤツコ)、 下菟上国造(シモウナカミクニミヤツコ)、 伊自牟国造(イジムクニミヤツコ)、対馬県直(ツシマアガタアタヘ)、 遠江国造(トホアフミクニミヤツコ) の祖先。 3.天津日子根(アメツヒコネ)命⇒凡川内国造(オフシカフチクニミヤツコ)、 額田部湯坐連(ヌカタベユエムラジ)、木国造(キクニミヤツコ)、 大和田中直(ヤマトタナカアタヘ)、山背国造(ヤマシロクニミヤツコ)、 馬来田国造(マクタクニミヤツコ)、怡土国造(イトクニミヤツコ)、 道尻岐閇国造(ミチシリキヘクニミヤツコ)、 大和俺遠高市県主(ヤマトオレトホタケチアカタヌシ)、 蒲生稲寸(カマフイナキ)、三枝部造(サエクサベミヤツコ) の祖先。 4.活津日子根(イクツヒコネ)命 5.熊野久瀬毘(クマノクセビ)命 |
速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)(天神) 宗像(ムナカタ)3女神を得たから、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)侵攻の潔白の証を得た、 と言うのは詭弁であるが、物実の等価交換につき、異議を唱える⇒誓約(ウケヒ)決裂。 ⇒天照(アメテラス)大御神に乱暴=作田(ツクリタ)の畔・水路壊し、大嘗(オホニヘ)御殿穢し。 天照(アメテラス)大御神(姉)(天神) 誓約(ウケヒ)は、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)の勝ち(潔白)と言い直しても、 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(弟)は、疑われたことを恨み、乱暴が酷くなる。 ★天照(アメテラス)大御神が、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に、宗像(ムナカタ)3女神を差し出した 懐柔策には、女の自分に王権が相続されたことによる遠慮が表れている。 |
| ③天照大御神が、天石屋戸に避難・復活して、反逆鎮圧 | 天照(アメテラス)大御神(天神) 天服織女と機屋に居た時に、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命に急襲され、負傷・死去。 ★天照(アメテラス)大御神死去を、天服織女死去と偽り、代りに天照(アメテラス)大御神に仕 立てられた天服織女が、天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)に避難。 ⇒高天原(タカアマハラ)(都)・葦原中(アシハラナカ)国(都以外)が、常夜(トコヨ)になった。 ⇒あらゆる神は騒ぎ、あらゆる禍が起こる。 ★天照(アメテラス)大御神以前から明るさはあったので、大御神が明るさの源泉でない。 高天原(タカアマハラ)(都)・葦原中(アシハラナカ)国(都以外)が、常夜(トコヨ)になったのは、 天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)に天照(アメテラス)大御神が隠れたためではなく、 天照(アメテラス)大御神死去による混乱を回避するため、大御神を復活させる演出と して、常夜の日(日没前に日食が回復しない日)が選択されたことを意味する。 |
八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) 高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)の川原で、次項を協議した。 ◆速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の反逆鎮圧。 ①速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の拘束と処刑 ②速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の私兵の解体 ◆高天原(タカアマハラ)(都)・葦原中(アシハラナカ)国(一般人の居住地)での混乱回避。 ①政略上、天照(アメテラス)大御神死去を隠蔽し、「天服織女」 死去とする。 ②天照(アメテラス)大御神に似せた天服織女に、大御神の役目を一時的に代行させる。 ③天照(アメテラス)大御神を再登場させるために、次の復活の儀式を行なう。 会場 天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)の前 企画・演出(常世長島鳥) 高御産巣日(タカミムスヒ)神の子、思金(オモヒカネ)神(天神) 鉄鍛冶(天安川の川上の天堅石・天金山の鉄) 天津麻羅(アメツマラ)(天神) 八尺鏡製作 伊斯許理度売(イシコリドメ)命(天神) 八尺勾瓊製作 玉祖(タマオヤ)命(天神) 占い(太占) 天児屋(アメコヤ)命・布刀玉(フトタマ)命(天神) 布刀祝詞奏上 天児屋(アメコヤ)命(天神) 布刀御幣製作 布刀玉(フトタマ)命(天神) 神懸り舞踊 天宇受売(アメウズメ)命(天神) 天照大御神代行 天服織女(天神) 天照大御神復活 天手力男(アメテチカラヲ)神(天神) 目撃証人 八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) ④天照(アメテラス)大御神の葬儀は、事態収拾後、別途、病死として行なう。 ⑤上記葬儀の時、天照(アメテラス)大御神代行の天服織女を、他の殉葬者と共に葬る。 ★八百万(ヤホヨロヅ)神とは、別天(コトアメ)神5神と神世七代(カミヨナナヨ)12神の子孫で、 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命のように処刑された者とその一族を除く、天族の要人。 ★企画・演出の思金(オモヒカネ)神は、日没前に欠け始め、欠け最大で日没するような日 食を選び、天照(アメテラス)大御神(代行の天服織女)が、西暦6年9月11日16時29分 (最大日食:17時44分・86.3%、日没:18時35分)に合わせ、天石屋戸(アメイハヤト) に入り、翌朝の夜明け(5時56分)に合わせて、天石屋戸(アメイハヤト)から出ることに より、天照(アメテラス)大御神の復活を、代行の天服織女で行なうようにした。 |
天照(アメテラス)大御神代行(天服織女)(天神) 天宇受売(アメウズメ)の誘いに乗り、天石屋戸(アメイハヤト)(高天原の洞窟)の外から、 天児屋(アメコヤ)命・布刀玉(フトタマ)命が差し出した鏡を覗いた時、 天石屋戸(アメイハヤト)の横に居た天手力男(アメテチカラヲ)神により、天石屋戸(アメイハヤト) の外に引き出された後、布刀玉(フトタマ)命が、注連縄(シメナハ)を引き渡して封印。 高天原(タカアマハラ)(都)・葦原中(アシハラナカ)国(一般人の居住地)⇒(明転)夜明け。 ★天照(アメテラス)大御神復活の儀式で、日昇と共に復活した大御神代行の天服織女は、 当初の計画通り、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命を反逆罪で拘束し、その私兵を解体した。 |
八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命を裁く。 ⇒全財産(一族・宗像3女神)没収、鬚切り・手足の爪抜き ⇒追放(奥出雲=出雲国仁多)。 |
| ④速須佐之男命が、大冝都比売神の国へ立ち寄る | 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)へ赴く途上(阿波国)、 食糧を求めて、大冝都比売(オホゲツヒメ)神(国神)を殺害。 ⇒神産巣日(カミムスヒ)命(天神)の許可を得て、下記物資(蚕・五穀)を奪った。 「生物」(物資を調達)【6種】 ◆大冝都比売(オホゲツヒメ)神を殺害して、物資を調達 6種。 1.(頭) 蚕 2.(目) 稲の種 3.(耳) 粟 4.(鼻) 小豆 5.(陰部) 麦 6.(尻) 大豆 |
| ⑤速須佐之男命が、出雲国で八俣遠呂知退治 | 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 追放先の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に到着 =出雲(イヅモ)国の斐伊(ヒイ)川上流にある鳥髪(トリカミ)地。 足名椎(アシナヅチ)神(老夫)(国神) 肥(ヒ)国領主、建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)の下に、 山神として選任された役人の大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の子。 手名椎(テナヅチ)神(老妻)(国神) 上記老夫・老妻の娘(元8人)が、高志(コシ)(越国)から来る八俣遠呂知(ヤマタヲロチ) に毎年、強奪されることを憂い泣く⇒今年の娘は、櫛名田比売(クシナダヒメ)。 |
高志(コシ)の八俣遠呂知(ヤマタヲロチ) 次のような、荒々しい8族の山族⇒出雲(イヅモ)国の背後に在る無法地帯の根之堅 州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に、越(コシ)国から来る。 目:赤ほおずきのよう 頭(首領):1つ/族(全体で8つ) 尾(殿軍):1つ/族(全体で8つ) 身体(勢力):苔むし、檜・杉の木が生えた1谷・1峰/族(全体で8谷・8峰)の大きさ 腹(腹巻):血が滲んでいる 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 追放された身を隠し、天照(アメテラス)大御神の弟が、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)か ら来たと言って、大山津見(オホヤマツミ)神の子の足名椎(アシナヅチ)(老夫)を信用させ、 老夫・老妻の娘の櫛名田比売(クシナダヒメ)とその地の根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲) を、高志(コシ)(越国)から来る八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)に代って、支配しようと図る。 |
足名椎(アシナヅチ)神・手名椎(テナヅチ)神(国神) 垣に門8つ・門毎に桟敷8つ作り、桟敷毎に強い酒1樽(全体で64樽)を置く。 ⇒八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)は、酒を飲んで寝る。 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 櫛名田比売(クシナダヒメ)を湯津爪(ユツツマ)(神聖な爪)櫛に変えて髪に挿し、 十拳剣(トツカツルギ)で八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)を殺害⇒斐伊(ヒイ)川は、血に染まった。 ⇒八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)の中尾から、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の十拳剣(トツカツルギ) の刃が欠ける程の強靭な造りの大刀1本/尾(全体で8本)が出る。 強靭な造りの大刀=都牟羽之大刀(ツムハネノタチ)=(首を切る)頭刎(ツムハ)ねの太刀。 ⇒この太刀を天照(アメテラス)大御神(天照Ⅱ)に報告⇒草那芸之大刀(クサナギノタチ)。 ★強靭な鉄製の都牟羽之大刀(ツムハネノタチ)は、天族としては、珍品であり、 1本:天照(アメテラス)大御神(天照Ⅱ)に献上⇒草那芸之大刀(クサナギノタチ)と呼ばれる。 残りの7本:速須佐之男(ハヤスサノヲ)命は、自軍に持たせる。 更に、大量の強靭な鉄製の剣を作らせて、出雲(イヅモ)国征圧のための武器にした。 ★天照(アメテラス)大御神(天照Ⅱ)が、次に登場する葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の時 には、襲名後継者の天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)に代っている。 |
| ⑥出雲始祖 速須佐之男命~出雲第6世 大国主神の系譜 | 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命(天神) 根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)⇒須賀(スガ)宮=稲田(イナダ)宮(東出 雲=出雲国意宇)に移って、大神になり、櫛名田比売(クシナダヒメ)を迎えて、歌った。 【雲が立ち昇り出た、出雲の宮殿に妻(正室)を迎え、何重にも取り囲む垣のよう】 足名椎(アシナヅチ)神を、稲田宮主須賀之八耳(イナダミヤヌシスガノヤツミミ)神(国神)に任命。 |
速須佐之男(ハヤスサノヲ)大神(出雲始祖)の子孫(国神) ◆大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の孫、正室、櫛名田比売(クシナダヒメ)の子の系統で続く。 出雲第1世 八島士奴美(ヤシマジヌミ)神(国神)、 大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の娘、木花知流比売(コノハナチルヒメ)との子で、 出雲第2世 布波能母遅久奴須奴(フハノモヂクヌスヌ)神(国神)、 淤加美(オカミ)(=闇淤加美)神(天神)の娘、日河比売(ヒカハヒメ)との子で、 出雲第3世 深渕之水夜礼花(フカフチノミヅヤレハナ)神(国神)、 天之都度閇知泥(アメノツドヘチネ)神(天神)との子で、 出雲第4世 淤美豆奴(オミヅヌ)神(国神)、 布怒豆怒(フノヅノ)神(国神)の娘、布帝耳(フテミミ)神(国神)との子で、 出雲第5世 天之冬衣(アメノフユキヌ)神(国神)、 刺国(サシクニ)大神(国神)の娘、刺国若比売(サシクニワカヒメ)との子で、 出雲第6世 大国主(オホクニヌシ)神(大国の王)(国神)、 亦の名:大穴牟遅(オホアナムヂ)神、葦原色許男(アシハラシコヲ)神、 八千矛(ヤチホコ)神、宇都志国玉(ウツシクニタマ)神 ◆大山津見(オホヤマツミ)神(国神)の娘、側室、神大市比売(カムオホイチヒメ)との子 2神。 1.大年(オホトシ)神(国神) 2.宇迦之御魂(ウカノミタマ)神(国神) ★速須佐之男(ハヤスサノヲ)大神(出雲始祖)の子孫は、 肥(ヒ)国領主の下、山神として選任された大山津見(オホヤマツミ)神の孫娘(正室)の子 と、同じ大山津見(オホヤマツミ)神の娘(側室)の子 に始まる。 |
5.2.4 出雲第6世 大国主神
| ①大穴牟遅神時代 (出雲国⇒因幡国 因幡の白兎) | 八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神) 国を大国主(オホクニヌシ)神に譲った経緯は、以下の通り。 |
八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神) 因幡(イナバ)(因幡国八上)の八上比売(ヤカミヒメ)に求婚しに行った時、 気多(ケタ)が崎(因幡国気多)に倒れていた丸裸の兎に、海水を浴び、風に当たり、 高い山の尾根で伏していろと教えた⇒兎は、その通りにすると、皮膚が弱った。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 八十(ヤソ)神(兄弟神)の後方に就く従者として登場⇒将来の大国主(オホクニヌシ)神。 |
淤岐(オキ)島(因幡国白兎)に居た兎 (因幡の白兎) 対岸の気多(ケタ)が崎(因幡国気多)に行く際、干潮時には、 島との間に鰐鮫が並ぶような岩礁で地続きになり、走って渡る。 ⇒渡り終える直前に、潮が満ちて来て、陸端側の岩礁の上で波に煽られ、 鰐鮫が、兎の身ぐるみを剥ぐように、身体中を擦り剥いて、泣いていた。 ⇒先に来た八十(ヤソ)神(兄弟神)の教えの通り、海水を浴び、風に当たり、 伏していると、全身が、更に傷だらけに、酷くなった。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 最後にやって来て、痛み苦しみ泣き伏す上記兎を見つける。 |
淤岐(オキ)島(因幡国白兎)に居た兎(因幡の白兎⇒兎神)(国神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神の教えの通り、河口に行き、真水で身体を洗い、 河口の蒲の花粉を敷き散らかし、その上に寝転がる⇒身体が元のように癒える。 ⇒八十(ヤソ)神より、大穴牟遅(オホアナムヂ)神が、八上比売(ヤカミヒメ)を護る、と予言。 ★因幡(イナバ)国は、大穴牟遅(オホアナムヂ)神の支持基盤となる。 |
| ②大穴牟遅神時代 (伯耆国手間⇒木国 受難逃亡) | 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神に嫁ぐつもり、と言う。 八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神) 八上比売(ヤカミヒメ)が嫁ぐつもりの大穴牟遅(オホアナムヂ)神を殺そう、と相談。 伯耆(ホウキ)国の手間(テマ)(伯耆国会見天萬)山麓で、火で焼いて転がし落す大岩を、 赤い猪と偽って、大穴牟遅(オホアナムヂ)神に、捕えなければ殺す、と脅迫。 ⇒大穴牟遅(オホアナムヂ)神は、その大岩に焼き付いて死去。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)の母(刺国若比売) 嘆き悲しみ、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に参上、神産巣日(カミムスヒ)命に願い出る。 神産巣日(カミムスヒ)命(天神) 𧏛貝比売(キサカイヒメ)・蛤貝比売(ウムカイヒメ)に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神を生き返らせる。 𧏛貝比売(キサカイヒメ) 岩に付く大穴牟遅(オホアナムヂ)神を収集。 蛤貝比売(ウムカイヒメ) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神に、母乳を塗布⇒立派な男に戻って、出歩いた。 八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を騙して、山へ連れて行き、大木の割れ目に押込・挟み殺す。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)の母(刺国若比売) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を大木から取出して生き返らせ、木(キ)国(安芸国奴可大屋) の大屋毘古(オホヤビコ)神(山陽領主の下、内陸側に選任された内の1神)の下に逃す。 八十(ヤソ)神(兄弟神)(国神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を探し出し、大屋毘古(オホヤビコ)神に、引渡しを迫る。 大屋毘古(オホヤビコ)神(国神) 須佐之男(スサノヲ)大神(死後、「速」 なし須佐之男大神になる)の神託を求めて、 根之堅州(ネノカタス)国(奥出雲=出雲国仁多)に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神を逃す。 |
| ③葦原色許男時代 (木国⇒根之堅州国 大神訪問) | 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 須佐之男(スサノヲ)大神の下に行き、その娘、須勢理毘売(スセリビメ)と相い交わる。 |
須佐之男(スサノヲ)大神(天神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神を葦原色許男(アシハラシコヲ)(葦原醜男=黄泉醜女と同じ蔑称) と言い、蛇が居る部屋(墓室)に寝させた。 須勢理毘売(スセリビメ)(葦原色許男の妻) 蛇用比礼(ヒレ)(難を逃れる呪力がある布)を、夫の葦原色許男(アシハラシコヲ)に授ける。 葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神) 蛇用比礼(ヒレ)で、蛇が自然に静まって、寝ることができ、部屋を出た。 次の夜の百足・蜂が居る部屋(斎殿)では、 須勢理毘売(スセリビメ)がくれた百足・蜂用比礼(ヒレ)で、百足・蜂を退け、部屋を出た。 須佐之男(スサノヲ)大神(天神) 葦原色許男(アシハラシコヲ)に、野に射た鏑(カブラ)矢を探させ、周りに火を点けた。 葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神) 野火から出る所が判らずにいると、鼠の案内で穴内に隠れ、その間に火は過ぎた。 ⇒鼠が、その矢を咥えて、出て来た。 |
須佐之男(スサノヲ)大神(天神) 娘の須勢理毘売(スセリビメ)(葦原色許男の妻)が、葬儀品を持ち、泣きながら来ると、 葦原色許男(アシハラシコヲ)は死んだものと思って、その野に出る。 ⇒葦原色許男(アシハラシコヲ)が出てきて、その矢を須佐之男(スサノヲ)大神に奉げる。 ⇒葦原色許男(アシハラシコヲ)を家に入れて、自分の頭の虱を取らせる。 葦原色許男(アシハラシコヲ)(大国主神)(国神) 須佐之男(スサノヲ)大神の頭には、百足が多く居たため、妻の須勢理毘売(スセリビメ)に もらった椋(ムク)の実・赤土を口に含み、吐き出し、百足を噛み取るように見せた。 ⇒須佐之男(スサノヲ)大神は、葦原色許男(アシハラシコヲ)に、心を許して寝た。 須佐之男(スサノヲ)大神の髪を、部屋に結びつけ、大岩で部屋の戸を塞ぎ、妻の須勢 理毘売(スセリビメ)を背負い、須佐之男(スサノヲ)大神の生太刀(イクタチ)・生弓矢(イクユミヤ)・ 天冶琴(アメイリコト)(青銅製鋳造琴=琴弦を張った銅鐸)を携え、逃げ出した。 天冶琴(アメイリコト)が、樹に触れて鳴り響き、寝ていた須佐之男(スサノヲ)大神を起こし てしまうが、須佐之男(スサノヲ)大神が、結び付けられた髪を解く間に逃げていった。 |
須佐之男(スサノヲ)大神(天神) 黄泉比良(ヨミヒラ)坂(東出雲=出雲国意宇)まで追って来て、大穴牟遅(オホアナムヂ)神 の蔑称(葦原色許男=葦原醜男)をやめて呼びかけ、次の神託を授けた。 ①直伝の生大刀(イクタチ)・生弓矢(イクユミヤ)で、八十(ヤソ)神(兄弟神)を放逐せよ。 ②大国主(オホクニヌシ)神(大国の王)となれ。 ③宇都志国玉(ウツシクニタマ)神(現実の国王)とし、須勢理毘売(スセリビメ)を正室にせよ。 ④宮殿を、宇迦(ウカ)山麓(西出雲=出雲国神門)に、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に 見えるように、建てて住め。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 生大刀(イクタチ)・生弓矢(イクユミヤ)で八十(ヤソ)神(兄弟神)を放逐し、国作りを始めた。 先約で結婚した因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)を出雲(イヅモ)国に連れて来た。 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ) 正室の須勢理毘売(スセリビメ)を畏れ、自分の子を木の俣に挟み置き、実家に帰った。 木の俣で死んだ子=木俣(キマタ)神、亦の名:御井(ミイ)神(出雲国御井)(国神)。 |
| ④八千矛神時代 (出雲国⇒越国 妻問い) | 八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神⇒八千矛(ヤチホコ)神(矛の武神)になり、八十(ヤソ)神を放逐。 須佐之男(スサノヲ)大神の娘の須勢理毘売(スセリビメ)を正室にしたが、 離縁した八上比売(ヤカミヒメ)の因幡(イナバ)国の先、越(コシ)国を支持基盤に加えて、 越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)の家に求婚しに行き、歌った。 【越国の乙女の寝る家の戸を、押し引きすると鳥が鳴く、叩いて鳴き止めさせたい】 |
越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ) 戸を開かずに、家の中から歌った。 【私は、落ちぶれた女なので、どうか、命を取らないで、日が隠れて漆黒の夜になり、 貴方は、若い私の胸を抱きしめ、玉のような手を枕に、いつまでも寝られますから、 あまり、恋い焦がれますな】 八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神) その夜には会わず、翌日の夜に交わった。 出雲(イヅモ)の国の領域を拡大(出雲国~越国)して、沼河比売(ヌナカハヒメ)を獲得。 |
八千矛(ヤチホコ)神(大国主神)(国神) 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)や越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)達、拡大した 各地の妻に対する、正室、須勢理毘売(スセリビメ)の嫉妬にうんざりして、 出雲(イヅモ)国⇒倭(ヤマト)国(大和国)へ逃げ出そうとする時、 正室の須勢理毘売(スセリビメ)に、歌(関白宣言)を送った。 【見栄えがいい私が去っても、貴女は、泣かないと言うが、うな垂れて泣くだろう】 |
須勢理毘売(スセリビメ) 八千矛(ヤチホコ)神を宥めるために、美酒を奉げ、歌い、杯を交わし、愛を誓い合った。 ⇒これを、神語(カムガタリ)という。 【貴方は、男だから、巡る島には、必ず若い妻を持っているでしょう、 私は、女だから、貴方の他に、男も夫もいません、 布団の中で、若い私の胸を抱き、玉のような手を枕に、いつまでも、寝てください、 美酒を召し上がれ】 |
| ⑤大国主神の子孫 | 大国主(オホクニヌシ)神の子孫(国神) 出雲始祖 須佐之男大神に続く、出雲第1世 八島士奴美神~出雲第17世 遠津山岬 帯神の内、出雲第6世 大国主神の子孫、出雲第7世 阿遅鉏高日子根神~出雲第17 世 遠津山岬多良斯神については、出雲第6世 大国主神の 3側室の子である。 ◆宗像(ムナカタ)沖つ宮の女神、側室、多紀理毘売(タキリビメ)命(天神)との子で、 出雲第7世 阿遅鉏高日子根(アヂスキタカヒコネ)神⇒鴨(カモ)大御神(国神) 妹(イモ)高比売(タカヒメ)命=下照比売(シタテルヒメ)命=下光比売(シタテルヒメ)命 ◆側室、神屋楯比売(カムヤタテヒメ)命の子で、 出雲第8世 事代主(コトシロヌシ)神(国神) ◆八島牟遅能(ヤシマムヂノ)神(国神)の娘、側室、鳥取(トトリ)神(国神)の子の系統で、 出雲第9世 鳥鳴海(トリナルミ)神(国神) 日名照額田毘道男伊許知迩(ヒナテルヌカタビミチヲイコチニ)神(国神)との子で、 出雲第10世 国忍冨(クニオシホ)神(国神) 葦那陀迦(アシナダカ)神(国神)、亦の名:八河江比売(ヤカハエヒメ)との子で、 出雲第11世 連甕之多気佐波夜遅奴美(ツラミカノタケサハヤヂヌミ)神(国神) 天之甕主(アメノミカヌシ)神(国神)の娘、前玉比売(サキタマヒメ)との子で、 出雲第12世 甕主日子(ミカヌシヒコ)神(国神) 淤加美(オカミ)(闇淤加美)神(国神)の娘、 比那良志毘売(ヒナラシビメ)との子で、 出雲第13世 多比理岐志麻美(タヒリキシマミ)神(国神) 比比羅木之其花麻豆美(ヒヒラキノソノハナマヅミ)神(国神)の娘、 沼玉前玉比売(ヌタマサキタマヒメ)神(国神)との子で、 出雲第14世 美呂浪(ミロナミ)神(国神) 敷山主(シキヤマヌシ)神(国神)の娘、 青沼馬沼押比売(アヲヌマヌオシヒメ)神(国神)との子で、 出雲第15世 布忍冨鳥島海(ヌノオシホトリシマミ)神(国神) 若尽女(ワカツクシメ)神(国神)との子で、 出雲第16世 天日腹大科度美(アメヒハラオホシナドミ)神(国神) 天狭霧(アメサギリ)神(国神)の娘、遠津待根(トホツマチネ)神(国神)との子で、 出雲第17世 遠津山岬多良斯(トホツヤマサキタラシ)神(国神) ★大国主(オホクニヌシ)神の子孫は、側室、鳥取(トトリ)神の子の系統で存続する。 |
| ⑥少名毘古那神(神産巣日神の御子)による政治介入 | 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 出雲(イヅモ)国の美保関(ミホノセキ)(出雲国島根)に居た葦原色許男(アシハラシコヲ)の頃、 海上から、ガガイモの袋実のような船に乗り、近づいてくる見知らぬ神がいた。 久延毘古(クエビコ)(山田の案山子=歩けないが、天下のすべてを知る)に尋ねると、 この神は、神産巣日(カミムスヒ)神(天神)の子、少名毘古那(スクナビコナ)神(天神)。 神産巣日(カミムスヒ)神(天神) 少名毘古那(スクナビコナ)神に、大穴牟遅(オホアナムヂ)神の兄弟分として国固めを指示。 大穴牟遅(オホアナムヂ)神(大国主神)(国神) 須佐之男(スサノヲ)大神の神託を受けて、矛の武神、八千矛(ヤチホコ)神になり、 出雲(イヅモ)の領域を拡大(出雲国~越国)するが、内政については、 天族の少名毘古那(スクナビコナ)神(神産巣日神の子)による政治介入を受け入れた。 少名毘古那(スクナビコナ)神(神産巣日神の子)(天神) 大穴牟遅(オホアナムヂ)神と、出雲(イヅモ)を固めた後、常世(トコヨ)国(四国)に行った。 ★天族による政治介入は、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の布石。 |
| ⑦御諸山の神(大物主神)による協力 (畿内統一) | 大国主(オホクニヌシ)神(国神) 出雲(イヅモ)の勢力が畿内に及び、従う神(国神)を求めた。 御諸(ミモロ)山の神(大物主神)(国神) 海上を照らして来て、将来は、大国主(オホクニヌシ)神が治め、自分を倭(ヤマト)(大和国) の東山上に祀れ、と言った⇒御諸(ミモロ)山(大和国城上三輪山)の神(大物主神)。 大国主(オホクニヌシ)神(国神) 倭(ヤマト)(大和国)を支配して、名実共に、大(オホ)国の王になった。 ★上記 「御諸(ミモロ)山の神(大物主神)」 は、「此者 坐御諸山上神也」 に続いて、 「故 其大年神」 とあるように、須佐之男(スサノヲ)大神の側室、神大市比売 (カムオホイチヒメ)の子の大年(オホトシ)神で、既に、倭(ヤマト)(大和国)を征圧していた。 |
| ⑧大年神の子孫 | 大年(オホトシ)神(大物主神)【子:17神】(国神) ◆神活須毘(カムイクスビ)神(国神)の娘、伊怒比売(イノヒメ)との子 5神。 1.大国御魂(オホクニミタマ)神(国神) 2.韓(カラ)神(国神) 3.曽冨理(ソホリ)神(国神) 4.白日(シラヒ)神(国神) 5.聖(ヒジリ)神(国神) ◆香用比売(カグヨヒメ)との子 2神。 1.大香山戸臣(オホカグヤマトオミ)神(国神) 2.年御(トシミ)神(国神) ◆天知迦流美豆比売(アメチカルミヅヒメ)との子 10神。 1.奥津日子(オキツヒコ)神(国神) 2.奥津比売(オキツヒメ)神(国神)、亦の名:大戸比売(オホトヒメ) 人々が祀っている竃(カマド)の神。 3.大山咋(オホヤマクヒ)神(国神)、亦の名:末之大主(スエノオホヌシ)神 近淡海(チカツアフミ)(近江)国日枝(ヒエ)山や葛野(カヅノ)松尾(マツヲ)に居て、 鳴鏑(ナリカブラ)を神体とする神。 4.庭津日(ニハツヒ)神(国神) 5.阿須波(アスハ)神(国神) 6.波比岐(ハヒキ)神(国神) 7.香山戸臣(カグヤマトオミ)神(国神) 8.羽山戸(ハヤマト)神(国神) 9.庭高津日(ニハタカツヒ)神(国神) 10.大土(オホツチ)神(国神)、亦の名:土之御祖(ツチノミオヤ)神 上記羽山戸(ハヤマト)神【子:8神】(国神) ◆大冝都比売(オホゲツヒメ)神(元阿波国の領主)(国神)との子 8神。 1.若山咋(ワカヤマクヒ)神(国神) 2.若年(ワカトシ)神(国神) 3.妹(イモ)若沙那売(ワカサナメ)神(国神) 4.弥豆麻岐(ミヅマキ)神(国神) 5.夏高津日(ナツタカツヒ)神(国神)、亦の名:夏之売(ナツノメ)神 6.秋毘売(アキビメ)神(国神) 7.久久年(ククトシ)神(国神) 8.久久紀若室葛根(ククキワカムロツナネ)神(国神) ★上記大年(オホトシ)神の子孫は、大国主(オホクニヌシ)神に従うことになった。 |
5.2.5 神世第13代 天照大御神による葦原中国平定
| ①天之菩卑神による平定 (第1次) | 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 豊葦原之千秋長五百秋之水穂(トヨアシハラノチアキナガイホアキノミヅホ)国(葦原中国=本土)は、 子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(誓約で、天照大御神 が獲得した速須佐之男命の人財5神の内の1神)(天神)が治めよ、と命じた。 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(天神) 天浮橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)に行くと、豊葦原之千秋長五百秋之水穂(トヨアシ ハラノチアキナガイホアキノミヅホ)国(葦原中国=本土)は、治めるには、危険過ぎると思い、 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に戻り、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)に指示を求めた。 高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神) 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の命令で、高天原(タカアマハラ)の天安川(アメヤスカハ)原に、 八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)を集め、思金(オモヒカネ)神 (天神)に、この葦原中(アシハラナカ) 国(本土)の荒ぶる国神を従えるのに、誰を遣わすべきか、を考えさせた。 ★大国主(オホクニヌシ)神の勢力範囲(葦原中国=本土)は、九州の東筑紫に及んでいた。 |
思金(オモヒカネ)神・八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) 相談の結果、天之菩卑(アメノホヒ)神(誓約で、天照大御神が獲得した速須佐之男命の 人財5神の内の1神)(天神)を遣わせ、と言った。 天之菩卑(アメノホヒ)神(天神) 大国主(オホクニヌシ)神(国神)に媚び、3年(2倍数)経っても、復命しなかった。 ★葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定(第1次)を、誓約で天照(アメテラス)大御神が獲得した 速須佐之男(ハヤスサノヲ)命の人財(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命⇒天之菩卑神)に命 じたのは、敵方、大国主(オホクニヌシ)神の反発が少ない、と考えた⇒この弱気が、敗因。 ★復命しない天之菩卑(アメノホヒ)神のその後の様子は、不明。 |
| ②天若日子による平定 (第2次) | 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神) 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天之菩卑(アメノホヒ)神(天神)が、復命しない ので、誰を遣わすべきか、と思金(オモヒカネ)神・八百万(ヤホヨロヅ)神(天神)に尋ねた。 思金(オモヒカネ)神(天神) 天津国玉(アメツクニタマ)神(天神)の子、天若日子(アメワカヒコ)を推薦した。 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 天若日子(アメワカヒコ)に、天之麻迦古(アメノマカコ)弓・天之波波(アメノハハ)矢を授け、遣わす。 天若日子(アメワカヒコ) 大国主(オホクニヌシ)神の側室、沖つ宮の多紀理毘売(タキリビメ)命(誓約で、速須佐之男命 に差し出され、その後没収された天照大御神の人財、宗像3女神の内の1神)(天神) の子の下照比売(シタテルヒメ)命の虜になり、8年(2倍数)経っても、復命しなかった。 |
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高御産巣日(タカミムスヒ)神Ⅳ(天神) 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天若日子(アメワカヒコ)が、復命しないので、誰を 遣わして、留まった理由を問うか、と思金(オモヒカネ)神・八百万(ヤホヨロヅ)神に尋ねた。 思金(オモヒカネ)神・八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) 鳴女(ナキメ)という名の雉(キジ)(使者)を遣わすべき、と答えた。 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の荒ぶる神を服従させるために遣わしたのに、8年(2倍 数)経っても復命しない訳を、天若日子(アメワカヒコ)に問うよう、鳴女(ナキメ)に命じた。 鳴女(ナキメ)という名の雉(キジ)(使者) 高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)⇒葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の天若日子(アメワカヒコ)の 家門の湯津楓(ユツカヘデ)(神聖な楓)に行き、上記の理由を問う言葉を言った。 天佐具売(アメサグメ)(天若日子の側女) 鳴女(ナキメ)の言い草を聞き、天若日子(アメワカヒコ)には、鳴き声の悪い雉(キジ)(使者) が来ているから、射返せ、と進言した。 天若日子(アメワカヒコ) 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)が授けた天之波士(アメノハジ)弓(天之麻迦古弓)・ 天之加久(アメノカク)矢(天之波波矢)で、雉(キシ゚)(使者)を射殺した。 ⇒矢は、雉(キジ)(使者)の胸を貫き、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に居る天照 (アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)の所に届いた。 |
高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)(天神) 届いた天之加久矢(アメノカク)(天之波波矢)を見ると、鳴女(ナキメ)(雉)の血が付いて いたので、矢を持ち帰った使者に、その矢で、天若日子(アメワカヒコ)を暗殺させた。 ⇒還矢(カエシヤ)の起源、雉(キジ)のひた使い(雉が帰ってこなかった使い)の起源。 |
天若日子(アメワカヒコ)の父、天津国玉(アメツクニタマ)神(天神)と本妻子 天若日子(アメワカヒコ)の妻、下照比売(シタテルヒメ)命の声が、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐) に届き、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)⇒葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に下った。 喪屋(モヤ)を作って、従者の河雁(カハカリ)を死者に食事を奉げる役に、 鷺(サギ)を掃除をする役に、翠鳥(ソニトリ)を料理人に、雀(スズメ)を米を搗く女に、 雉(キジ)を泣き女にして、8日8晩、天若日子(アメワカヒコ)の葬儀を挙行。 |
天若日子(アメワカヒコ)の妻の兄、阿遅鉏高日子根(アヂシキタカヒコネ)神(国神) 戦地からやって来て、天若日子(アメワカヒコ)を弔った時、 それを、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)から来た天若日子(アメワカヒコ)の父・本妻が見て、 天若日子(アメワカヒコ)が生きていると、穢れた死人に間違えられたのを怒り、 十拳剣(トツカツルギ)を抜いて、喪屋(モヤ)を切り倒し、美濃(ミノ)国、藍見(アイミ)川上に ある喪(モ)山まで、蹴飛ばし、戦地に戻った。 喪屋(モヤ)を切った太刀名=大量(オホハカリ)=神度剣(カムドツルギ) ★天若日子(アメワカヒコ)の喪屋を壊して、天若日子(アメワカヒコ)の父・本妻子を、侮辱した 訳は、少名毘古那(スクナビコナ)(神産巣日神Ⅳの子)以来、出雲(イヅモ)が、 高天原(タカアマハラ)による内政干渉を受けてきたことに対する腹癒せ。 阿遅鉏高日子根(アヂシキタカヒコネ)神(国神)の妹、高比売(タカヒメ)命(下照比売命) 天若日子(アメワカヒコ)の父・本妻に、阿遅鉏高日子根(アヂシキタカヒコネ)神の事を歌った。 【湾曲した深い谷を、わざわざ、渡り来た、阿遅鉏高日子根(アヂシキタカヒコネ)神だよ】 |
| ③建御雷之男神による(事代主神)平定 (第3次) | 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)に遣わした天若日子(アメワカヒコ)が死んだので、 また、誰を遣わせば良いか、と語った。 思金(オモヒカネ)神・八百万(ヤホヨロヅ)神(天神) 天安川(アメヤスカハ)の川上の天石屋(アメイハヤ)(高天原の洞窟)に居る伊都之尾羽張(イツ ノヲハバリ)神=天之尾羽張(アメノヲハバリ)神(天神)か、その子、建御雷之男(タケミカヅチノヲ) 神(天神)を遣わすように、天之加久(アメノカク)神(天神)に尋ねさせよ、と言った。 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の父、天之尾羽張(アメノヲハバリ)神(天神) 子の建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神を遣わせ、と答えた。 ⇒建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神に、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)(天神)が付けられた。 ★伊都之尾羽張(イツノヲハバリ)神=天之尾羽張(アメノヲハバリ)神の名は、伊耶那岐(イヤナキ) が、火之迦具土(ホノカグツチ)を斬った刀名に由来。 ★建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神=火之迦具土(ホノカグツチ)神への報復軍の神。 天之加久(アメノカク)神の名は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)が、天若日子(アメワカヒコ) に授けて、使者の鳴女(ナキメ)が討たれ、天若日子(アメワカヒコ)を暗殺した矢名に由来。 |
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神・天鳥船(アメトリフネ)神(天神) 伊那佐之小浜(イナサノヲハマ)(稲佐の浜)(出雲国神門)に着いて、十拳剣(トツカツルギ)を 海上に逆さまに刺し立て、その剣先に胡坐で座って、 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)が、 葦原中(アシハラナカ)国(出雲)は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子が治めるとする、 と命じたが、異存無いか、と大国主(オホクニヌシ)神に尋ねた。 大国主(オホクニヌシ)神(国神) 自分の子、八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神が申すべきだが、八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神は、 鳥・魚を捕りに美保関(ミホノセキ)(出雲国島根)に行き、まだ帰って来ない、と答えた。 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神・天鳥船(アメトリフネ)神(天神) 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)を遣わし、八重事代主 (ヤヘコトシロヌシ)神を無理に呼び寄せて、尋ねた。 八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神(大国主の側室が生んだ事代主神)(国神) 大国主(オホクニヌシ)神に対面し、出雲(イヅモ)は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子 に奉げようと言い、天鳥船(アメトリフネ)神(水軍)の船から海に飛び込んで、自害した。 |
| ④建御雷之男神による(建御名方神)平定 (第3次) | 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神) 大国主(オホクニヌシ)神に、貴方の子、事代主(コトシロヌシ)神は、天照(アメテラス)大御神(天照 Ⅳ)の御子に出雲(イヅモ)を奉げる、と言ったが、他に言う子がいるか、と尋ねた。 大国主(オホクニヌシ)神(国神) 他に子の建御名方(タケミナカタ)神(国神)以外にいない、と言っているうちに、 建御名方(タケミナカタ)神(国神)が、1,000人引きの大岩を手先で毀してやって来た。 建御名方(タケミナカタ)神(国神)・建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神) 建御名方(タケミナカタ)神が、力比べを提案。 建御名方(タケミナカタ)神が、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の手を取ると、建御雷之男(タケ ミカヅチノヲ)神の手が、氷柱・剣の刃に変わり、建御名方(タケミナカタ)神は、恐れをなした。 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、建御名方(タケミナカタ)神の手を握って放り投げた。 ⇒建御名方(タケミナカタ)神は、逃げ去った。 |
建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神) 建御名方(タケミナカタ)神を、信濃(シナノ)国の諏訪海(スハミ)に追い詰めて、殺そうとした。 建御名方(タケミナカタ)神(国神) この信濃(シナノ)国以外の所には行かない、父の大国主(オホクニヌシ)神の命令に従う、 八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)の言葉の通り、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子の命令 の通り、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)を献上するから、殺すな、と言った。 ★大国主(オホクニヌシ)の系統は、次の通り。 正室、須勢理毘売(スセリビメ)⇒無子・断絶。 因幡(イナバ)国の八上比売(ヤカミヒメ)が生んだ木俣(キマタ)神⇒夭逝・断絶。 宗像(ムナカタ)の側室が生んだ阿遅鉏高日子根(アヂシキタカヒコネ)神⇒戦死・断絶。 側室、神屋楯比売(カムヤタテヒメ)命が生んだ八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神⇒自害・断絶。 越(コシ)国の沼河比売(ヌナカハヒメ)が生んだ建御名方(タケミナカタ)神⇒逃亡・断絶。 ⇒側室、鳥取(トトリ)神の子の系統で存続する。 |
| ⑤建御雷之男神による(大国主神)平定 (第3次) | 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神) 出雲(イヅモ)国に戻り、大国主(オホクニヌシ)神に、事代主(コトシロヌシ)神・建御名方(タケミナカタ) 神は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子に従う、と言ったが、どうか、と尋ねた。 大国主(オホクニヌシ)神(国神) 子の2神が言う通り、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)は、命令通り、全部献上する。 住み処は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子の天津日継(アメツヒツギ)の天之御巣 (アメノミス)(宮殿)のように、岩盤に柱を建て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に見えるよ う高くしてくれるなら(須佐之男大神の未達の神託)、自害して幽界で静かにする。 八重事代主(ヤヘコトシロヌシ)神を、神之御尾前(カミノミヲサキ)(神代表)にして、天照(アメテラス) 大御神(天照Ⅳ)の御子に仕えたなら、他の百八十(モモヤソ)神の中で背く神は無い、 と答えた。 ★大国主(オホクニヌシ)神が自害するに当り、先に自害して果てた八重事代主(ヤヘコトシロヌシ) 神を、神之御尾前(カミノミヲサキ)(神代表)とすることで、鳥鳴海(トリナルミ)神を始めとす る百八十(モモヤソ)神が、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子に仕えることになった。 |
大国主(オホクニヌシ)神(国神) 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神のため、出雲(イヅモ)国の多芸志之小浜(タギシノヲハマ)(出 雲国出雲武志)に天之御舍(アメノミアラカ)を建て、水戸(ミナト)神(速秋津日子神・速秋津 比売神)の孫、櫛八玉(クシヤタマ)神(料理人)の天御饗(アメミアヘ)(御馳走)を献上した。 櫛八玉(クシヤタマ)神(国神) 鵜(ウ)になって海に潜り、海底の土で天八十毘良迦(アメヤソビラカ)(多くの器)を作り、 海藻の茎で燧臼(ヒキリウス)を作り、菰(コモ)の茎で燧杵(ヒキリキネ)を作って、火を熾(オコ) し、この火は、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)では、神産巣日(カミムスヒ)命の天之新巣 (アメノニイス)(新宮殿)の煤(スス)が厚く積もるまで焼き、地下の岩盤を焼き固め、 延縄(ハヘナハ)釣りをする漁夫が、口の大きい尾鰭(オヒレ)鱸(スズキ)を引き上げて、 館に沢山の天之真魚咋(アメノマナクヒ)(魚料理)を奉げる、と言った。 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神(天神) 高天原(タカアマハラ)(壱岐)に帰還し、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定を報告した。 ★多芸志之小浜(タギシノヲハマ)(出雲国出雲武志)の砂地に建つ天之御舍(アメノミアラカ)は、 大国主(オホクニヌシ)神が、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神をもてなすための仮設の御殿。 ★上記 「天之御舍(アメノミアラカ)」 は、大国主(オホクニヌシ)神が要求した 「天之御巣(アメノミス) (宮殿)」 のような大国主(オホクニヌシ)神の住み処(壮大な出雲大社)とは、異る。 |
5.2.6 神世第14代 迩迩芸命
| ①迩迩芸命(天之忍穂耳命の子)の誕生 | 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神から、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)平定の報告を受け、 高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)の命令として、太子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳 (マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(誓約で天照大御神が獲得した速須佐之男命の人財、 5神の内の1神)(天神)に、葦原中(アシハラナカ)国(本土)を治めよ、と命じた。 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳(マサカツアカツカツハヤヒアメノオシホミミ)命(天神) 赴任の準備中に生まれた子、天迩岐志国迩岐志国迩岐志天津日高日子番能迩迩芸 (アメニキシクニニキシクニニキシアメツヒタカヒコホノニニギ)命(天神)を行かせるべきである、と答えた。 子は、高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)の娘、万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキツシヒメ) 命が、生んだ子2人のうち、天火明(アメホアカリ)命(天神)の次の子。 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 上記天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命(天神)が言った通り、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ) 命(天神)に、豊葦原水穂(トヨアシハラミヅホ)国(葦原中国=本土)を治めよ、と語った。 |
| ②迩迩芸命が、猿田毘古神の先導で天降る | 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)(天神) 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)に行く時、 天之八街(アメノヤチマタ)(海路)に居て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)・葦原中(アシハラナカ) 国(本土)を照らす神が居たので、気後れなく応対できる天宇受売(アメウズメ)神に 命令して、このようにしているのは誰か、と尋ねさせた。 猿田毘古(サルタビコ)神(国神) 天宇受売(アメウズメ)神に問われた時、自分は、国神の猿田毘古(サルタビコ)神であり、 ここに居たのは、天神(アメカミ)御子が葦原中(アシハラナカ)国(本土)に行こうとしてい る、と聞いたので、案内人として、迎えに来ている、と答えた。 ★国神の猿田毘古(サルタビコ)神が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)への案内のため、迎え に来たのは、出雲(イヅモ)側の陰謀⇒出雲(イヅモ)国で待ち構えている惧れがある。 天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅳ)(天神) ◆日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の従者を選任 5人。 1.天児屋(アメコヤ)命(天神)⇒中臣連(ナカトミムラジ) の祖先。 2.布刀玉(フトタマ)命(天神)⇒忌部首(インベオビト) の祖先。 3.天宇受売(アメウズメ)命(天神)⇒猿女(サルメ)君 の祖先。 4.伊斯許理度売(イシコリドメ)命(天神)⇒作鏡連(ツクリカガミムラジ) の祖先。 5.玉祖(タマオヤ)命(天神)⇒玉祖連(タマオヤムラジ) の祖先。 |
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) ◆日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の付添いを選任 4神。 八尺勾瓊(ヤサカマガタマ)、鏡(天照大御神の御霊)、草那芸剣(クサナギツルギ)を携える。 1.常世思金(トコヨオモヒカネ)神(天神) (天照Ⅳの摂政、天照大御神の御霊と共に、 内宮の佐久久斯絽伊須受能宮に祭る) 2.登由宇気(トユウケ)神(天神) (外宮の度会に居る) 3.手力男(テチカラヲ)神(天神) (佐那那県に居る) 4.天石門別(アメイハトワケ)神(天神) (宮廷の門の警護、亦の名:櫛石窓神・豊石窓神) ★天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、八尺勾瓊(ヤサカ マガタマ)、鏡(天照大御神の御霊)、草那芸剣(クサナギツルギ)を携えさせて、太子、天之 忍穂耳(アメノオシホミミ)命ではなく、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、王権を譲った。 |
天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)(天神) 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、天之石位(アメノイハクラ)(海の岩座)(壱岐)を出港、 天之八重多那(アメノヤエタナ)雲(海の霧)の中を、伊都(イツ)(筑紫国怡土)へ進み、天浮 橋(アメウキハシ)(筑紫国海の中道)の浮島に沿って、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良) の高千穂(タカチホ)の籤振る嶽(クジフルタケ)(筑紫国高祖山)に行け、と語った。 ★猿田毘古(サルタビコ)神が、葦原中(アシハラナカ)国(本土)への案内に来ても、天照(アメテ ラス)大御神(天照Ⅳ)は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命が幼いため、付添い(4神)、 従者(5人)、近衛軍を付けたものの、出雲(イヅモ)国で、出雲(イヅモ)軍が待ち構え ている惧れがあるので、安全な竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の地を指定した。 天忍日(アメオシヒ)命・天津久米(アメツクメ)命(近衛軍)(天神) 天之石靭(アメイハユキ)、頭椎之大刀(クブツチノタチ)(都牟羽之大刀)、天之波士(アメノハジ) 弓、天之真鹿児(アメノマカゴ)矢を持ち、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の前を守った。 ⇒上記天忍日(アメオシヒ)命は、大伴連(オホトモムラジ) の祖先。 ⇒上記天津久米(アメツクメ)命は、久米直(クメアタヘ) の祖先。 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神) 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)高千穂(タカチホ)の籤振る嶽(クジフルタケ)(高祖山)は、 北は韓(カラ)国(旧都=韓地巨済島)に向かい、南は笠紗之岬(カササノミサキ)(肥国神埼 鵲岬)に直結し、東西は朝日・夕日が照る国で、大変良い地、と語り、岩盤に宮殿の 柱を建て、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)に見えるよう、高くして住んだ。 ★その後、高天原(タカアマハラ)(都=壱岐)⇒竺紫日向(チクシヒナタ)(新都=筑紫国早良)に 遷都すると、都を高天原(タカアマハラ)(海原の高み)と言わなくなった。 ★天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)・太子の天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命のその後は、不明。 |
| ③天宇受売命を猿女君と呼ぶ | 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神) 天宇受売(アメウズメ)命に、道案内の猿田毘古(サルタビコ)大神を出迎えて、その神の名、 猿田毘古(サルタビコ)をもらって仕えよ、と語った。 天宇受売(アメウズメ)命(天神) 猿田毘古(サルタビコ)と結婚して、猿女(サルメ)君と呼ばれることになった。 |
猿田毘古(サルタビコ)神(国神) 阿耶訶(アヤカ)(出雲国秋鹿)に居る時、海の漁で溺れて死去。 ⇒海底に沈んでいた時、底度久御魂(ソコドクミタマ)。 海水の泡粒が立つ時、都夫多都御魂(ツブタツミタマ)。 泡が裂ける時、阿和佐久御魂(アワサクミタマ)。 天宇受売(アメウズメ)命(猿女君)(天神) 阿耶訶(アヤカ)(出雲国秋鹿)の海漁で死んだ猿田毘古(サルタビコ)神を葬送してから、 新都(筑紫国早良)に戻り、すべての魚に、天神(アメカミ)御子に仕えるか、と尋ねた。 ⇒多くの魚が仕える、と言う中、答えない海鼠(ナマコ)の口を縄小刀で裂いた。 ⇒猿女君は、代々、島(筑紫国志麻)からの初物海産物を献上する管理役に就いた。 |
| ④迩迩芸命の御子、火遠理命の誕生 | 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神) 笠紗之岬(カササノミサキ)(肥国神埼鵲岬)で美しい娘に会い、誰の娘か、姉妹は居るか、 貴女と結婚したいがどうか、と尋ねた。 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ) 娘は、大山津見(オホヤマツミ)神の娘、神阿多都比売(カムアタツヒメ)、亦の名:木花之佐久夜 毘売(コノハナノサクヤビメ)で、姉に石長比売(イハナガヒメ)が居る、自分の結婚については、 父の大山津見(オホヤマツミ)神(国神)が、言うことができる、と答えた。 大山津見(オホヤマツミ)神(肥国領主の下に、山神として選任された役人)(国神) 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に、娘との結婚を乞われると、その娘に姉の石長比 売(イハナガヒメ)を添え、献上品を持たせて、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命に奉げた。 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神) 姉の石長比売(イハナガヒメ)については、醜かったので、大山津見(オホヤマツミ)神に送り 返し、妹の木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)だけを留めて、一夜の契りを結んだ。 |
大山津見(オホヤマツミ)神(国神) 石長比売(イハナガヒメ)を返されたため、大変恥じて、私の娘2人を一緒に奉げたのは、 石長比売(イハナガヒメ)は、天神(アメカミ)御子の命が、長く変わらない岩のように、また、 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は、咲き栄える花のように、と願い、献上したが、 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)は、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)だけ を留めたので、天神(アメカミ)御子の寿命は、木の花のように儚い、と言った。 ★天皇達の2倍年暦の習慣を廃止すると、短命に見える。 ★日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命は、九州の醜女(シコメ)の習俗を、知らなかった。 |
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ) 後に、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の下にやって来て、天神(アメカミ)の御子が産ま れる時になり、私的には産めないので、打ち明ける、と言った。 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神) 一夜の契りで妊娠した木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)の子は、 国神の子に違いない、と語った。 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ) 国神の子なら無事に産まれず、天神(アメカミ)の御子なら無事に産まれる、と答え、 戸のない御殿の中に入り、火を点けて、盛んに燃えている時に産んだ。 日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命【子:3人】(天神) ◆正室、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)との子 3人。 1.火照(ホデリ)命(天神)⇒隼人阿多(ハヤトアタ)君 の祖先。 2.火須勢理(ホスセリ)命(天神) 3.「御名」:神世第15代 火遠理(ホヲリ)命(天神)=「御名」 と記す特別な存在。 亦の名:天津日高日子穂穂手見(アメツヒタカヒコホホデミ)命 ★木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)が、燃える御殿で産んだ3子は、三つ子の兄弟。 ★三つ子は、燃える御殿から救助され、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は、焼死。 |
5.2.7 神世第15代 火遠理命
| ①火照命(海佐知毘古)と火遠理命(山佐知毘古) | 火照(ホデリ)命(兄)(天神) 海佐知毘古(ウミサチビコ)(漁師)として、魚を捕る。 火遠理(ホヲリ)命(弟)(天神) 山佐知毘古(ヤマサチビコ)(猟師)として、獣を捕る。 火照(ホデリ)命(兄)に、各々の獲物を捕る道具を交換して使ってみたい、と願い、 遂に、交換することができたが、海の道具で1尾も釣れず、釣針を海中に失った。 火照(ホデリ)命(兄)(天神) 火遠理(ホヲリ)命(弟)に、各々の道具を返そう、と言った。 火遠理(ホヲリ)命(弟)(天神) 火照(ホデリ)命(兄)の釣針を海中に失った、と答えたが、その釣針の返却を強く 求められたので、自分の十拳剣(トツカツルギ)を潰し、1,500の釣針を作り、償った。 火照(ホデリ)命(兄)(天神) その釣針を受け取らず、元の釣針を返して欲しい、と言った。 ★上記兄弟は同い年なので、火遠理(ホヲリ)命(弟)には、兄の道具を使いたい、と言 う幼さ、火照(ホデリ)命(兄)には、弟の代物弁済を受け入れない、未熟さがある。 |
| ②火遠理命(山佐知毘古)が、綿津見神を訪問 | 塩椎(シオツチ)神(天神) 悲しんで海辺にいた火遠理(ホヲリ)命に、どうして泣き悲しんでいるか、と尋ねた。 火遠理(ホヲリ)命(天神) 火照(ホデリ)命(兄)の釣針を失ってしまい、火照(ホデリ)命(兄)には、多くの釣針 で償っても、元の釣針を返すよう求められるので、泣き悲しんでいる、と答えた。 塩椎(シオツチ)神(天神) 竹を編んで小船を作り、その船に火遠理(ホヲリ)命を乗せ、潮の流れに乗り、 進んで行くと、魚鱗のように作った綿津見(ワタツミ)神(国神)の宮殿が在る。 宮殿の門に着き、泉の上にある湯津香木(ユツカツラキ)(神聖な桂木)の上に居れば、 綿津見(ワタツミ)神(国神)の娘が、火遠理(ホヲリ)命を取計らってくれる、と教えた。 ★海神の綿津見(ワタツミ)神の宮殿に至るルート 対馬(ツシマ)へ渡る海路で、都(筑紫国早良)⇒(玄界灘)⇒壱岐(イキ)⇒対馬(ツシマ)。 ★海神の綿津見(ワタツミ)神は、伊耶那岐(イヤナキ)命が、山陽(瀬戸内海)に選任した海 神の大綿津見(オホワタツミ)神の子孫であるが、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、治めなか った海原(日本海・対馬)を、代りに治めていた。 |
火遠理(ホヲリ)命(天神) 塩椎(シオツチ)神(天神)に教わった通り、泉の上にある桂木に登り、綿津見(ワタツミ)神 の娘、豊玉毘売(トヨタマビメ)命の召使いが、水を汲もうとしたのを見て、水を求めた。 器に汲まれた水を飲まず、首に巻いた玉を口に含んで、その器に吐き入れた。 ⇒玉は器に付着⇒召使いは、そのまま、その器を豊玉毘売(トヨタマビメ)命に奉った。 豊玉毘売(トヨタマビメ)命の召使い 泉の上にある桂木の上に立派な男人が居て、水を求めるので奉げると、その人は、 水を飲まず、器に玉を吐き入れ、その玉が器に付いたまま、にして来た、と答えた。 豊玉毘売(トヨタマビメ)命 不思議に思い、出て見て、父の綿津見(ワタツミ)神に、門に立派な人が居る、と言った。 綿津見(ワタツミ)神(国神) この人は、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命(天神)の御子、火遠理(ホヲリ)命、と言って、 連れて入り、敷物の上に座らせ、膳付きの御馳走をし、娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)命 を与えた⇒火遠理(ホヲリ)命(天神)は、3年(2倍数)、その国(海原)に住んだ。 |
火遠理(ホヲリ)命(天神) 最初のことを思い出して、大きな溜息をついた。 豊玉毘売(トヨタマビメ)命 その溜息を聞き、父の綿津見(ワタツミ)大神に、火遠理(ホヲリ)命は、3年(2倍数)居て、 溜息をつくことが無いのに、今夜の大きな溜息には、訳があるのかも、と言った。 綿津見(ワタツミ)大神(国神) 娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)命が言ったとして、火遠理(ホヲリ)命に来訪の訳を尋ねた。 火遠理(ホヲリ)命(天神) 兄(火照命)の釣針を失って、兄に咎められた様を、綿津見(ワタツミ)大神に語った。 |
綿津見(ワタツミ)大神(国神) 大小の魚をすべて集めて、この釣針を取った魚がいるか、と尋ねた。 魚一同 この頃、赤鯛が、喉に何か刺さり、物を食べることができない、と悩んでいたので、 きっと、赤鯛が、その釣針を取ったのであろう、と言った。 綿津見(ワタツミ)大神(国神) 赤鯛の喉を調べてみると、釣針があり、洗い清めて火遠理(ホヲリ)命に奉げた時、 この釣針を貴方の兄に返す時には、この釣針は不幸を招く、と言って、後ろ向きに 渡せ、貴方の兄が、高地・低地に田を作れば、貴方は反対に、低地・高地に田を作れ、 自分は、水を支配しているから、貴方の兄は、3年(2倍数)貧しいであろう。 貴方の兄が、それを恨んで、攻めてきたなら、塩満珠(シオミツタマ)を出して、溺れさせ、 真剣に許しを乞うたなら、塩乾珠(シオヒルタマ)を出して、生かしてやれ、と教えて、 塩満珠(シオミツタマ)と塩乾珠(シオヒルタマ)の合計2個を、火遠理(ホヲリ)命に授けた。 ★天族の日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命が、山神の大山津見(オホヤマツミ)神の娘に、産ま せた子の火遠理(ホヲリ)命が、今度は、海神の綿津見(ワタツミ)大神を味方に付けた。 |
綿津見(ワタツミ)大神(国神) 鰐鮫を集めて、日子番能迩迩芸(ヒコホノニニギ)命の御子の火遠理(ホヲリ)命が、上の国 (筑紫国早良)へ発とうとしているが、誰か幾日で送ることができるか、と尋ねた。 一尋(ヒトヒロ)(6尺)の鰐鮫 1日で、火遠理(ホヲリ)命を送って来よう、と言った。 綿津見(ワタツミ)大神(国神) 一尋(ヒトヒロ)(6尺)鰐鮫が送り、海を渡る時に、火遠理(ホヲリ)命に少しも恐い思いを させてはならない、と告げ、その鰐鮫の首に火遠理(ホヲリ)命を乗せて、送り出した。 火遠理(ホヲリ)命(天神) 1日の内に火遠理(ホヲリ)命を送った鰐鮫が、帰ろうとする時、鰐鮫の首に自分の縄 小刀を付けて帰した⇒その一尋(ヒトヒロ)(6尺)鰐鮫を鉏持(サヒモチ)神(国神)という。 |
| ③火遠理命(弟)が、火照命(兄)を服従させる | 火遠理(ホヲリ)命(弟)(天神) 綿津見(ワタツミ)大神(国神)の教えのように、火照(ホデリ)命(兄)に釣針を渡した。 ⇒以来、火照(ホデリ)命(兄)は、益々貧しく、荒々しい心を起こして、迫って来た。 火照(ホデリ)命(兄)を攻める時は、塩満珠(シオミツタマ)を出して溺れさせ、 火照(ホデリ)命(兄)が、助けを求めてきたら、塩乾珠(シオヒルタマ)を出して救った。 火照(ホデリ)命(兄)(天神) 頭を下げて、今後は、火遠理(ホヲリ)命(弟)の近衛兵として仕えよう、と言った。 ⇒今でも、火照(ホデリ)命(兄)の子孫は、その溺れた時の仕草を絶やさずにいる。 |
| ④火遠理命の御子、鵜草葺不合命の誕生 | 豊玉毘売(トヨタマビメ)命 天神(アメカミ)(火遠理命)の御子を身籠ったので、海原(日本海・対馬)で産むべきで はないと思い、火遠理(ホヲリ)命(天神)の居る所(新都=竺紫日向)(筑紫国早良)の 海辺の渚にやって来て、鵜(ウ)羽を葺草(カヤ)にして、産屋を造った。 その産屋が未だ葺き終わらないのに、子が産まれそうになったので、産屋に入り、 出身国(海原)の姿で産むので、見ないでほしい、と火遠理(ホヲリ)命に言った。 ★出身国(海原)の姿で産むことは、天族の火遠理(ホヲリ)命が、知らない海原の習俗。 |
火遠理(ホヲリ)命(天神) 不思議なことを言うものだ、と思い、密かに覗くと、豊玉毘売(トヨタマビメ)命が、 八尋(ヤヒロ)(48尺)鰐鮫になり、のたうち回っていたので、驚き、逃げて行った。 豊玉毘売(トヨタマビメ)命 覗き見られ、恥ずかしくて、御子の天津日高日子波限建鵜草葺不合(アメツヒタカヒコ ナギサタケウカヤフキアヘズ)命(天神)を産み置き、海原(日本海・対馬)に帰って行った。 |
先妻の豊玉毘売(トヨタマビメ)命 火遠理(ホヲリ)命に覗き見られたことを恨んだが、恋心に耐えられず、御子の鵜草葺 不合(ウカヤフキアヘズ)命(天神)の乳母として、妹の玉依毘売(タマヨリビメ)を添え、歌った。 【赤玉は、その緒まで惹かれるが、白玉でも、貴方の姿は貴かった】 火遠理(ホヲリ)命(天神) 先妻の豊玉毘売(トヨタマビメ)命の歌に答えて、歌った。 【沖の鳥、鴨が寄りつく島で、共寝をした妻を忘れはしない、私が生きている限り】 |
| ⑤鵜草葺不合命の御子 (火遠理命の孫) | 火遠理(ホヲリ)命(天神) 高千穂(タカチホ)宮(筑紫国高祖山)で、御年:580歳(10倍数)⇒死去。 御陵:高千穂(タカチホ)山(筑紫国高祖山)の西。 鵜草葺不合(ウカヤフキアヘズ)命(天神)(火遠理命と豊玉毘売命との子)【御子:4人】 ◆正室、乳母の玉依毘売(タマヨリビメ)命(豊玉毘売命の妹)を娶り、生んだ御子 4人。 1.五瀬(イツセ)命 4.若御毛沼(ワカミケヌ)命と共に、東方の国(畿内)に行く。 2.稲氷(イナヒ)命 母(玉依毘売命)の国の海原(日本海・対馬)に行った。 3.御毛沼(ミケヌ)命 海を渡って、常世(トコヨ)国(四国)に行った。 4.若御毛沼(ワカミケヌ)命 亦の名:豊御毛沼(トヨミケヌ)命 亦の名:神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(神武天皇) |
5.3 「古事記」 中巻 (神人世) 【第1代 神武天皇~第15代 応神天皇】 5.3.1 第1代 神武天皇 神倭伊波礼毘古命
| ①五瀬命(兄)と共に東征 (筑紫⇒豊⇒安芸⇒吉備⇒) | 五瀬(イツセ)命(兄)・神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(弟) 高千穂(タカチホ)宮(筑紫国高祖山)で、2人が相談し、 どこに居れば天下を治めることができるか、東に行こう、と言って、 竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)から、筑紫(ツクシ)国を発ち、陸路で、豊(トヨ)国 宇沙(ウサ)の国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)に会いに行った。 国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ) 足一騰(アシヒトアガリ)宮(豊国宇佐)を作って、 五瀬(イツセ)命(兄)・神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(弟)に、御馳走を献上した。 五瀬(イツセ)命(兄)・神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(弟) 一旦、豊(トヨ)国⇒竺紫之岡田(チクシノオカタ)宮(筑紫国遠賀)に戻り、1年(2倍数)、 筑紫(ツクシ)国⇒安芸(アキ)多祁理(タギリ)宮(安芸国安芸)に行き、7年(2倍数)、 安芸(アキ)国⇒吉備之高島(キビノタカシマ)宮(吉備国児島)に行き、8年(2倍数)、 吉備(キビ)国⇒速吸門(ハヤスイト)(播磨国明石海峡)に行くと、亀の背に乗って釣り をしながら来る人に出会い、誰かと尋ねると、その人は国神と答え、潮道を知って いるか、仕えるかと尋ねると、その人は、知っている、仕えようと答えた。 棹をさし渡して、その人を御船に引き入れ、槁根津日子(サオネツヒコ)と、名付けた。 ⇒大和国造(ヤマトクニミヤツコ) の祖先。 ★五瀬(イツセ)命(兄)を将軍、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(弟)を副将軍とする 近衛軍を率い、竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)から陸路で、豊(トヨ)国宇沙(ウサ)の 国人、宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)に、会いに行ってから、竺紫之岡田 (チクシノオカタ)宮(筑紫国遠賀)(1年)(2倍数)に戻り、水軍(久米兵士)を編成して、 筑紫(ツクシ)国から出発し、瀬戸内海を、東に水行遍歴した。 安芸(アキ)国(7年)(2倍数)⇒吉備(キビ)国(8年)(2倍数) ⇒播磨(ハリマ)国(速吸門=明石海峡)。 |
| ②五瀬命(兄)の敗戦・死去 (速吸門⇒日下⇒紀伊) | 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命(弟)・五瀬(イツセ)命(兄) 播磨(ハリマ)国⇒浪速之渡(ナミハヤノワタリ)(摂津国西生)を経て水行し、 白肩津(シラカタツ)(河内国河内湾)に停泊した。 ⇒登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)が、軍勢で待ち構えていて、戦闘になった。 楯を持って降りたので、その地を楯津(タテツ)、今は、日下之蓼津(クサカノタデツ)という。 五瀬(イツセ)命(兄) 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)と戦った時、手に毒矢を受けてしまった。 日に向かう戦いでは、痛手を被るから、迂回して、日を背にして戦おう、と語った。 南方(ミナミカタ)(摂津国南方)から、転回して、血沼(チヌ)海(和泉国茅渟海)に来て、 手の血を洗ったので、血沼(チヌ)海という。 そこから転回し、紀(キ)国男之水門(ヲノミナト)(雄湊)(紀伊国海部)で、雄叫び、死去。 御陵:紀(キ)国の竃(カマ)山(紀伊国名草)。 ★水軍(久米兵士)の陸戦に弱いところが、初戦で露呈。 |
| ③熊野で苦戦の神倭伊波礼毘古命を救援 | 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 紀(キ)国竃(カマ)山(紀伊国名草)⇒熊野(クマノ)村(紀伊国那賀高倉山)に着くと、 大熊が、幽かに出没した⇒突然、気を失い、兵士達も、気を失って、倒れた。 熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ) 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命の倒れている所に、横刀(タチ)1振りを献上した。 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 正気を取り戻し、横刀(タチ)を受け取ると、熊野(クマノ)山(紀伊国那賀高倉山)の荒 ぶる国神を切り倒した⇒気を失って倒れていた兵士も、正気を取り戻した。 ★陸戦に弱い水軍(久米兵士)が、熊野でも苦戦。⇒救援物資(武器等)の兵站が到着。 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ)に、横刀(タチ)入手の訳を尋ねた。 熊野(クマノ)(紀伊国那賀高倉山)の高倉下(タカクラジ) 夢で、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅵ)・高木(タカキ)神(高御産巣日神Ⅵ)が、 建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神を呼び寄せ、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命達を救 援するために、葦原中(アシハラナカ)国(出雲)を従わせた建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神が、 降る可き、と語った。 夢で、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神は、自分が降らずとも、葦原中(アシハラナカ)国(出雲) を平定した横刀(タチ)を降す可き、と言い、横刀(タチ)を降すには、高倉下(タカクラジ) の倉の棟に開けた穴から落とすから、高倉下(タカクラジ)が、天神(アメカミ)御子に献上 せよ、と言ったので、朝、倉を見ると、本当に、この横刀(タチ)があった、と答えた。 横刀(タチ)名は、佐士布都(サジフツ)神、亦の名:甕布都(ミカフツ)神、布都御魂(フツミタマ)。 「布都」 は、建御雷之男(タケミカヅチノヲ)神の亦の名(「建布都」・「豊布都」)に由来。 ⇒その横刀(タチ)は、今、石上(イソノカミ)神宮(大和国山辺石上)に在る。 |
| ④八咫烏の先導で進軍 (熊野⇒吉野⇒宇陀) | 高木(タカキ)大神(高御産巣日神Ⅴ) 奥熊野(クマノ)には荒ぶる国神が多いので、都から八咫烏(ヤタカラス)(斥候)を派遣し、 奥熊野(クマノ)を避け、天神(アメカミ)御子(神倭伊波礼毘古命)を先導する、と伝えた。 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 八咫烏(ヤタカラス)(斥候)の後に付いて、吉野(ヨシノ)川の川下(大和国宇智阿陀)に着 いた時、国神の贄特之子(ニヘノミノコ)(漁師)が、居た⇒阿陀之鵜飼(アダノウカヒ) の祖先。 宇智阿陀(ウチアダ)から更に行くと、尻尾の生えた(尻尾付き毛皮の)国神の井氷鹿 (イヒカ)が、光る泉(大和国吉野賀美井光)から出て来た⇒吉野首(ヨシノオビト) の祖先。 先の山(大和国吉野国栖)に入ると、尻尾の生えた(尻尾付き毛皮の)国神の石押分 之子(イハオシワクノコ)が、大岩を下って出て来た⇒吉野国栖(ヨシノクズ) の祖先。 吉野国栖(ヨシノクズ)からは、山中を通り、宇陀(ウダ)(大和国宇陀)に越えて行った ので、宇陀之穿(ウダノウガチ)という。 ★都から派遣された八咫烏(ヤタカラス)は、天神(アメカミ)御子(神倭伊波礼毘古命)軍を奥 熊野(クマノ)を避けて先導し、吉野(ヨシノ)川の川下に出る吉野(ヨシノ)ルートを採った。 |
| ⑤久米歌で進撃・大和国平定 (宇陀⇒忍坂⇒畝傍) | 八咫烏(ヤタカラス)(斥候⇒使者) 宇陀(ウダ)(大和国宇陀)に居た兄宇迦斯(エウカシ)・弟宇迦斯(オトウカシ)の兄弟に、 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命に仕えるか、と尋ねた。 兄宇迦斯(エウカシ) 八咫烏(ヤタカラス)(使者)を待ち受け、鏑矢(カブラヤ)で射殺。 その鏑矢(カブラヤ)の落ちた地を、訶夫羅前(カブラサキ)(大和国宇陀)という。 |
兄宇迦斯(エウカシ) 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命を迎え撃とうとしたが、兵士を集められなか ったので、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命には、仕える、と偽りを言っておき、 大きな御殿を作り、中に罠を仕掛けて、待っていた。 弟宇迦斯(オトウカシ)(⇒宇陀(ウダ)・水取(モヒトリ) の祖先) 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命に面会し、 兄宇迦斯(エウカシ)が、八咫烏(ヤタカラス)(使者)を射殺し、御殿の中に罠を仕掛けて、 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命を殺そうとしている、と言った。 道臣(ミチオミ)命(⇒大伴連(オホトモムラジ) の祖先) ・大久米(オホクメ)命(⇒久米直(クメアタヘ) の祖先) 兄宇迦斯(エウカシ)を呼び寄せ、作った御殿の中に先ず入って説明せよ、と言って、 横刀(タチ)の柄(ツカ)を握り、矛(ホコ)・弓矢を構えて、御殿の中に兄宇迦斯(エウカシ) を追い込むと、自ら仕掛けた罠に打たれて死去⇒御殿から引き出して、斬った。 ⇒その地を宇陀之血原(ウダノチハラ)(大和国宇陀)という。 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 弟宇迦斯(オトウカシ)が献上した御馳走は、すべて、兵士達に与え、歌った。 【宇陀の代掻き田に、鴫罠張って、我は待ったが、鴫は掛からず、鯨が掛かる、 (宇陀で、神倭伊波礼毘古命に仕掛けた罠に、兄宇迦斯が掛かる) その肴、古妻が欲しがりゃ、実の無い所を取ってやれ、 その肴、新妻が欲しがりゃ、実の多い所を取ってやれ、 え~しゃ、こ~しゃ、景気良く、あ~しゃ、こ~しゃ、笑い者】 ★神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が味方に付けた在地勢力(国神)は、次の通り。 ①熊野(クマノ)(紀伊国)の高倉下(タカクラジ) ②吉野(ヨシノ)(大和国)の贄特之子(ニヘノミノコ)・井氷鹿(イヒカ)・石押分之子(イハオシワクノコ) ③宇陀(ウダ)(大和国)の弟宇迦斯(オトウカシ) |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 宇陀(ウダ)(大和国宇陀)⇒忍坂大室(オサカオホムロ)(大和国城上忍坂)に着いた時、 室(ムロ)で待ち構える尻尾を付けた(尻尾付き毛皮の)土蜘蛛(ツチグモ)(土豪)の各 八十建(ヤソタケル)(多くの族長)に、御馳走を出すよう、各々に八十膳夫(ヤソカシハデ) (多くの料理人)の兵士を付け、刀を隠し持たせ、歌を合図に、各八十建(ヤソタケル)を 一斉に斬れ、と命じた。 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士 歌を合図に、一斉に刀を抜いて、各担当の土蜘蛛(ツチグモ)(土豪)を討ち殺した。 【忍坂の大室に、どんなに多勢が居ても、元気満々の久米兵士が、敵を討ってやる】 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)を討つ時に、歌った。 【元気満々の久米兵士達の粟畑には韮1本、その蒲・芽と一緒に、敵を撃ってやる】 【久米兵士達が、垣本に植えた山椒の辛さを忘れずに、敵を撃ってやる】 【暴風の伊瀬の海(響灘)の石に這う小巻貝のように、這い回り、敵を撃ってやる】 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命軍の兵士 兄師木(エシキ)・弟師木(オトシキ)を討つ時、歌った。 【伊那佐山(大和国宇陀)を防戦しつつ行って腹が減った、鵜飼部よ、助けに来い】 ★「伊那佐」 は、出雲(イヅモ)国、伊那佐之小浜(イナサノヲハマ)(稲佐の浜)に由来。 =出雲(イヅモ)国の大国主(オホクニヌシ)命の勢力が、大和(ヤマト)国に及んだ頃の名残り。 |
迩芸速日(ニギハヤヒ)命 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が居る、と聞いて、追いかけて来た、と言って、 天族の印を献上して、仕えた。 登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)の妹、登美夜毘売(トミヤビメ)を娶り、生んだ子 は、宇麻志麻遅(ウマシマヂ)命⇒物部(モノベ)連・穂積(ホヅミ)臣・婇(ウネ)臣 の祖先。 ★迩芸速日(ニギハヤヒ)命は、葦原中(アシハラナカ)国平定(第1次)で派遣されたものの、 復命しなかった天之菩卑(アメノホヒ)神の子孫。 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 上記のように平定し、畝傍之橿原(ウネビノカシハラ)宮(大和国高市)で、天下を治めた。 |
| ⑥神倭伊波礼毘古命の子孫 | 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命【御子:計5人(皇子5)】 ◆竺紫日向(チクシヒナタ)(筑紫国早良)の阿多(アタ)小椅(ヲバシ)君の妹、 正室、阿比良比売(アヒラヒメ)との子 2人。 1.当芸志美美(タギシミミ)命 2.岐須美美(キスミミ)命 ★上記平定後、上記妻子を、畝傍之橿原(ウネビノカシハラ)宮(大和国高市)に連れて来た。 大久米(オホクメ)命 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命が、阿比良比売(アヒラヒメ)以外に、皇后にする美 人を求めたので、神御子という乙女を紹介し、神御子の訳を、次のように言った。 三島湟咋(ミシマミゾクヒ)の娘の勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)は、容姿が美しいため、 三輪の大物主(オホモノヌシ)神(大年神)が、一目惚れし、丹塗りの矢に化けて、 厠の溝から、大便をしようとしているその美人の陰部を突くと、 その美人は、驚いて慌て、その矢を持って床の傍に置くと、矢は立派な男に戻り、 その大物主(オホモノヌシ)神(大年神)が、その勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)を娶り、 美しい乙女=神御子を生んだ。 名を、冨登多多良伊須須岐比売(ホトタタライススキヒメ)命というが、「冨登(ホト)」 を嫌い、 後に、名を改めて、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)という。 |
大久米(オホクメ)命 高佐士野(タカサジノ)(大和国山辺)の7人の乙女の野遊びに居た、比売多多良伊須気 余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)を見て、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇に、歌った。 【大和(ヤマト)の高佐士野(タカサジノ)を、7人で行く乙女達の、誰を妻にしますか】 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 先頭に居た、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)に心を留め、歌った。 【早く、先頭の年上の乙女を、妻にしよう】 |
比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ) 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇の命令で、大久米(オホクメ)命に語りかけられ、 その大久米(オホクメ)命の鋭い目を見て、不思議に思って、歌った。 【鶺鴒(セキレイ)・千鳥(チドリ)・鵐(ホオジロ)のように、何故、鋭い目にしているのか】 大久米(オホクメ)命 上記歌に答えて、歌った。 【乙女に、直に会いたいと思い、私は、鋭い目にしている】 比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ) 自分は、神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇に仕えるつもり、と言った。 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)命 狭井(サイ)川(大和国三輪川)の川上の比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ) の家に行き、一夜寝た。 サイ川というのは、川の傍に、多くの山百合草(元の名はサイ)が生えていたから。 比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)が、宮中に参内した時に、歌った。 【葦原の汚い小屋に、菅畳を、とても清らかに敷いて、私達は、2人寝した】 ◆皇后、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.日子八井(ヒコヤイ)命⇒茨田連(ウマラタムラジ)、手島連(テシマムラジ) の祖先。 2.神八井耳(カムヤイミミ)命⇒意冨臣(オホオミ)、小子部連(チヒサコベムラジ)、 坂井部連(サカヒベムラジ)、火(ホ)君、大分(オホキダ)君、 阿蘇(アソ)君、筑紫三家連(ツクシミヤケムラジ)、 雀部臣(サザキベオミ)、雀部造(サザキベミヤツコ)、 小長谷造(ヲハセミヤツコ)、都祁直(ツケアタヘ)、 伊予国造(イヨクニミヤツコ)、信濃国造(シナノクニミヤツコ)、 陸奥磐城国造(ミチノクイハキクニミヤツコ)、 常陸仲国造(ヒタチナカクニミヤツコ)、長狭国造(ナガサクニミヤツコ)、 伊勢舟木直(イセフナキアタヘ)、尾張丹波臣(ヲハリニハオミ)、 島田臣(シマタオミ) の祖先。 3.神沼河耳(カムヌナカハミミ)命⇒天下を治める(第2代 綏靖天皇)。 |
当芸志美美(タギシミミ)命(神倭伊波礼毘古天皇と正室の阿比良比売との子) 神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇の死後、上皇后の比売多多良伊須気余理比売 (ヒメタタライスケヨリヒメ)を娶り、上皇后の御子3人を殺そう、と謀っていた。 上皇后、比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)(神倭伊波礼毘古天皇皇后) 当芸志美美(タギシミミ)命の陰謀を憂い苦しみ、自分の御子達に、歌って知らせた。 【狭井川(比売多多良伊須気余理比売の御子達)よ、畝傍山(当芸志美美)が、 風(兵)を出そうとしている】 【畝傍山(当芸志美美)は、夕方になれば、風(兵)を出すぞ】 |
神沼河耳(カムヌナカハミミ)命(弟) 比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)の御子は、上記歌で、陰謀を知って、 神八井耳(カムヤイミミ)命(兄)に、当芸志美美(タギシミミ)を殺せ、と言ったが、 神八井耳(カムヤイミミ)命(兄)は、手足が震え、殺せなかったので、神八井耳(カムヤイミミ) 命(兄)が持っていた武器をもらい受け、当芸志美美(タギシミミ)を殺した。 ⇒その御名を讃え、建沼河耳(タケヌナカハミミ)命という。 神八井耳(カムヤイミミ)命(兄) 神沼河耳(カムヌナカハミミ)命(弟)に天皇位を譲り、神職として仕える、と言った。 |
神倭伊波礼毘古(カムヤマトイハレビコ)天皇 (第1代 神武天皇) 御年:137歳(2倍数)⇒死去。 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の北方の橿尾(カシヲ)辺り。 |
5.3.2 第2代 綏靖天皇 神沼河耳命
| ①神沼河耳命の子孫 | 神沼河耳(カムヌナカハミミ)命【御子:計1人(皇子1)】 葛城高岡(カツラギタカオカ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。 ◆磯城県主(シキアガタヌシ) の祖先、 正室、河俣毘売(カハマタビメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)命⇒天下を治める(第3代 安寧天皇)。 |
神沼河耳(カムヌナカハミミ)天皇 (第2代 綏靖天皇) 御年:45歳(2倍数)⇒死去。 御陵:衝田崗(ツキタオカ)(大和国高市)。 |
5.3.3 第3代 安寧天皇 師木津日子玉手見命
| ①師木津日子玉手見命の子孫 | 師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)命【御子:計3人(皇子2、皇女1)】 片塩浮穴(カタシオウキアナ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。 ◆河俣毘売(カハマタビメ)の兄、県主(アガタヌシ)波延(ハエ)の娘、 正室、阿久斗比売(アクトヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.常根津日子伊呂泥(トコネツヒコイロネ)命 2.大倭日子鉏友(オホヤマトヒコスキトモ)命⇒天下を治める(第4代 懿徳天皇)。 3.師木津日子(シキツヒコ)命 上記師木津日子(シキツヒコ)命【子:2人】 1.孫(ウマゴ)⇒伊賀須知(イガスチ)・那婆理(ナバリ)・美濃(ミノ)の稲置(イナキ) の祖先。 2.和知都美(ワチツミ)命=淡路之御井(アハヂノミイ)宮に居て、娘 2人。 1.蠅伊呂泥(ハヘイロネ)、亦の名:意冨夜麻登久迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命 2.蠅伊呂抒(ハヘイロド) |
師木津日子玉手見(シキツヒコタマテミ)天皇 (第3代 安寧天皇) 御年:49歳(2倍数)⇒死去。 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の陰。 |
5.3.4 第4代 懿徳天皇 大倭日子鉏友命
| ①大倭日子鉏友命の子孫 | 大倭日子鉏友(オホヤマトネコスキトモ)命【御子:計2人(皇子2)】 軽之境岡(カルノサカヒオカ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。 ◆師木県主(シキアガタヌシ) の祖先、 正室、賦登麻和訶比売(フトマワカヒメ)命、 亦の名:飯日比売(イヒヒヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。 1.御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)命⇒天下を治める(第5代 孝昭天皇)。 2.多芸志比古(タギシヒコ)命⇒茅渟(チヌ)の別(ワケ)、但馬(タジマ)の竹別(タケワケ)、 葦井(アシイ)の稲置(イナキ) の祖先。 |
大倭日子鉏友(オホヤマトネコスキトモ)天皇 (第4代 懿徳天皇) 御年:45歳(2倍数)⇒死去。 御陵:畝傍(ウネビ)山(大和国高市)の真名子(マナコ)谷辺り。 |
5.3.5 第5代 孝昭天皇 御真津日子訶恵志泥命
| ①御真津日子訶恵志泥命の子孫 | 御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)命【御子:計2人(皇子2)】 葛城掖上(カツラギワキガミ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。 ◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、奥津余曽(オキツヨソ)の妹、 正室、余曽多本毘売(ヨソタホビメ)を娶り、生んだ御子 2人。 1.天押帯日子(アメオシタラシヒコ)命⇒春日臣(カスガオミ)、大宅臣(オホヤケオミ)、 粟田臣(アハタオミ)、小野臣(ヲノオミ)、柿本臣(カキモトオミ)、 壱比韋臣(イチヒイオミ)、大坂臣(オホサカオミ)、 阿那臣(アナオミ)、多紀臣(タキオミ)、羽栗臣(ハクリオミ)、 知多臣(チタオミ)、牟耶臣(ムヤオミ)、壱師(イチシ)君、 都怒山臣(ツノヤマオミ)、伊勢飯高(イセイヒタカ)君、 近淡海国造(チカツアフミクニミヤツコ) の祖先。 2.大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)命⇒天下を治める(第6代 孝安天皇)。 |
御真津日子訶恵志泥(ミマツヒコカエシネ)天皇 (第5代 孝昭天皇) 御年:93歳(2倍数)⇒死去。 御陵:掖上博多(ワキガミハカタ)山(大和国葛城)辺り。 |
5.3.6 第6代 孝安天皇 大倭帯日子国押人命
| ①大倭帯日子国押人命の子孫 | 大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)命【御子:計2人(皇子2)】 葛城室之秋津島(カツラギムロノアキツシマ)宮(大和国葛城)に居て、天下を治めた。 ◆正室、姪の忍鹿比売(オシカヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。 1.大吉備諸進(オホキビモロススミ)命 2.大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命⇒天下を治める(第7代 孝霊天皇)。 |
大倭帯日子国押人(オホヤマトタラシヒコクニオシヒト)天皇 (第6代 孝安天皇) 御年:123歳(2倍数)⇒死去。 御陵:玉手岡(タマテオカ)(大和国葛城)辺り。 |
5.3.7 第7代 孝霊天皇 大倭根子日子賦斗迩命
| ①大倭根子日子賦斗迩命の子孫 | 大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命【御子:計8人(皇子5、皇女3)】 黒田廬戸(クロタイオト)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。 ◆十市県主(トイチアガタヌシ) の祖先、大目(オホメ)の娘、 正室、細比売(ホソヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命⇒天下を治める(第8代 孝元天皇)。 ◆側室、春日(カスガ)の千千速真若比売(チチハヤマワカヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.千千速比売(チチハヤヒメ) ◆側室、意冨夜麻登玖迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。 1.夜麻登登母母曽毘売(ヤマトトモモソビメ)命 2.日子刺肩別(ヒコサシカタワケ)命⇒越之利波臣(コシノトナミオミ)、国前臣(クニサキオミ)、 五百原(イホハラ)君、角鹿海直(ツヌガアマアタヘ) の祖先。 3.比古伊佐勢理毘古(ヒコイサセリビコ)命 亦の名:大吉備津日子(オホキビツヒコ)命⇒吉備上道臣(キビカミミチオミ) の祖先。 4.倭飛羽矢若屋比売(ヤマトトビハヤワカヤヒメ) ◆意冨夜麻登玖迩阿礼比売(オホヤマトクニアレヒメ)命の妹、 側室、蠅伊呂抒(ハヘイロド)を娶り、生んだ御子 2人。 1.日子寤間(ヒコサメマ)命⇒播磨牛鹿臣(ハリマウシカオミ) の祖先。 2.若日子建吉備津日子(ワカヒコタケキビツヒコ)命 ⇒吉備下道臣(キビシモミチオミ)、笠臣(カサオミ) の祖先。 上記大吉備津日子(オホキビツヒコ)命・若日子建吉備津日子(ワカヒコタケキビツヒコ)命 播磨(ハリマ)国を入口として、吉備(キビ)国を従わせ、平定した。 |
大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)天皇 (第7代 孝霊天皇) 御年:106歳(2倍数)⇒死去。 御陵:片岡馬(カタオカマ)坂(大和国葛城)辺り。 |
5.3.8 第8代 孝元天皇 大倭根子日子国玖琉命
| ①大倭根子日子国玖琉命の子孫 | 大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命【御子:計5人(皇子5)】 軽之境原(カルノサカヒハラ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。 ◆穂積臣(ホツミオミ) の祖先、内色許男(ウチシコヲ)命の妹、 正室、内色許売(ウチシコメ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.大毘古(オホビコ)命 2.少名日子建猪心(スクナヒコタケイココロ)命 3.若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)命⇒天下を治める(第9代 開化天皇)。 ◆内色許男(ウチシコヲ)命の娘、 側室、伊迦賀色許売(イカガシコメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.比古布都押之信(ヒコフツオシノマコト)命 ◆河内青玉(カハチアヲタマ)の娘、 側室、波迩夜須毘売(ハニヤスビメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.建波迩夜須毘古(タケハニヤスビコ)命 上記大毘古(オホビコ)命【子:2人】 1.建沼河別(タケヌナカハワケ)命⇒阿部臣(アベオミ) の祖先。 2.比古伊那許士別(ヒコイナコシワケ)命⇒膳臣(カシハデオミ) の祖先。 上記比古布都押之信(ヒコフツオシノマコト)命【子:2人】 ◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、意冨那毘(オホナビ)の妹、 正室、葛城(カツラギ)の高千那毘売(タカチナビメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.味師内宿祢(ウマシウチスクネ)⇒山背内臣(ヤマシロウチオミ) の祖先。 ◆木国造(キクニミヤツコ) の祖先、宇豆比古(ウヅヒコ)の妹、 側室、山下影日売(ヤマシモカゲヒメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.建内宿祢(タケウチスクネ) 上記建内宿祢(タケウチスクネ)【子:9人(男7、女2)】 1.波多八代宿祢(ハタヤシロスクネ)⇒波多臣(ハタオミ)、林臣(ハヤシオミ)、 波美臣(ハミオミ)、星川臣(ホシカハオミ)、 淡海臣(アフミオミ)、長谷部(ハセベ)君 の祖先。 2.許勢小柄宿祢(コセヲカラスクネ)⇒巨勢臣(コセオミ)、雀部臣(サザキベオミ)、 軽部臣(カルベオミ) の祖先。 3.蘇賀石河宿祢(ソガイシカハスクネ)⇒蘇我臣(ソガオミ)、川辺臣(カハヘオミ)、 田中臣(タナカオミ)、高向臣(タカムクオミ)、 小治田臣(ヲハリダオミ)、桜井臣(サクライオミ)、 岸田臣(キシタオミ) の祖先。 4.平群都久宿祢(ヘグリツクスクネ) ⇒平群臣(ヘグリオミ)、佐和良臣(サワラオミ)、 馬御杭連(ウマミクヒムラジ) の祖先。 5.木角宿祢(キツノスクネ)⇒木臣(キオミ)、都奴臣(ツヌオミ)、坂本臣(サカモトオミ) の祖先。 6.久米能摩伊刀比売(クメノマイトヒメ) 7.怒能伊呂比売(ノノイロヒメ) 8.葛城長江曽都毘古(カツラギナガエソツビコ)⇒玉手臣(タマテオミ)、的臣(イクハオミ)、生江臣 (イクエオミ)、阿芸那臣(アギナオミ) の祖先。 9.若子宿祢(ワクゴスクネ)⇒江野財臣(エノタカラオミ) の祖先。 |
大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)天皇 (第8代 孝元天皇) 御年:57歳(2倍数)⇒死去。 御陵:剣(ツルギ)池の中崗(ナカオカ)(大和国高市)辺り。 |
5.3.9 第9代 開化天皇 若倭根子日子大毘毘命
| ①若倭根子日子大毘毘命の子孫 | 若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)命【御子:計5人(皇子4、皇女1)】 春日之伊耶川(カスガノイヤカハ)宮(大和国添上春日)に居て、天下を治めた。 ◆丹波(タニハ)の大県主(オホアガタヌシ)、由碁理(ユゴリ)の娘、 正室、竹野比売(タケノヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.比古由牟須美(ヒコユムスミ)命 ◆側室、継母の伊迦賀色許売(イカガシコメ)命を娶り、生んだ御子 2人。 1.御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)命⇒天下を治める(第10代 崇神天皇)。 2.御真津比売(ミマツヒメ)命 ◆和迩臣(ワニオミ) の祖先、日子国意祁都(ヒコクニオケツ)命の妹、 側室、意祁都比売(オケツヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.日子坐(ヒコイマス)皇子 ◆葛城(カツラギ)の垂見宿祢(タルミスクネ)の娘、 側室、差羽比売(サシバヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.建豊波豆羅和気(タケトヨハヅラワケ)皇子⇒道守臣(チモリオミ)、 忍海部造(オシヌミベミヤツコ)、 御名部造(ミナベミヤツコ)、 因幡忍部(イナバオシベ)、 丹波之竹野別(タニハノタケノワケ)、 依網之阿毘古(ヨサミノアビコ) の祖先。 上記比古由牟須美(ヒコユムスミ)命【子:2人(その2人の娘は、5人)】 1.大筒木垂根(オホツツキタリネ)皇子 2.讃岐垂根(サヌキタリネ)皇子 上記日子坐(ヒコイマス)皇子【子:15人(皇子12、皇女3)】 ◆正室、山背(ヤマシロ)の荏名津比売(エナツヒメ)、 亦の名:苅幡戸弁(カリハタトベ)を娶り、生んだ子 3人。 1.大俣(オホマタ)皇子 2.小俣(ヲマタ)皇子⇒当麻勾(タイママガリ)君 の祖先。 3.志夫美宿祢(ジブミスクネ)皇子⇒佐佐(ササ)君 の祖先。 ◆春日建国勝戸売(カスガタケクニカツトメ)の娘、 側室、沙本(サホ)の大闇見戸売(オホクラミトメ)を娶り、生んだ子 4人。 1.沙本毘古(サホビコ)皇子⇒日下部連(クサカベムラジ)、甲斐国造(カヒクニミヤツコ) の祖先。 2.袁耶本(ヲヤホ)皇子⇒葛野之別(カヅノノワケ)、 近淡海蚊野之別(チカツアフミカノノワケ) の祖先。 3.沙本毘売(サホビメ)命、亦の名:佐波遅比売(サハヂヒメ) ⇒下記伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇(垂仁天皇)の皇后になった。 4.室毘古(ムロビコ)皇子⇒若狭之耳別(ワカサノミミワケ) の祖先。 ◆近淡海(チカツアフミ)(近江)国の御上祝(ミカミハフリ)の人が祀る天之御影(アメノミカゲ)神の 娘、側室、息長水依比売(オキナガミヅヨリヒメ)を娶り、生んだ子 5人。 1.丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子 2.水穂(ミヅホ)の真若(マワカ)皇子⇒近淡海之安直(チカツアフミノヤスアタヘ) の祖先。 3.神大根(カムオホネ)皇子、亦の名:八瓜入日子(ヤツメイリヒコ)皇子 ⇒美濃(ミノ)国の本巣国造(モトスクニミヤツコ)、長幡部連(ナガハタベムラジ) の祖先。 4.水穂(ミヅホ)五百依比売(イホヨリヒメ) 5.御井津比売(ミイツヒメ) ◆母(意祁都比売命)の妹、 側室、袁祁都比売(ヲケツヒメ)命を娶り、生んだ子 3人。 1.山背(ヤマシロ)の大筒木真若(オホツツキマワカ)皇子⇒吉備品遅(キビホムヂ)君、 播磨阿宗(ハリマアソ)君 の祖先。 2.比古意須(ヒコオス)皇子 3.伊理泥(イリネ)皇子 上記大俣(オホマタ)皇子【子:2人】 1.曙立(アケタツ)皇子⇒伊勢之品遅部(イセノホムヂベ)、 伊勢之佐那造(イセノサナミヤツコ) の祖先。 2.菟上(ウナカミ)皇子⇒比売陀(ヒメダ)君 の祖先。 上記丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子【子:4人】 ◆正室、丹波(タニハ)の川上の摩須郎女(マスイラツメ)を娶り、生んだ子 4人。 1.比婆須比売(ヒバスヒメ)命 2.真砥野比売(マトノヒメ)命 3.弟比売(オトヒメ)命 4.朝遅別(アサヂワケ)皇子⇒三河之穂別(ミカハノホワケ) の祖先。 上記山背(ヤマシロ)の大筒木真若(オホツツキマワカ)皇子【子:5人】 ◆同母(袁祁都比売命)の弟の上記伊理泥(イリネ)皇子の娘、 正室、丹波(タニハ)の阿治佐波毘売(アヂサハビメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.迦迩米雷(カニメイカヅチ)皇子 ◆丹波(タニハ)の遠津臣(トヲツオミ)の娘、 側室、高桟比売(タカキヒメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.息長宿祢(オキナガスクネ)皇子 ◆側室、葛城(カツラギ)の高額比売(タカヌカヒメ)を娶り、生んだ子 3人。 1.息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命 2.虚空津比売(ソラツヒメ)命 3.息長日子(オキナガヒコ)皇子 上記息長宿祢(オキナガスクネ)皇子【子:1人】 ◆正室、河俣稲依毘売(カハマタイナヨリビメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.大多牟坂(オホタムサカ)皇子⇒但馬国造(タヂマクニミヤツコ) の祖先。 |
若倭根子日子大毘毘(ワカヤマトネコヒコオホビビ)天皇 (第9代 開化天皇) 御年:63歳(2倍数)⇒死去。 御陵:伊耶(イヤ)川(大和国添上)の坂辺り。 |
5.3.10 第10代 崇神天皇 御真木入日子印恵命
| ①御真木入日子印恵命の御子と治世 | 御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)命【御子:計12人(皇子7、皇女5)】 磯城水垣(シキミヅカキ)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。 ◆木国造(キクニミヤツコ)の荒河刀弁(アラカハトベ)の娘、 正室、遠津年魚目目微比売(トホツアユメマクハシヒメ)を娶り、生んだ御子 2人。 1.豊木入日子(トヨキイリヒコ)命⇒上毛野(カミツケノ)君、下毛野(シモツケノ)君 の祖先。 2.豊鉏入日売(トヨスキイリヒメ)命⇒伊勢(イセ)大神(天照大御神)宮(伊勢神宮)を祀る。 ◆尾張連(ヲハリムラジ) の祖先、 側室、意冨阿麻比売(オホアマヒメ)を娶り、生んだ御子 4人。 1.大入杵(オホイリキ)命⇒能登臣(ノトオミ) の祖先。 2.八坂之入日子(ヤサカノイリヒコ)命 3.沼名木之入日売(ヌナキノイリヒメ)命 4.十市之入日売(トヲチノイリヒメ)命 ◆大毘古(オホビコ)命の娘、 側室、御真津比売(ミマツヒメ)命を娶り、生んだ御子 6人。 1.伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命⇒天下を治める(第11代 垂仁天皇)。 2.伊耶能真若(イヤノマワカ)命 3.国片比売(クニカタヒメ)命 4.千千都久和比売(チチツクワヒメ)命 5.伊賀比売(イガヒメ)命 6.倭日子(ヤマトヒコ)命⇒初めて、陵墓に人柱を立てた。 |
| ②意冨多多泥古、大物主大神の祟りを鎮める | 御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 疫病が大流行し、人民が死に絶えそうになり、憂いて、神託を受ける床に居る時、 夢の中に現れた大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)が、意冨多多泥古(オホタタネコ)という 者に、御諸(ミモロ)山(大和国城上大神三輪山)を祀らせば、疫病の祟りは鎮まる、 と言った。 意冨多多泥古(オホタタネコ)は、河内(カハチ)国の美努(ミノ)村(河内国若江)で見つかった。 意冨多多泥古(オホタタネコ)⇒神(ミワ)君、鴨(カモ)君 の祖先。 大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)が、陶津耳(スエツミミ)命の娘、活玉依毘売(イクタマヨリビメ) を娶り、生んだ子の櫛御方(クシミカタ)命の子、飯肩須見(イヒカタスミ)命の子、 建甕𣟧(タケミカヒシ)命の子で、意冨多多泥古(オホタタネコ)という、と言った。 |
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 大変喜び、天下は平穏になり、人民は栄えるであろう、と語った。 意冨多多泥古(オホタタネコ)命を神主とし、御諸(ミモロ)山(大和国城上大神三輪山)麓に、 天神地祇(アメカミクニカミ)を追祀して、大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)の祟りを鎮めた。 伊迦賀色許男(イカガシコヲ)命に、天之八十毘羅訶(アメノヤソビラカ)(多くの器)を作らせ、 宇陀墨坂(ウダスミサカ)神に、赤色の楯矛(タテホコ)を奉げ、大坂(オホサカ)神に、墨色の楯矛 (タテホコ)を奉げ、坂之御尾(サカノミヲ)神・河瀬(カハセ)神に、幣帛(ミテグラ)(供物)を奉げた。 ⇒死の気配が止み、国は平穏になった。 上記意冨多多泥古(オホタタネコ)を、神の子孫と知った訳は、次の通り。 上記活玉依毘売(イクタマヨリビメ)は、大変美しく、立派な姿の男と結婚して、身籠った。 活玉依毘売(イクタマヨリビメ)の父母、陶津耳(スエツミミ)命夫妻は、 娘が身籠った事を、夫がいないのにどういう訳か、と娘に尋ねると、娘は、 名前を知らない立派な男が、通って来て、共に住んでいる間に身籠った、と言った。 娘の父母は、男の素性を知ろうと、糸を通した針を男の着物に刺せ、と娘に教えた。 教え通りにすると、戸の鍵穴から出た麻糸は、翌朝、糸巻きに三輪(ミワ)残っていた。 活玉依毘売(イクタマヨリビメ)が、その糸を辿って行くと、美和(ミワ)山(三輪山)に至り、 神社で留まっていたので、その男は、その神社の祭神の子孫であることを知った。 ⇒麻糸の糸巻きに、三輪(ミワ)残っていたことから、その地を美和(ミワ)という。 ⇒三輪(ミワ)山(御諸山)麓の神社に、大物主(オホモノヌシ)大神(大年神)子孫が居る。 |
| ③大毘古命・建沼河別命による北東平定 | 御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 大毘古(オホビコ)命を、越(コシ)国(北陸道)に遣わし、大毘古(オホビコ)命の子の建沼河 別(タケヌナカハワケ)命を、東方12道(東海道・東山道方面)に遣わして、その方面を平定。 日子坐(ヒコイマス)皇子を丹波(タニハ)国に遣わし、玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)を討った。 山背(ヤマシロ)の乙女 越(コシ)国に下って行く大毘古(オホビコ)命に、幣羅(ヘラ)坂(山背国相楽)で歌った。 【御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇の命が、狙われていることを、知らないで】 |
大毘古(オホビコ)命 馬を取って返し、山背(ヤマシロ)の乙女が言った言葉は、どういう意味か、と尋ねると、 その乙女は、言ったのではなく歌っただけ、と答えて、姿を消してしまったので、 都(大和国城上)に戻り、御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に、このことを奏上。 御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 これは、山背(ヤマシロ)国に赴任した、あなたの異母兄の建波迩安(タケハニヤス)皇子が、 叛逆心を起こした印に違いない。 大毘古(オホビコ)命よ、軍勢を整え、建波迩安(タケハニヤス)皇子の討伐に向かえ、と答え て、和迩臣(ワニオミ) の祖先、日子国夫玖(ヒコクニブク)命を付けて、遣わした。 |
大毘古(オホビコ)命・日子国夫玖(ヒコクニブク)命 山背(ヤマシロ)の和訶羅(ワカラ)川(木津川)に来た時、敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子が、 軍勢を整え行く手を遮っていたので、川を挟んで対峙し、互いに戦を仕掛けた。 ⇒その地を伊杼美(イドミ)といい、今、伊豆美(イヅミ)という。 日子国夫玖(ヒコクニブク)命が、敵方に、そちらから合戦合図の矢を放て、と求めた。 敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子が射た矢は、命中しなかったが、 日子国夫玖(ヒコクニブク)命が射た矢は、敵方の建波迩安(タケハニヤス)皇子に命中して、 皇子が死んだので、建波迩安(タケハニヤス)皇子の軍勢は、総崩れとなった。 ⇒逃げる建波迩安(タケハニヤス)皇子軍が、久須婆(クスバ)の渡しに着いた時、皆、屎が 褲(ハカマ)に掛かったので、その地を屎褲(クソバカマ)、今は久須婆(クスバ)という。 ⇒逃げる皇子軍を斬った死体が、鵜(ウ)のように川に浮かび、鵜(ウ)川という。 ⇒逃げる皇子軍の兵士を斬り屠ったので、その地を波布理曽能(ハフリソノ)という。 大毘古(オホビコ)命 都(大和国城上)へ参上して、御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に復命した後、 先の平定命令に従い、越(コシ)国(北陸道)に下って行った。 東方12道(東海道・東山道方面)に遣わされていた建沼河別(タケヌナカハワケ)命(大毘 古命の子)と、会津(アヒヅ)(陸奥国)で会ったので、その地を会津(アヒヅ)という。 大毘古(オホビコ)命・建沼河別(タケヌナカハワケ)命 遣わされた国を平定し、これを御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇に復命した。 ⇒天下はたいそう平穏になり、人民は富み栄えた。 |
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 男の弓矢で得た獲物の税や、女の手で織った織物の税を、初めて、貢納させた。 灌漑用に、依網(ヨサミ)池を作り、軽之酒折(カルノサカヲリ)池を作った。 それを讃え、初国(ハツクニ)知らしし(初めて国を治めた)御真木(ミマキ)天皇という。 ★越(コシ)国(北陸道)・東方12道(東海道・東山道方面)に拡大し、初めて税を徴収。 |
御真木入日子印恵(ミマキイリヒコイニエ)天皇 (第10代 崇神天皇) 御年:168歳(2倍数)⇒戊寅(ツチノエトラ)年12月死去。 御陵:山辺道勾之岡(ヤマヘミチマガリノオカ)(大和国山辺)辺り。 |
5.3.11 第11代 垂仁天皇 伊久米伊理毘古伊佐知命
| ①伊久米伊理毘古伊佐知命の御子と治世 | 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命【御子:計16人(皇子13、皇女3)】 磯城玉垣(シキタマカキ)宮(大和国城上)に居て、天下を治めた。 ◆沙本毘古(サホビコ)命の妹、 正室、佐波遅比売(サハヂヒメ)命(下記沙本毘売命のこと)を娶り、生んだ御子 1人。 1.本牟智和気(ホムチワケ)命 ◆丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の娘、 側室、氷羽州(比婆須)比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)を娶り、生んだ御子 5人。 1.印色之入日子(イニシキノイリヒコ)命 ⇒血沼(チヌ)池・狭山(サヤマ)池・日下之高津(クサカノタカツ)池を作り、 鳥取之河上(トトリノカハカミ)宮(和泉国日根)で、太刀1振りを作らせて、 石上(イソノカミ)神宮(大和国山辺石上)に奉納し、河上部(カハカミベ)を定めた。 2.大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)命⇒天下を治める(第12代 景行天皇)。 身長:1丈2寸(約309cm)、脚長:4尺1寸(約124cm) 3.大中津日子(オホナカツヒコ)命⇒山辺之別(ヤマヘノワケ)、三枝之別(サエクサノワケ)、 稲木之別(イナキノワケ)、阿太之別(アタノワケ)、 尾張(ヲハリ)国の美濃別(ミノワケ)、 吉備之石无別(キビノイハナシワケ)、許呂母之別(コロモノワケ)、 高巣鹿之別(タカスカノワケ)、飛鳥(アスカ)君、 牟礼之別(ムレノワケ) の祖先。 4.倭比売(ヤマトヒメ)命⇒伊勢(イセ)大神(天照大御神)宮(伊勢神宮)を祀る。 5.若木入日子(ワカキイリヒコ)命 ◆上記氷羽州(比婆須)比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)の妹、 側室、沼羽田之入毘売(ヌバタノイリビメ)命(弟比売命)を娶り、生んだ御子 2人。 1.沼帯別(ヌタラシワケ)命 2.伊賀帯日子(イガタラシヒコ)命 ◆上記沼羽田之入日毘売(ヌバタノイリヒメ)命(弟比売命)の妹、 側室、阿耶美能伊理毘売(アヤミノイリビメ)命(歌凝比売命)を娶り、生んだ御子 2人。 1.伊許婆夜和気(イコバヤワケ)命⇒沙本穴太部之別(サホアナホベノワケ) の祖先。 2.阿耶美都比売(アヤミツヒメ)命⇒稲瀬毘古(イナセビコ)皇子に嫁いだ。 ◆大筒木垂根(オホツツキタリネ)皇子の娘、 側室、迦具夜比売(カグヤヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.袁耶弁(ヲヤベ)皇子 ◆山背大(ヤマシロオホ)国の渕(フチ)の娘、 側室、苅羽田刀弁(カリハタトベ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.落別(オチワケ)皇子⇒小目山(ヲメヤマ)君、二川之衣(フタカハノコロモ)君 の祖先。 2.五十日帯日子(イソカタラシヒコ)皇子 ⇒春日山(カスカヤマ)君、越他(コシタ)君、春日部(カスカベ)君 の祖先。 3.伊登志別(イトシワケ)皇子=子がなかったので、養子として、伊部(イベ)を定めた。 ◆山背大(ヤマシロオホ)国の渕(フチ)の娘、 側室、弟苅羽田刀弁(オトカリハタトベ)を娶り、生んだ御子 2人。 1.石衝別(イハツクワケ)皇子⇒羽咋(ハクヒ)君、三尾(ミヲ)君 の祖先。 2.石衝毘売(イハツクビメ)命、亦の名:布多遅能伊理毘売(フタヂノイリビメ)命 ⇒伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)命天皇の孫の倭建(ヤマトタケル)命の后。 |
| ②皇后の沙本毘売命・兄の沙本毘古皇子による反逆 | 兄の沙本毘古(サホビコ)皇子 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇の皇后になった妹、沙本毘売(サホビメ) 命に、夫の天皇と兄の自分では、どちらが愛しいか、と尋ねると、 妹の沙本毘売(サホビメ)命は、兄が愛しい、と答えたので、 兄と妹で天下を治めよう、と言って、縄小刀を妹に授け、伊久米伊理毘古伊佐知 (イクメイリビコイサチ)天皇が寝ているところを刺し殺せ、と言った。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 沙本毘売(サホビメ)命の膝枕で寝ていた伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天 皇の首を刺そうとして、縄小刀を3度振り上げたが、悲しい思いに耐えきれず、 皇后の泣く涙が、天皇の顔にこぼれ落ちた。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 驚いて目を覚まし、皇后の沙本毘売(サホビメ)命に、 変な夢で、佐保(大和国添上)の方から、俄雨が降ってきて、急に私の顔を濡らし、 錦色の小蛇が私の首に巻きついたが、この夢は何のことであろうか、と尋ねた。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 争うことができなくなったため、伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇に、 兄の沙本毘古(サホビコ)皇子に頼まれた上記陰謀を白状した。 夢の俄雨は、天皇の顔に落ちた自分の涙、錦色の小蛇は、自分が天皇の首を刺そ うとして振り上げた縄小刀の縄のことでしょう、と答えた。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 もう少しで騙されるところであった、と語り、沙本毘古(サホビコ)皇子を討伐する 軍勢を整え、沙本毘古(サホビコ)皇子の稲城(イナキ)に進撃した。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 兄の沙本毘古(サホビコ)皇子の迎えを待たずに、磯城玉垣(シキタマカキ)宮(大和国城上) の裏門から逃げ出し、兄の沙本毘古(サホビコ)皇子の稲城(イナキ)の中に入っていた が、既に、天皇の御子を身籠っていた。 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 皇后の懐妊と3年(2倍数)に及ぶ寵愛を偲び、その軍勢に沙本毘古(サホビコ)皇子 の稲城(イナキ)を囲ませたまま、攻めなかった。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 身籠っていた天皇の御子が生まれたので、稲城(イナキ)の外に置いた御子が、天皇 の御子と思えるなら、天皇に引き取って下さい、と言わせた。 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 皇后の兄の沙本毘古(サホビコ)皇子を恨んではいるが、皇后を取り戻したい気持 ちがあったので、力が強く敏捷な兵士達を選び、御子を引き取る時、その母君の 髪や手を掴み、捕らえて引き出せ、と言った。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 天皇の思いを読んでいて、自分の髪を剃って、その髪で頭を覆い、玉飾りの糸を 腐らせて、3重に手に巻き、衣を酒で腐らせて、異状が無い衣のように着た。 このように準備した上で、その御子を抱いて、稲城(イナキ)の外にさし出した。 力が強く敏捷な兵士達 御子を引き取ると、直ぐ、その母君を掴んだ。 髪を掴むと、髪は落ち、手を掴むと、玉飾りの糸が切れ、衣を掴むと、衣は破れた。 天皇には、御子は引き取れたが、母君は捕らえられなかった、と奏上した。 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 悔しさ・恨めしさの余り、上記玉飾りを作る人達を憎み、その土地を没収した。 諺に、土地を得ぬ玉作、という。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 皇后の沙本毘売(サホビメ)命に、①御子の名は、何という、②どうやって、育てる、 ③私の衣の下帯は、誰が解くのか、と尋ねた。 皇后の沙本毘売(サホビメ)命 ①名は、稲城(イナキ)の火中で生まれたので、本牟智和気(ホムチワケ)皇子、という。 ②乳母を付け、産湯を使わす大湯坐(オホユエ)・若湯坐(ワカユエ)を定めて、育てる。 ③天皇の身の回りは、丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の 兄比売(エヒメ)・弟比売(オトヒメ)の皇女に、世話をさせるのが良い、と答えた。 天皇が、沙本毘古(サホビコ)皇子を殺したため、その兄に従って、殉死。 |
| ③御子の本牟智和気皇子に、出雲大神の祟り | 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 尾張(ヲハリ)の相津(アヒヅ)にある二股杉を二股の小舟に造り、 大和(ヤマト)の市師(イチシ)池や軽(カル)池に浮かべ、 前皇后の沙本毘売(サホビメ)命との御子、本牟智和気(ホムチワケ)皇子を 連れて遊んだが、この御子は、長い鬚が胸元に届くようになるまで、口が利けず、 ある時、空高く飛ぶ白鳥の鳴き声を聞いて、初めて、片言を言った。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 その白鳥を追い求めて、山辺之大鶙(ヤマヘノオホタカ)という人を遣わした。 大和(ヤマト)国⇒木(キ)国⇒播磨(ハリマ)国⇒因幡(イナバ)国⇒丹波(タニハ)国⇒但馬(タ ヂマ)国⇒近淡海(チカツアフミ)(近江)国⇒美濃(ミノ)国⇒尾張(ヲハリ)国⇒信濃(シナノ)国 ⇒越(コシ)国で追いつき、和那美(ワナミ)(越後国蒲原和納)の水門(ミナト)で捕らえ、 上京して、献上し、その水門(ミナト)を、和那美(罠網)(ワナミ)の水門(ミナト)という。 御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子は、その白鳥を見ても、口を利くことはなかった。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 神殿を修繕し、天皇の宮殿のようにすれば、御子本牟智和気(ホムチワケ)皇子は、口を 利けるであろう、と夢のお告げがあって、どの神の心かと太占(フトマニ)で占った。 皇子の口が利けないのは、出雲(イヅモ)大神(大国主神)の心なので、皇子を、出雲 (イヅモ)大神宮(出雲大社)に参拝させようと、誰かを付き添わせることにした。 先の占いを受けた曙立(アケタツ)皇子に、出雲(イヅモ)大神(大国主神)を参拝する効 果があるなら、鷺巣(サギス)池の鷺(サギ)よ、落ちよ、と祈願させると、落ちて死に、 また、生き返れ、と祈願させると、再び生き返った。 甜白梼(甘橿)之前(アマカシノサキ)にあった葉広熊白梼(ハヒロクマカシ)(広葉の樫)を、 祈願で枯らし、また、祈願で生き返らせた。 曙立(アケタツ)皇子は、倭者師木登美豊朝倉曙立(ヤマトハシキトミトヨアサクラアケタツ)皇子という。 ★葦原中(アシハラナカ)国(出雲)の国譲りの時に、大国主(オホクニヌシ)神が出した条件、 「住み処は、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅳ)の御子、天津日継(アメツヒツギ)の天之御巣 (アメノミス)(宮殿)のように、岩盤に柱を建て、高天原(タカアマハラ)(都)に見えるように、 高くしてくれるなら、自害して幽界で静かにする。」 に基づき、神殿を修繕し、天 皇の宮殿のようにするために、出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)の現況を調査する。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 曙立(アケタツ)皇子・菟上(ウナカミ)皇子を、本牟智和気(ホムチワケ)皇子に付き添わせて、 出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)へ遣わす時、 ①奈良(ナラ)(北)からの道は、足萎え・盲人に会い、 ②大坂(オホサカ)(西)からの道もまた、足萎え・盲人に会うだろう。 ③木(キ)(南)の道は、縁起が良い道、と占い、途上に、品遅部(ホムヂベ)を定めた。 ★都(大和国城上)⇒出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)へ行く道は、次の 3ルート。 ①奈良(ナラ)道=山背(ヤマシロ)国⇒丹波(タニハ)国⇒因幡(イナバ)国⇒出雲(イヅモ)国 ②大坂(オホサカ)道=河内(カハチ)国⇒播磨(ハリマ)国⇒吉備(キビ)国⇒出雲(イヅモ)国 ③木(キ)道=紀伊(キイ)国⇒瀬戸内海⇒長門(ナガト)国⇒日本海⇒出雲(イヅモ)国 御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子 出雲(イヅモ)大神(大国主神)の参拝を終えて、都(大和国城上)へ帰る時、肥(ヒ)川 (出雲国斐伊川)の中に、黒木の簀橋(スバシ)を作り、仮宮を青葉山のように設けた。 出雲国造(イヅモクニミヤツコ) の祖先、岐比佐都美(キヒサツミ)が、食膳を奉げようとした時、 青葉山のように見えるが山でなく、出雲(イヅモ)の石砢(イハクマ)の曽(ソ)宮に居る葦 原色許男(アシハラシコヲ)大神(大国主神)を祀る神主の祭場ではないか、と口を利いた。 付き添わせていた曙立(アケタツ)皇子・菟上(ウナカミ)皇子は、これを聞いて喜んだ。 御子は、檳榔之長穂(アヂマサノナガホ)宮に居て、早馬使者(ハユマツカヒ)を天皇に出した。 乙女の肥長比売(ヒナガヒメ)と契ったが、正体は、蛇であったので、恐れて逃げた。 その肥長比売(ヒナガヒメ)が、海原(日本海)上を照らし、船で追って来たので、恐れ をなし、山の鞍部から船越(長門国豊浦)して、都(大和国城上)へ逃げて行った。 ★出雲(イヅモ)大神宮(出雲大社)⇒都(大和国城上)へ帰るルートは、上記③の逆。 |
御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子 皇子達(本牟智和気皇子・曙立皇子・菟上皇子)は、伊久米伊理毘古伊佐知 (イクメイリビコイサチ)天皇に復命し、出雲(イヅモ)大神(大国主神)を参拝することで、 口が利けるようになり、都(大和国城上)へ帰参した、と言った。 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 喜んで、菟上(ウナカミ)皇子を出雲(イヅモ)国に返し、神殿を造らせた。 御子の本牟智和気(ホムチワケ)皇子に因んで、鳥取部(トトリベ)、鳥飼部(トリカヒベ)、 品遅部(ホムヂベ)、大湯坐(オホユエ)、若湯坐(ワカユエ) を定めた。 ★伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇は、大国主(オホクニヌシ)神に、幽界で静か にしてもらうため、大国主(オホクニヌシ)神の神殿(出雲大社)を修繕することにした。 |
| ④丹波美知能宇斯皇子の娘、円野比売命の自殺 | 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 皇后の沙本毘売(サホビメ)命が言った通り、丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタス ミチノウシ)皇子の娘4人の比婆須比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)、弟比売(オトヒメ)命、 歌凝比売(ウタコリヒメ)命、円(真砥)野比売(マトノヒメ)命を、妃として召し上げ、 比婆須比売(ヒバスヒメ)命(兄比売命)・弟比売(オトヒメ)命・歌凝比売(ウタコリヒメ)命 3人 を留め、末妹の円(真砥)野比売(マトノヒメ)命は、醜かったので、親許に送り返した。 円(真砥)野比売(マトノヒメ)命 姉妹の内、醜いという理由で返されたことを恥じ、山背(ヤマシロ)国の相楽(サガラカ) に来た時、木の枝に首を吊って死のうとしたため、その地を懸木(サガリキ)といい、 今は、相楽(サガラカ)という。 山背(ヤマシロ)国の乙訓(オトクニ)にやって来た時、深い淵に落ちて死んだので、 その地を堕国(オチクニ)といい、今は、乙訓(オトクニ)という。 ★丹波比古多多須美知能宇斯(タニハヒコタタスミチノウシ)皇子の娘は、当初3人であったが、 ここでは、歌凝比売(ウタコリヒメ)命が加わり、4人になっている。 |
| ⑤時じくの香の木の実を求めて、多遅摩毛理を派遣 | 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 三宅連(ミヤケムラジ) の祖先、多遅摩毛理(タヂマモリ)を、常世(トコヨ)国(四国)に遣わし、 時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死の果実)を求めさせた。 多遅摩毛理(タヂマモリ) 常世(トコヨ)国(四国)にやって来て、時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の 実=不老不死の果実)を採り、絹織物8本・矛8本を拾って、帰って来るまでに、 伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇は、既に、死去していた。 絹織物4本・矛4本を皇后に献上し、絹織物4本・矛4本を天皇の御陵の入口に供え、 常世(トコヨ)国(四国)の時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死 の果実)を進上した、と言って、泣き叫びながら、死んだ。 時じくの香の木の実(時を選ばない香の木の実=不老不死の果実)というのは、 今の橘(蜜柑類)のこと。 ★上記は、秦の始皇帝が、蓬莱国の長生不老の霊薬の探索を徐福に命じた話に類似。 |
伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 (第11代 垂仁天皇) 御年:153歳(2倍数)⇒死去。 御陵:菅原之御立野(スガハラノミタチノ)(大和国添上)中。 比婆須比売(ヒバスヒメ)皇后 死去した時、石祝(棺)作(イシキツクリ)・土師部(ハジベ)を定めた。 御陵:狭木之寺間(サキノテラマ)陵(大和国添下)。 |
5.3.12 第12代 景行天皇 大帯日子淤斯呂和気天皇
| ①大帯日子淤斯呂和気天皇の御子と治世 | 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇【御子:計21人(皇子15、皇女6)】 纒向之日代(マキムクノヒシロ)宮(大和国山辺)に居て、天下を治めた。 ◆吉備臣(キビオミ) の祖先、若建吉備津日子(ワカタケキビツヒコ)の娘、 正室、播磨(ハリマ)の伊那毘能大郎女(イナビノオホイラツメ)を娶り、生んだ御子 5人。 1.櫛甬別(クシツネワケ)皇子⇒茨田下連(マムタシモムラジ) の祖先。 2.大碓(オホウス)命⇒守(モリ)君、大田(オホタ)君、島田(シマタ)君 の祖先。 3.小碓(ヲウス)命、亦の名:倭男具那(ヤマトヲグナ)命 =倭建(ヤマトタケル)命⇒太子(ヒツギノミコ)⇒東西の従わない者を平定した。 4.倭根子(ヤマトネコ)命 5.神櫛(カムクシ)皇子⇒木(キ)国の酒部(サカベ)、阿比古宇陀酒部(アヒコウダサカベ)の祖。 ◆八尺入日子(ヤサカイリヒコ)命の娘、 側室、八坂之入日売(ヤサカノイリヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。 1.若帯日子(ワカタラシヒコ)命⇒太子(ヒツギノミコ)⇒天下を治める(第13代 成務天皇)。 2.五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命⇒太子(ヒツギノミコ)。 3.押別(オシワケ)命 4.五百木之入日売(イホキノイリヒメ)命 ◆側室の子 2人。 1.豊戸別(トヨトワケ)皇子 2.沼代郎女(ヌシロイラツメ) ◆側室の子 6人。 1.沼名木郎女(ヌナキイラツメ) 2.香余理比売(カグヨリヒメ)命 3.若木之入日子(ワカキノイリヒコ)皇子 4.吉備之兄日子(キビノエヒコ)皇子 5.高木比売(タカキヒメ)命 6.弟比売(オトヒメ)命 ◆側室、日向(ヒムカ)の美波迦斯毘売(ミハカシビメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.豊国別(トヨクニワケ)皇子⇒日向国造(ヒムカクニミヤツコ) の祖先。 ◆播磨(ハリマ)の伊那毘能大郎女(イナビノオホイラツメ)の妹、 側室、伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)を娶り、生んだ御子 2人。 1.真若(マワカ)皇子 2.日子人之大兄(ヒコヒトノオホエ)皇子 ◆上記小碓(ヲウス)命(倭建命)の曽孫、須売伊呂大中日子(スメイロオホナカツヒコ)皇子の娘、 側室、訶具漏比売(カグロヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.大枝(オホエ)皇子 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇の御子達 上記21御子を記し、59御子を記さず、合計80御子の中で、太子(ヒツギノミコ)を負 う小碓(ヲウス)命(倭建命)・若帯日子(ワカタラシヒコ)命・五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命 以外の77御子は、赴任国の国造(クニミヤツコ)、和気(ワケ)、稲置(イナキ)、県主(アガタヌシ)。 |
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 美濃国造(ミノクニミヤツコ) の祖先、大根(オホネ)皇子の娘、兄比売(エヒメ)・弟比売(オトヒメ)の 2人の容姿が、麗しいと聞き、呼び寄せようと、御子の大碓(オホウス)命を遣わした。 御子の大碓(オホウス)命 兄比売(エヒメ)・弟比売(オトヒメ) 2人を天皇に召し上げず、自分が娶り、 他の女を、兄比売(エヒメ)・弟比売(オトヒメ)と偽って、天皇に献上した。 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 前記他の女の容姿が、普通であったので、謹慎させ、結婚させずに、付き添わせた。 御子の大碓(オホウス)命 ◆正室、兄比売(エヒメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.押黒之兄日子(オシクロノエヒコ)皇子⇒美濃宇泥須和気(ミノウネスワケ) の祖先。 ◆側室、弟比売(オトヒメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.押黒弟日子(オシクロオトヒコ)皇子⇒牟冝都(ムゲツ)君 の祖先。 |
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 田部(タベ)、東之淡水門(アヅマノアハミナト)(安房国)、膳之大伴部(カシハデノオホトモベ)、 大和屯家(ヤマトミヤケ)を定め、坂手(サカテ)池を作り、その堤に竹を植えた。 |
| ②小碓命(倭建命)が、熊曽建を討伐 (纒向⇒熊曽) | 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 小碓(ヲウス)命(弟)に、大碓(オホウス)命(兄)は、何故、朝夕の食事に来ないのか、小碓 (ヲウス)命(弟)が、兄に願い教え諭せ、と語ったが、5日経っても、兄は、来なかった。 小碓(ヲウス)命(弟)に、兄に教えてないのか、どのように、お願いしたか、と尋ねた。 御子の小碓(ヲウス)命 大碓(オホウス)命(兄)には、既にお願いしたが、朝方、兄が厠に入る時を待ち捕らえ、 兄の手足を引き抜き、蓆(ムシロ)に包み投げ捨てた、と答えた。 |
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 御子の小碓(ヲウス)命の荒々しい思いを恐れて、小碓(ヲウス)命に、西の熊曽(クマソ)国 の服従しない熊曽建(クマソタケル) 2人を討ち取れ、と言って、軍勢無しで遣わした。 小碓(ヲウス)命 髪を額で結い、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命の衣裳を着て、懐に剣を入れて行った。 熊曽建(クマソタケル)の家は、軍勢、三重に囲まれ、部屋の中に熊曽建(クマソタケル)が居た。 部屋で宴会用に食物を準備している傍を歩いて行き、その宴会日を待っていた。 |
小碓(ヲウス)命 宴会日になり、結った髪を垂らし、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命の衣裳を着た童女の 姿で、女達の中に紛れ込み、宴会の部屋に入った。 熊曽建(クマソタケル)兄弟 小碓(ヲウス)命が変装した乙女を見染め、自分達の間に座らせ、宴会を盛り上げた。 小碓(ヲウス)命 耐え切れなくなって、懐から剣を出し、熊曽建(クマソタケル)(兄)の胸に刺し通した時、 熊曽建(クマソタケル)(弟)=弟建(オトタケル)は、恐れて、逃げ出した。 弟建(オトタケル)を、部屋の土間に追い詰め、弟建(オトタケル)の尻から、剣を刺し通した。 自分は、纒向之日代(マキムクノヒシロ)宮(大和国山辺)に居て、大八島(オホヤシマ)国を治め る大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇の御子、倭男具那(ヤマトヲグナ)皇子(小 碓命)で、服従しない熊曽建(クマソタケル)兄弟を討て、と天皇が、遣わした、と言った。 熊曽建(クマソタケル)(弟)=弟建(オトタケル) 西には、自分達以外に勇猛な者はいないが、大和(ヤマト)国に、勇猛な男がいたので、 御名を奉げよう、これからは、倭建(ヤマトタケル)御子、と称するが良い、と言った。 小碓(ヲウス)命⇒倭建(ヤマトタケル)命 言い終えた熊曽建(クマソタケル)(弟)を、熟れた葱(ネギ)のように、裂いて殺した。 その時から、御名を讃え、小碓(ヲウス)命を、倭建(ヤマトタケル)命という。 |
| ③倭建命が、出雲建を討伐 (熊曽⇒出雲⇒纒向) | 倭建(ヤマトタケル)命 都(大和国山辺)への帰還途上、山(ヤマ)神・川(カハ)神・穴戸(アナト)神(海峡神)を平定 すると共に、出雲国建(イヅモクニタケル)を殺そうと、偽りの友好関係を結び、 出雲建(イヅモタケル)と一緒に、肥(ヒ)川(出雲国斐伊川)で水浴びをして、先に上がり、 出雲建(イヅモタケル)の横刀(タチ)を佩いて、刀を取り替えよう、と言い、倭建(ヤマトタケル) 命の偽物の木刀を帯刀した出雲建(イヅモタケル)に試合をしよう、と誘い、偽物の刀で 抜刀することができない出雲建(イヅモタケル)を殺して歌い、上京して復命した。 【出雲建(イヅモタケル)の太刀は、葛(ツヅラ)を多く巻いていても、刀身の無いのが哀れ】 |
| ④倭建命が、東方征討 (纒向⇒尾張⇒東国⇒尾張) | 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 倭建(ヤマトタケル)命に、東方12道(東海道・東山道方面)の服従しない者を平定せよ、 と言って、吉備臣(キビオミ) の祖先、御鉏友耳建日子(ミスキトモミミタケヒコ)を付き添わせて、 遣わす時、倭建(ヤマトタケル)命に、疼木(ヒヒラキ)(柊)のような刃形の長い矛を授けた。 倭建(ヤマトタケル)命 天皇の命令で出かける時、伊勢(イセ)大御神宮(伊勢神宮)(伊勢国度会)の宮廷を 礼拝し、そこに居る叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命には、 大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇は、私を死んだ者と思っているからか、 西方の悪者を討って帰ると、今度は、東方12国の悪者の平定に遣わす、と言った。 倭比売(ヤマトヒメ)命 倭建(ヤマトタケル)命に、草那芸剣(クサナギツルギ)と御袋を授け、火急のことがあったら、 この袋の口を開けよ、と言った。 ★「草那芸剣(クサナギツルギ)」 は、速須佐之男(ハヤスサノヲ)命が、八俣遠呂知(ヤマタヲロチ)の 尾から取り、天照(アメテラス)大御神(天照Ⅱ)に奉げた、草那芸之大刀(クサナギノタチ)。 |
倭建(ヤマトタケル)命 尾張(ヲハリ)国(国府)に着き、尾張国造(ヲハリクニミヤツコ) の祖先、美夜受比売(ミヤズヒメ)の 家に入って、直に、美夜受比売(ミヤズヒメ)を娶ろうと思ったが、帰りの時でもいいか、 と思い、結婚する日を決めて東国に出かけ、従わない者を平定した。 相模(サガミ)国に着いた時、相模国造(サガミクニミヤツコ)に、野中の大沼(相模国足柄)に 住む神は、大変強暴な神、と騙され、その野に入ったところに、火を点けられた。 騙された、と気がついて、叔母の倭比売(ヤマトヒメ)命から授けられた御袋の口を開け ると、火打ち石がその中にあった。 御刀(草那芸剣)で草を刈り払い、火打ち石で向い火を点け、焼き退けて脱出し、 相模国造(サガミクニミヤツコ)を切り、焼いたので、焼遺(ヤキステ)(相模国足柄焼津)という。 そこから、走水(ハシリミヅ)海(相模国御浦)に入られて、上総(カヅサ)国方面に渡る時、 海峡(浦賀水道)の神が波を起こして、船は進めなかった。 倭建(ヤマトタケル)命の皇后、弟橘比売(オトタチバナヒメ)命 人身御供として海に入ろう、倭建(ヤマトタケル)命は任務を果たして復命せよ、と言い、 波の上に、菅畳(スガタタミ)・皮畳(カハタタミ)・絹畳(キヌタタミ)を幾重も敷いて、降りると、 荒波は自然に静まり、船は進むことができるようになって、歌った。 【相模(サガミ)の尾(大)沼(相模国足柄、丹沢湖の元)で燃える中、安否を問うた君】 7日の後、海辺に流れ着いた皇后の御櫛を拾い、御陵を作って、その中に安置した。 |
倭建(ヤマトタケル)命 上総(カヅサ)国⇒下総(シモウサ)国⇒常陸(ヒタチ)国⇒下野(シモツケ)国⇒上野(コウヅケ)国 ⇒武蔵(ムサシ)国の順に、従わない蝦夷(エミシ)・国神(クニカミ)を平定して帰る時、 武蔵(ムサシ)国⇒相模(サガミ)国の足柄(アシカラ)の坂下に戻って、食事をしている所に、 その坂の神が、白鹿に化身してやって来た。 食べ残した葱(ネギ)の片端で待ち構えて打つと、鹿の目に当たって、打ち殺した。 坂を登り溜息をつき、投身した皇后を偲んで吾妻(アヅマ)(私の妻)よ、と言ったの で、相模(サガミ)国以東を阿豆麻(アヅマ)という。 相模(サガミ)国⇒甲斐(カヒ)国に行き、酒折(サカヲリ)宮(甲斐国山梨)に居て、歌い、 【新開地の筑波(ツクバ)を過ぎて、幾夜寝(ネ)たことか】 続けて、篝火(カガリビ)を焚く老人が、歌った。 【篝火(カガリビ)を並べて、9夜、10日になる(9泊10日)】 その老人を誉め、東国造(アヅマクニミヤツコ)を与えた。 |
| ⑤倭建命が、尾張美夜受比売と結婚 (尾張⇒伊吹野) | 倭建(ヤマトタケル)命 甲斐(カヒ)国⇒信濃(シナノ)国に行き、信濃(シナノ)の坂神を従わせ、東山道を尾張(ヲハリ) 国(国府)に帰り、先日婚約した美夜受比売(ミヤズヒメ)の下(尾張国中島)に入った。 美夜受比売(ミヤズヒメ)の上着の裾に付いていた月経(サハリノモノ)を見て、歌った。 【天香山をくの字になって渡る白鳥のような、華奢で細腕の貴方を抱いて寝たい とは、思うけれど、貴方の着ている上着の裾に、月が、登ってきたよ】 美夜受比売(ミヤズヒメ) 上記歌に答えて、歌った。 【日の御子よ、八方の隅まで治めた我の君よ、年月が経つと君を待ちきれずに、 私の着ている上着の裾には、月が、登ってきたのでしょう】 |
倭建(ヤマトタケル)命 美夜受比売(ミヤズヒメ)と交わり、草那芸剣(クサナギツルギ)を美夜受比売(ミヤズヒメ)の下 (尾張国中島)に置いて、伊吹野(イブキノ)(美濃国不破)の神を、討ち取りに行った。 伊吹野(イブキノ)の山神は、素手で討ち取ろう、と語り、その山に登った時、 牛のような大きさの白い猪が現れた。 この白い猪は、伊吹野(イブキノ)の山神の使者の化身、帰る時に殺そう、と大声で語 ったが、白い猪が、山神自身であったため、大氷雨(ヒサメ)が降り、遭難させられた。 山から下って、玉倉部之清泉(タマクラベノシミヅ)(近江国坂田)に着いて、休憩した時、 気持ちが落ち着いたので、その清泉(シミヅ)を、居寤清泉(イサメシミヅ)という。 |
| ⑥倭建命の死去 (伊吹野⇒当芸野⇒尾張⇒能煩野) | 倭建(ヤマトタケル)命 玉倉部之清泉(タマクラベノシミヅ)(近江国坂田)⇒当芸野(タギノ)(美濃国多芸)辺りに 着いた時、心は、美夜受比売(ミヤズヒメ)の所へ飛んで行こう、と思っているのに、 足は歩けず、動きが悪くなった、と語って、その地を当芸(タギ)という。 当芸(タギ)から少し行って、杖を突き歩いたので、その地を杖衝(ツエツキ)坂という。 尾津崎(ヲツサキ)(尾張国中島)1本松の元に着き、美夜受比売(ミヤズヒメ)との食事の 時、その地に置き忘れた草那芸剣(クサナギツルギ)が、そのまま有ったので、歌った。 【尾張(ヲハリ)の尾津崎(ヲツサキ)の1本松よ、人なら太刀を佩かせ衣を着せてやるのに】 尾津崎(ヲツサキ)(尾張国中島)⇒三重(ミヘ)村(伊勢国三重)に着いた時、 足は、三重曲(ミヘマガ)りのように疲れた、と語って、その地を三重(ミヘ)という。 三重(ミヘ)⇒能煩野(ノボノ)(伊勢国鈴鹿)に着いて、大和(ヤマト)国を偲んで歌った。 【大和(ヤマト)国は、国中で良い所、青い山並みに囲まれた大和(ヤマト)国は、美しい】 【命を全うできる人は、平群(ヘグリ)の山の熊樫(クマカシ)の葉を髪飾りに挿した子よ】 【(纒向の)懐かしい我家の方で雲が立上り、こっちに来るよ】 【乙女(美夜受比売)の寝所に、私が置いた草那芸剣(クサナギツルギ)の太刀よ】 病状が急変⇒死去。 |
| ⑦倭建命は、八尋白智鳥になる (能煩野⇒河内⇒) | 倭建(ヤマトタケル)命の后や御子達 倭建(ヤマトタケル)命死去の早馬使者(ハユマツカヒ)が、天皇に届くと、大和(ヤマト)国に居た 后や御子達が、能煩野(ノボノ)(伊勢国鈴鹿)に下って来て、その地に御陵を作り、 その地を這い回り、沈(ナヅ)き田を作り、泣きながら歌った。 【田んぼの稲の茎に、稲の茎に這い回るつる草】 倭建(ヤマトタケル)命が、八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)になり、浜に向けて飛んで行ったので、 篠(シノ)の荊棧(イバラキ)が足を傷つけても、痛さを忘れ、泣きながら去って、歌った。 【笹原では、腰まで沈む、空は動かず、足は動かず】 伊勢(イセ)国の海に浸かって行った時、歌った。 【海側を行けば、腰まで沈む、河原の笹原か海側かを迷う】 倭建(ヤマトタケル)命=八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)が、伊勢(イセ)国の磯に居た時、歌った。 【浜千鳥、浜を行かず、磯を行く】 上記4つの歌=倭建(ヤマトタケル)命の葬儀の歌⇒今は、天皇の大御葬儀の歌である。 倭建(ヤマトタケル)命=八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ) 伊勢(イセ)国⇒河内(カハチ)国志幾(シキ)(河内国志紀)へ飛んで行き、止まったので、 その地に、倭建(ヤマトタケル)命の御陵を鎮座させ、白鳥(シロトリ)御陵という。 また、河内(カハチ)国志幾(シキ)(河内国志紀)から、更に天高く飛んで行った。 久米直(クメアタヘ) の祖先、七拳脛(ナナツカハギ) 倭建(ヤマトタケル)命が東国を平定して、巡った時、膳手(カシハデ)として、仕えていた。 |
| ⑧倭建命の子孫 | 倭建(ヤマトタケル)命【御子:計6人(皇子6)】 ◆伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇の娘、 正室、布多遅能伊理毘売(フタヂノイリビメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.帯中津日子(タラシナカツヒコ)命⇒天下を治める(第14代 仲哀天皇)。 ◆皇后の弟橘比売(オトタチバナヒメ)命を娶り、生んだ御子 1人。 1.若建(ワカタケル)皇子 ◆近淡海之安国造(チカツアフミノヤスクニミヤツコ) の祖先、意冨多牟和気(オホタムワケ)の娘、 側室、布多遅比売(フタヂヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.稲依別(イナヨリワケ)皇子⇒犬上(イヌカミ)君、建部(タケルベ)君 の祖先。 ◆吉備臣(キビオミ)建日子(タケヒコ)の妹、 側室、大吉備建比売(オホキビタケヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.建見兒(タケミコ)皇子⇒讃岐綾(サヌキアヤ)君、伊勢之別(イセノワケ)、登袁之別(トヲノワケ)、 麻佐首(マサオビト)、宮首之別(ミヤオビトノワケ) の祖先。 ◆側室、山背(ヤマシロ)の玖玖麻毛理比売(ククマモリヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.足鏡別(アシカガミワケ)皇子⇒鎌倉之別(カマクラノワケ)、小津石代之別(ヲヅイハシロノワケ)、 漁田之別(イサリタノワケ) の祖先。 ◆側室の子 1人。 1.息長田別(オキナガタワケ)皇子 上記息長田別(オキナガタワケ)皇子【子:1人】 1.棧俣長日子(キマタナガヒコ)皇子 上記棧俣長日子(キマタナガヒコ)皇子【子:3人】 1.飯野真黒比売(イヒノマクロヒメ)命 2.息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ) 3.弟比売(オトヒメ) 上記若建(ワカタケル)皇子【子:1人】 ◆正室、飯野真黒比売(イヒノマクロヒメ)を娶り、生んだ子 1人。 1.須売伊呂大中日子(スメイロオホナカヒコ)皇子 上記須売伊呂大中日子(スメイロオホナカヒコ)皇子【子:1人】 ◆淡海(アフミ)の柴野入杵(シバノイリキ)の娘、 正室、柴野比売(シバノヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.迦具漏比売(カグロヒメ)命 上記迦具漏比売(カグロヒメ)命【子:1人】 ◆大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇が娶り、生んだ子 1人。 1.大江(オホエ)皇子 上記大江(オホエ)皇子【子:2人】 ◆正室、異母妹の銀(シロカネ)皇女を娶り、生んだ子 2人。 1.大名方(オホナカタ)皇子 2.大中比売(オホナカヒメ)命⇒香坂(カグサカ)皇子、忍熊(オシクマ)皇子の母君。 |
大帯日子淤斯呂和気(オホタラシヒコオシロワケ)天皇 (第12代 景行天皇) 御年:137歳(2倍数)⇒死去。 御陵:山辺之道(ヤマヘノミチ)(大和国山辺)辺り。 |
5.3.13 第13代 成務天皇 若帯日子天皇
| ①若帯日子天皇の御子と治世 | 若帯日子(ワカタラシヒコ)天皇【御子:計1人(皇子1)】 近淡海(チカツアフミ)志賀高穴穂(シガタカアナホ)宮に居て、天下を治めた。 ◆穂積臣(ホヅミオミ) の祖先、建忍山垂根(タケオシヤマタリネ)の娘、 正室、弟財郎女(オトタカライラツメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.和訶奴気(ワカヌケ)皇子 建内宿祢(タケウチスクネ)を大臣(オホオミ)にし、大・小国の国造(クニミヤツコ)を定め、 国々の境界や、大県・小県の県主(アガタヌシ)を定めた。 |
若帯日子(ワカタラシヒコ)天皇 (第13代 成務天皇) 御年:95歳(2倍数)⇒乙卯(キノトウ)年3月15日死去。 御陵:狭城之楯列(サキノタタナミ)(河内国志紀)。 |
5.3.14 第14代 仲哀天皇 帯中津日子天皇
| ①帯中津日子天皇の御子 | 帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇【御子:計4人(皇子4)】 穴門之豊浦(アナトノトユラ)宮(長門国豊浦)・筑紫訶志比(ツクシカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎) に居て天下を治め、淡路之屯倉(アハヂノミヤケ)(淡路国)を定めた。 ◆大江(オホエ)皇子の娘、 正室、大中津比売(オホナカツヒメ)命=大中比売(オホナカヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。 1.香坂(カグサカ)皇子 2.忍熊(オシクマ)皇子 ◆皇后の息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命を娶り、生んだ御子 2人。 1.品夜和気(ホムヤワケ)命 2.大鞆和気(オホトモワケ)命、 亦の名:品陀和気(ホムダワケ)命⇒天下を治める(第15代 応神天皇)。 大鞆(オホトモ)というのは、生まれた時、鞆(トモ)の肉のような腕をしていたから。 ⇒息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命の腹の中で、国に立ち向かっていた、と分かる。 |
| ②帯中津日子天皇、熊曽国征討途上の筑紫で死去 | 帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇 筑紫之訶志比(ツクシノカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎)に居て、熊曽(クマソ)国を討つために、 御琴を弾き、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱが、神殿の庭に居て、神懸った息長帯日売 (オキナガタラシヒメ)皇后に神託を求めると、西方の国に珍しい宝が在る、と語ったので、 高所に登って西方を見たが、国は見えず、唯大海が有るだけで、嘘つきな神である、 と言い、琴を弾かずに、黙っていた。 ★建内宿祢(タケウチスクネ)は、第8代 孝元天皇の孫で、第10代 崇神天皇と同世代である が、その第10代 崇神天皇の曾孫(ヒマゴ)の第13代 成務天皇の時に、大臣(オホオミ)に なって以来、玄孫(ヤシャゴ)の第14代 仲哀天皇・神功皇后・その子第15代 応神天皇 の時迄、大臣(オホオミ)であったので、天皇6世代に亘るような特別な長寿に見えるが、 この第14代 仲哀天皇・神功皇后・第15代 応神天皇の時の大臣(オホオミ)は、実際は、 襲名後継者の建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱに替わっていた。 ★下記新羅(シラギ)国は、筑紫之訶志比(ツクシノカシヒ)宮(筑紫国糟屋香椎)の北方に在り、 西方ではないので、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后の神託に、意図的な錯誤がある。 |
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后に憑依した神 神懸った息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后が、この天下では、帯中津日子(タラシナカツヒコ) 天皇は、この国を平定すべきではない、死の国へ向かえ(=死ね)、と語った。 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ 帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇に琴を弾いて下さい、と言うと、天皇は、琴を引き寄せ て弾いていたが、長く続かない内に、琴の音が聞こえなくなり、死去していたので、 驚いて、天皇を殯(モガリ)宮に安置し、国の供え物を集めて、天皇の罪状(馬革生剥・ 逆剥・畔壊し・水路埋め・祭場穢し・近親相姦・馬姦・牛姦・鶏姦・犬姦)を挙げ、大祓 (オホハラヘ)をし、神殿の庭に居て、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に、神託を求めた。 ★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后は、神懸った自分が発する神託を聞く役に、 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱを選んで、帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇に、神罰(=暗殺) を加えるために、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱに、協力させた。 |
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に憑依した神 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱが、神託を聞くと、この国は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ) 命の御腹に居る男子の御子が治める国、とのこと。 神託の大神は、天照(アメテラス)大御神の御心、底箇男(ソココノヲ)・中箇男(ナカコノヲ)・上箇男 (カミコノヲ)の3大神。 西方の国を求めるには、天神地祇(アメカミクニカミ)、山神や川海の神々に、供え物を奉げ、 天照(アメテラス)大御神の御魂(ミタマ)を船上に鎮座させ、槙(マキ)の灰を瓢(ヒサゴ)に入れ、 箸と葉の器を沢山作り、大海に散らし浮かべて、西方の国に渡るように、と語った。 ★建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱが聞いた神託は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の胎 児(帯中津日子天皇の子でなく、建内宿祢大臣Ⅱの子)が、国を治める、という予言。 |
| ③息長帯日売命(神功皇后)の韓地遠征と太子誕生 | 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后 神託が、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱに教えたように、兵士を整え、船を並べ、 渡海する時、海原(日本海)の魚が、大小を問わず、御船を背負って、海を渡した。 追い風が、盛んに吹いて、御船は、波のままに進み、その御船を載せた波は、 新羅(シラギ)国に押し上がり、国の中に達した。 恐れた新羅(シラギ)国王は、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后に、未来の天皇の命令 に従い、天皇の御馬飼(ミマカヒ)として、毎年、貢物の船を並べて仕えよう、と言った ので、新羅(シラギ)国を御馬飼(ミマカヒ)、百済(クタラ)国を外地の屯倉(ミヤケ)、と定めた。 新羅(シラギ)国王の門に、御杖をつき立て、墨江(スミノエ)大神の荒御魂を国守(クニモリ) 神として、鎮め祭り、渡海帰還した。 ★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、将来生まれる天皇の代行として、 新羅(シラギ)国・百済(クタラ)国を属国とした。 |
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后 身籠っていた御子が生まれる産気を抑えようと、石を腰に巻き、新羅(シラギ)国⇒ 筑紫(ツクシ)国に渡海して、御子が生まれ、その地を宇美(ウミ)(筑紫国糟屋)という。 腰に巻いた石は、筑紫(ツクシ)国の伊討(イト)村(筑紫国怡土)に在る。 筑紫末羅県(ツクシマツラアガタ)の玉島(タマシマ)里(肥前国松浦)に着き、その川辺で食事 をした時は、4月上旬、その川中の磯で、衣裳の糸に飯粒を餌にして、鮎を釣った。 その川の名は、小川(ヲガハ)といい、その磯の名は、勝門比売(カチドヒメ)という。 ⇒4月上旬に、女人が、衣裳の糸に飯粒を餌にして鮎を釣ることが、今に絶えない。 ★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、新羅(シラギ)国⇒筑紫(ツクシ)国に渡海して帰還 し、宇美(ウミ)(筑紫国糟屋)で御子を産んだ後、玉島(タマシマ)(肥前国松浦)に行くも、 熊曽(クマソ)国征討には行かず、故帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇の計画を中止。 |
| ④香坂皇子・忍熊皇子による反逆 (難波⇒山背⇒近江) | 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后 大和(ヤマト)に帰り上る時、人の反逆心が疑わしいので、棺を乗せた喪船を準備し、 その喪船に御子(太子)を乗せ、太子が死去した、との噂を立てさせた。 |
香坂(カグサカ)皇子(兄)・忍熊(オシクマ)皇子(弟) 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子死去の噂を聞いて、上皇后を捕らえよう と、兎我野(トガノ)(摂津国西成)に出て、吉凶を占う祈狩(ウケヒガリ)をした。 香坂(カグサカ)皇子(兄)が櫪(クヌギ)に登ると、大猪がその櫪(クヌギ)を掘り、 香坂(カグサカ)皇子(兄)を食った。 忍熊(オシクマ)皇子(弟)は、その様を恐れず、軍勢を整え、喪船を待ち構えて攻撃し、 難波吉師部(ナニハキシベ) の祖先、伊佐比宿祢(イサヒスクネ)を将軍とした。 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子 喪船から軍勢を出し、和迩臣(ワニオミ) の祖先、難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)命を 将軍にして応戦し、忍熊(オシクマ)皇子(弟)軍を追い退けて、山背(ヤマシロ)国迄行き、 立て直した忍熊(オシクマ)皇子(弟)軍と互いに退かず、戦い合った。 |
太子軍の難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)命将軍 計略を巡らし、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后が死去したので、もう戦う 必要はない、と言わせて、弓の弦を断ち切り、偽りで降伏した。 すっかり嘘を信じた忍熊(オシクマ)皇子(弟)軍の伊佐比宿祢(イサヒスクネ)将軍が、 弓から弦をはずし武器を収めたところで、髪の中から予備の弦を取り出し 張り直して追撃し、逢坂(アフサカ)に退却した忍熊(オシクマ)皇子(弟)軍を敗り、 沙沙那美(ササナミ)(近江国滋賀)に出て、すべて敵軍を斬った。 忍熊(オシクマ)皇子(弟)・伊佐比宿祢(イサヒスクネ)将軍 追撃され、近淡海(チカツアフミ)(近江国琵琶湖)で船に乗って歌い、海に入り死んだ。 【吾が君(忍熊皇子)よ、(敵の将軍)難波根子建振熊(ナニハネコタケフルクマ)に、 痛手を負わせられなくて、近淡海(チカツアフミ)の海(琵琶湖)に潜ろう】 |
| ⑤太子後見人、建内宿祢大臣 (近江⇔敦賀⇔都) | 太子後見人、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子と禊をしようと、近淡海(チカツアフミ)(近江 国琵琶湖)⇒若狭(ワカサ)国⇒越前之角鹿(コシサキノツヌガ)(越前国敦賀)の仮宮に居た。 夢に現れた伊奢沙和気(イザサワケ)大神が、息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子 の御名を替えたい、と語ったので、神託に従って太子の御名を替える、と言った。 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后の太子 伊奢沙和気(イザサワケ)大神が、明朝贈り物をするから、太子は浜に行くよう、 と語ったので、翌朝、浜に行くと、鼻を傷つけた海豚が、浦内一面に寄って来た。 大神が食料に大漁の海豚を下さった、と言って、伊奢沙和気(イザサワケ)大神を讃 え、御食津(ミケツ)大神と名づけ、今では、気比(ケヒ)大神という。 海豚の鼻血が臭かったので、その浦を血浦(チウラ)といい、今、都奴賀(ツヌガ)という。 ★太子の当初の名前、大鞆和気(オホトモワケ)命を、伊奢沙和気(イザサワケ)大神の神託で、 品陀和気(ホムダワケ)命に替えたのは、景行天皇の孫、品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘 と結婚することにしたため。 |
息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后 太子が都に帰ると、待ち酒を醸造し、太子に大御酒(オホミキ)を献上して、歌った。 【この御酒は、私が作らず、常世(トコヨ)国(四国)の少名毘古那(スクナビコナ)神が、 進呈して来た神酒だよ、どうぞ、飲み乾せ】 太子後見人、建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ 太子に代って答え、歌った。 【この神酒を醸した人は、歌い舞いながら醸したかも、この神酒で歌を楽しもう】 ★息長帯日売(オキナガタラシヒメ)上皇后は、太子歓迎のために、太子後見人に酒を提供し、 太子後見人の建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱは、太子の代りに、酒と歌を楽しんだ。 |
帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇 (第14代 仲哀天皇) 御年:52歳(2倍数)⇒壬戌(ミズノエイヌ)年6月11日死去。 御陵:河内恵賀(カハチエガ)の長江(ナガエ)(河内国丹比)。 息長帯日売(オキナガタラシヒメ)皇后(神功皇后) 御年:100歳(2倍数)⇒死去。 御陵:狭城楯列(サキタタナミ)陵(河内国志紀)。 |
6.3.15 第15代 応神天皇 品陀和気天皇
| ①品陀和気天皇の御子 | 品陀和気(ホムダワケ)命【御子:計27人(皇子13、皇女14)】 軽島之明(カルシマノアキラ)宮(大和国高市)に居て、天下を治めた。 ◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、 正室、高木之入日売(タカキノイリヒメ)命を娶り、生んだ御子 5人。 1.額田大中日子(ヌカタオホナカヒコ)命 2.大山守(オホヤマモリ)命⇒土形(ヒヂカタ)君、幣岐(ヘキ)君、榛原(ハリハラ)君 の祖先。 3.伊奢之真若(イザノマワカ)命 4.妹大原郎女(イモオホハライラツメ) 5.高目郎女(コムクイラツメ) ◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、 側室、中日売(ナカヒメ)命を娶り、生んだ御子 3人。 1.木之荒田郎女(キノアラタイラツメ) 2.大雀(オホサザキ)命⇒天下を治める(第16代 仁徳天皇)。 3.根鳥(ネトリ)命 ◆品陀真若(ホムダマワカ)皇子の娘、 側室、弟日売(オトヒメ)命を娶り、生んだ御子 4人。 1.阿倍郎女(アベイラツメ) 2.阿貝知能三腹郎女(アハチノミハライラツメ) 3.木之菟野郎女(キノウノイラツメ) 4.美濃郎女(ミノイラツメ) 品陀真若(ホムダマワカ)皇子は、五百木之入日子(イホキノイリヒコ)命が、尾張連(ヲハリムラジ)の 祖先、建伊那陀宿祢(タケイナダスクネ)の娘、志理都紀斗売(シリツキトメ)を娶り、生んだ御子。 ◆和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、 側室、宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) 2.妹八田若郎女(イモヤタワカイラツメ) 3.女鳥(メトリ)皇子 ◆和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、 側室、袁那弁郎女(ヲナベイラツメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.宇遅之若郎女(ウヂノワカイラツメ) ◆咋毛俣長日子(クヒケマタナガヒコ)皇子の娘、 側室、息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.若沼毛二俣(ワカヌケフタマタ)皇子 ◆桜井田部連(サクライタベムラジ) の祖先、島垂根(シマタリネ)の娘、 側室、糸井比売(イトイヒメ)を娶り、生んだ御子、1人。 1.速総別(ハヤフサワケ)命 ◆側室、日向(ヒムカ)の泉長比売(イズナガヒメ)を娶り、生んだ御子 3人。 1.大羽江(オホハエ)皇子 2.小羽江(ヲハエ)皇子 3.樯日之若郎女(ホバシラヒノワカイラツメ) ◆側室、迦具漏比売(カグロヒメ)を娶り、生んだ御子 5人。 1.川原田郎女(カハラタイラツメ) 2.玉郎女(タマイラツメ) 3.忍坂大中比売(オサカオホナカヒメ) 4.登冨志郎女(トホシイラツメ) 5.迦多遅(カタヂ)皇子 ◆側室、葛城(カツラギ)の野伊呂売(ノイロメ)を娶り、生んだ御子 1人。 1.伊奢能麻和迦(イザノマワカ)皇子 ★上記 「伊奢之真若(イザノマワカ)命」 と 「伊奢能麻和迦(イザノマワカ)皇子」 とは別人。 |
| ②3皇子 (大山守命・大雀命・宇遅能和紀郎子) | 品陀和気(ホムダワケ)天皇 大山守(オホヤマモリ)命・大雀(オホサザキ)命に、年上・年下の何れが愛しいか、と尋ねた。 こう尋ねたのは、3皇子の中で、2人より年下の宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に、 天下を治めさせたい気持ちがあったから。 大山守(オホヤマモリ)命 年上の子が愛しい、と言った。 大雀(オホサザキ)命 品陀和気(ホムダワケ)天皇の心中を察し、年上の子は、成人しているので、案ずるこ ともないが、年下の子は、まだ成人していないので、これが愛しい、と言った。 品陀和気(ホムダワケ)天皇 佐邪岐阿芸(サザキアギ)(大雀命)の言葉こそ、私が思っていた通り、と語り、 大山守(オホヤマモリ)命は、山海の祭祀をし、大雀(オホサザキ)命は、国内の政務をせよ、 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を、天津日継(アメツヒツギ)(皇位継承)にする、と 3皇子の任務を語った⇒大雀(オホサザキ)命は、天皇の命令に背くことは無かった。 |
| ③宇遅能和紀郎子の母、矢河枝比売 | 品陀和気(ホムダワケ)天皇 近淡海(チカツアフミ)(近江)国に山を越えて行く時、宇遅野(ウヂノ)(山背国宇治)辺り に立ち、葛野(カヅノ)(山背国葛野)を遠望して歌った。 【(山背国)葛野を見れば、満ち足りた民の家々も見え、国の住み良い様も見える】 木幡(コハタ)村(山背国宇治)の道で美しい乙女と出会い、誰の子か、と尋ねると、 和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ)の娘、宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)、 と答えたので、明日、都へ帰る時、乙女(宮主矢河枝比売)の家に入ろう、と語った。 乙女の父、和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ) 乙女の宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)から話を聞いて、恐れ多くも、この天皇に仕 えよ、と答えて、自分の家を飾って待つと、翌日、品陀和気(ホムダワケ)天皇が来た。 |
乙女の父、和迩(ワニ)の比布礼能意冨美(ヒフレノオホミ) 宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)に、品陀和気(ホムダワケ)天皇の酒杯の世話をさせた。 品陀和気(ホムダワケ)天皇 宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)に、大酒杯を持たせたままにして、歌った。 【この蟹(乙女)は、どこの蟹、遠い角鹿(ツヌガ)(敦賀)の蟹、横歩きしてどこへ行く、 伊知遅(イチヂ)島、美(ミ)島に着き、鳰鳥(私)が潜り、一息ついて、 棚田のようなさざなみ路を、私が行くと、木幡(コハタ)の道で逢った乙女の後姿は、 魅力的で、歯並びは、団栗の粒揃いのよう、 櫟(クヌギ)の和迩坂(ワニサ)の土の初めの土は赤過ぎて、終わりの土は黒過ぎるから、 三つ栗のように、中間の土を、黴(カビ)つかせ、直日に当てないよう、 眉描きを濃く描くよう、出逢った女人にこう願い、私が見初めた子達にこう願い、 私が見初めた子(貴女)に、夢見心地で、向き合い、寄り添っていることよ】 このように交わって、生んだ御子が、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)。 ★上記宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)への品陀和気(ホムダワケ)天皇の思いが強いのは、 惚れた宮主矢河枝比売(ミヤヌシヤカハエヒメ)の御子だから。 |
| ④大雀命の后、髪長比売 | 大雀(オホサザキ)命 品陀和気(ホムダワケ)天皇が、日向(ヒムカ)国諸県(モロアガタ)君の娘、髪長比売(カミナガヒメ) の容貌が美しいと聞いて、召し上げた時、難波津(ナニハツ)に泊まっている髪長比売 (カミナガヒメ)を見て心を奪われ、品陀和気(ホムダワケ)天皇に願い出て、髪長比売(カミナガ ヒメ)を、下賜されるようにしてくれ、と建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱに頼んだ。 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ 品陀和気(ホムダワケ)天皇の許可を求めた。 品陀和気(ホムダワケ)天皇 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱから、豊明(トヨアカリ)(宮の祭)の日と聞き、髪長比売(カミ ナガヒメ)に、大御酒の柏(カシハ)木の器を持たせ、大雀(オホサザキ)命に下賜して、歌った。 【太子(大雀命)よ、野蒜(ノビル)摘みに行く道の香ぐわしい花橘(蜜柑類)は、 上枝は、鳥が居て枯らし、下枝は、人が採って枯らし、 三つ栗のように、中間の枝の最高の花、美しい乙女を、とりあえず、挿せば良い】 【(天皇の)依網(ヨサミ)池に、囲い杙(クイ)が在るとも知らずに、蓴菜(ジュンサイ)に 手を伸ばしているとは、私の心は愚かだったと、今になっては悔しい】 大雀(オホサザキ)命 髪長比売(カミナガヒメ)を下賜されて、歌った。 【日向(ヒムカ)国の素朴な乙女を、雷のように、聞いていたが、その乙女と枕を並べる】 【日向(ヒムカ)国の素朴な乙女は、争わず寝たのが、惜しくても、整って美しいと思う】 |
| ⑤大雀命への吉野国栖の歌 | 吉野(ヨシノ)の国栖(クズ)達 大雀(オホサザキ)命の帯刀を見て、歌った。 【品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、大雀(オホサザキ)命の太刀は、剣本が、魂の末を示す、 冬木(品陀和気)の幹の下木(大雀命)が、息づく】 吉野(ヨシノ)の白梼(カシ)(大和国吉野樫尾)辺りで、横幅の広い横臼を作って、それに 大御酒を醸(カモ)し、大雀(オホサザキ)命に献上する時、口鼓を打ち、演技して、歌った。 【樫の木の横臼で釀造した大御酒、旨いから飲みなされ、私達の父(大雀命)よ】 この歌は、国栖(クズ)達が、貢物を献上する時々に、今に至るまで、いつも歌う歌。 |
| ⑥品陀和気天皇の治世 | 品陀和気(ホムダワケ)天皇 海部(アマベ)、山部(ヤマベ)、山守部(ヤマモリベ)、伊勢部(イセベ)を定めた。 釼(ツルギ)池を作った。 新羅(シラギ)人が、渡来した。 建内宿祢(タケウチスクネ)大臣Ⅱ引率で、渡之堤(ワタリノツツミ)池に、百済(クタラ)池を作った。 |
百済(クタラ)国王の照古(ショウコ)王 阿直史(アチキフヒト) の祖先、阿知吉師(アチキシ)に託して、品陀和気(ホムダワケ)天皇に、 牡馬1匹・牝馬1匹・横刀(タチ)・大鏡を献上した。 品陀和気(ホムダワケ)天皇に、百済(クタラ)国を科められ、賢人の献上を課されたので、 論語10巻・千字文1巻と、文首(フミオビト) の祖先の和迩吉師(ワニキシ)と、 鉄鍛冶の卓素(タクソ)・絹織物の機織の西素(サイソ)の職人2人を献上した。 ★品陀和気(ホムダワケ)天皇は、属国の百済(クタラ)国、照古(ショウコ)王に、貢物を課した。 |
仁番(ニホ)、亦の名:須須許理(ススコリ) 秦造(ハタミヤツコ) の祖先、漢直(アヤアタヘ) の祖先で、酒の醸造を知ってる人として渡来。 大御酒を醸造して、品陀和気(ホムダワケ)天皇に献上した。 品陀和気(ホムダワケ)天皇 献上された大御酒に浮かれて、歌った。 【須須許理(ススコリ)が釀造した御酒、無事を祈る酒、笑い酒に、私は酔ってしまった】 大坂へ行く時、杖で道の大石を打つと、その石が転がって行ったので、 諺に、堅石も酔人を避ける、という。 |
| ⑦品陀和気天皇死後、兄皇子(大山守命)による反逆 | 大山守(オホヤマモリ)命 品陀和気(ホムダワケ)天皇の死去後、遺命に従い、大雀(オホサザキ)命が宇遅能和紀郎子 (ウヂノワキイラツコ)に天下を譲るのに対し、遺命に背き、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) を殺して天下を取ろう、とする思いがあって、秘かに軍備した。 大雀(オホサザキ)命 大山守(オホヤマモリ)命が軍備していると、宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に知らせた。 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) 聞いて驚き、兵士を川辺に潜ませ、川の傍の山上に絹布の垣を張り、垂れ幕を立て、 舎人(トネリ)を宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に偽って見せかけて、高い座に座らせ、 偽りの宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を敬って、百官(モモツカサ)が往来するようにし、 大山守(オホヤマモリ)命が川を渡る時に備えて、渡し船を細工し、 実葛(サネカヅラ)の根の粘液を船中の簀子(スノコ)に塗り、踏むと倒れるように仕掛け、 自分は、賤しい人の姿に変装して、舵取りに立った。 |
大山守(オホヤマモリ)命 兵士を隠して潜ませ、服の中に鎧を着て、川辺に着いて、船に乗ろうとした時、 舵取りに変装している宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)に気付かず、その舵取りに、 この山に狂暴で大きな猪がいると聞いたが、その猪を獲れるだろうか、と尋ねた。 舵取りに変装した宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) 何度も討ち取ろうとしたが、駄目であったので、できないであろう、と答えた。 船を川中まで渡して来た時、傾けさせ、大山守(オホヤマモリ)命を、水中へ落し入れた。 大山守(オホヤマモリ)命 まもなく浮き出て来て、水の流れのままに下って行き、流れながら、歌った。 【宇遅(ウヂ)の渡し(山背国宇治)で、舵取りに早まった人よ、助けに来てはどうか】 川辺に潜んでいた宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)の兵士が、一斉に矢を射たので、 訶和羅之前(カワラノサキ)に至って、沈んだ。 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) 大山守(オホヤマモリ)命の沈んだ所を探ると、鈎が鎧に掛かり、訶和羅(カワラ)と鳴った ので、訶和羅之前(カワラノサキ)といい、大山守(オホヤマモリ)命の骨を上げた時に、歌った。 【千早人(宇遅能和紀郎子)は、宇遅(ウヂ)の渡し(山背国宇治)で、浅瀬に着いて、 立ち上がり、梓弓の檀(大山守命)を伐り取ろうと思ったが、木元は、君(品陀和気 天皇)、木末は、妹(八田若郎女)を、悲しく思い出したので、伐り取らずに来たよ】 大山守(オホヤマモリ)命の骨を、奈良山(大和国添上)に葬った。 |
大雀(オホサザキ)命・宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ) 皇位を互いに譲り合う間に、海人(アマ)が食料を奉ったが、 互いに辞退し譲り合う間に、多くの日が経った。 譲り合いが、1度や2度でなかったので、海人(アマ)は、往来するのに疲れて泣いた。 諺に、海人(アマ)は、自分の物のために泣く、という。 宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)が、早く死去⇒大雀(オホサザキ)命が、天下を治めた。 ★大山守(オホヤマモリ)命・宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)の争いで、 大雀(オホサザキ)命が、漁夫の利を得た。 |
| ⑧新羅国王の子、天之日矛の渡来(⇒但馬) (回想) | 新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ) 昔、渡来してきた訳は、次の通り。 新羅(シラギ)国に、沼が1つ有り、この沼の辺りに、阿具奴麻(アグヌマ)という賎しい 女が、1人昼寝をしていて、日の輝きが、虹のように、その陰部を射した。 一方、賎しい男が、1人居て、その様子を不思議に思い、その女の有様を見ていた。 この女は、昼寝していた時から妊娠し、赤い玉を生んだ。 それを見ていた賎しい男は、その玉を頼んで貰ってきて、いつも腰に着けていた。 この賎しい男は、新羅(シラギ)国の山谷に田を作っていて、耕作人達の飲食料を牛 に負わせて、山谷に入る時、新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)に出会った。 天之日矛(アメノヒホコ)が、その男に尋ね、なぜ、飲食料を牛に負わせて、山谷へ入るの か、絶対、この牛を食べるだろう、と言って、男を捕らえ、牢屋に入れようとした。 その男は、牛を食べようとしておらず、耕作人の飲食料を運ぶだけ、と答えた。 しかし、天之日矛(アメノヒホコ)は、許さず、 その男が、腰の赤い玉を天之日矛(アメノヒホコ)に贈ったことで、その男を許した。 天之日矛(アメノヒホコ)は、赤い玉を床の辺りに置いたところ、 美しい乙女に化身したので、その乙女と結婚し、正妻にした。 その乙女は、常に様々な珍味の物を用意し、天之日矛(アメノヒホコ)に食べさせた。 天之日矛(アメノヒホコ)は、高慢になり、妻を罵ったので、妻は、祖先の国に行く、と 言って小船に乗り、新羅(シラギ)国から逃げ、海を渡って、難波(ナニハ)に留まった。 これは、難波之比売碁曽(ナニハノヒメゴソ)神社に鎮座する、阿加流比売(アカルヒメ)神。 妻の阿加流比売(アカルヒメ)が逃げたことを聞いて、追いかけ渡って来たが、穴戸 (アナト)神に遮られて、難波(ナニハ)に入れなかったので、但馬(タヂマ)国に停泊した。 |
天之日矛(アメノヒホコ)【子:1人】 ◆多遅摩之俣尾(タヂマノマタヲ)の娘、 正室、前津見(サキツミ)を娶り、生んだ子 1人。 1.多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク) 上記多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク)【子:1人】 1.多遅摩斐泥(タヂマヒネ) 上記多遅摩斐泥(タヂマヒネ)【子:1人】 1.多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ) 上記多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)【子:3人】 1.多遅摩毛理(タヂマモリ) 2.多遅摩比多訶(タヂマヒタカ) 3.清日子(キヨヒコ) 上記清日子(キヨヒコ)【子:2人】 ◆正室、当摩之咩斐(タイマノメヒ)を娶り、生んだ子 2人。 1.酢鹿之諸男(スカノモロヲ) 2.妹(イモ)、菅竃由良度美(スガカマユラドミ) 上記多遅摩比多訶(タヂマヒタカ)【子:1人】 ◆正室、姪の菅竃由良度美(スガカマユラドミ)を娶り、生んだ子 1人。 1.葛城(カツラギ)の高額比売(タカヌカヒメ)命=息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命の御親。 ★多遅摩毛理(タヂマモリ)は、新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)の子、 多遅摩母呂須玖(タヂマモロスク)の子、多遅摩斐泥(タヂマヒネ)の子、 多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)の子で、天之日矛(アメノヒホコ)の4代下。 ★息長帯比売(オキナガタラシヒメ)命は、多遅摩比那良岐(タヂマヒナラキ)の子、多遅摩比多訶 (タヂマヒタカ)の子、高額比売(タカヌカヒメ)命の子で、天之日矛(アメノヒホコ)の6代下。 ★新羅(シラギ)国王の子、天之日矛(アメノヒホコ)が渡来してきた頃 「昔」 は、 多遅摩毛理(タヂマモリ)が仕えた伊久米伊理毘古伊佐知(イクメイリビコイサチ)天皇 (垂仁天皇)の4代上、大倭根子日子賦斗迩(オホヤマトネコヒコフトニ)命(孝霊天皇)の頃か、 息長帯比売(オキナガタラシヒメ)皇后(神功皇后)の夫、帯中津日子(タラシナカツヒコ)天皇 (仲哀天皇)の6代上、大倭根子日子国玖琉(オホヤマトネコヒコクニクル)命(孝元天皇)の頃。 天之日矛(アメノヒホコ)が、渡来(但馬国出石)させた物=玉津宝(タマツタカラ) 珠2連・波を起こす細長い布・波を鎮める細長い布・風を起こす細長い布・風を鎮め る細長い布・奧津(オキツ)鏡・辺津(ヘツ)鏡の合計8種=伊豆志之八前(イヅシノヤサキ)大神。 |
| ⑨秋山之下氷壮夫神・春山之霞壮夫神 (回想) | 秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄)・春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟) 上記伊豆志之八前(イヅシノヤサキ)大神の娘、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を、 多くの神は、得たいと思っても、結婚できなかった。 兄が、弟に、自分は、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を求めて、結婚できなかったが、 おまえは、得られるか、と言えば、弟は、容易にできる、と答えた。 兄は、弟に、おまえが、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神を得ることができれば、自分は、 身長高さの甕に酒を造り、山河の産物を準備することを賭けよう、と言った。 |
春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)の母 秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄)の賭けを、春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神 (弟)から聞くと、藤蔓(フヂツラ)を取って上衣・袴・靴下・靴を織り縫い、弓矢を作り、 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)にその上衣・袴等を着せ、弓矢を持たせて、伊 豆志袁登売(イヅシヲトメ)神の家に行かせると、衣服・弓矢は、藤花(フヂハナ)に変わった。 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟) 弓矢の花を、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神の厠(カハヤ)に掛け、伊豆志袁登売(イヅシヲトメ) 神が、その花を持った時に、後に付いて部屋に入り、結婚して、1人の子を生んだ。 |
秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄) 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)の伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)神との結婚を嘆き、 賭けの物(身長高さの甕に酒を造り、山河の産物を準備すること)を償わなかった。 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)の母 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)の心配を聞いた時、 この時代は、神の振舞いに習うものだが、秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄) が、賭けの物を償わない、と言って、秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄)を恨み、 伊豆志(イヅシ)川(但馬国出石)の川島の節竹で粗目の籠を作り、 川の石を取り、潮に漬けて、節竹の葉に包み、この石を入れた籠を煙の上に置いて、 春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)神(弟)に、兄を呪詛させた。 秋山之下氷壮夫(アキヤマノシモヒヲトコ)神(兄) 8年(2倍数)、病気になってしまって嘆き、母に頼んで、弟の呪詛を解かせると、 元のように、健康になった。(神賭けの言葉の元) |
| ⑩品陀和気天皇の孫 | 品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、若野(沼)毛二俣(ワカノケフタマタ)皇子【子:7人】 ◆母、息長真若中比売(オキナガマワカナカヒメ)の妹、 正室、百師木伊呂弁(モモシキイロベ)、 亦の名:弟日売真若比売(オトヒメマワカヒメ)命を娶り、生んだ子 7人。 1.大郎子(オホイラツコ)、亦の名:意冨冨杼(オホホド)皇子 ⇒三国(ミクニ)君、波多(ハタ)君、息長(オキナガ)君、筑紫之米多(ツクシノメタ)君、 長坂(ナガサカ)君、酒人(サカヒト)君、山布勢(ヤマフセ)君 の祖先。 2.忍坂之大中津比売(オサカノオホナカツヒメ)命 3.田井之中比売(タイノナカヒメ) 4.田宮之中比売(タミヤノナカヒメ) 5.藤原之琴節郎女(フヂハラノコトフシイラツメ) 6.取売(トリメ)皇子 7.沙祢(サネ)皇子 品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、根鳥(ネトリ)皇子【子:2人】 ◆正室、異母妹の三腹郎女(ミハライラツメ)を娶り、生んだ子 2人。 1.中日子(ナカヒコ)皇子 2.伊和島(イワシマ)皇子 品陀和気(ホムダワケ)天皇の御子、堅石(カタイハ)皇子(迦多遅皇子)【子:1人】 1.久奴(クヌ)皇子 |
品陀和気(ホムダワケ)天皇 (第15代 応神天皇) 御年:130歳(2倍数)⇒甲午(キノエウマ)年9月9日死去。 御陵:河内恵我(カハチエガ)の裳伏崗(モフシオカ)(河内国志紀)。 |

