3.コース計画

「2. 時代背景」 におけるリスク回避ポイントを考慮しつつ、女王の都する邪馬壹国
 等 30国すべての国を訪問し、倭の領域や国力を調査するためのコースを作成した。
 なお、倭の使者大夫難升米らから、倭の位置行程交通手段等 の情報を得た。


3.1 コース全貌 (旅の期間中の全移動経路)

倭の地理上の道里大きさ行程の所要日数と戸()数には、5倍数を用いる。
 2. 時代背景」 記載のように、韓地調査で 5倍数を用いたので、倭でも同様にする。

帶方郡から邪馬壹国までの往路行程の道里 12,000餘里(5倍数)の内訳比率では、
 次表に示すように、韓地区分 58%、海峡区分 25%、倭地区分 17% である。
 海峡区分の道里より短い倭地区分の行程は、海峡の先、間近に在る地が、主体になる。

往路行程  道里(5倍数)内訳比率
 韓地区分 (帶方郡から狗邪韓国までの沿岸水行)  7,000餘里  58
 海峡区分 (狗邪韓国から末盧国までの渡海)  3,000餘里  25
 倭地区分 (末盧国から邪馬壹国までの陸行と水行)  2,000餘里  17
行程全体12,000餘里100%

全行程の概要は、次の通り。
 ● 帶方郡狗邪韓国の韓地では、倭と戦争状態にある辰韓の領域内通行を避け、魏
  (郡使船)で韓地の沿岸を馬韓諸国に寄港しつつ、食糧水を補給しながら行く。
 ● 狗邪韓国末盧国の海峡では、魏船(郡使船)で途中、對海国一大国の各国に上
  陸し、その国都を訪問しながら行く。
 ● 倭地では、末盧国に上陸した後、陸路での訪問視察を行なうが、魏船(郡使船)は、
  伊都国の港に回送して、入国検査を受け、復路出発の時まで、その地に繋留する。
 ● 邪馬壹国より北に在る末盧国投馬国については、復路には、その国都を通らな
  いため、邪馬壹国に至る往路の中で素通りせずに、すべての国都を訪問して行く。
 ● 陸路中心の往路の中でも、特に、不彌国投馬国周辺では、河川湿地が多いため、
  川舟を用いて、自力や曳航で水行する。
 ● 邪馬壹国より南に在る旁国21国については、邪馬壹国滞在期間中に、その各国都
  を陸路によって、順に訪問する。
 ● 倭 30国以外で、邪馬壹国と戦争状態にある狗奴国、不詳とする倭種の国侏儒国
  については、邪馬壹国滞在期間中に行くが、領域内に入らず遠望するに止める。
 ● 倭船による船行で、遠過ぎる裸国黒齒国については、帰還できないリスクが大き
  いため、この視察では行かない。
 ● 倭地内では、倭地の大きさを知るために、往路と復路を変え、復路は、邪馬壹国か
  ら海路を倭船で伊都国の港に直行、出国検査を受けて魏船(郡使船)に乗り換える。
 ● 復路の伊都国から先は、末盧国に行かず、伊都国から魏船(郡使船)で一大国に直
  行、對海国に寄港しながら、狗邪韓国までの海峡を渡る。
 ● 復路の狗邪韓国帶方郡の韓地では、往路を逆に辿り、魏船(郡使船)で韓地の沿
  岸を馬韓諸国に寄港しつつ、食糧水を補給しながら帰る。


3.2 日程と行程 (所要日数と道里は、5倍数で表記)

全行程に倭人のガイドが付き、道標としてのランドマーク(詳細後述)に従う。
 (倭の使者がもたらした情報を基に、作成された視察コースの日程行程であるから、
 倭の使者によるガイド無しで、勝手に行動することはない。)
 道里方向は、各行程における始点終点ランドマーク間の総直線距離方向を示す。

往路日程往路行程日数
(5倍数)
道里
(5倍数)
方向
6-76 帶方郡  邪馬壹国6カ12,000餘里東南
61-14帶方郡  魏船水行狗邪韓国(宿泊)707,000餘里
15-15狗邪韓国 魏船渡海 對海国(宿泊)51,000餘里
17-17對海国  魏船渡海 一大国(宿泊)51,000餘里
19-19一大国  魏船渡海 末盧国(宿泊)51,000餘里
21-23末盧国車駕陸行回船伊都国(休憩)12.5500 東南
23-23伊都国  車駕陸行  奴国(宿泊)2.5100 東南
24-24奴国   車駕陸行 不彌国(休憩)2.5100 
24-27不彌国  川舟水行 投馬国(宿泊)20500 
28-29投馬国  川舟水行 上陸地(宿泊)10250 
71- 6上陸地  輿陸行 邪馬壹国(到着)1カ550 

滞在日程滞在行程日数
(5倍数)
道里
(5倍数)
方向
77-29邪馬壹国内視察4カ
8 - 9旁国21国訪問 (旁国歴訪と狗奴国遠望)10カ6,000餘里
8邪馬壹国 輿 陸行旁国21(歴訪)5カ3,000餘里南西
9狗奴国(遠望) 輿 陸行 邪馬壹国5カ3,000餘里西北
10倭地周遊の旅 (倭種の国と侏儒国遠望)5カ9,000餘里
1- 2邪馬壹国  倭船渡海  倭種の国101,000餘里
3-16倭種の国 倭船渡海水行 侏儒国704,000餘里
16-29侏儒国  倭船水行渡海邪馬壹国704,000餘里西北
11-5邪馬壹国内視察と報告書作成35カ

復路日程復路行程日数
(5倍数)
道里
(5倍数)
方向
6 邪馬壹国  帶方郡5カ13,000餘里西北
1-12邪馬壹国 倭船水行 伊都国(宿泊)603,000餘里西北
13-13伊都国  魏船渡海 一大国(宿泊)51,000餘里
14-14一大国  魏船渡海 對海国(宿泊)51,000餘里
15-15對海国  魏船渡海狗邪韓国(宿泊)51,000餘里
16-29狗邪韓国 魏船水行 帶方郡(帰着)707,000餘里

行程地図 (道里は、5倍数で表記)
行程地図の往路画像行程地図の復路画像
行程地図の旁国画像行程地図の倭種画像


3.3 水行と陸行 (この視察の移動方法について)

水行や陸行における進行方向の定め方は、次の通り。
 ● 韓地の沿岸水行では、食糧水補給のために馬韓諸国に寄港する以外は、西海岸を
  南下し、日が昇る水平線が見えたら、南海岸を東方にランドマークを目指して行く。
 ● 海峡の渡海や倭地内の水行陸行では、早朝に、日出の方角を東方基準(詳細後述)
  とし、目指すランドマークの方向を定めて出発し、進行方向を修正しながら行く。

その際の進行速度は、行程区分により、次の標準速度 A~H を使い分ける。
 ● 魏船(郡使船)による韓地の沿岸水行
  往路[帶方郡狗邪韓国] と 復路[狗邪韓国帶方郡] では、
  昼の内に、標準速度 (100里/日)で、行ける所の馬韓諸国に寄港する。
 ● 魏船(郡使船)による海峡の渡海
  往路[狗邪韓国對海国一大国末盧国] と 復路[伊都国一大国對海国
  狗邪韓国] の海峡では、海流で流されるため、
  昼夜兼行の標準速度 (200里/日夜)で、次の国まで一気に行く。
  6月は、年間の中でも、海流の流速流向が安定していて、比較的渡海し易い。
 ● 車駕による倭地の陸行
  往路[末盧国伊都国奴国不彌国] では、道が比較的平坦なので、
  車駕を用いて昼の内に、標準速度 (40里/日)で行く。
 ● 川舟による倭地の水行
  往路[不彌国投馬国] では、
  川を遡上して、低地分水嶺を乗り越え、その後、氾濫川流域の河川湿地を行き、
  往路[投馬国上陸地] では、氾濫川流域を遡上できる所まで行く。
  いずれも昼の内に、標準速度 (25里/日)で行く。
  6月は、年間の中でも、雨期で川の水量が多いため、川舟水行が便利。
 ● 輿による倭地の陸行
  往路[上陸地邪馬壹国] と 滞在[旁国21(歴訪)と狗奴国(遠望)] では、
  登坂峠越えを含むので、輿を用いて昼の内に、標準速度 (20里/日)で行く。
 ● 倭船による倭地の内海渡海
  滞在[邪馬壹国倭種の国][倭種の国侏儒国邪馬壹国] の一部の内海渡海
  では、潮流で流されるため、昼夜兼行の標準速度 (100里/日夜)で一気に行く。
 ● 倭船による倭地の沿岸水行
  滞在[倭種の国侏儒国邪馬壹国] の一部 と 復路[邪馬壹国伊都国] の沿
  岸水行では、昼の内に、標準速度 (50里/日)で行く。
 ● 倭船による倭地の外海船行
  [侏儒国裸国黒齒国] は遠過ぎて、倭船による連日の昼夜兼行の外海船行は、
  できないので、この視察では行かないが、行くとすれば、
  昼は、東南方向に標準速度 (50里/日)でできるだけ行き、
  夜は、東北方向の海流に任せるような遠洋ルートになる。
  その標準速度 (50里/日)を、たとえ、倍速(100里/日)にしても、
  このような遠洋ルートの帰りには、海流に逆行するため、難航することになる。

行程区分水行 渡海(海峡・内海) 船行(外海)陸行
韓地魏船 100里/日
海峡魏船 200里/日夜
倭地車駕    40里/日
輿    20里/日
川舟    25里/日
倭船    50里/日 100里/日夜    50里/日


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